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114.フェイ

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「え……? ええ!?」

 アデルジェスは目を丸くしてミゼアスを見つめる。
 島を出るにはまだしばらくかかるのではなかっただろうか。借金はどうしたのだろうか。アデルジェスの頭を色々なことが駆け巡り、困惑する。

「借金を返すまで島から出られないんじゃ……」

「借金なんて、とっくの昔に返し終わっているよ。僕がどれだけの間、白花の第一位だったと思っているんだい」

「ええ!? そ、そうだ! あの模様は? 白花の第一位だっていうやつ。あれがあると、巨大亀だか何だかに食われるんじゃあ!」

 アデルジェスがそう言うと、ミゼアスは手の甲をアデルジェスの目の前につきつけた。
 白い手だった。どこにもあのなまめかしい模様がない。

「さっき、消してもらった。もう僕は白花の第一位でも何でもない、ただのミゼアス。……まあ、僕もこんなに早く出てこられると思っていなかったんだけれどね」

 ミゼアスは、はにかんだような笑みを浮かべる。

「じゃ……じゃあ、もう自由なの? 俺と一緒に来てくれるの?」

 声が震えているのが自分でもわかる。アデルジェスの問いに、ミゼアスは輝くような笑顔を見せて頷いた。
 衝動のままにアデルジェスはミゼアスを抱きしめる。周囲に人がいることなど、頭から消えていた。
 しばし時の流れすら止まったかのようだった。感じられるのは腕の中にいるミゼアスの温もりだけだ。
 今このとき、アデルジェスにとっての世界とはそれだけだった。

「……今度は約束を守れた。ねえ、覚えている? 岩陰の小さな木になっていた、紫色の小さな果実」

 腕の中から悪戯っぽい笑みを浮かべてミゼアスが見上げてくる。

「え……?」

 アデルジェスは目を見開き、腕の中の愛しい存在を見た。
 岩陰の小さな木になっていた、紫色の小さな果実。それは幼い頃、幼馴染のあの子と見つけたものだ。二人だけの秘密だねと言い、また二人で来ようねと約束した。
 しかしそこまでは話していないはずだ。ただ、『果実』としか言わなかった。これはあの子と二人だけの秘密なはずだ。
 幼馴染のフェイちゃんと、二人だけの。

「きみが島を出るとき、僕の本名を教えるって言ったよね。僕の名前、フェイミゼアスっていうんだよ。幼い頃は女性略称で『フェイ』って呼ばれていたんだ」
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