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60.糸の操り手
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時間が経てば経つほど、ステファニアが逃げ出すのは難しくなっていくだろう。
懐妊が明らかになれば、世継ぎを産む可能性があるとして、丁重な待遇を受けることになる。それは、見張りが増えるのと同じことだ。
ステファニア自身も、腹の子が育っていけば身動きが取りにくくなっていく。
逃げるのならば、一日でも早いほうがよい。
ステファニアはアドリアンと共に逃げる覚悟を固めた後、さらに詳しい話をルチアと進めていった。
ステファニアは街中に使いを申し付けられたルチアの侍女として後宮を出て、アドリアンはその護衛役として付き従うことにした。
ルチア本人が絡んでいるので、侍女の身分証も本物だ。アドリアンは非番のときに、近頃話題の騎士が気になった王女のわがままに振り回されたということにする。
無事に街中に出たら、後は隣国に向かって馬を走らせるだけだ。
病に伏せっていることにして夜のお渡りを断り、なるべく時間を稼ぐという役割は、リナが引き受けてくれた。
ゴドフレードの不興を買うであろう役割を自ら請け負ったリナに、ステファニアは言葉では言い尽くせないほどの感謝の念を抱く。彼女に押し付けて逃げてしまうのはとても心苦しかったが、ルチアがリナのことも悪いようにはしないと言ってくれた。
ルチアやリナに対して大きな感謝と罪悪感を覚えつつ、急いで準備を進めていき、とうとう出発の日がやってきた。
ステファニアはフードをかぶり、ルチアの庭で何回か見かけた庭師のふりをして、後宮を後にする。
心臓が飛び出しそうなほどの緊張を抱えていたステファニアだったが、身分証が本物であることと、フードをかぶった庭師が実際に街中に使いに出ることがあったことから、すんなりと後宮を出ることができた。ひとつ目の関門を突破したことに、ひとまず力を抜く。
次は、西門でアドリアンが馬を用意して待っているはずである。
膝が悪い庭師のふりをしているのだから、ゆっくりと歩いていかねばならない。心は急くが、ここで誰かに不信感を持たれる可能性のある行動は避けるべきだ。ステファニアはフードを深くかぶって、俯きながら少しずつ進んでいく。
果てしなく遠い道のりを歩んでいるように感じながらも、ようやく西門が見えてきて、その近くに立つ姿が目に入ってくると、ステファニアは大きく安堵の吐息をもらした。
焦らないように気をつけながら、ゆっくりと近づいていく。
「お待ちしておりました。お供いたします」
馬を連れたアドリアンが、穏やかに微笑む。
あくまでも任務の範囲内という設定なので、儀礼的な笑顔ではあったものの、それでも隠し切れない喜びがにじんでいるようだった。
ステファニアはぺこりと頭を下げて、口が不自由な庭師を演じる。
二人そろって、門番に通行証を見せるべく歩き出す。
通行証も、ルチアが用意した本物だ。何らおかしなところはない。
門番はあくびを噛み殺しながら立っており、どことなく抜けた雰囲気を漂わせている。平和という言葉が似合う姿だった。
ここを抜ければ、後は旅人のふりをして隣国に向かうだけだ。
二人は希望の道へと踏み出そうとする。やっと、傀儡の糸から逃れて自由になれるのだ。
「どこに行くのかね?」
しかし、二人の後ろから低く、冷たい声が響いた。
びくりとステファニアは歩みを止め、アドリアンも同様に固まる。操り人形が主の命令に従うように、二人は動きを止めた。
「こちらを向くがよい。ステファニア、アドリアン」
冷たい声は、さらなる命令を下す。
抗えずに、二人はぎこちない動作で声の主に振り返る。名前を呼ばれたことから、もう正体は見抜かれているのだ。この場を切り抜けられる望みなど、ない。
そこで冷ややかに二人を眺めていたのは、傀儡の糸の操り手、ゴドフレードだった。
懐妊が明らかになれば、世継ぎを産む可能性があるとして、丁重な待遇を受けることになる。それは、見張りが増えるのと同じことだ。
ステファニア自身も、腹の子が育っていけば身動きが取りにくくなっていく。
逃げるのならば、一日でも早いほうがよい。
ステファニアはアドリアンと共に逃げる覚悟を固めた後、さらに詳しい話をルチアと進めていった。
ステファニアは街中に使いを申し付けられたルチアの侍女として後宮を出て、アドリアンはその護衛役として付き従うことにした。
ルチア本人が絡んでいるので、侍女の身分証も本物だ。アドリアンは非番のときに、近頃話題の騎士が気になった王女のわがままに振り回されたということにする。
無事に街中に出たら、後は隣国に向かって馬を走らせるだけだ。
病に伏せっていることにして夜のお渡りを断り、なるべく時間を稼ぐという役割は、リナが引き受けてくれた。
ゴドフレードの不興を買うであろう役割を自ら請け負ったリナに、ステファニアは言葉では言い尽くせないほどの感謝の念を抱く。彼女に押し付けて逃げてしまうのはとても心苦しかったが、ルチアがリナのことも悪いようにはしないと言ってくれた。
ルチアやリナに対して大きな感謝と罪悪感を覚えつつ、急いで準備を進めていき、とうとう出発の日がやってきた。
ステファニアはフードをかぶり、ルチアの庭で何回か見かけた庭師のふりをして、後宮を後にする。
心臓が飛び出しそうなほどの緊張を抱えていたステファニアだったが、身分証が本物であることと、フードをかぶった庭師が実際に街中に使いに出ることがあったことから、すんなりと後宮を出ることができた。ひとつ目の関門を突破したことに、ひとまず力を抜く。
次は、西門でアドリアンが馬を用意して待っているはずである。
膝が悪い庭師のふりをしているのだから、ゆっくりと歩いていかねばならない。心は急くが、ここで誰かに不信感を持たれる可能性のある行動は避けるべきだ。ステファニアはフードを深くかぶって、俯きながら少しずつ進んでいく。
果てしなく遠い道のりを歩んでいるように感じながらも、ようやく西門が見えてきて、その近くに立つ姿が目に入ってくると、ステファニアは大きく安堵の吐息をもらした。
焦らないように気をつけながら、ゆっくりと近づいていく。
「お待ちしておりました。お供いたします」
馬を連れたアドリアンが、穏やかに微笑む。
あくまでも任務の範囲内という設定なので、儀礼的な笑顔ではあったものの、それでも隠し切れない喜びがにじんでいるようだった。
ステファニアはぺこりと頭を下げて、口が不自由な庭師を演じる。
二人そろって、門番に通行証を見せるべく歩き出す。
通行証も、ルチアが用意した本物だ。何らおかしなところはない。
門番はあくびを噛み殺しながら立っており、どことなく抜けた雰囲気を漂わせている。平和という言葉が似合う姿だった。
ここを抜ければ、後は旅人のふりをして隣国に向かうだけだ。
二人は希望の道へと踏み出そうとする。やっと、傀儡の糸から逃れて自由になれるのだ。
「どこに行くのかね?」
しかし、二人の後ろから低く、冷たい声が響いた。
びくりとステファニアは歩みを止め、アドリアンも同様に固まる。操り人形が主の命令に従うように、二人は動きを止めた。
「こちらを向くがよい。ステファニア、アドリアン」
冷たい声は、さらなる命令を下す。
抗えずに、二人はぎこちない動作で声の主に振り返る。名前を呼ばれたことから、もう正体は見抜かれているのだ。この場を切り抜けられる望みなど、ない。
そこで冷ややかに二人を眺めていたのは、傀儡の糸の操り手、ゴドフレードだった。
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