石山怪異奇録―観測者 八木楓―

野花マリオ

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第二話「氷男」

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 一、

 石川県〇〇市某町。
 この場所には地図が載ってないが確かに存在する。

 スマホのGPSには空白の地帯があった。
 そこに目指すのは、怪談が目当てである。

 姿は白い仮面のような物を身につけていると噂で聞いた。

 私の職はオカルトライターであり、誰も書いてないオカルト記事を密かに書いていたから、無視できない事例である。

 彼女の家はSNSに特徴書いてあり、あの瓦が欠けている古い2階建て木造建築物がそうであろうとすごくわかりやすかった。

「ごめんください」

 私はその玄関先にインターホン鳴らして彼女の家に訪ねた。

 少しして、

 引き戸の向こうから声がした。

「……どなた?」

 女性の声だった。

 静かで、落ち着いた声。

「突然すみません。
 八木楓さんのお宅で間違いないでしょうか」

 戸がゆっくり開いた。

 そして私は、思わず言葉を失った。

 そこに立っていたのは、

 白い仮面をつけた女だった。

 能面のような、無表情の仮面。

 その下から、長い黒髪が肩に流れている。

 年齢は分からない。

 声は若いが、
 雰囲気はどこか年齢を感じさせない。

 青い和服を着ていた。

 胸元には朝顔の刺繍。

 その姿は、この古い家と妙に似合っていた。

「……八木楓さんですか?」

 私が尋ねると、

 女は小さくうなずいた。

「ええ。そうです」

 仮面の奥の視線が、こちらを見ている気がした。

「怪談を聞きに来たの?」

 私は少し驚いた。

「どうしてそれを……」

 彼女はわずかに笑った気がした。

 もちろん仮面のせいで表情は分からない。

「この町に来る人は、だいたいそうだから」

 そう言って、

 彼女は戸を開いた。

「どうぞ」

 私は家の中へ入った。

 二、

「何もないけど、どうぞ粗茶です」

「ありがたくいただきます」

 出された茶はほうじ茶であり、渋みがある。

 家の中は思ったより手入れされており、中は綺麗だった。

 古い畳の匂いと木の匂いがかすかに落ち着く。

「ところでお名前を拝見してもよろしいでしょうか?」

「ああ。すみません。私は黒谷慎吾と申します。職はオカルトライターをやってまして。今名刺切らしていて申し訳ない」

「いえ。わざわざお越しにありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ。とりあえずお聞きになりたいのですが、八木楓さんは怪談を収集しているらしいですが本当ですか?SNSでの噂ですが」

 楓はクスクスと笑って、

「本当ですよ。怪談といっても石山県にまつわる怪談ですよ。黒谷さんはご存知ですか?石山県」

「いえ。そのような県は初耳です」

「でしょうね。地図にも載ってない未開の県ですから」

  聞いた私は茶を一口飲み言った。

「その石山怪談についていくつか教えてもらえませんか?ひとつ代表的なやつを」

「いいですよ。……そうですね。"氷男"という怪談ありますわ。よかったら聞いてください」

 楓は氷男という怪談を語ってくれた。

 三、「氷男(コオリオトコ)」

 石山県の冬は深い。

 雪は音を吸い込む。

 夜の山は、
 まるで世界から切り離されたように静まり返る。

 その冬の日。

 三人の登山者が山へ入った。

 全員、ベテランだった。

 山男と言っていい。

「この雪なら明日には下山できる」

 リーダー格の男が言った。

 だが午後になると、

 天気が変わった。

 吹雪だった。

 視界が真っ白になる。

 風がうなる。

 道が消える。

 コンパスも狂ったように回る。

「まずいな……」

 一人がつぶやいた。

 山を知る者ほど分かる。

 これは危険な状態だ。

「山小屋を探すぞ」

 三人は雪の中を進んだ。

 足跡はすぐ消える。

 風が強すぎた。

 そして、

 夕方近くになってようやく見つけた。

 古びた山小屋だった。

 木造。

 壁は歪み、窓は半分割れている。

 それでも、屋根は残っていた。

「助かったな」

 男の一人が言った。

 扉を押す。

 ギィ、と音がした。

 そして、中へ入る。

 その瞬間、三人は顔を見合わせた。

「……暖かい」

 不思議なことに、小屋の中は暖かかった。

 外は吹雪だ。

 なのに、室内には冷気がほとんどない。

 そして、部屋の中央に鉄鍋が置かれていた。

 そこから白い湯気が立っている。

「誰かいるのか?」

 男が声をかける。

 返事はない。

 鍋の中には、白いスープのような液体。

 一人の男が指を入れた。

「……温かい」

「本当か?」

 別の男も触る。

「温かいな」

 三人は顔を見合わせた。

「助かったな」

 彼らは疲れきっていた。

 火を起こす元気もない。

 だから、鍋の周りに座った。

 湯気に手をかざす。

 体が温まる。

 凍えていた指が、じわじわ感覚を取り戻す。

「生き返るな……」

 一人が言った。

 湯気は濃かった。

 白い。

 やけに白い。

 その時、一人の男が言った。

「なあ」

「なんだ」

「この湯気」

 沈黙。

 男は手を見た。

 そして言った。

「……冷たくないか?」

 男の言葉に、残りの二人も手を見た。

 白い湯気が指先に絡みついている。

 しかし、その感触はどこかおかしかった。

 湯気なのに、温かくない。

 むしろ、ひどく冷たい。

「冗談だろ……」

 男が笑おうとする。

 だが声が震えていた。

 手をもう一度鍋の上にかざす。

 白い湯気が立ちのぼる。

 ふわりと指先を包む。

 その瞬間、一人の男が息を呑んだ。

「……見ろ」

 指先が、白くなっている。

 霜だった。

「おい……」

 もう一人の男も手を見る。

 同じだった。

 皮膚が白く凍りついている。

 湯気は、温かい蒸気ではなかった。

 それは冷たい湯気だった。

 氷のような、凍りつく水蒸気。

 三人は一斉に立ち上がった。

「外に出るぞ!」

 扉へ向かう。
 だが、その時だった。

 部屋の奥から、音がした。

 ギシ……

 古い床が軋む音。

 三人は振り向いた。

 誰もいないはずの部屋。

 暗い隅。

 そこに、何かが立っていた。

 人影だった。

 だが、形がおかしい。

 白い。

 全身が白い。

 まるで氷でできた人間のような姿。

 顔はよく見えない。

 湯気がまとわりついている。

 その湯気が、ゆっくりと三人の方へ流れてくる。

「……なんだよ」

 誰かがつぶやいた。

 次の瞬間、猛烈な冷気が吹き荒れた。

 息が白くなる。

 肺が凍るように痛い。

 体が動かない。

「逃げ……」

 声は途中で止まった。

 白い湯気が、彼らを包み込んでいく。

 視界が白くなる。

 音が消える。

 冷たい。

 冷たい。

 冷たい。

 そして静寂。

 四、

 翌朝。

 吹雪は止んでいた。

 捜索隊が山へ入る。

 雪の中、古い山小屋の前で

 三人の登山者が発見された。

 全員、立ったまま凍っていた。

 まるで、その場で時間が止まったように。

 体は氷のように固い。

 皮膚には白い霜。

 表情は、恐怖に歪んでいた。

 捜索隊が山小屋を調べる。

 だが、奇妙なことに気づいた。

 火の跡がない。

 鍋もない。

 人の気配もない。

 ただ、床の中央に白い霜だけが残っていた。

 まるで、そこに何かが立っていたかのように。

 楓はそこで語りを止めた。

 私は思わず息を吐いた。

「……それが氷男ですか」

 楓はうなずいた。

「ええ」

 そして静かに言った。

「氷男はね、湯気の中にいるのよ」

 私は苦笑した。

「湯気の中、ですか」

 楓は続けた。

「だから、白い湯気には近づかないこと」

 仮面の奥から、こちらを見ている気がした。

「冷たい湯気は、危ないわ」

 私は曖昧にうなずいた。

 怪談としては面白い。

 記事にできそうだ。

 そう思いながら、私は八木家を後にした。

 五、

 私は東京行きの新幹線に乗り、そのままマンション一室のタクシーで帰宅した。

 そこでオカルト記事を書き終えた後、軽めのスープカレーを作り食べ終えて、風呂を沸かして入る。

 ゆっくりと浸かるときに身体の芯が温まる。

 そのとき私は違和感がする。

 身体が息苦しさを感じる。

 そして身体中あちこち冷たい。

 その白い湯気が見てはっと気がつく。
 その時、私は思い出した。

『氷男はね、湯気の中にいるのよ』

 八木楓の声。

 白い湯気が、ゆっくりと浴室に満ちていく。

 息が白くなる。

 指先が震える。

 湯は温かいはずなのに、

 体が凍えていく。

 その時、

 湯気の中に、

 人の形が見えた。

 六、

 八木家の古いテレビに臨時ニュースが流れる。

 そのニュース内容に東京のマンション一室の浴室に凍死されたという内容。

 かつて楓が語ってくれた氷男のように。

 楓はいつものように観測して記録を綴る。

「氷男 観測完了」

 石山怪談は、また一つ増えた。

 楓は静かに帳面を閉じた。

 窓の外には白い湯気のような霧が漂っている。

 石山怪談は、今日もどこかで生まれている。

 氷男 完
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