林檎を並べても、

ロウバイ

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プロローグ

願ったところで、

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 もしも、あいつにひとつ何でも渡すことができるとするならば。
俺は、何を彼に渡すことができるのだろうか。

「トヤマさんの症状はかなり厳しいですね…。最高でも、半年ほどかと」

お医者さんからの言葉を聞きながら、そう思っていた。もしかするとお医者さんは、俺が心ここにあらずな状態だったことに気づいていたのかもしれないけど、察しがよさそうな彼女は何も言わなかった。
暗い消毒液の匂いが充満する部屋のなかでぼんやりと広がる光の中心に、ポツンと寂しそうに存在するパソコンの画面。モニターいっぱいに映し出されたそれは、馬鹿な俺にでも分かるようにはっきりと終わりを示していた。
思わず、手を伸ばしてしまう。
諦めが悪いとくしゃりと笑ったアイツの顔が浮かんでは、すぅっと消えていった。

なあ、時を戻すことはもうできないのか。

いるわけのない神様とやらにそう語りかける。この際、別に誰でもよかった。天使でも、悪魔でも、誰でもなんでもいい。なにか超人的な力を持ってる奴なら。
真っ暗な目の前に差し出される手があるのなら、誰の手でも掴める気分だった。俺の問いかけに答えてくれるやつなら、誰でも。
でも、現実は残酷なもので。当たり前だけど、俺に答えをくれる奴なんていなくて、俺は静かに泣いた。

ボロボロと涙を溢し、泣き崩れる俺の背中をその医者はただ無言で擦った。そのうち獣みたいな唸り声が聞こえ始めて、どこから聞こえてるのかと思ったけれど、正体は俺だった。汚いなって思っても、止められそうにない。背中を撫でるその優しさが母親に似ていて、より俺の嗚咽が部屋に響く時間は長引いた。
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