林檎を並べても、

ロウバイ

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主治医

披露宴

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めったに着ることのない、長年クローゼットの奥の方に仕舞い込まれていた青色のドレスを身に纏い、私はとあるホテルの披露宴会場にいた。フォーマルな場ぐらい呼ばれるでしょ、と母に押し付けられた代物だったが、こうして日の目を見るとは思っていなかった。数週間前に母に着て見せたときは似合ってると褒められたが、ぴったりとしたドレスは日頃から白衣を着てパーカーなどを愛用する私にとっては窮屈で、早く脱ぎたいという思いに刈られてしまう。
 
普通なら、披露宴も込めて結婚式は楽しむものなのだろう。
でも正直に言うと、私は新郎新婦が愛を誓いあっている間の途中ですら帰りたいと思っていた。

ガヤガヤと盛り上がっている群衆から、一人ポツリと離れて手にしているワイングラスを傾ける。明らかに場違いな人間であることは明白だった。よく言えば新郎の命の恩人だが、その肩書きも捨ててしまえばただの医者。友達でも職場の人間でも何でもない私は、その恩人というどこか一方的な位置付けによってこの場に招かれていた。
こくり、ともう一度グラスを傾けながら笑顔の他の招待客たちを見つめる。

別に、本当は参加するつもりはなかった。
 
恩人だなんだと言われているが、あくまで新郎は救うべき患者の一人であっただけだし、無事に人生の節目を迎えられたのなら祝福の言葉を贈るだけでよかっただろう。たとえ、サブスクで溜めていたドラマを一気見するだけで潰れる中身が空っぽな休日でも、激務に追われる私にとっては貴重な休みに違いなかった。それでも、こうして式に参加したのは。
それが、私に託された約束だったからだ。

ちらりと、楽しげな輪から手に下げている鞄に視線を動かす。私の脳内には、三ヶ月別れを告げた患者の一人の笑顔が過った。

「お酒は飲まれないんですか?」

ふと視界が陰ったのに気付くと同時に、聞き覚えのある声が鼓膜を揺らす。
顔をあげると、目の前には白いスーツに身を包んだ本日の主役の片割れが立っていた。
 
中身は明日の出勤のため、敢えてリンゴジュースを選んでいる。少し傾ければ甘いリンゴの加工された味が喉を通って、私の気を抜けば溢れてしまいそうになる溜め息も飲み込んでくれるようだったから、ちょうどよかった。にこりと微笑み、新郎は再度視線をリンゴジュースに向ける。

「リンゴジュースぐらいで、ちょうどなので」
「リンゴジュースでしたか!僕もリンゴ好きなんですよね」

人好きのしそうな笑顔を浮かべて、彼は微笑む。

『彼は、昔から林檎が嫌いだったらしいんです。なんでも、林檎特有の硬い食感とか酸味が苦手だったらしくて。』

手紙を丁寧に折りながら、柔らかく笑ってそう口にする姿が甦る。

「だから、今日は林檎を使ったものが多くて。彼女も林檎が一番好きなフルーツだったみたいで、よく運命だねって笑われるんですよ」

ほら、と指を指された方向に顔を向ける。会場の真ん中の方に置かれた大きなスイーツが並ぶテーブルには言葉の通り、アップルパイからリンゴシャーベットまでとたくさんのリンゴを使ったものばかりだ。照れくさそうにはにかむ彼は、私の様子なんてそっちのけで言葉を続ける。

「まさか僕がオフィスラブからゴールインするなんてあり得ないと思ってましたが、案外分からないものですね…」

『彼は、恋愛映画が大好きで。女の子みたいに色んなラブストーリーを知ってるから引き出しが多くて、付き合ってるときはよく笑わされましたね。』

私の視界の隅に、こちらに駆けてくる花嫁の姿が見える。
きっと、少し待っても帰ってこない自分の旦那様が心配になったのだろう。そりゃ、先ほど愛を誓い合ったばかりの愛しい人が、自分の見知らぬ女と長話をしていたら不安になるだろう。

『そんな彼も、今はもう消えちゃったわけですが。』

眉を歪ませながら笑って、私に手紙の入った封筒を手渡すここにはいない彼。
じっくり時間をかけて完成されたあの時の手紙は、今は私の鞄の中で息を潜める手帳に挟まれている。
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