病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎

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07.

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 第一の試練を翌日に控えた夜。陽真に誘われ、神子三人で夕食を取ることになった。
 場所は一階の大広間を兼ねた食堂。高い天井から吊るされたランプの光が室内を柔らかく照らし、長テーブルの上には温かな料理が並んでいる。廊下では、気を利かせてくれた騎士たちが控えていた。

 三人そろって食卓を囲むのは、片手で数える程しかなく、本当に久しぶりだ。陽真か朔夜と個別に食べることはあっても、基本的には別々に食事を取っていた。
 神子と一緒に食卓につくのは恐れ多いと、騎士たちは自分の神子以外とは別の部屋で食べる。食卓を共にするのは“対等の証”とされていて、侍従として同席できるのは茶席など限られた場だけだ。
 だから陽真はいつもアルヴェールを部屋に誘って食べていたし、朔夜も「静かに食べたい」と一人で済ませることが多かった。

 ちなみにアルヴェールやダリオとは、特に親しくはなれていない。当初は仲良くしようと意気込んでいたものの、騎士たちは基本的に“自分の神子第一”で、他の神子に関わることは少ないらしい。嫌われている訳でもないし、無理に距離を詰める必要もないので、あまり気にしないことにした。

 久しぶりに三人で囲む食卓は穏やかな雰囲気で、話も弾んだ。あっという間に時間が過ぎ、食後の皿が片付けられる頃には、カップに温かな紅茶が注がれていた。

「うわー……ついに明日だよ。楽しみだけど、緊張するぅ!」

 デザートを平らげた陽真が、落ち着かない様子で椅子を揺らす。隣では朔夜が静かに紅茶を啜っていた。

「試練の魔物って、ネズミじゃないんだよな?」
「うん。その日の捕獲状況によって違うらしいよ。小型だとウサギや犬だとか……」
「犬かぁ。俺、犬好きだからちょっと嫌だな……」

 俺と陽真がそんな話をしていると、朔夜が小さく首を傾げる。

「何故だ? 魔物は魔物だろう」
「えっ、朔夜は気にならないのか!? 小動物いじめてるみたいで良心痛まない?」
「全然」
「即答!?」

 気にしているのが自分だけかと不安に思ったのか、陽真が困ったように眉を下げて俺を見つめた。

「蓮も、そうなん?」
「うーん……あまり気は進まないけど、魔物だし。可哀想なんて言ってられないよ」
「た、確かに……。俺が油断した所為で、アルが怪我したら嫌だ」

 真剣な顔で頷く陽真に、朔夜が小声で「単純」と呟く。俺は苦笑しつつも、胸の奥に小さな不安が残っていた。

「……でも、本当に油断はしたくないよね。動き回る魔物相手は初めてだし。浄化もそうだけど、加護もうまくいくか……」

 無意識に白いシャツの裾を握りしめながら、俺は小さく息を吐いた。
 ここが黒月蓮の、運命の分岐点だ。神子としての力も安定し、ヴィルヘルトとも信頼関係を築けている。原作とは違う道を歩んでいるので、問題ない筈だが……。

「蓮、いざとなれば拳でぶん殴れ」
「えっ?」

 唐突な助言に、思わず顔を上げる。朔夜は真剣な顔で拳を作っていた。

「魔物が一瞬動きを止める。気分がスッキリするし、オススメ」
「朔夜、そんな危ないことしてたんだ。大丈夫なの?」
「平気。それに、どうせ浄化しないといけないなら、俺が攻撃した方が早い」
「マジかよ! ダリオに止められなかったのか?」
「いや。代わりに護身術を教わった」
「まぁ……それなら、安心か?」
「た、多分?」

 陽真が苦笑し、俺も張り詰めていた気持ちが緩んだ。

「てかさー……なんか朔夜って、蓮にだけ優しくない? もしかして俺抜きで交流してるのか? なーんて」
「たまに飯を食う」
「はぁ!? 俺と食堂で会った時は回れ右して、一緒にご飯食べてくれないのに?」
「蓮はいいんだ。うるさくないから」
「ひどっ! 朔夜のツンデレ!」
「……おい。人の性格を勝手に作るな。殴るぞ」
「わー、怒られちゃったー」

 陽真が俺の背に回って逃げ、朔夜が呆れたように息を吐く。そしてそのまま椅子を引いて立ち上がった。

「あれ、もう部屋に戻るのか? もっと話そうぜ」
「食べ終わったし、もう休む」

 扉を開けると、待機していたダリオが朔夜に笑いながら近づく。

「おっ、もう神子会議は終了か? もっと仲良く雑談でもしてろよ」
「うるさい」
「あーはいはい。なら、部屋まで送りますよっと。神子様方、おやすみ」

 軽く手を振り、ダリオは朔夜の後を追っていく。
 食堂には再び静寂が戻った。
 やがて入口の方から、アルヴェールとヴィルヘルトが顔を覗かせる。

「解散、でいいのかな? それともまだ話す?」
「悪いアル。挨拶だけするから、もうちょっとだけ待ってて」
「ああ、分かった」
「レン様も、終わりましたらお呼びください」

 ヴィルヘルトの穏やかな声に、思わず微笑んで頷く。二人はまた廊下で待機するようで、扉が静かに閉まった。

「ヴィルヘルトとだいぶ仲良くなったんだな。いつの間にか名前呼びになってる」
「うん。数日前にお願いして、呼んでもらえるようになったんだ」

 そう答えると、陽真がにやりと笑い、身を寄せてくる。

「なんかさ、ヴィルヘルトって蓮のこと見てる時だけ顔が優しくない? てか甘くない?」
「なっ……何言ってるのか、分からないよ。普通に仲良くなっただけだし」
「ふーん?」
「それに、仲の良さなら、陽真とアルヴェールには負けるって」
「おう! アルとはめっちゃ仲良いし、相性バッチリだぞ!」

 言い返すつもりだったのに、陽真の無邪気な笑顔に、思わず言葉が詰まった。
 ……なんか、負けた気がする。

「よし、なんか緊張吹っ飛んできた。念のため、最終調整しとこうかな。アルー、訓練所いこ! 加護の練習だけしたいんだ!」
「こんな時間にかい?」
「お願いっ!」
「……分かった、付き合うよ。ただし、少しだけだからね」
「ありがとう! ってことで、また明日な、蓮!」
「うん」

 陽真たちと別れ、残った食器を簡単に片付けてから、外で待つヴィルヘルトの元へ向かう。

「お待たせ、ヴィルヘルト」
「いえ。……楽しそうでしたね」
「うん。三人で話すの、なんだか久しぶりで。試練も頑張ろうって思えたよ」
「それは良いことですが……少し妬けますね」
「えっ……?」
「冗談ですよ。レン様が笑顔でいられるのが、私にとって一番ですから」

 そう言って微笑んだヴィルヘルトに、言葉が詰まる。頬が熱を帯びるのを感じて、慌てて視線を逸らした。
 くすりと笑う声がした後、彼は静かに歩き出す。その隣に並んで、俺も部屋へと戻った。

 少し浮わついた気持ちでいた俺は、知らなかった。
 あの後、ヴィルヘルトの言葉が、俺の心を深く揺さぶることになるなんて──。


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