病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎

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08.

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 部屋に戻って、一度はベッドに腰掛けたものの、すぐに立ち上がった。
 やっぱりもう少しだけヴィルヘルトと話そう。急げば、まだ騎士の宿舎に戻る前に追いつけるかもしれない。
 そんな衝動に突き動かされて、部屋を出た。朔夜が休んでいるので、足音を殺しながら廊下を進む。
 角の向こうから、ひそひそとした話し声が聞こえ、思わず足を止める。そっと壁に身を寄せて覗き込むと、ヴィルヘルトとバロンの姿があった。

 神子の教育係であるバロンが、こんな時間に侍従を通さずに直接来るなんて、初めてのことだ。きっと明日の試練に関する、極秘の話なのだろう。盗み聞きするのはまずいかも。そう思って、壁から離れようとした瞬間──。

「ヴィルヘルトよ、明日の試練では手を抜け。あれは、神子の器ではない」

 冷たく言い放たれたバロンの言葉に、体が凍りつく。心臓が早鐘のように脈打ち、嫌な汗が背中を伝った。
 ……彼は、一体何を言ってるんだ?
 手を抜かれたら、俺は神子として認められないかもしれないのに。
 魔物の被害が増して、複数の神子を必要としていた筈なのに、何故?
 声が漏れそうになり、慌てて口を押さえたまま、耳を澄ませる。

「お断りします。私は、神子様にこの身を捧げているのです。神子様を裏切る訳にはいきません」

 毅然とした声に、胸の奥で安堵が広がる。
 ──良かった、すぐに断ってくれて。
 しかし、バロンはそんなヴィルヘルトを鼻で笑った。

「そなたの忠義は理解している。だが、現実を見よ。クロツキレンはまともな力を持たぬ。浄化の光をまともに扱えぬ神子など、前代未聞だ。試練を通過したとしても、魔物との戦いでいずれ命を落とすだろう」
「……ですが、闇は確かに払えているじゃないですか。それに、神子様の身を守るため我々騎士がいます。彼のことは、私が必ずお守りしますので問題ありません」
「仲が良いのは結構だが、気持ちだけではどうにもならぬ」

 ヴィルヘルトは背を向けていて表情は見えない。ただ、拳を強く握り締めている様子から、平静を装っているのが分かった。

「私は、そなたの将来を思って忠告しているのだ。神子が失敗すれば、多くの犠牲が出る。責任は神子専属の騎士である、そなたにも及ぶぞ。名門グランディール家の名を穢すことにもなるが、それでも良いのか? 家族や先祖に顔向け出来るのか?」
「……そ、それは……」
「そうなる前に諦めて切り捨てた方が身のためだ」
「っ……」
「幸い、二人の神子様はそれぞれ優れた力をお持ちだ。一人欠けたところで、問題なかろう。そなたには、残る二人の神子の補佐を願いたい」
「……レン様は、どうなるのです?」

 動揺を隠せぬ声でヴィルヘルトが問うと、バロンは薄く笑う。

「なに、別にクロツキレンを排除しようなどとは思っておらん。王都にも瘴気の影響があるのでな。交代の騎士をつけ、あやつには神殿の支援に回らせる。出涸らしの力でも、多少は役に立つだろう」

 沈黙が流れる。ヴィルヘルトは何も返さなかった。
 恐らく、実家と俺のどちらを選ぶべきか、葛藤しているのだろう。

「そなたの名誉と、我が国の繁栄のため。ここは引き受けてくれるな?」

 バロンの声が静かに響く。
 正直、少しだけ期待をしていた。ヴィルヘルトと仲良く絆を育んでいた俺は、原作の黒月蓮とは違う。だから、バロンの提案を断って、俺を選んでくれる筈だと。

「……分かりました。ただ、今すぐには答えられません。一度家族と相談させて下さい」
「良いだろう。明日の朝、改めて聞こう。良い返事を期待している」

 バロンは満足そうに頷き、背を向けて去って行った。残されたヴィルヘルトは、暫く俯いたまま動かなかった。俺もまた、動けずにいる。
 思いの外、受けたショックは深かった。
 ……分かってたのに。神子とはいえ、出会って1ヶ月も経たない男なんて、普通は選ぶ筈がないことぐらい。

 茫然自失のまま部屋に戻り、頭を抱えて蹲った。先ほどの会話が何度も脳裏で再生され、胸が押し潰されそうになる。
 やっぱり、原作の流れは変えられないのか? 俺が“ハズレ神子”として死ぬ運命も、避けられない?

 ……いや、違う。
 誠実なヴィルヘルトのことだ。もしかしたら明日、ちゃんと事情を話してくれるかもしれない。命令に従うふりをして、俺を助けてくれるかもしれない。
 それに、第一の試練がうまくいかず、裏で働くことになっても死ぬ訳じゃないんだ。まだ終わりじゃない。きっと、大丈夫……。
 必死で自分に言い聞かせながら、夜は更けていった。


 そうしている内に、気付けば試練当日の朝を迎えていた。ほとんど眠れず、コンディションは最悪。心なしか空も曇り、空気が湿っている。

 俺とヴィルヘルトの順番は最後だ。
 神殿の関係者が見守る中、陽真と朔夜が難なく試練を終えたのを、ただぼんやりと見つめていた。周囲からは拍手が起こり、称賛の声が響く。

 次は俺たちの番なのに、ヴィルヘルトからはまだ何も言われてない。言いづらくて、ギリギリ間際になるのか。それとも俺から言うべきなのか?

「あのさ、ヴィルヘルト……」
「……はい」

 彼は口元を結んだまま何も言わず、どこか表情は硬く、ぎこちない。俺と視線が合うと、わずかに逸らされた。

「…………やっぱり、なんでもない」
「……はい」

 結局、何も言えぬまま試練が始まった。
 檻から現れたのは、黒い瘴気を纏った巨大な犬型の魔物。
 俺は息を吸い込み、ヴィルヘルトに加護を与えようとした。成功すれば右手の紋様がうっすら浮かび上がる筈なのに、何度念じても、加護は乗せられなかった。
 胸の奥に、じわじわと絶望が広がっていく。

 なんで……どうして? 拒否された?
 頭がパニックに陥り、ただ立ち尽くす。

 加護も浄化も使おうとしない俺を見て、周囲の神官たちがざわめいた。視界の端で、バロンが冷ややかに見下ろしているのが見える。

 黒い牙が目の前に迫ってきたのを捉えた瞬間、俺ではない誰かの浄化が、眩い光で魔物を焼き払った。
 ペタリと石畳に座り込む。誰かが俺の名前を呼んでいるのが、遠くで聞こえた。

 そして──俺は原作通り『ハズレ神子』の烙印を押されてしまった。


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