病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎

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09.

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 ベッドに仰向けで寝転びながら、天井の模様をぼんやりと眺める。お腹の上で抱き締めていた枕を、ぎゅっと抱え込んだ。
 ……終わってしまった。第一の試練が。
 そしてなってしまった。原作通りの『ハズレ神子』に。深い溜め息が漏れる。

 試練後の記憶は、酷く朧げだ。
 翌日、漸く頭が働くようになった頃、陽真が訪ねてきた。襲い掛かってきた魔物を浄化したのは、彼だったらしい。顔を真っ青にしながら「手を出してごめん!」と謝られた。
 加護が乗らなかったことで、頭が真っ白になり、動きを止めてしまった俺が悪いのに。朔夜のアドバイス通り、自分で殴ったり浄化を試みるなり、やりようはあった。
 それに、陽真が助けてくれなかったら、怪我をしていたかもしれない。
 だから「気にしないで」と伝えたけど、陽真は唇を噛み締めて、俺を抱き締めてきた。
 朔夜も特に声はかけてこなかったが、俺の様子を時々窺っていた。
 二人とも、本当に気にしなくていいのに……。

 あれから三日。
 今日は王城で陽真と朔夜の正式発表が行われる。神子の姿が見られるめでたい日だと、城下町では祭りが開催されるそうだ。
 いつもは静かな離宮の中も、神子二人の準備で慌ただしい。
 まぁ、今の俺には関係ないけど……。

 バロンから三日間の休暇を命じられ、その後は俺を鍛え直すと言っていた。あの会話を盗み聞きしていたことには気付いてないようだが、どの口が言ってるんだか。
 やることもないので、邪魔にならないよう、ほとんど部屋に籠っていた。何度か陽真が訪ねてきてくれたが「準備があって忙しいだろうから、今はそっちに集中して」と追い返した。

 ハズレ神子とはいえ、まだ神子の任を解かれた訳ではないので、そこまであからさまな態度は取られていない。だけど、侍従たちの態度は少しずつ変わっていった。目が合うと、すっと視線を逸らされる。食事を運ぶ手つきが雑になり、声をかけられることも減った。

 それと……ヴィルヘルトとは、気まずくてほとんど口をきいていない。魔物に襲われそうになった時、すぐ守れなかったことは謝罪されたが、バロンとの会話は打ち明けてはくれなかった。その後も顔を合わせる度に申し訳なさそうな顔をしてくるけど、俺は見ないふりを決め込んだ。
 だって「なんで裏切ったの?」なんて問い詰めたら、彼が可哀想じゃないか。俺が感情をぶつけたら、それこそ原作通りになってしまう。
 まさか、加護は騎士が受け入れて初めて成立するなんて……ゲームをしていたのに、知らなかった。それが“絆”というシステムだったのかもしれないな。
 自分は黒月蓮と違って、ヴィルヘルトと仲良く出来ているから大丈夫だと思っていたのが、恥ずかしい。
 それに顔を見る度、胸がちくちく痛むから、もう少しだけ落ち着く時間が欲しかった。

 もう一度深い溜め息を吐いて、横向きになる。
 明日……。そう、明日になったら、気持ちを前向きに切り替えるから。今はもう少しだけ、何も考えずにこのままでいたかった。


 今夜は、いつもより外が光で溢れていた。普段は灯りを消せば真っ暗になる部屋が、祭りのおかげか明るい。
 窓を開けると、遠くから笑い声や楽団の音が微かに届く。まるで、ショーやアトラクションを眺めているようだ。

 食卓の上にランプを置くと、雰囲気が一層増す。その灯りだけを頼りに、夕食を取ることにした。
 ただ、食事内容は質素だ。パンとベーコン、野菜のくずスープ。今はあまり食欲もないので別に不満はないけど、パーティーではどんなご馳走が出たんだろう?
 今度、陽真と朔夜たちに会えたら、聞いてみようかな。

 ぼんやりと外を眺めていると、控えめなノックが響いた。侍従が皿を片付けに来たのかと思い、窓から目を離さずに答える。

「入っていいですよ」

 そっと扉が開き、廊下の装飾灯が部屋に薄く差し込む。布の擦れる音と、固い革靴の足音がゆっくりと近付いてくる。
 あれ? 侍従たちは革靴なんて、履いていなかった気がするけど……?
 ふと気になって振り返ると、正装に身を包んだヴィルヘルトが立っていた。

「……レン様」
「ヴィル、ヘルト……」

 オールバックにまとめた髪。華やかな刺繍が施された白いロングジャケット。襟は深い青色で、胸元のクラバットには青い宝石が輝く。ジャケットから覗く黒いダブルベストと白いスラックス。
 その着飾った姿を見て、慌てて自分の前髪を手で整えた。ベッドに寝転がっていたから、乱れていたかもしれない。

「少し……お話をしたいのですが」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。

「…………遅いよ、ヴィルヘルト」
「え……?」
「実はね。試練の前夜に、聞いてしまったんだ。バロンとの話」

 途端にヴィルヘルトの目が見開かれる。

「だから……分かってるよ。もう、聞かなくていいかなって」
「レン様……私は」
「それより、抜け出してきて大丈夫なの? パーティーに戻った方がいいんじゃない?」
「お願いです、レン様。どうか少しで良いので、話を……!」

 話しても、もう過ぎたことだし、お互いに苦しいだけだと思う。俺は首を横に振って、微笑んだ。

「主役は会場にいないと」

 その瞬間、俺の背後で花火が上がった。色とりどりな光が開けた窓から差し込み、ヴィルヘルトの顔を淡く照らす。
 悲しげに顔を歪めた彼に、手を振った。

「ほら、早く戻らないと。楽しんでね」
「………………申し訳ありませんでした」

 ヴィルヘルトは一度深く頭を下げ、踵を返した。思わず伸ばそうとした指先を、俺は握りしめて止める。彼が出ていく後ろ姿を、未練がましく見送った。

 扉が閉まり、すぐに二度目の花火が上がる。青い花が重なるように、夜空に咲いていく。

 きれいだな。
 出来れば俺も、みんなと……。ヴィルヘルトと並んで、今夜を楽しみたかった。


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