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34話
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王宮の奥、小さな円卓のある応接室。
淡い水色のカーテンが風に揺れ、外の陽光が柔らかく差し込んでいる。
だが、その空間に集められた三人の間には、簡単には晴れぬ影があった。
王妃アナスタシアは、あくまで中立の立場を保つよう、静かに席の端に座る。
円卓の向こう側には王太子アルベリヒと、聖女リリィ=クロフォード。
そして、その向かいに、いつもと変わらぬ微笑をたたえたシャルロット=ド=レーヴェンローが座っていた。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございますわ。まずは、皆さまに紅茶をお淹れいたしますね」
そう言って、シャルロットは静かにポットを持ち上げた。
香りは、レモンとミント。緊張をほぐし、言葉の通りを滑らかにする組み合わせだった。
「……茶会ではないのだぞ」
アルベリヒの声は硬かったが、どこか覇気を欠いていた。
「ですからこそ、茶が必要ですわ。感情と真実の間には、ほんの少しの香りが必要でございます」
リリィはカップを両手で包み込むように持ったまま、視線を落としていた。
その指先がわずかに震えていたことを、王妃もシャルロットも気づいていた。
やがて、リリィがぽつりと口を開く。
「……私は、誰かの理想になるしかなかったの。
“聖女”と呼ばれたときから、そうやって生きるしかないって、そう思ってたのに……」
視線が、シャルロットに向けられる。
怨みでも、嫉妬でもない。
ただ、どうしようもない戸惑いと、少しの憧れが滲んでいた。
「あなたは、ただ微笑んで、お茶を淹れるだけで、みんなに信じてもらえて……。
わたしが必死で守ろうとした“役目”を、何もせずに超えてしまった」
「……本当に、“何も”していないと思われますか?」
シャルロットは穏やかに笑った。
しかしその言葉の奥には、柔らかな棘がある。
「わたくしは、誰の理想にもなれません。だから、代わりに自分の“日常”を守ってきましたの。紅茶を淹れて、香りを調えて、目の前の人の心を穏やかにすることだけを考えて」
リリィは言葉を失った。
アルベリヒもまた、カップに視線を落としたまま、何も言えずにいた。
「……私は正義の名で、貴女を断罪しようとした」
「ええ、存じております」
「それでも、怒らないのか」
「怒っても、わたくしの香りは変わりませんわ。
香りは、人の心の鏡ですもの。怒りでは香りを作れません」
しんと静まり返った空気。
その中心で、茶の香りだけがゆるやかに広がっていく。
王妃がそっと目を閉じた。
「この国に今必要なのは、罰ではなく、和解です。……私たちが背を向けていた“香りの意味”に、ようやく向き合うときが来たのかもしれませんね」
シャルロットは最後に、ふたりを見つめて深く一礼した。
「おふたりの未来が、少しでも穏やかでありますように。
そして、それが誰かの“物語”ではなく、おふたり自身のものでありますように」
それは、呪いでも、断罪でもなかった。
ただ、願いのように静かに響く言葉だった。
扉の外。
控えていたロジーナとセバスティアンは、その言葉を聞くことはなかったが――
確かに“空気”の変化を感じ取っていた。
未来が変わりはじめた音は、香りとともに、確かにそこにあった。
淡い水色のカーテンが風に揺れ、外の陽光が柔らかく差し込んでいる。
だが、その空間に集められた三人の間には、簡単には晴れぬ影があった。
王妃アナスタシアは、あくまで中立の立場を保つよう、静かに席の端に座る。
円卓の向こう側には王太子アルベリヒと、聖女リリィ=クロフォード。
そして、その向かいに、いつもと変わらぬ微笑をたたえたシャルロット=ド=レーヴェンローが座っていた。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございますわ。まずは、皆さまに紅茶をお淹れいたしますね」
そう言って、シャルロットは静かにポットを持ち上げた。
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アルベリヒの声は硬かったが、どこか覇気を欠いていた。
「ですからこそ、茶が必要ですわ。感情と真実の間には、ほんの少しの香りが必要でございます」
リリィはカップを両手で包み込むように持ったまま、視線を落としていた。
その指先がわずかに震えていたことを、王妃もシャルロットも気づいていた。
やがて、リリィがぽつりと口を開く。
「……私は、誰かの理想になるしかなかったの。
“聖女”と呼ばれたときから、そうやって生きるしかないって、そう思ってたのに……」
視線が、シャルロットに向けられる。
怨みでも、嫉妬でもない。
ただ、どうしようもない戸惑いと、少しの憧れが滲んでいた。
「あなたは、ただ微笑んで、お茶を淹れるだけで、みんなに信じてもらえて……。
わたしが必死で守ろうとした“役目”を、何もせずに超えてしまった」
「……本当に、“何も”していないと思われますか?」
シャルロットは穏やかに笑った。
しかしその言葉の奥には、柔らかな棘がある。
「わたくしは、誰の理想にもなれません。だから、代わりに自分の“日常”を守ってきましたの。紅茶を淹れて、香りを調えて、目の前の人の心を穏やかにすることだけを考えて」
リリィは言葉を失った。
アルベリヒもまた、カップに視線を落としたまま、何も言えずにいた。
「……私は正義の名で、貴女を断罪しようとした」
「ええ、存じております」
「それでも、怒らないのか」
「怒っても、わたくしの香りは変わりませんわ。
香りは、人の心の鏡ですもの。怒りでは香りを作れません」
しんと静まり返った空気。
その中心で、茶の香りだけがゆるやかに広がっていく。
王妃がそっと目を閉じた。
「この国に今必要なのは、罰ではなく、和解です。……私たちが背を向けていた“香りの意味”に、ようやく向き合うときが来たのかもしれませんね」
シャルロットは最後に、ふたりを見つめて深く一礼した。
「おふたりの未来が、少しでも穏やかでありますように。
そして、それが誰かの“物語”ではなく、おふたり自身のものでありますように」
それは、呪いでも、断罪でもなかった。
ただ、願いのように静かに響く言葉だった。
扉の外。
控えていたロジーナとセバスティアンは、その言葉を聞くことはなかったが――
確かに“空気”の変化を感じ取っていた。
未来が変わりはじめた音は、香りとともに、確かにそこにあった。
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