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56話、思い違っていた予想

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 闇が覆っている神殿内を見渡していると、背後からカタカタという乾いた音が鳴り出した。ファートが持っている、杖の先端に装飾されている髑髏が笑った音だ。
 同時に、消えたばかりの蝋燭が一斉に灯り、その蝋燭の下に設置されている木棺の蓋が全て弾け飛び、中からアンデッドとスケルトンが一体ずつのそのそと這い出してきた。
 現れたアンデッドとスケルトンの数は、合計で二十四体。そいつらはとうの昔に果てているので、当然、感情という物を持ち合わせていない。ただファートに操られているだけの人形である。
 が、アルビスの助言により改良に改良を重ねた、サニーの首にかけてある首飾りが危険を察知し、私達を囲むように魔法壁が展開して、五m前後のゆとりを持って広がっていった。

「うわー、恐ろしい魔物が大量に攻めて来たー。絶体絶命だー。ほらサニー、怖いだろー?」

 最早、サニーの無いに等しい恐怖心を煽るべく、棒読みで演技をする私。ファートの為に自らやった事だが、正直ものすごく恥ずかしい……。

「うわっ、うわっ! ママ見てっ! 本物のアンデッドさんとスケルトンさんだよ! 絵本に出てきた通りの格好してるっ!」

 元々期待はしていなかったが、やはりサニーは声を弾ませるように荒げ、あちらこちらに指を差している。
 本来ならば、普通の人間は為す術がなく足がすくみ、情けない表情で逃げ出す所なんだがな……。やはり、私という存在は大きいようだ。

「違う、違うぞサニー。こういう時は、「キャー」とか「ウワー」と叫ぶんだ」

「ほらほらっ! アンデッドさんが「ヴァ~」って言ってる! スケルトンさんは「カタカタ」笑ってるよ! すごいすごいっ!」

 私の声が耳に届いていないのか。サニーの気持ちは最高潮に達し、その場でピョンピョンと飛び跳ね出す始末。もう収拾がつかない、素直に諦めよう……。
 何もしないままアンデッドとスケルトンに囲まれるも、私は気疲れしたため息を吐き出し、ファートが居る方へ体を戻した。

「……ファート、すまなかった」

「観光料は、金貨五十枚になりまーす」

 相当やさぐれているファートが、不貞腐れた態度で鼻をほじる仕草をし、ピンッと指を弾く。

「い、今は手持ちがないから、後日払う……」

「冗談だよ、バーカ。ったく、包帯をかっさらいに来るならまだしも、種明かしまでしやがって。冷やかしもいい所だぜ」

 ダメだ、何を言っても機嫌が直らない。今日はこいつに謝りにも来たというのに……。サニーに説明するのが楽し過ぎて、浮かれてしまっていた。
 私の足元に居るは、感銘の篭った声を出し、ひっきりなしに辺りを見渡しているサニー。周りに居るは、ファートの怒りの感情が移っているのか、魔法壁をバンバン叩いているアンデッドに、持っている刃こぼれした剣を叩きつけているスケルトン。
 上に居るは、全てにおいてやる気を無くし、あくびまでしているファート。まるで、私のみに適用された地獄絵図のようだ……。

「どうせ、アンデッドの包帯を盗って、さっさと帰んだろ? お前の目の前に居るアンデッドに、やや高い包帯を巻いてある。それを奪ってったらどーだ?」

 普段であれば、一戦交える場面だというのに……。それすらしない程、ファートのやる気が削がれてしまっている。
 だが、ここでようやく本題を切り出せる。先の事も含めて、心を込めて謝らなければ。

「いや、包帯はもういらない。そういうのは止める事にしたんだ」

「は? じゃあなんだ? 今日は冷やかしをしに来ただけなのか?」

「違う、断じて違う。今日は、二つの要件があってここに来たんだ」

 私が本題に入った途端、ファートは興味を示してくれたようで。横にしていた体を起こした。

「要件、ねえ。とりあえず言ってみろ」

「ありがとう。まず一つ目は……」

 一つ目の話だけはサニーに聞かれたくないので、サニーがアンデッド達に目を奪われている隙を突き、両耳をそっと手で塞ぐ。
 するとサニーはピクリとも動かなくなり、落ち着いた様子で、私の両手をぽんぽんと軽く叩き出した。仕草がいちいち可愛いな。ずっとされていたい。

「ファート。これまでの事を全て謝らせてくれ」

「謝るう~? これまでの事って、どの事を言ってんだ?」

「ほら、今言った事だ。私がここに来ては、毎回包帯を奪ってただろ? だから、お前には相当迷惑をかけてしまったから、ちゃんと謝ろうと思って―――」

「はあ~? 何言ってんだ、お前は」

 説明の途中で割り込んできたファートが、細くなった緑色の眼光で私を捉えた。

「それについて我は、一度も迷惑だと思った事はないぞ」

「え? そう、なのか……?」

 微塵も予想していなかったファートの言葉に、抜け切った返答をする私。腰を折って頬に手を添えたファートが、「ああ」とあっけらかんと答える。

「ほら、砂漠地帯に『全てを喰らう者』が居るだろ?」

「全てを喰らう者?」

「砂の中に潜んでる魚の事だ、我がそう呼んでる。あれが出現したせいで、砂漠地帯に居る奴がほとんど食われちまっただろ? 前はぼちぼちこの神殿に来る者は居たんだが……。今来るのは、ファーストレディ、お前だけになっちまったんだ」

 退屈そうにかつ、寂し気に愚痴を語り始めたファート。『全てを喰らう者』か、的を射ている名称だな。が、問題はそこじゃない。

「私以外に、この神殿に訪れる者が居たんだな」

 一言多い私の問い掛けに、ファートは「居たわッ!」と声を荒げながら私との距離を詰め、離れてからため息をつく。

「気が合ってよく話してた奴も食われちまったもんだがら、暇で暇でしょーがないのよ。だから頻繁に訪れてたお前との相手は、むしろ楽しかったぞ?」

「そう、だったのか……」

 これは、ファートの事情を知っていなかったせいなのだが……。まさか迷惑を掛けていた訳ではなく、楽しませていただなんて。
 むしろ、ここ八年以上は訪れていなかったから、ファートは逆に暇を持て余していたのか。だとすると、二つ目の要件でファートの機嫌を取り戻せるかもしれない。
 が、その前に、全ての仕掛けをサニーに教えてしまった事を謝らねば。

「その件については分かった。なら、全ての仕掛けの種明かしをしてしまった事を―――」

「それもいい。そのガキはお前が近くに居ると絶対に驚かないと、お前らの会話で分かってたしな。それはそうと、そのサニーとかいうガキは一体誰なんだ?」

「ああ、そうか。自己紹介がまだだったな。この子は、私の娘だ」

「はあっ!? 娘ぇ!? ……はっは~ん、お前がここに来なかった理由が分かったぞ」

 サニーの正体が分かり、ファートの眉毛があったであろう部分が跳ね上がった。あの頭蓋骨、意外と柔らかいんだな。

「そいつを今まで育ててたから、来なかった訳だなあ?」

「まあ、合ってる」

 その理由もあるが。ここへ来なくなった本当の理由は、もう無作為な殺しや採取を止める事にしたからだ。しかし、アンデッドに巻かれている包帯は、それなりの効力と魅力がある。
 実際、希少な『女王の包帯』という桃色の包帯と、何かのくちばしを調合して作った新薬の副作用で、私の体の成長が止まってしまったからな。
 たぶん女王の包帯には、束縛に近い効力があるはずだ。不老不死に近い体になりたいのであれば、重宝するだろう。

「はあ~。あの最強の暴れん坊の魔女が、一端の母になっちまったのか。死んでからも長生きすると、何が起きるか分かんねえなあ」

「人はいずれ変わるものだ。私の場合は、ある意味戻ったというべきか」

 そう。あの日、針葉樹林地帯へ行き、捨てられていたサニーを拾い、育てたからこそ……。忘れていた過去の全てを思い出し、今の私が居る。

「戻った、ねえ。お前の過去の経緯は知らねえし、興味もねえが、良い事だわ。んで、二つ目の要件ってなんだ?」

「そうだった、ちょっと待っててくれ」

 聞かれたくない一つ目の要件が終わったので、サニーにずっとぽんぽんされていた両手を耳から離す。
 すると、サニーが不思議がっている青い瞳を私に合わせてきたので、私は肩に置いていた布袋を下げつつしゃがみ込んだ。
 そのまま布袋を漁り、画用紙と色棒が入っている布袋を取り出し、体をゆらゆらと揺らし出したサニーに手渡した。

「サニー、お前の出番だ。ファートの絵を描いて来い」

「わーいっ! やっと描けるーっ!」

 耳を塞がれていた事には触れず、画用紙と布袋を両手に携えて微笑むサニー。たぶん、アンデッドとスケルトンも一緒に描くだろうから、ここからは長丁場になるかもしれない。
 が、ファートの性格は多少なりとも知っている。喜んで快諾してくれて、気が済むで描けと言うだろう。その前に、周りに居る奴らをどかしてもらわねば。

「ファート。お前の所に行きたいから、道を開けてくれないか?」

「道ぃ? ん」

 特に理由も聞かなかったファートが、杖を前に出す。杖の先端にある髑髏の目が赤く発光し、カタカタと笑い出した。
 それを合図に、ファートの元へ行く道を塞いでいたアンデッドとスケルトンが後退りをして、扉が開くような形で道を開けてくれた。
 そして、サニーに対して危機も去ったようで。展開していた魔法壁が収縮し、サニーの胸元にある十字架の首飾りの中に納まっていった。

「やったぞ」

「ありがとう。それじゃあサニー、ファートの元に行って来い」

「わかったっ!」

 左右に居るアンデッドとスケルトンが見守っている中、その間を堂々と歩き始めるサニー。その姿はさながら、大いなる勝利の報告を携えた騎士の凱旋のようだ。
 短い凱旋を終えたサニーが、ファートの前まで行くと、ペコリと頭を下げた。

「初めまして、サニーですっ!」

「あっ、ご丁寧にどうも。死霊使いのファートです」

 なんだ、あのファートの丁寧かつ距離感が凄まじく遠い自己紹介は……? もしかしてあいつは、人見知りなのか?

「今日は、ファートさんの絵が描きたくて、ここに来ました! 描いてもいいですかっ?」

「我の絵を? ほっほ~う」

 よし、好感触の反応だ。もう心配する事は何もない。ここからは平和なやり取りが始まるだろう。その証拠に、ファートがだらしない程のにやけ面になっている。
 顔は骸骨だというのに、やたらと感情豊かな表情が出来るな。たぶんあいつも、ヴェルインみたいに隠し事が出来なそうだ。

「君、サニー君と言ったね?」

「はいっ、サニーです!」

「遠路遥々ご苦労であった。我の絵が描きたいとは、かなり見込みのある娘さんじゃあないか。よかろう! 好きなだけ描くがいいッ!!」

「わーいっ! ありがとうございますっ!」

 嬉々とした言葉で喋り、快く快諾したファート。機嫌が戻るどころか、一気に舞い上がってくれて何よりだ。さてと、私の出番はここで終わりか。
 時間が掛かるのは間違いないから、サニーの描いている絵でも眺めて暇を潰そう。そう決めた私も凱旋をし、サニーの元へ歩み寄って行った。
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