ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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163話、もっとも近くにあり、いくら手を伸ばそうとも届かなかった幸せ

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 数十年以上も体を蝕んでいた、肌で温度を感じ取れなくなる新薬の副作用が治り、サニーが初めて作ってくれた暖かな料理を食べた後。
 サニーの野菜汁を食べたお陰か。数時間もすれば、全身を襲っていた気だるさは無くなっていき、その日の内に歩けるようになるまで回復した。
 したのだが。全員に安静していろと口を揃えて言われてしまい、そこから二日間もの間、絶対安静を強いられてしまった。

 まあ、それはいい。みんなが私の体を想ってくれている証拠にもなるし、なにより嬉しかった。が、問題はヴェルインとカッシェさんだ。
 まさかあの二人が、風邪薬及び、様々な解毒作用のある高級なポーションを、五十種類以上も購入してくるだなんて……。もちろん私は、二人の好意を無駄にしたくなかったので、二日間に分けて全部飲んだ。
 良薬口に苦しとよく言うけど。何種類か、まるでこの世にある苦味成分を全て煮詰め、限界まで凝縮したような味のポーションがあったせいで、何度か気を失いかけた。
 しかし、やはり腐っても高級なポーション。体調はすこぶる良くなった。体の中から、あらゆる毒素が抜けた気分である。

 体調は全快した。アルビスは、食材を買いにタートへ行っている。付きっきりで看病してくれていたウィザレナとレナは、精霊の泉へ行っているので、今は居ない。
 ヴェルインとカッシェさんも、今日は食材調達をしているから来ていない。なので、現在家に居るのは、私とサニーだけ。
 サニーを存分に抱きしめる事が出来る、またと無い好機だ。ようやく、ようやくサニーの暖かな体温を、肌で感じ取れる時が来た。
 約九年、本当に長かった。ずっと待ち焦がれていた。もっとも身近にあった幸せの一つを、やっと掴み取る事が出来る。
 いつまでも願い続けていた瞬間が訪れたせいで、鼓動がどんどん早まり、ひどく緊張してきてしまった。いつまで経っても落ち着かない。

 もういい、鼓動が収まるまで待つ時間が勿体ない。さあ、愛娘であるサニーを、この手で、全身で抱きしめるぞ。












「ふぅ~っ……。よし!」

 私の暴れる鼓動音は、相変わらず耳まで届いているけども。深呼吸を何回も繰り返しおこなったので、気分だけは落ち着いた。
 サニーは今、昨日アルビスが火打石と共に購入してきた、料理の作り方が記された本を睨みつけ、真剣な表情をしつつ「むう~っ」と唸っている。
 必死に料理の作り方を学んでいるので、邪魔をしたくないというのが本音なのだが。サニーを抱きしめたいという欲求に、もう抗えそうにない。すまない、サニー。
 そう、心の中で謝罪した私は、なるべく足音を立てないでサニーの元へ近づいていった。

「サニー」

「んっ、どうしたの?」

 申し訳なさそうに呼んでみると、サニーはきょとんとさせている顔を見上げ、私に合わせてきた。よし、言うぞ。

「一つ、私のわがままを聞いてくれないか?」

「わがまま? うん、いいよ。なんでも言って!」

 即座に快諾してくれたサニーが、太陽にように明るい笑顔を送ってきてくれた。この、私をもっと頼ってほしいと言わんばかりの笑みよ。本当、いい子に育ったな。

「ありがとう。それじゃあ、ちょっと立ってくれ」

「立てばいいんだね、わかった」

 早速わがままを聞いてくれたサニーが、座っていた椅子を後ろへずらし、私の前に立った。
 お互い立っているのに、サニーの可愛い顔がかなり近くにある。後数年もしたら、私の身長を追い越してしまうかもしれないな。

「それで、何をしてほしいの?」

「いや。してほしいというよりも、私がしたい事があるんだ」

「お母さんが?」

「ああ、そうだ」

 本題に入ろうとした途端。さんざん暴れていた私の鼓動が、更にもっと早まっていった。やっとの思いで落ち着かせた気持ちも、また強張り出して緊張してきている。

「サニー。お前の体を、抱きしめてもいいか?」

「抱きしめるって。お母さん、いつもやってるじゃんか」

「そうだけど。今日は、色々と特別な日なんだ。だから、事前にお前の許可を貰っておこうと思ってな」

「特別な日?」

 今までは、私が作った新薬の副作用のせいで、お前の体の暖かさが分からなかっただなんて、明かせるはずもなく。曖昧に濁したせいで、サニーが首をかしげてしまった。
 しかし、聞き出すのは野暮かと察したのか。サニーはふわりと微笑み、細い両腕を広げてくれた。

「ほら、お母さん。ギュッてしていいよ」

「ありがとう。……じゃあ」

 せめて少しでも鼓動を抑える為に、静かに長く息を吐く私。もっとも近くにあり、どれだけ手を伸ばそうとも届かなかった一つの幸せが、目の前にある。
 長かった、途方にもなく長い九年だった。何度か諦めそうになった時もあったけど、ようやく掴める時が来たんだ。
 もう一度息を吐いた私は、一歩前へ出る。そして、その場に屈み、サニーを強く抱きしめた。

「お母さんの体、今日もすごく暖かいや。それに、花のいい匂いがする」

 先に私の体温を感じたサニーが、頬に頬ずりをしてきた。サニーの髪の毛から、緊張を解していく花の柔らかな香りがする。
 私の体を抱き返してくれたサニーの手から、腕から、全身から、早まった鼓動を落ち着かせてくれる、心まで満たす優しい温もりが―――。

「……本当だ。すごく、暖かい」

 サニーの温もりを感じた瞬間、全身の毛が逆立っていった。何も考えたくなくなって、頭の中が真っ白になっていく。
 息が詰まり、呼吸が疎かになっていく。どこを見ているのか分からない視界が、下の方からボヤけて熱くなってきた。
 暖かい。サニーを抱きしめている私の全てから、心の底まで照らしてくれるような、幸せ深い暖かさを感じる……!

「お前の体って、こんなに暖かったんだなぁ……!」

「えっ? お母さん、泣いてるの?」

 どこか遠くから聞こえてきた、サニーの心配している声。今のは、自分でも分かった。サニーに悟られるほど、私の声が震えた涙声になっている。

「これが……、これが泣かずにいられるか! ようやく……、ようやくなんだ。長かった、本当に長かった……。ああ、嬉しいっ……!」

「……よく、わからないけど。お母さん。私の体、暖かい?」

「うん、うんっ……! すごく、暖かいよ」

 ずっと待ちわびていた、サニーの暖かさ。なんて心地が良いんだろう。布団の中、暖炉の火、陽だまり、夕陽。どの暖かさにも該当しない、サニーだけの特別な温もり。とても大好きな温もりだ。
 暴れていた私の鼓動が、みるみる穏やかになっていく。時の流れがまどろんでいき、意識が遠ざかっていくようにボーっとしてきた。心地が良すぎて、涙まみれになっている瞼を閉じれば、すぐに眠れてしまいそうだ。

「よかった。お母さんの体も、すごく暖かいよ」

「そうか。私の体も、すごく暖かいかぁ!」

 初めて共有出来た、家族間での体の温もり。九年の時を経て、ようやく嘘をつかないで言えた。やっと、ちゃんと言えるようになれた。
 嬉しいなぁ。今までずっと、サニーの『温かいね』や『冷たいね』といった言葉に対しての相槌は、全て嘘となり、左胸に痛みを感じていたから辛いものがあったんだ。

「ああ、本当に嬉しいなぁ。ずっとこうしてたい」

「ふふっ。なら私も、ずっとお母さんをギュッてしててあげるね」

「……うん。ありがとう、サニー」

 いつまでも感じていたい、サニーの特別な温もり。全身の内側までポカポカと暖かい。私だけの、幸せに満ちた時間だ。 
 今日だけは、この時ぐらいだけは、満足するまでサニーに甘えて幸せを感じていても、いいよね?
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