ぶっきらぼう魔女は育てたい

桜乱捕り

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277話、どこまでも優しい二人

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様」

「わざわざ確認してから、名前で呼ぶんじゃねーっつーの。もう終わってるぜ」

「え?」

 話の腰を折ったベルラザさんが、偽名ではなく本名で呼ぶと、シルフも何かを終わらせたていで返してきた。二人の間に、一体何が……。

「あれ? みんな、眠ってる?」

 殺気立っていた空気が多少揺らぎ、ベルラザさんとウィザレナから外せなかった視界を、シルフの方へ持っていこうとした矢先。
 こうべが項垂れたヴェルイン、カッシェさんが見え。シルフではなく、視界を左側へ持っていけば、同じく頭が下がったファート。
 そのファートの横。状況が理解出来ず、みんなの様子を高速で見返しているフローガンズの姿。サニーはというと、みんなのように眠っておらず、健気にウィザレナの両手をぽんぽんと叩いている。
 この、違和感しかない三人の唐突な眠り方よ。たぶん、ベルラザさんとシルフのやり取りから察するに。また、シルフに眠らされたのだろうか?

「私の我儘に付き添って頂き、感謝申し上げます。では、様」

「ええ。お話しても構いませんよ」

「申し訳ございません。ありがとうございます」

 今度は、ウンディーネから何かの許可を貰い、頭を深々と下げて感謝の意を伝えたベルラザさんが、上げた雄々しき表情をウィザレナへ移した。

「ウィザレナ。これは、ウンディーネ様から聞いた話なんだがな? お前が里を出る時、おさ様はなんて言ってた?」

「んっ……!?」

 ベルラザさんが放った暴露によって、殺気により尖っていた空気に、重苦しく湿った悲壮感が混ざり始めた。
 長様、間違いない。あれは、私達が絵を描きに行くという目的で、『樹海地帯』にあるエルフの里跡地へ行った時のこと。
 死期が近いウィザレナ達に、沼地帯へ引っ越して来ないか? と誘った後。ウィザレナが別れの挨拶をすると言い、里に向かって後悔の念が山ほど積まれた懺悔の叫びをした直後。
 亡くなったはずの長様や、仲間達の声が里全体から響いてきた出来事を、ベルラザさんはウィザレナに問いている。

「……い、いっぱい楽しんでこい。俺達の分もなと、言ってました……」

 私も覚えている限り、長様は確かにそう言っていた。
 そして、後から響いてきたウィザレナの仲間達も、祝福の言葉や、私宛に『ウィザレナを泣かしたら、ただじゃおかない』とか、『必ず幸せにしてやれよ』という念を押す声もあった。

「そうだ。仲間達も、お前に激励や祝福を送ってたと聞いてる。その中に、仲間の無念を晴らしてくれとか、復讐をしてくれと言ってた奴は居たか?」

「……いません、でした」

 そう、皆無だった。当時の里跡地は、祝福に満ちていて、怨嗟を吐く者なぞ居なかった。大勢居たはずなのに、誰一人としてだ。

「なら、ウィザレナ。長様が言ってたのは、言葉通りの意味だと私は思ってる。けど、お前達の気持ちだって痛いほど分かるぞ。私もかつて、そっち側に居たからな」

 似た境遇に立たされていたと軽く自語りを交え、ウィザレナとレナの復讐心を肯定したベルラザさんが、「だがな、二人共」と続ける。

「その牙を剥くべき奴らは、誰の記憶にも残ってねえ、世界の記憶からも剥がれ落ちちまったほど太古に居る。今居る奴らに噛みついたら、それは心無え盗賊共がやってたような行為と、同じになっちまうぞ? 私は、血で血を洗うような殺戮をお前達にやらせたくねえし、長様や仲間達も望んじゃいねえだろう」

 二人の積もりに積もった気持ちを加味すると、理屈ではないと一蹴されかねない説得を試みているベルラザさんが、「それに」と付け加える。

「お前達は長期に渡り、理不尽が重なって自由を奪われた身でもある。アカシックと出会い、本当の自由を手に入れたお前達に、長様が俺達の分までいっぱい楽しんでこいって言ったのは、間違いなくお前達を想ってのことだ。復讐に囚われず、新しい人生を楽しく歩んで欲しいと、切なる願いを込めてな」

 これは私も、ベルラザさんが正しいと思う。二人に間違った道を歩ませぬよう、長様が残した言葉の解釈を正確に読み取り、誤った判断をし掛けている二人に伝えているんだ。
 実際、長様がその言葉をウィザレナに掛けている時の声は、憎しみや恨みは一粒も含まれておらず、とても大らかで優しかった。
 しかし、ウィザレナとレナは、正論だと分かっていそうなものの。復讐心剥き出しでタートを滅ぼすと断言した手前、後に戻れなさそうなもどかしい表情をしている。
 ウィザレナなんて、『ど、どうする?』と目で語っていそうだし。正直、やり過ぎたと言わんばかりに、顔から汗が滲み出している。

 頭や心では理解している。ベルラザさんが言っていたこと全てが、正しいと。けど、二人して引き下がれず、どうすればいいのか迷っている状態かな。
 が、二人に起きた出来事は、正論で片が付くほど単純じゃない。平和だった生活が、盗賊の襲撃により一変し。仲間は全員理不尽に殺され、里まで滅ぼされてしまったんだ。
 要は、いくら正論を並べても理屈じゃない。私も、ウンディーネと一悶着起こしたから、分かり合えないと決別した時点で、この話は完全に終わらなくなる。
 まあ、ウィザレナとレナは素直で正直者だ。私ほど、ひねくれてはいない。二人に限って、精神論に持ち込む心配はないだろう。

「ウィザレナ、レナ」

「はぅあっ!?」
「ほあっ!?」

 私が呼び掛けると、二人は体が弾けそうな勢いで大波を立たせ、大汗を垂らした顔を向けてきた。

「にゃ、にゃんだ……? アカシックどにょ……?」
「ご、ごめんにゃしゃい……。アカシックしゃま……」

 きっと、怒られると思っているんだろうな。ウィザレナの顔が青ざめ始めたし、レナなんて目に薄っすらと涙を浮かべている。

「ははっ。なんて顔をしてるんだ、二人共」

「だ、だって……。なあ、レナ? 叱られると思ってるだろ?」
「う、うん……。あと、大精霊様に向かって、とんでもない虚勢を張っちゃったし……。あ、アカシック様、私達はどうすればいい、ですか?」

「ああ、なるほどな」

 つまり、理屈じゃない感情論は最初で出し切っていたと。それなのに、ベルラザさんが二人を想って説得してしまったから、収拾がつかなくなっているんだな。

「ほんと、二人は優しいな」

 場違いに口元が緩み、つい心の本音を漏らした私は、もう一度だけ「ふふっ」と笑った。

「大丈夫だよ、二人共。誰も怒っちゃいないさ。ですよね? ベルラザさん」

「当たり前だろ? 怒る要素なんて無えし、何に対して怒れってんだ。私にはサッパリ分かんねえなあ」

 両手を軽く広げ、首を陽気に左右へ振るベルラザさん。

「……あ、ああっ。よ、よかったぁ~……」
「……じゅ、寿命が、数百年、縮んじゃったや……」

 どうやら、本当に安堵したらしく。二人して弱々しく脱力した体が、ペタンと横たわっていった。とりあえず、誰にも亀裂が生じないまま、話が終わってよかった。
 あの、虚勢と言っていた宣言。事の次第によっては、今この場で止められていなかったら、きっといつか現実になっていたかもしれないのだから。
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