死にたい俺、不老不死を呪った神を殺す旅に出たら、訳アリ美女たちと日本を救う羽目になった件

Gaku

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中部編

第11話『機械たちの鎮魂曲(レクイエム)』

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漆黒の闇が、世界から色彩という概念を奪い去っていた。

佐藤健吾(さとう けんご)と名乗る、熊と人間の中間とでも評すべき大男に導かれ、僕たちが足を踏み入れた夜の樹海は、昼間に一度偵察で訪れた時の穏やかな表情を完全に消し去り、太古の神々が眠る聖域か、あるいは忘れられた者たちが呻く冥府の入り口のような、荘厳でいて不気味な沈黙に支配されていた。天蓋を覆う分厚い雲の向こう側で、月がかろうじてその存在を主張しているものの、その幽玄な光は、幾重にも絡み合った枝葉の迷宮に囚われ、そのほとんどを吸い尽くされてしまう。地上に届くのは、光と呼ぶにはあまりに心許ない、闇の濃度をわずかに和らげる程度の残光だけだった。

僕たちの進む道を照らす唯一の光源は、莉奈(りな)が掲げる最新鋭の高輝度LEDランタンが放つ鋭い白色光と、健吾がその巨体に見合わぬ繊細さで持ち運ぶ、年季の入った真鍮製のカンテラが灯す、揺らめく橙色の温かい光だけだった。二つの光が交錯し、木々の幹や下草に奇妙に伸びやかな影を落としては消し、まるで森そのものが呼吸しているかのような、幻惑的な光景を描き出していた。

ひんやりと湿気を含んだ空気が、まるで液化した闇のように肺の奥底まで染み込んでくる。匂いは昼間と変わらない。湿った土の匂い、朽ちかけた落ち葉が発酵する甘酸っぱい匂い、そして岩肌を覆う苔の持つ青臭い生命の香り。だが、夜の闇という強力なフィルターを通すことで、それらの香りは生命の循環を想起させるものではなく、静かに、そして確実に朽ちていく万物の死の匂いのように感じられた。

足元で、カサリ、と乾いた落ち葉を踏みしめる音が、この絶対的な静寂の中では、まるでガラスが割れるかのように大きく、そして不気味に響き渡る。耳を澄ませても、虫の声一つ聞こえてこない。夜行性の鳥の羽ばたきも、獣が茂みを掻き分ける音もない。ここは、生きている世界の音が完全に死に絶え、真空パックされたかのような、隔絶された空間だった。僕たちはまるで、巨大な生物の体内を、その存在に気づかれぬよう息を殺して進む、矮小な寄生虫にでもなったかのような心許なさを感じていた。

「ここだ」

不意に、先行していた健吾が足を止め、洞窟の奥から響くような低い声で言った。彼の声には、深い哀悼と、わずかな怒りのような感情が滲んでいた。

彼が掲げたカンテラの橙色の光が、前方の闇をゆっくりと舐めるように照らし出した先――それは、この世の終わりを凝縮したかのような、冒涜的でさえある光景だった。

おびただしい数の、モノたちの墓場。

錆が全身を覆い、赤茶けた鉄の塊と化した軽トラックが、まるで力尽きた獣のように横たわっている。その荷台には、メーカー名も判別できないほどに劣化したバイクが、知恵の輪のように絡み合っていた。分厚い蔦に全身を覆われ、もはや自然が作り出したグロテスクなオブジェと化した大型の冷蔵庫。その傍らには、ブラウン管のガラスが見事に割れ、虚ろな眼窩のようにぽっかりと闇の穴を開けたテレビが、何かを訴えかけるようにこちらを向いていた。洗濯機、ワープロ、ラジカセ、ステレオコンポ、扇風機、炊飯器、電話機……。かつて、人間の生活を彩り、その営みを陰ながら支えてきたはずの機械たちが、まるでゴミ収集車から吐き出されたかのように無造作に、そして無残に、折り重なるようにして捨てられていた。それは単なる廃棄物の山ではなかった。一つ一つに、かつては持ち主がいて、それぞれの家庭でそれぞれの物語を紡いできたはずのモノたちが、その役割と記憶の全てを剥奪され、打ち捨てられた絶望の吹き溜まりだった。

「おいおい、なんだよここ……。不法投棄のスクラップ置き場じゃねえか。ふざけやがって……」

僕の隣で、田中猛(たける)が呆然と呟いた。血の気の多い彼の顔から表情が抜け落ち、目の前の惨状に対する純粋な困惑と、やがて込み上げてきたのであろう、身勝手な人間に対する静かな怒りがその双眸に宿っていた。彼の太い腕の血管が、怒りに呼応するようにくっきりと浮き上がっている。

「神隠しの正体は、こいつらだ」

健吾は、苔むしたスクーターのシートを、まるで愛しい我が子の頭を撫でるかのように、その熊のような手でそっと撫でながら言った。彼の指先が、破れたビニールレザーの隙間から覗くウレタンスポンジの感触を確かめている。

「モノってのはな、忘れられた時に、二度死ぬんだ」

彼の声は、静かだが、森の隅々にまで染み渡るような不思議な響きを持っていた。

「一度目の死は、物理的に壊れて、道具としての役割を終えた時。だがな、本当の死は、それを使った人間の、持ち主の記憶から完全に消え去った時だ。愛され、使われていた記憶、共に過ごした時間の全てを忘れ去られた時、モノは本当の意味で死ぬ。そうやって二度死んだモノに、捨てられた深い悲しみと、忘れられたことへの烈しい怒りが、長い年月をかけて澱のように溜まっていく。そして、そこに魂みてえなもんが宿ることがある。それが『付喪神(つくもがみ)』 だ」

「付喪神……」

可憐な巫女装束に身を包んだ栞(しおり)が、透き通るような声で、その古の言葉を悲しげに繰り返した。彼女の大きく澄んだ瞳には、僕たち凡人には見えない、この場所に渦巻くモノたちの無念の想いや、声なき声が、色鮮やかな情景として映っているのかもしれない。彼女はきゅっと唇を結び、祈るように両手を胸の前で組んだ。

「こいつらはな、まだ『生きてる』モノが羨ましくて仕方ねえんだ。今この瞬間も、どこかの家で大切に使われているテレビや、誰かの通勤の足になっているバイクが、羨ましくて、妬ましくてたまらねえ。だから、仲間が欲しくて、この森の近くを通るまだ現役の車やバイクを、その強い念で引きずり込んでる。それが、この辺りで頻発している神隠しの正体だ」

「なるほど。個々の不法投棄という、社会規範に反する身勝手な行動が、期せずして『付喪神の巣』という、極めて厄介で自己増殖的なシステムを構築してしまったわけですね。一種のネガティブ・フィードバック・ループを形成している、と」

莉奈が、自分のタブレット端末に何かを素早くメモしながら、冷静に状況を分析する。彼女の知的な好奇心は、この超常的な現象を前にしても揺らぐことはない。彼女にとっては、これもまた解析すべき一つの複雑怪奇なネットワークであり、そのアルゴリズムを解明することにこそ価値を見出しているのだろう。

僕は、黙ってその異様な光景を見つめていた。忘れられることを何よりも恐れるモノたち。その純粋で強烈な恐怖が、彼らを怪異に変えた。僕の胸のうちに、言葉にするのが難しい、奇妙な感情の渦が巻いていた。彼らへの羨望、深い憐憫、そして、ほんの少しの罪悪感。何百年という、人間にとっては永遠にも等しい時間を、誰からも忘れられることなく、そして死ぬこともできずに、ただひたすらに在り続ける僕にとって、彼らの「忘れられたくない」という叫びは、本来ならば遠い世界の出来事のはずだった。彼らが渇望する「忘れられることによる終わり」を、僕は心のどこかでずっと願い続けているのだから。だが、なぜだろうか。彼らの無念が、まるで自分のことのように胸の奥をちりちりと焦がし、鈍い痛みを伴って共鳴するのを感じていた。

その時だった。
僕の感傷的な思索を無慈悲に打ち破るように、森の絶対的な静寂が、唐突に、そして暴力的に引き裂かれた。

カタカタカタカタカタカタカタカタカタ……!

まるで機関銃の掃射のような、乾いたプラスチックの打鍵音。一台の古いワープロのキーが、誰も触れていないというのに、猛烈な勢いでひとりでに叩かれ始めたのだ。そのモノクロの液晶ディスプレイには、緑色の蛍光文字で、同じ言葉が、狂ったように繰り返し表示されていく。

『ワタシハココニイルワタシハココニイルワタシハココニイルワタシハココニイルワタシハココニイルワタシハココニイルワタシハココニイルワタシハココニイル』

その自己主張は、悲痛な叫びのようであり、呪いの言葉のようでもあった。

「ひっ!」

猛が、その巨体に似合わぬ短い悲鳴を上げた。それが、まるで開演の合図だったかのように、墓場の住人たちが、一斉に長い眠りから目を覚ました。

ブゥゥゥン……。

錆びついた電子レンジが、地獄の釜が開くような低く不気味な唸りを上げる。扉の奥で、ターンテーブルがギチギチと音を立てて回り始めた。

ジジジ……ザザァァァ……!

ブラウン管テレビの画面が、突如として白い光を放ち、耳障りなノイズを発した。砂嵐の奥に、ぼんやりとした映像が浮かび上がる。それは、小さな子供が、家族に囲まれて笑顔で誕生日ケーキのロウソクを吹き消している、ありふれた、しかし最高に幸せそうな家族のワンシーンだった。その映像はすぐに消え、また砂嵐に戻る。まるで、最も輝いていた頃の記憶を、何度も何度もリフレインしているかのように。

そして、

『好きよ~好きよ~、キャプテン~♪ 会ってくれない、つれない人ね~♪』

一台の大型ラジカセから、この陰鬱な場所に全くそぐわない、場違いに陽気な八十年代のアイドルソングが、割れたスピーカーから大音量で流れ出した。それはかつての持ち主だった少女が、来る日も来る日も聴き続けた、青春そのものだったのかもしれない。

廃車のヘッドライトが、カッ、カッと一斉に点灯し、無数の目が僕たちを睨めつけているかのような錯覚に陥らせる。錆びついて固着したはずのクラクションが、まるで狂ったオーケストラのように、調子の外れた不協和音をけたたましく鳴らし始めた。ビーッ!ブブーッ!ファーン!静寂は、完全に破られた。そこはもう、モノたちの静かな墓場ではない。忘れられた者たちの、悲痛な叫びと抑えきれない怒号が渦巻く、狂乱のコンサートホールへと変貌していた。

「う、うわああああああ!出やがったあああ!化けて出やがったあああ!」

猛が、恐怖のあまり逆にアドレナリンが振り切れたのか、野生の獣のような雄叫びを上げて、近くにあった二槽式の洗濯機に殴りかかった。ゴッ、という肉と金属がぶつかる鈍い音が響き、ステンレスの洗濯槽が派手にへこむ。彼の拳は、常人ならば骨が砕けているであろう衝撃をものともしない。

だが、その蛮勇は、さらなる狂乱を呼び覚ますだけだった。彼の隣にあった年代物のミキサーが「ギャアアアアアア!」とでも叫んでいるかのように、モーターを甲高く、耳をつんざくような音で高速回転させ、そのガラス容器をガタガタと揺らしながら猛に襲いかかった。

「うるせえええんだよ、このポンコツがぁ!」

猛は、そのミキサーを鷲掴みにすると、力任せに近くの楢の木に叩きつけた。パーン!と乾いた音を立ててガラスの容器が砕け散り、モーターの悲鳴のような回転が、ゆっくりと止まった。

「猛さん、ダメです!物理的に破壊してもキリがありません!こいつらを動かしているエネルギー源は、もっと別の……おそらく、この場に集積された残留思念や地磁気の乱れに起因するポルターガイスト現象の一種で……きゃっ!」

莉奈が冷静に分析しながら叫んだ、その瞬間だった。彼女が上空に飛ばしていた偵察用の小型ドローンが、バチバチッ!と青白い火花を散らし、コントロールを失ってきりもみ状態になりながら地面に墜落した。あの唸りを上げていた古い電子レンジから放たれた、強力な電磁波のパルス攻撃によるものだった。マグネトロンを兵器に転用するとは、なんという執念か。

「わ、私のドローンが!こんな旧式のアナログ兵器に撃墜されるなんて……!私のサイバー技術が、昭和の遺物に……!」

莉奈が、地面に突っ伏して本気で悔しがっている。その光景は、あまりにシュールすぎて、この極限状況下でなければ笑ってしまっていたかもしれない。

だが、状況は全くもって笑えない。付喪神たちの攻撃は、しかし、純粋な悪意そのものというよりは、むしろ「こっちを見ろ」「俺を思い出せ」「まだこんなに動けるんだぞ」という、あまりにも必死で、あまりにも悲しい自己主張の塊のように僕には感じられた。彼らは、僕たちを本気で傷つけたいわけじゃない。ただ、自分たちの存在を、もう一度誰かに認めてほしいだけなのだ。その切実な願いが、暴走という形でしか表現できないことが、彼らの悲劇性をより一層際立たせていた。

このままでは、埒が明かない。猛の破壊活動は火に油を注ぐだけだし、莉奈の科学的アプローチも通用しない。僕がそう思い、自らの持つ異能を解放すべきか逡巡した、その時だった。それまで黙って戦況を静かに見つめていた健吾が、ゆっくりと前に出た。

「お前ら、少し黙ってろ」

彼は、仲間である僕たちにではなく、狂乱する付喪神たちに向かって、静かに、しかし有無を言わさぬ絶対的な威厳を込めて言った。その声は、獣の咆哮のようでもあり、山の神の神託のようでもあった。そして、カンテラをそっと地面に置くと、モーターを唸らせ、ライトを点滅させて威嚇してくる機械たちの中に、あまりにも無防備に歩いていく。

「危ない、健吾さん!」

僕が叫ぶより早く、一台のフレームが歪んだバイクの残骸が、ギチギチと錆びたチェーンを鳴らしながら、健吾めがけて突進してきた。しかし、健吾は避けようともしない。ただ、その錆びついたハンドルを、まるで暴れる仔馬をなだめるように、優しく、壊れ物を扱うように、その巨大な両手で受け止めた。

「……そうか。お前は、高校生になったばかりの息子に、親父さんが無理して買っやったんだな。初めての彼女を後ろに乗せて、江の島まで走ったあの日が、お前の人生で最高に輝いた一日だった。潮風の匂いも、彼女の髪の香りも、全部覚えているんだな」

健吾は、バイクのタンクにそっと触れながら、そう語りかけた。まるで、何十年も連れ添った旧友に話しかけるように。彼の言葉に、あれほど激しく抵抗していたバイクの動きが、ぴたりと止まった。ヘッドライトの光が、まるで涙の光のように、一度だけ弱々しく瞬いた。

次に、健吾はブーンと低い唸りを上げていた古い炊飯器の前に、その巨体を窮屈そうに折り曲げてしゃがみ込んだ。

「お前は、娘の嫁入り道具として、一緒にこの家に来たんだな。毎日、毎日、新しい家族のためにご飯を炊いて、釜の底にできたおこげを、旦那さんが『これがいちばん美味いんだ』って、嬉しそうに食べてくれるのが、お前の何よりの誇りだった。そうだろう?」

健吾の言葉は、まるで魔法のようだった。彼が一つ一つのモノに語りかけるたびに、付喪神たちの狂乱が、まるで熱を冷まされていくかのように、少しずつ、本当に少しずつ、静まっていく。彼は、ただモノたちに残された断片的な記憶を読み取り、その想いを代弁しているだけだった。だが、それが、忘れ去られ、その存在理由さえも失ってしまった彼らにとって、どれほどの救いになったことか。誰かに、自分の生きた証を理解してもらえる。それは、彼らが最も渇望していたことだったのだ。

その時、栞が、まるで導かれるように健吾の隣にそっと立った。彼女は目を閉じ、その清らかな両手を前で合わせると、凛とした声で祝詞を唱え始めた。

「かけまくもかしこき……産土(うぶすな)の大神たちの広き厚き御恵(みめぐみ)を辱み奉り……此(こ)の地に鎮まりし、数多(あまた)の御霊(みたま)たちよ。長き務め、誠に大儀であった……」

彼女の声は、この騒がしい森の残響の中では、あまりに小さく、か細い。だが、その声には、物理的な音量を超えた、不思議な力が宿っていた。彼女の祈りは、付喪神たちの怒りや悲しみを無理やり浄化したり、祓ったりするものではない。ただ、その存在そのものを肯定し、「お疲れ様でした」「今までありがとう」と、その長年の労をねぎらうように、優しく、優しく、母の腕のように包み込んでいく。健吾の「対話」が、モノたちの個別の記憶という名のカルテに語りかける精密な外科手術だとすれば、栞の「祈り」は、彼らの傷ついた魂そのものに寄り添い、温もりを与える包括的な癒やしだった。

その光景を、僕は、少し離れた場所から、ただ息を飲んで見ていた。
忘れられたくない、と必死に叫ぶモノたち。
忘れられて、この永い苦しみから解放されたいと、心のどこかで願っている僕。
役割を終えたことを嘆き、悲しむモノたち。
永遠に役割を終えることが許されない、僕。
なんという滑稽で、皮肉な対比だろうか。彼らの苦しみは、僕の苦しみの、ちょうど裏返しだ。だとしたら、僕が彼らに同情するのは、あまりにも傲慢というものではないだろうか。彼らが経験した「役割を終える」という名の死を、僕はまだ経験したことすらないのだから。

『お前はいいな。ちゃんと忘れられて、終わることができて』

僕の口から、そんなあまりにも残酷な皮肉が、声にならない吐息となって漏れた。彼らの絶望に満ちた叫びが、僕には少しだけ、眩しく見えた。

健吾の説得と、栞の祈りという、二つの異なるアプローチによって、あれほど激しかったモノたちの狂乱は、まるで夏の日の夕立が過ぎ去った後のように、急速に静けさを取り戻しつつあった。ワープロは完全に沈黙し、テレビはただの黒い箱に戻り、ラジカセから流れていた陽気な音楽も止まった。ヘッドライトは消え、クラクションも鳴り止み、再び森にはあの絶対的な静寂が戻ってきた。

だが、根本的な解決には至っていないことは、誰の目にも明らかだった。森を覆う、重く、淀んだ気配は、先ほどよりは薄れてはいるものの、決して消えてはいない。それはまるで、鎮痛剤で一時的に痛みを抑えただけの、末期患者のような状態だった。

「ダメだ。これじゃ、一時しのぎにしかならねえ」

健吾が、地面に落ちていたスパナを拾い上げ、その油に汚れた手で顔の汗を拭いながら、悔しそうに吐き捨てた。「こいつらの悲しみの根っこは、俺たちが思うよりずっと深い。慰めや同情じゃ、腹の足しにもならねえんだ」

その通りだった。彼らが求めているのは、一時的な癒やしや同情ではない。彼らが失ってしまったのは、ただ一つ。自分たちの存在意義そのものである「役割」だ。誰かのために働き、役に立ち、そして「ありがとう」と感謝される。その、あまりにも当たり前で、しかし何物にも代えがたい喜びを、彼らは永遠に失ってしまったのだ。その渇望が満たされない限り、この負の連鎖は断ち切れないだろう。

静まり返った森に、僕たちの疲れた息遣いと、莉奈が悔しそうにドローンの残骸をいじる音だけが響く。このまま夜が明けるのを、なすすべもなく待つしかないのか。誰もがそう思い始めた、その時だった。

ずっと沈黙を守っていた僕が、ゆっくりと口を開いた。

「同情じゃ、こいつらは救えねえ」

僕の不意の言葉に、仲間たちが一斉にこちらを向いた。僕の顔は、自分でも分かるくらい、意地の悪い、そして最高に面白いことを思いついた悪戯小僧のような、獰猛な笑みを浮かべていた。

「欲しいんだろ? 自分の居場所と、新しい仕事が」

僕は、静まり返ったモノたちに向かって、まるで喧嘩を吹っかけるように、挑戦的に言った。そして、この絶望的で狂った状況を根底からひっくり返す、最高のアイデアを、夜の森に響き渡る声で高らかに宣言した。

「慰めや同情なんて、クソくらえだ。お前らを本当に救う方法は、たった一つしかねえ。もう一度、お前らに最高の仕事を与えてやることだ!」

僕は、親指でぐいっと、森の入り口に停めてある、僕の相棒であるオンボロのバンを指さした。

「これから最高の儀式を始めるぞ。お前らの魂(パーツ)を、片っ端から拾い集めろ。スクーターのエンジン、軽トラのサスペンション、ラジカセのスピーカー、ワープロの基盤!使えるもんは全部だ!そして、俺の車を、この世で一番やかましくて、無茶苦茶で、最高のポンコツに生まれ変わらせるんだ!」

「……は?」

莉奈が、信じられないものを見るような目で僕を見つめ、素っ頓狂な声を上げた。

「正気ですか、悠人さん!? ガラクタの寄せ集めで、車を改造するなんて! 法規的にも問題ですし、何より安全性も、機能性も、全く保証できるわけが……そもそも互換性のないパーツをどうやって……」

当然の反応だ。彼女の合理的な思考からすれば、僕の提案は狂人の戯言にしか聞こえないだろう。だが、僕の隣で、それまで厳しい顔で腕を組んでいた健吾が、ニヤリ、と獰猛な獣のように口の端を吊り上げたのが見えた。彼は、僕の提案の、そのあまりにも無茶苦茶で、破天荒で、しかしモノたちへの最大の敬意に満ちた本質を、一瞬で理解したのだ。

それは、破壊でも、浄化でも、慰めでもない。彼らの魂を、新しい身体に受け継がせ、再び「役割」を与えるという、最高の「供養」の形。

「面白え。やってやろうじゃねえか」

熊のように大きな整備士は、まるで、最高の獲物を見つけた猟師のように、あるいは、生涯をかけて打ち込める仕事を見つけた職人のように、心の底から楽しそうに笑った。
夜の樹海に、僕たちの新しい、そして、とてつもなく馬鹿げた挑戦の始まりを告げる、高らかな宣戦布告が響き渡った。それは、忘れられたモノたちの魂を弔う、前代未聞の鎮魂歌(レクイエム)の始まりだった。
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