無詠唱? キャンピングカーで大冒険。虐げられた少女を拾った俺は、規格外の力と文明の利器で彼女を全力で救う件

Gaku

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第20章:新しい同盟

第98話:魔の咆哮と、二人だけの舞踏会 〜握りしめた拳をほどけば、風はどこまでも透きとおる〜

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「欲しい……欲しい……! 全てをよこせぇぇぇ!!」

 玉座の間を揺るがす絶叫と共に、異形の王から放たれた衝撃波が、瞬(シュン)たちを襲った。  それは単なる物理的な風圧ではなかった。触れた者の生気を根こそぎ吸い取り、魂を枯渇させるような、粘着質で腐臭を放つ「渇望」の波動だった。

「くっ、重い……!」  ゼイクが盾を構えて踏ん張るが、見えない巨人の手に押し潰されるように、鉄靴が石床を削って後退する。  空気そのものが泥のように重くなり、呼吸をするだけで肺が焼けるように痛い。  これが、人の身を捨ててまで力を求めた者の、欲望の質量なのか。

「来るぞ! 散開!」  瞬の鋭い指示で、全員が弾かれたように左右に飛びのく。  直後、王の肥大化した腕から黒い触手が無数に伸び、彼らがついさっきまで立っていた場所を粉砕した。  石床が飴細工のように砕け散り、破片が弾丸となって四散する。

「速い……それに、硬い!」  ガウが大斧を振るい、迫りくる触手の一本を断ち切ろうとするが、ガキンッという甲高い金属音と共に弾き返された。  黒い瘴気は、鋼鉄以上の硬度を持っていた。  しかも、切りつけた斧の刃が、触れた箇所からボロボロと赤錆びて崩れていく。 「腐食攻撃か! 武器が持たねぇぞ!」

「私の魔法も効きませんわ! 障壁に阻まれて……!」  エリーゼが放った炎弾も、王の周囲に展開された黒い幕に、水滴がスポンジに吸われるように吸収されて消えてしまう。

 絶望的な戦力差。  王は玉座から立ち上がりもしない。ただ指先を動かすだけで、この国の精鋭たちを虫けらのようにあしらっている。  彼は笑っていた。いや、顔の筋肉が過剰な魔力で痙攣し、引きつって笑っているように見えているだけだ。  その赤く発光する瞳には、底なしの飢えがあった。  どれだけ奪っても、どれだけ壊しても満たされない、永遠の飢餓地獄。

「……哀れね」  アリスが、魔導端末(モニター)の解析結果を見ながら冷ややかに呟いた。 「彼自身の魂は、もうほとんど残っていないわ。……『もっと』『足りない』という感情だけが増幅回路(ブースター)で暴走させられている。あれはもう、生き物じゃない。……欲望を燃料にして動く、バグった殺戮システムよ」

 仏教で言う「煩悩(ぼんのう)」の極致。  足るを知らず、際限なく求め続ける心は、やがて自分自身をも焼き尽くす炎となる。  今の王は、その炎に焼かれながら、痛みさえも快楽と勘違いし、周囲をも巻き込んで燃え上がろうとしているのだ。

「きゃあぁっ!」  メイが、衝撃波の余波を受けて吹き飛ばされそうになり、とっさに近くの柱にしがみついた。  彼女の華奢な体は強風に木の葉のように煽られている。そこへ、黒い触手が鞭のようにしなった。 「メイ殿、危ない!」  ゼイクが身を挺して割り込むが、鎧ごと弾き飛ばされ、壁に激突する。

 誰も近づけない。  一般人(この世界基準での強者たちも含め)では、もはや歯が立たない領域だった。

「……しゃーねぇな」

 混沌とする戦場の中、場違いなほど落ち着いた声が響いた。  瞬が、一歩前に出た。  彼だけは、重圧の中でも涼しい顔をしていた。猫耳カチューシャをつけたままで。  その瞳は、暴れる王の肉体ではなく、その背後に揺らめく「黒い影」を見据えていた。

「なぁ、アリス。……あいつの術式、解析できたか?」 「ええ、もちろんでしてよ」  アリスがパチンと指を鳴らす。  彼女の周りに、青白い数式のリングが幾重にも展開された。 「王の心臓部にある『コア』と、外部から供給されている魔力のパス(経路)。……そこを物理的かつ論理的に断てば、強制終了(シャットダウン)できるわ」

「了解。……じゃあ、いっちょ踊ろうぜ」  瞬は、アリスに手を差し出した。  瓦礫と瘴気が舞う戦場には似つかわしくない、舞踏会のエスコートのような優雅な仕草。

 アリスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに不敵に微笑んで、その手を取った。 「リードは任せるわよ、パートナー。……足踏んだら殺すわよ?」

「おう。……リズムに合わせて、ぶっ壊す!」

 二人が同時に駆け出した。  それは、これまでの連携とは次元が違っていた。  言葉はいらない。呼吸を合わせる必要さえない。  互いが互いの「役割」を完全に理解し、信頼しているからこその、阿吽の呼吸。

「邪魔だァァァ!!」  王が叫び、全方位へ触手の嵐を放つ。  避ける隙間などない、飽和攻撃。

 だが、瞬は止まらない。  彼は、迫りくる触手を避けるのではなく、正面から殴りつけた。  ドゴォッ!!  触手が弾け飛ぶ。  本来なら触れるだけで腐食するはずの瘴気が、瞬の拳が纏う圧倒的な「気」によって吹き飛ばされる。  彼の拳は、「理不尽」を許さない。  物理法則すらねじ伏せる、純粋な「否定」の力。

「道は開けたわ!」  その背後から、アリスが飛び出す。  彼女は瞬が作った一瞬の隙間を縫って、王の懐へと滑り込む。  空中に展開したキーボードを高速で叩くように、指先を動かす。  『術式干渉』  『防御障壁、解凍(デコード)』  『魔力供給ライン、切断(カット)』

 パリン、パリン、パリンッ!  王を守っていた見えない壁が、ガラスのように砕け散っていく。  アリスの「知性」が、王の「暴力」を論理的に分解していく。

「な、なにを……!? 力が……抜けていく……!?」  王が狼狽する。  自分の絶対的な力が、訳のわからない理屈で無効化されていく恐怖。

「終わりだ、裸の王様」  瞬が、王の目の前に迫っていた。  彼は拳を振りかぶり、王の胸元――黒い瘴気の核となる部分を狙う。

「楽になれよ」

 瞬の声は、攻撃的ではなく、意外なほど優しかった。

「そんな重いもん、一人で抱えてたら疲れちまうだろ。……もう、頑張らなくていいんだ」

 それは、敵を倒すための一撃ではなかった。  執着という名の重い鎖に縛られ、苦しむ者を、その苦しみから解放するための、救済の一撃。

 ドォォォォン!!

 拳が、王の胸を貫いた(ように見えた)。  だが、瞬が砕いたのは肉体ではない。  王の心に巣食っていた、ドロドロとした「黒い影」そのものだった。

 バキィィィッ!  影が悲鳴を上げて砕け散る。  同時に、アリスが叫んだ。

「エンターキーッ!!」

 彼女が最後の術式を完成させ、指を突き下ろす。  システムダウン。  王の体から、黒い霧が一気に噴き出し、断末魔のように霧散していった。

 部屋を満たしていた重圧が消える。  腐敗臭が薄れ、夜明け前の冷たく清浄な空気が流れ込んでくる。

 王は、糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。  その顔からは、狂気が消え、ただの疲れ切った老人の寝顔のような、穏やかな表情が戻っていた。

「……やったか」  壁際でゼイクが剣を下ろす。  メイがへたり込む。

 勝った。  最強の二人が、力と知恵を合わせて、欲望の怪物を浄化したのだ。

 瞬は、自分の拳を見つめ、ふうっと息を吐いた。 「……ふぅ。ダンスにしては、ちょっと激しすぎたな」 「そうね。ヒールが折れるかと思ったわ」  アリスが髪をかき上げ、額の汗を拭う。

 二人は顔を見合わせ、ニカっと笑い合った。  ハイタッチ。  乾いた音が、静寂を取り戻した広間に響く。

 ***

 その後、玉座の裏にある隠し部屋から、幽閉されていた本物の「前国王」が発見された。  彼はやつれていたが、生きていた。  そして、倒された「王」の正体が、魔族によって作られた精巧な影武者(泥人形)に憑依したものだったことも判明した。本物の現国王は、すでに暗殺されていたのだ。

 夜が明ける頃。  城のバルコニーに立った前国王(復位した王)は、広場に集まった国民たちに真実を告げた。  魔族の企み。偽の王による暴政。そして、それを打ち破った異国の英雄たちのこと。

 「うおおおおおっ!!」  「俺たちは解放されたんだ!」  獣人たちの歓喜の声が、朝焼けの空に響き渡る。  鎖から解き放たれた彼らの瞳には、再び生気が戻っていた。

 だが。  その歓声の輪の中に、瞬たちの姿はなかった。

「……あーあ、腹減った」  城の裏口で、瞬が地面に座り込んでいた。猫耳はいつの間にか外している。 「なんで宴会ねぇんだよ。国を救ったんだぞ? 肉くらい出せよ」 「仕方ないでしょ。国中が混乱してるんだから」  アリスが呆れるが、彼女のお腹もグゥと鳴った。

「……帰ろうか」  アリアが、ぽつりと言った。  彼女は、遠くで沸き起こる獣人たちの歓声を聞きながら、どこか寂しげな目をしていた。 「え?」 「ここには、私たちの居場所はないわ。……みんな、自分の国のことで精一杯だもの」

 獣人たちは、自分たちの復興に夢中だ。  他種族である瞬たちへの感謝はあっても、彼らを「仲間」として受け入れ、共に暮らす余裕まではまだない。  それは仕方のないことだ。それぞれの生活、それぞれの場所がある。  けれど、少しだけ寂しかった。

「そうだな。……帰るか」  瞬が立ち上がる。膝の泥を払う。 「俺たちの家は、ここじゃねぇしな」

「じゃあ、お迎えを呼ぶわね」  アリスが魔導端末を操作すると、朝焼けの空から風切り音が聞こえてきた。  銀色の巨体が、城壁を越えて音もなく舞い降りてくる。国境に隠しておいたはずの「クイーン・アリス号」だ。 「自動操縦システム、正常に作動中よ。……さあ、帰りましょう」

 目の前でハッチが開く。  あの中なら、温かいスープもあるし、ふかふかのベッドもある。  何より、気兼ねなく笑い合える仲間がいる。

 彼らは、誰にも見送られることなく、ひっそりと乗り込み、王城を後にした。  背後で湧き上がる歓声は、彼らにとってのBGM(背景音楽)に過ぎなかった。

 英雄とは、孤独なものだ。  けれど、今の彼らは孤独ではなかった。  隣を歩く仲間がいる限り、どこへ行ってもそこが「帰る場所」になるのだから。

 上昇していく銀色の機体が、朝日を受けて五人の影を地上に長く伸ばしていた。
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