無敵だけど平穏希望!勘違いから始まる美女だらけドタバタ異世界無双

Gaku

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第四章:家出魔導士と故郷の空

第18話:風読みの村と父の叱責

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結局のところ、大々的に計画されたはずのルーナの家出は、あまりにもあっけなく幕を閉じた。発見された彼女は、茹で上がったタコのように顔を真っ赤にしたまま、石像さながらに固まっていた。その姿は、数時間前まで「私は自由よ!」と高らかに宣言していた少女と同一人物とは到底思えない。

そんな哀れな家出少女を追い詰めたのは、アリーシアによる一見正論、しかしその実、どの口がそれを言うのかと誰もが心の中で突っ込んだであろう一言だった。「どんな理由があろうとも、親に顔を見せるのが子の務めよ!さあ、帰りなさい!」。その言葉は、有無を言わさぬ圧力と妙な説得力を伴って、ルーナの逃げ道を完全に塞いでしまった。こうして、半ば強制連行のような形で、我々は彼女の故郷である「風読みの村」へと向かうことになったのである。

「べ、別に、あんたたちに言われなくても、そろそろ顔くらい見せてやろうと思ってたんだからね!け、決して帰りたかったわけじゃないんだから!勘違いしないでよね!」。

道中、ルーナは壊れたからくりのように、そんな分かりやすい強がりを繰り返していた。その背中は意地っ張りな子猫のように尖っているが、時折ちらりとこちらを窺う瞳には、不安と気まずさの色が隠しきれずに滲んでいる。故郷が近づくにつれて口数が減り、代わりに自分のローブの袖をきつく握りしめる時間が増えていくのが、彼女の内心を雄弁に物語っていた。

「親子喧見物か、こいつは面白そうだぜ」。

そんな繊細な乙女心などお構いなしに、ジンはこれから始まるであろう修羅場を想像し、野次馬根性丸出しで口の端を吊り上げている。彼のその不謹慎な期待に満ちた横顔を、アリーシアがやれやれと肩をすくめながら肘で軽く小突いた。しかし、そのアリーシアにしても、どこか他人事ではないような、複雑な表情で遠くの山並みを見つめている。彼女が放った「子の務め」という言葉は、あるいは彼女自身に向けられた刃だったのかもしれない。

そして俺とセレスはといえば、ただ黙って、このひたすらに面倒な状況が一刻も早く過ぎ去ることを、天に祈るばかりであった。セレスは心配そうにルーナの後ろ姿を見つめているが、彼女の優しさが今のルーナに届くかは分からない。俺にできることなど、ため息を一つ飲み込むことくらいだった。

旅は、想像以上に過酷なものだった。麓の町を過ぎると、道と呼べるものはすぐに姿を消し、獣が踏み固めたような頼りない坂道が延々と続く。鬱蒼と茂る森を抜け、岩が剥き出しになった崖を慎重に渡り、心臓が悲鳴を上げるような急斜面をひたすらに登っていく。標高が上がるにつれて空気は目に見えて薄くなり、肺に入る酸素の量が減っていくのが分かった。少し動くだけで息が切れ、足が鉛のように重くなる。

しかし、苦難と引き換えに、眼前に広がる景色は次第にその神々しさを増していった。低地を覆っていた深い森は背の低い灌木へと変わり、やがてそれすらも姿を消す。代わりに、岩肌にへばりつくようにして咲く、色鮮やかな高山植物が我々の目を楽しませてくれた。振り返れば、どこまでも広がる雲海が眼下に広がり、まるで自分たちが世界の天井に立っているかのような錯覚に陥る。突き抜けるように青い空と、手が届きそうなほど近くに見える太陽。それは、地上の喧騒から完全に切り離された、神々の領域だった。

険しい山道をさらに登り続けること、実に半日。体力の限界を感じ始めた頃、ついに我々は目的の地にたどり着いた。空に手が届きそうなほど高く、切り立った山の頂。そこが、ルーナの故郷、「風読みの村」だった。

ゴウゴウと、絶え間なく吹き付ける強風。それは、頬を優しく撫でるような生易しいものではない。全身を叩きつけ、体ごと持っていかれそうになるほどの、荒々しく力強い風の咆哮だ。この地に生まれ育った者でなければ、立っていることすら難しいだろう。

その圧倒的な風の力を一身に受け、十数基もの巨大な風車が、低い唸りのような音を立てながら、ゆっくりと、しかし抗いがたい力強さをもって回転していた。その光景は荘厳で、一種の畏怖さえ感じさせる。村の家々は、この強風に耐えるために知恵を絞った結果なのだろう、頑丈な石を積み上げて造られ、屋根は極端に低く、まるで大地にへばりつくようにして建っている。風の通り道には作物を植えず、家々の間を縫うようにして、風をいなすための石垣が張り巡らされていた。

一見すれば、あまりにも厳しく、人を寄せ付けない環境だ。しかし、不思議と陰鬱な印象は受けない。どこまでも澄み切った紺碧の空と、足元に広がる雄大な雲の海、そして厳しい風に健気に揺れる色とりどりの高山植物が、村全体を一枚の壮大な絵画のように見せている。厳しさの中に息づく生命の力強さと、隔絶された場所だからこその神聖な美しさ。それが、風読みの村の第一印象だった。

ルーナは、すっかり口を閉ざし、気まずそうに俯きながら、慣れた足取りで我々を村の中心にある広場へと案内する。彼女の肩は、故郷の風に吹かれて一層小さく縮こまっているように見えた。

広場では、村の長らしき壮年の男性が、数人の村人たちに何かを厳しく指示していた。風に煽られても微動だにしないその立ち姿は、まるで大地に根を張った大樹のようだ。短く刈り込んだ髪には白いものが混じり、深く刻まれた眉間の皺は、彼が背負ってきたものの重さを物語っている。圧倒的な風格と、揺るぎない威厳。彼こそが、ルーナの父親であり、この風読みの村の長、オルドスなのだろう。

村人たちへの指示を終えたオルドスは、ふと我々の存在に気づくと、その鋭い視線をこちらに向けた。彼は一瞬だけ、わずかに目を見開いた。驚きか、あるいは別の感情か。そして、我々の後ろに隠れるようにして立つ娘、ルーナの姿を認めると、その表情から驚きの色は消え失せ、代わりに安堵ではない、燃えるような厳しい怒りの色が宿った。

「ルーナ」

低く、しかし広場全体に響き渡る威厳に満ちた声だった。風の轟音さえも、その一瞬だけは彼の声に道を譲ったかのように錯覚した。

ルーナの肩がびくりと震える。彼女は観念したように顔を上げようとするが、父親の射抜くような視線に射竦められ、再び俯いてしまった。

オルドスの視線は、娘の無事を喜ぶものではなかった。彼はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。その一歩一歩が、まるで地面を確かめるように重い。そして、我々の前で足を止めると、ルーナではなく、まず我々に対して深々と頭を下げた。

「娘が、多大なるご迷惑をおかけした。この風読みの村の長、オルドスと申す。皆様には、心より感謝申し上げる」

その丁寧な物腰は、長の風格を感じさせるものだった。しかし、顔を上げた彼の目は、再び氷のように冷たい光を宿し、娘に向けられた。

「そして、ルーナ。お前を送ってきてくださった方々にお礼の一言も言えんのか!」

雷鳴のような叱責だった。ルーナは、絞り出すような、蚊の鳴くような声でかろうじて答える。

「……ただいま、戻りました。父様」

「ご迷惑をおかけしました……」と続くべき言葉は、喉の奥に引っかかって出てこない。それは、彼女に残された最後の意地だったのかもしれない。

だが、オルドスの怒りはそんな娘の小さな反抗を許さなかった。彼は娘の無事を確かめるよりも先に、その信条、その在り方を厳しく問いただした。

「里を飛び出し、その半端な力を方々で見せびらかして満足か!まだ分からぬか、お前は!本当の魔法の意味というものを!」

「……っ!」

ルーナの体が硬直する。半端な力。その言葉が、彼女の心を最も深く傷つける刃であることを、父は知っているはずだった。

「力に振り回されるなと、あれほど言ったはずだ!真の強さとは、ただ破壊するだけの力のことではない!それを使う者の覚悟、守るべきものを守り抜くための知恵、それらすべてが合わさって、初めて魔法は真髄に至るのだ!己の自己満足のために山を削り、森を薙ぎ払い、それで最強を名乗るなど、愚かしいにもほどがある!」

オルドスの言葉は、一つ一つが揺るぎない正論だった。だが、正論であるがゆえに、あまりにも鋭く、今のルーナの心を守るものなく無慈悲に抉っていく。それは、ただの叱責ではない。深い失望と、そしてどうしようもない悲しみが込められた、父親の嘆きにも似ていた。

今まで俯くばかりだったルーナが、悔しさに顔を上げた。その美しい紫色の瞳は涙で潤み、怒りと悲しみで燃えている。唇がわななき、風の音に負けじと、彼女の叫びが広場に響き渡った。

「じゃあ父様はどうなのよ!?」

その声は、今まで聞いたこともないほど切実で、痛みに満ちていた。

「その自慢の結界魔法で、この村に、このちっぽけな山の上に閉じこもって!それでみんなを守った気になってるだけじゃない!外の世界で何が起きてるのか、見ようともしないで!もっと強い力があれば!もっと、敵を薙ぎ払う圧倒的な攻撃の力があれば、昔みたいに……昔みたいに、母様だって……!」

ルーナは、そこまで一気にまくし立てると、はっとして自分の口を手で覆った。言ってはいけない。その一言だけは、決して口にしてはならない。そう分かっていたはずの言葉を、感情の波に飲まれて吐き出してしまった。その後悔が、絶望的な色となって彼女の表情に浮かんでいる。

「母様」。

その一言が、この親子の間に横たわる溝が、単なる魔法に対する価値観の違いなどではないことを、我々部外者にさえはっきりと物語っていた。それは、決して癒えることのない傷跡であり、二度と戻らない時間への慟哭であり、そして、お互いを責め続けることでしか保てない、歪んだ心の均衡だったのだ。

広場の空気は、一瞬にして凍りついた。村人たちは息を呑み、固唾を飲んで長とその娘を見守っている。吹き抜ける風の音だけが、やけに大きく、そして空虚に響き渡る。オルドスの顔から、怒りの表情が抜け落ちていた。そこにあったのは、深い、深い悲痛の色。まるで、古い傷口を抉られ、再び血を流しているかのような顔だった。

この、とてつもなく険悪で、息もできないほどに張り詰めた雰囲気の中。

「おーおー、やってるねえ」。

ただ一人、ジンだけが、状況を全く理解していないかのように、あるいは理解した上で、面白そうにニヤニヤと世紀の親子喧嘩を観戦している。その無神経さがある意味、この場の唯一の救いであるかのようにさえ思えた。

だが、俺とセレス、そしてこの状況を引き起こした張本人であるアリーシアは、どうすることもできず、まるで舞台の上に立たされた役者のように、ただなすすべなくその場に立ち尽くすしかなかった。アリーシアは顔面蒼白で、自分の言動が取り返しのつかない事態を招いたことを悟っているようだった。セレスは、今にも泣き出しそうな顔で、ルーナとオルドスを交互に見ている。

ああ、もう帰りたい。

心からそう思った。面倒な状況が早く終わってほしい、などという生易しい感情ではない。今すぐこの場から逃げ出したい。この親子が背負う、あまりにも重く、悲しい業から、一刻も早く遠ざかりたい。そんな、逃避と無力感だけが、俺の心を支配していた。
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