無敵だけど平穏希望!勘違いから始まる美女だらけドタバタ異世界無双

Gaku

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第五章:帝国の罠と弩級魔法

第23話:魔封じの牢獄と静かなる怒り

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ひんやりとした、まるで墓石に肌を寄せたかのような石の感触が、意識の淵からゆっくりと私を現実へと引き戻した。じっとりと肌にまとわりつく湿気は、淀んだ沼の底にいるかのような不快感を伴い、深く息を吸い込むことすら躊躇わせる。重い瞼をこじ開けた私たちの目に映ったのは、およそ人の住まう場所とは思えぬ、陰鬱な光景だった。そこは、巨大な軍事国家である帝国の、そのさらに地下深く、地の底とでも言うべき場所に築かれた大牢獄の一角であった。

光という光は完全に遮断され、外界が昼なのか夜なのか、その区別さえつかない。ただ、牢の壁に等間隔で埋め込まれた青白い鉱石だけが、まるで鬼火のようにぼんやりと、しかし不気味なまでに明瞭に辺りを照らし出していた。その鉱石こそ、帝国が誇る最悪の兵器の一つ、「魔封じ石」だ。石から絶え間なく放たれる微弱な、しかし抗いがたい波動が、私たちの体内に流れる魔力や気力を根こそぎ絡め捕り、霧散させていく。その影響は凄まじく、体中の力がまるで砂のように指の間からこぼれ落ちていく感覚に襲われ、今や指一本動かすことすら、途方もない苦行のように感じられた。

重厚な鉄格子が嵌められた向こう側は、鉱石の光さえ届かぬ完全な闇が広がっている。その闇の奥深くから、時折、他の囚人のものらしき、絞り出すようなうめき声が聞こえてくる。それは希望を完全に断ち切られた者の、魂そのものの悲鳴のようであり、聞いているだけで精神が削られていくようだった。その声は、この牢獄が単なる監禁場所ではなく、人の尊厳を徹底的に破壊するための装置であることを、雄弁に物語っていた。

「くそっ…!ここまで、ここまで完全に力を封じられるとはな…!」

沈黙を破ったのは、仲間の戦士であるジンだった。彼は鍛え上げられた肉体を誇る猛者だが、その自慢の膂力も魔封じ石の前では無力だった。苛立ちを隠せない様子で、力なく鉄格子を蹴りつける。しかし、ガツン、という鈍い音は、分厚い石壁に虚しく吸い込まれるだけで、何の反響も生まない。その無力さが、さらに彼の焦燥を煽っているのが見て取れた。普段ならば、この程度の鉄格子、彼の腕力があれば容易く捻じ曲げられただろう。だが今は、その鉄格子に軽く触れることさえ億劫なのだ。

「私の魔法があれば…!私の魔法さえ使えれば、こんな壁、こんな結界、一瞬で塵にしてやれるのに…!」

そう言って唇を噛みしめるのは、パーティの魔術師であるルーナだ。彼女の大きな瞳には、悔し涙がみるみるうちに溜まっていく。王国でも指折りの天才魔術師である彼女にとって、魔力を奪われることは、その存在意義そのものを否定されるに等しい。彼女の指先は虚空を掻き、普段ならばそこに集うはずの魔力の奔流を求めていたが、指に触れるのはただ、冷たく湿った空気だけだった。その感覚が、彼女のプライドを深く、深く傷つけていることは明らかだった。

そして、神官のセレスは、そんな仲間たちのために、ただ静かに、目を閉じて祈りを捧げていた。しかし、彼女の唇から紡がれる祈りの言葉は、天に届く力を失っていた。魔封じ石は、神聖な力さえも阻害する。神への道が閉ざされた今、彼女の祈りは、無力な心の慰めにしかならないことを、誰よりも彼女自身が痛感していた。それでも祈るのをやめないのは、それが彼女に残された唯一の抵抗であり、仲間を思う心の表れだった。その細い肩は、絶望の重さに耐えるように、小さく震えていた。

誰もが打ちひしがれ、希望の光を見失いかけていた。このままここで朽ち果てるのか、あるいは屈辱的な見せしめとして処刑されるのか。そんな暗澹たる未来しか思い描けない、まさに絶望的な空気の中、ただ一人、アリーシアだけはその気高い瞳の輝きを少しも失っていなかった。囚われた王国の姫である彼女は、本来ならば誰よりも取り乱し、恐怖に打ち震えていてもおかしくない立場のはずだった。

「諦めるのはまだ早いわ。どんな完璧に見える牢にも、必ず綻びはあるはずよ」

その声は凛として、淀んだ牢獄の空気を切り裂くように響いた。彼女は膝を抱えてうずくまることもなく、毅然と立ち上がり、壁際に歩み寄った。そして、まるで難解な古文書を解読する学者のように、壁を構成する石の積み方、その一つ一つの大きさや形状、石と石の間に詰められた漆喰の状態を、指先で確かめながら冷静に観察し始めた。さらには、肌を撫でる微かな空気の流れから、この地下牢の換気システムの構造を推測しようと試みている。その姿は、囚われたか弱い姫君ではなく、いかなる逆境においても活路を見出そうと燃える、歴戦の軍師そのものであった。彼女のその揺るぎない態度が、沈みかけていた私たちの心に、小さな、しかし確かな錨を下ろしてくれた。



時を同じくして、帝国の心臓部、皇帝の居城に設えられた玉座の間では、一人の男の野卑な高笑いが、大理石の床と天井に反響し、こだましていた。

黒曜石を削り出して作られた巨大な玉座に、まるで世界を己の尻に敷いているかのようにふんぞり返りながら、皇帝ガイウスは手にした黄金の杯をゆるりと揺らし、中の深紅のワインが描く渦を愉しげに眺めていた。その瞳には、万物を支配する者だけが持つ、底なしの傲慢さと、他者への徹底的な侮蔑の色が浮かんでいる。

「ガッハッハッハ!実に愚かな、グランフェル王国の哀れなネズミどもめ!」

彼は、壁一面に掲げられた巨大なタペストリーを見上げた。そこには、帝国の輝かしい勝利の数々が、極彩色で、そして極めて悪趣味に描かれている。敗れた敵国の兵士たちが無残に蹂躙され、城が炎に包まれる様が、まるで芸術品のように飾られているのだ。ガイウスは、その中でも最も新しい、グランフェル王国との戦いを描いた部分を満足げに指さした。

「あの忌々しい小娘と、多少は骨のあった腕利きの冒険者どもを、三日後に帝都の広場で盛大に公開処刑にしてくれるわ。その無様な最期を見れば、グランフェル王国の腑抜けた王も、ようやく現実を理解し、我が偉大なる帝国の力の前にひれ伏すことだろう。さすれば、我が帝国の威光は、大陸全土においてさらに揺るぎないものとなるのだ!」

彼の傲慢な声は、人の温かみが一切感じられない、だだっ広く、そして冷え冷えとした玉座の間に、虚しく響き渡る。その空間には、彼の権勢を讃える側近たちの姿すらなかった。彼は、自らの絶対的な権力と孤独の中で、己の勝利にただ一人、酔いしれているのだ。その歪んだ悦楽こそが、彼を支える唯一の柱なのかもしれなかった。



帝都の安宿の一室。仲間たちとはぐれ、辛くも追手から逃れた俺は、ただ一人、窓枠に肘をつき、移り変わる外の景色を眺めていた。仲間たちが屈強な帝国兵たちに連れ去られてから、およそ半日が過ぎていた。

夏の太陽が、ゆっくりと西の地平線へと傾き始めている。その最後の輝きが、帝都を構成する無機質な石造りの建物群を、まるで流れ出たばかりの血のような、禍々しい赤黒い色に染め上げていた。人々が言うような美しい夕景とは、到底言えない。それはまるで、巨大な帝国という生き物が断末魔の叫びを上げているかのような、不吉な光景にしか見えなかった。空に広がる茜色の雲さえも、これから起こる惨劇を暗示しているかのようだった。

階下の酒場から、仕事を終えた男たちの陽気な、しかし無神経なざわめきが、開け放した窓を通って聞こえてくる。酒と肴を囲み、一日の疲れを癒す彼らの会話が、嫌でも俺の耳に届いた。

「おい、聞いたか?今日捕まったグランフェル王国のスパイ、三日後に中央広場で処刑されるらしいぜ」
一人の男が、声を潜めながらも興奮した様子で言った。その声には、他人の不幸を蜜の味とする、下劣な響きがあった。

「へえ、そりゃあいい見せしめになるな!皇帝陛下も粋な計らいをしなさる」
別の男が、ジョッキを派手に打ち鳴らしながら応じる。

「ああ、これで生意気でふざけた王国もおとなしくなるだろうよ。俺たちの平和な暮らしが守られるってわけだ」
三番目の男が、したり顔でそう結論づけた。

彼らにとって、それは遠い国の出来事であり、酒の肴に過ぎないのだろう。仲間たちの命が、尊厳が、今まさに弄ばれようとしているというのに。その、あまりにも無責任で、あまりにも無慈悲な会話を耳にした、まさにその瞬間。

俺の中で、張り詰めていた何かが、ぷつりと、音を立てて切れた。

それは、理性の糸か、あるいは、この世界に対する最後の期待だったのかもしれない。俺は、ゆっくりと、まるで錆びついた機械のようなぎこちない動きで立ち上がった。

カタカタカタ……。

その時、不思議な現象が起こった。テーブルの上に置いてあったティーカップが、誰かが触れたわけでもないのに、ひとりでに細かく震え始めたのだ。それは微かな振動だったが、やがてその震えはテーブル全体に、そして床へと伝わっていく。

部屋の空気が、急激に密度を増していく。まるで深海の底にでもいるかのような、凄まじい水圧が四方八方から体を押し潰しにかかる。呼吸が苦しい。いや、もはや呼吸という行為そのものが意味をなさないほどに、空間そのものが凝縮していくような感覚。窓ガラスが、内側から膨れ上がる不可視の圧力に耐えきれず、ミシミシと悲鳴のような軋む音を立て始めた。

それに呼応するように、俺の顔から、今まで浮かべていた全ての表情が、まるで仮面が剥がれ落ちるようにすっと抜け落ちていった。面倒くさがりな無気力さも、このどうしようもない世界に対する呆れたような諦観も、全てが消え失せる。

その後に現れたのは、ただ、絶対的な「無」。感情の起伏というものが完全に欠落した、能面のような無表情。

しかし、その瞳の奥深く、魂の最も深い場所では、それとは正反対の現象が起きていた。氷河よりも冷たく、そして宇宙の深淵よりも深い、静かな、静かな怒りの炎が、燃え盛っていた。それは決して激しく燃え上がる炎ではない。だが、触れるもの全てを絶対零度で凍てつかせ、存在そのものを消滅させてしまうような、恐ろしいほどの負のエネルギーの塊だった。

俺は、誰に言うでもなく、ただ静かに、事実を再確認するように呟いた。

「……そうか。三日後か」

その声には、温度も、感情も、一切含まれていなかった。ただ、発声器官が空気を震わせただけの、無機質な音の羅列。

「なら、今、終わらせればいいな」

それは、諦念から生まれた独り言のようであり、同時に、この世界の理不尽な運命を覆し、新たな結末を決定づける、神の宣告のようでもあった。

その言葉が言い終わるか終わらないかの、まさに次の瞬間。俺の姿は、音もなく、光の残像さえ残さずに、その部屋から完全に消え失せていた。

開け放たれたままの窓から、血のように赤黒い夕景を鋭く切り裂くようにして、一筋の影が夜の闇へと溶け込むように飛び立っていった。それはもはや、ただの人間の動きではなかった。帝国の傲慢な支配に終止符を打つべく放たれた、一矢の災厄そのものだった。
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