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第八章:マッドサイエンティストの狂気
第37話:機動都市ギアフロートへの潜入
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商業都市のギルドの一室を借り、俺たちは大きな地図をテーブルに広げていた。
外の喧騒が嘘のように、部屋の中は張り詰めた空気に満ちている。
「ここが、最初の隊商が襲われた地点。次が、ここ。そして、昨日報告があったのが、この村…」
アリーシアが、コンパスと定規を使い、キメラの出現ポイントに次々と印をつけていく。その手際は、まるで熟練の参謀のようだ。やがて、地図上には、いびつだが、しかし明確な一つの「円」が浮かび上がった。
彼女は、その円の中心を、指でなぞる。
「キメラは、この円の外側には出現していない。つまり、犯人は、この円の中心から、定期的に、そして全方位にキメラを放っていると考えられるわ。でも、中心には何もない。ただの広大な平原よ。…いいえ、違う」
アリーシアは、はっと顔を上げた。
「中心に『留まって』いるものがないだけよ。もし、この円の中心を、常に『移動』しているものがいるとしたら…?」
それは、噂に聞く、幻の都市。
蒸気と歯車、そして錬金術によって、大地を離れ、空を移動する巨大な要塞。
「機動都市、ギアフロート…!」
黒幕の居場所は、ほぼ特定できた。だが、新たな、そして最大の問題が浮上する。
「どうやって、あんな空に浮かぶ場所に…?」
ルーナの言葉に、誰もが押し黙る。飛空挺でもなければ、あんな場所にたどり着くことなど不可能だ。
俺たちが途方に暮れ、部屋の沈黙が重くのしかかっていた、その時だった。
「おーーーーい!そこの若いの!こんなとこで井戸端会議かぁー!」
窓の外から、やけに聞き覚えのある、デリカシーの欠片もない大声が響いた。
俺たちが慌てて窓から顔を出すと、そこには、木と金属を組み合わせた、最新型の小型飛空挺が、器用にホバリングしながら浮かんでいた。操縦席からは、偏屈な飛空挺技師の爺さん、ギデオンが、にやにやしながらこちらに手を振っている。
「じ、爺さん!?なんでここに!?」
「ドクター・ヴェルギリウスの名を聞いてな」
飛空挺を近くの広場に着陸させると、ギデオンは、油の匂いが染み付いた作業着のまま、俺たちの前に降り立った。
「あやつとは、若い頃、同じ師の元で『世界の理』を探求した仲じゃった。じゃが、わしが生命の『調和』に美しさを見出したのに対し、あやつは生命を『分解』し、組み替えることに悦びを見出しおった。道を違えた、哀れな男よ。あやつの狂気は、わしが止めにゃならん」
その瞳には、普段の偏屈さとは違う、静かで、そして強い決意の光が宿っていた。
◇
ギデオンの操縦で、俺たちはギアフロートへと向かった。
澄み渡った秋の空を、彼の飛空挺は滑るように進んでいく。
やがて、雲の切れ間に、その威容が姿を現した。
「……なんだ、あれは…」
息をのむほどの光景だった。
太陽の光を鈍く反射する、無数の巨大な歯車が、ゴウンゴウンと低い駆動音を立てながら噛み合い、都市そのものが、一個の巨大な生命体のように動いている。都市のあちこちからは、絶えず白い蒸気が噴き出し、空には、鳥ではなく、カチカチと音を立てて飛ぶ、トンボのような形の監視用機械が編隊を組んで飛び交っていた。
鉄と、油と、石炭の匂い。そこは、俺たちが知るどの国とも違う、科学と錬金術が支配する、無機質なディストピアだった。
「さあ、行くぞ。しっかり掴まっとれ!」
ギデオンは、監視機械の僅かな死角を縫うように、アクロバティックな操縦でギアフロートに接近していく。
「あやつは完璧主義者じゃ。自分の作ったもんに、傷一つつけられるのを嫌う。じゃが、自分の作ったもんは絶対に壊さん。つまり、都市のゴミを処理するための、この排気ダクトだけが、唯一の死角じゃ!」
彼の言葉通り、俺たちは都市の最下層にある、巨大な排気ダクトの前にたどり着いた。中からは、熱風と、あらゆる汚物が混じり合ったような、不快な匂いが噴き出してくる。
俺たちは、覚悟を決め、顔を見合わせた。
そして、この狂った鋼鉄の迷宮へと、その第一歩を踏み出したのだった。
外の喧騒が嘘のように、部屋の中は張り詰めた空気に満ちている。
「ここが、最初の隊商が襲われた地点。次が、ここ。そして、昨日報告があったのが、この村…」
アリーシアが、コンパスと定規を使い、キメラの出現ポイントに次々と印をつけていく。その手際は、まるで熟練の参謀のようだ。やがて、地図上には、いびつだが、しかし明確な一つの「円」が浮かび上がった。
彼女は、その円の中心を、指でなぞる。
「キメラは、この円の外側には出現していない。つまり、犯人は、この円の中心から、定期的に、そして全方位にキメラを放っていると考えられるわ。でも、中心には何もない。ただの広大な平原よ。…いいえ、違う」
アリーシアは、はっと顔を上げた。
「中心に『留まって』いるものがないだけよ。もし、この円の中心を、常に『移動』しているものがいるとしたら…?」
それは、噂に聞く、幻の都市。
蒸気と歯車、そして錬金術によって、大地を離れ、空を移動する巨大な要塞。
「機動都市、ギアフロート…!」
黒幕の居場所は、ほぼ特定できた。だが、新たな、そして最大の問題が浮上する。
「どうやって、あんな空に浮かぶ場所に…?」
ルーナの言葉に、誰もが押し黙る。飛空挺でもなければ、あんな場所にたどり着くことなど不可能だ。
俺たちが途方に暮れ、部屋の沈黙が重くのしかかっていた、その時だった。
「おーーーーい!そこの若いの!こんなとこで井戸端会議かぁー!」
窓の外から、やけに聞き覚えのある、デリカシーの欠片もない大声が響いた。
俺たちが慌てて窓から顔を出すと、そこには、木と金属を組み合わせた、最新型の小型飛空挺が、器用にホバリングしながら浮かんでいた。操縦席からは、偏屈な飛空挺技師の爺さん、ギデオンが、にやにやしながらこちらに手を振っている。
「じ、爺さん!?なんでここに!?」
「ドクター・ヴェルギリウスの名を聞いてな」
飛空挺を近くの広場に着陸させると、ギデオンは、油の匂いが染み付いた作業着のまま、俺たちの前に降り立った。
「あやつとは、若い頃、同じ師の元で『世界の理』を探求した仲じゃった。じゃが、わしが生命の『調和』に美しさを見出したのに対し、あやつは生命を『分解』し、組み替えることに悦びを見出しおった。道を違えた、哀れな男よ。あやつの狂気は、わしが止めにゃならん」
その瞳には、普段の偏屈さとは違う、静かで、そして強い決意の光が宿っていた。
◇
ギデオンの操縦で、俺たちはギアフロートへと向かった。
澄み渡った秋の空を、彼の飛空挺は滑るように進んでいく。
やがて、雲の切れ間に、その威容が姿を現した。
「……なんだ、あれは…」
息をのむほどの光景だった。
太陽の光を鈍く反射する、無数の巨大な歯車が、ゴウンゴウンと低い駆動音を立てながら噛み合い、都市そのものが、一個の巨大な生命体のように動いている。都市のあちこちからは、絶えず白い蒸気が噴き出し、空には、鳥ではなく、カチカチと音を立てて飛ぶ、トンボのような形の監視用機械が編隊を組んで飛び交っていた。
鉄と、油と、石炭の匂い。そこは、俺たちが知るどの国とも違う、科学と錬金術が支配する、無機質なディストピアだった。
「さあ、行くぞ。しっかり掴まっとれ!」
ギデオンは、監視機械の僅かな死角を縫うように、アクロバティックな操縦でギアフロートに接近していく。
「あやつは完璧主義者じゃ。自分の作ったもんに、傷一つつけられるのを嫌う。じゃが、自分の作ったもんは絶対に壊さん。つまり、都市のゴミを処理するための、この排気ダクトだけが、唯一の死角じゃ!」
彼の言葉通り、俺たちは都市の最下層にある、巨大な排気ダクトの前にたどり着いた。中からは、熱風と、あらゆる汚物が混じり合ったような、不快な匂いが噴き出してくる。
俺たちは、覚悟を決め、顔を見合わせた。
そして、この狂った鋼鉄の迷宮へと、その第一歩を踏み出したのだった。
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