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第七部:天空の要塞と偽りの正義
第64話:海斗の奇策
しおりを挟むゴゴゴゴゴゴ……。 玉藻前の気まぐれな一撃がもたらした、要塞全体を揺るがす振動が、ゆっくりと、しかし確実に減衰していく。純白の至聖所に、再びあの絶対的な静寂が戻りつつあった。 海斗は、肩で荒い息を繰り返していた。心臓が、耳元で鳴っているかのようにうるさい。 (助かった……) カマエルの「修正」の光は、寸前で海斗の心臓を逸れた。あのまま直撃していれば、今頃、自分は魂ごと消去されていただろう。
なぜ、カマエルは外した? あの完璧な存在が、なぜ。 海斗の脳裏に、先ほどの衝撃波と共に流れ込んできた、外の世界の「声」が蘇る。 鬼たちの怒号。河童たちの訳の分からない雄叫び。そして、玉藻前の、全てを嘲笑うかのような圧倒的な混沌の気配。 (そうだ、あの揺れだ) 海斗は、ゆっくりと顔を上げ、カマエルを見据えた。 天使は、揺らぎのない完璧な姿勢に戻っていた。先ほどの「外部ノイズ」による予測不能な振動は、彼にとって想定外のエラーだった。だが、そのエラーも即座に修正され、彼の「熾天使の武具」は、次なる「完璧な一手」を計算し、その神々しい光の出力を再び高め始めていた。 その姿を見た瞬間、海斗の脳内で、バラバラだったパズルのピースが、一つの答えを形作った。
(こいつは、「強い」んじゃない) 海斗は、カマエルの本質を、今、この瞬間、理解した。 (こいつは、「完璧」なんだ ) 珠やパイモンが、経験と勘、そして感情の爆発で戦う「生き物」だとすれば、カマエルは、寸分の狂いもなく設計図通りに稼働する「機械」だ 。 俺たちの行動という「問題」に対して、常に、最も効率的で、最も合理的な「100点の答え」を、寸分の狂いもなく計算して叩き返してくる、超高性能なコンピュータ。 だから、真正面から「論理」で戦っても、絶対に勝てない。 (……なら) 海斗の口の端に、乾いた笑みが浮かんだ。 (もし、答えのない問題を、あるいは、解く価値のない無意味な問題を、同時に、大量にぶつけたらどうなる? ) 完璧なコンピュータが、処理能力(リソース)を超えるパラドックスやノイズを与えられたら? フリーズするんじゃないか?
外で戦う仲間たちの、あのメチャクチャな戦い方が、海斗の仮説を裏付けていた。 (そうだ、必要なのは論理じゃない。混沌(カオス)だ) 海斗は、この一瞬の賭けに、自分たちの全てを懸けることを決意した。彼は、仲間たちを振り返る。 「全員、聞いてくれ! 今までの連携は、全部捨てろ!」 海斗の切羽詰まった声が、至聖所に響く。 「はぁ?」 肩の傷を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた珠が、訝しげに海斗を睨む。 「今、この状況で、何を馬鹿な…!」 「いいから、俺を信じてくれ! これしか、勝つ方法はない!」 海斗は、仲間たちに、一見、支離滅裂としか思えない、非合理的な指示を同時に飛ばした。
「珠さん! 」 「な、なんだい!」 「右の壁! あの、何もない壁に向かって、今出せる全力でダッシュしてくれ! 」 「はぁ!? 壁に!? 」 珠は、一瞬、海斗が恐怖で狂ったのかと思った。だが、その海斗の瞳が、これまで見せたこともないほど、冷静で、真剣な光を宿しているのを見て、彼女はニヤリと口の端を吊り上げた。 「(バカかこいつ! でも、最高に面白そうだ!)…乗った! 」 彼女は、黒豹のようにしなやかな四肢を、純白の床に沈めた。
「パイモン! 」 「…何かな、司令塔君。今度は私に何をさせるつもりだ?」 水晶化の拘束から逃れ、ボロボロのシルクハットを被り直したパイモンが、皮肉っぽく片眉を上げる。 「天井だ! 天井に向かって、パイモンさんが今までで一番美しいと思う魔術を、詠唱してくれ! 攻撃はしなくていい! とにかく、派手に、美しく!」 「……は?」 パイモンは、数瞬、言葉の意味が理解できず、硬直した。天井に、美しい魔術? 「(フッ…)」 やがて、彼の唇が、歓喜に震え始めた。 「(フ、フハハハ! 実に非合理的だ! 戦術的価値ゼロ! だが、最高に、最高に美学を感じるぞ、相川海斗! )」 彼は、カマエルにではなく、無限に広がる純白の「上」に向かって、そのステッキを高々と掲げた。
「マナ! 」 「(海斗!?) わかった! 」 「俺だけを守れ! 何が起きても、俺から意識を逸らすな!」 マナは、海斗の意図の全てを理解したわけではなかった。だが、彼の魂が、今、この瞬間に全てを賭けていることを感じ取っていた。彼女は「女神の涙」の輝きを最大にし、海斗の前面に、七色の光の盾を集中させた。
海斗は、息を止めた。 「――今だッ!!」
三つの行動が、同時に炸裂した。 第一に、珠が影となり、黒い弾丸となって、カマエルとは真逆の「右の壁」へと爆走する。 第二に、パイモンが、朗々と、しかし全く無意味な、地獄の美学を讃える詩(うた)を、荘厳な詠唱に乗せて「天井」に向かって解き放つ。彼の周囲に、攻撃力の全くない、万華鏡のような美しい魔方陣が、無数に咲き乱れては消えていく。 第三に、海斗とマナが、その場で「正面」のカマエルを睨みつけ、全神聖エネルギーを「防御」に集中させ、最大の警戒態勢を取る。
カマエルは、完璧な機械だった。 そして、完璧な機械であるがゆえに、「無意味な行動」を、無視することができなかった 。 彼の論理回路が、この三つの同時発生した「予測不能な脅威」を、全て「攻撃の可能性」として認識してしまう 。
(THREAT 1: 妖怪(珠)が壁へ高速移動。意図:要塞破壊による脱出路の確保、あるいは、壁を蹴っての三角跳びによる軌道変更攻撃か? ――対応。光の槍を射出し、進路を塞げ) (THREAT 2: 悪魔(パイモン)が天井へ未知の大規模術式を展開。意図:空間そのものの破壊、あるいは、上位存在の召喚か? ――対応。解析。神聖なる秩序の力で、術式構造を中和せよ) (THREAT 3: 女神(マナ)と人間(海斗)が正面でエネルギーを最大集中。意図:女神の涙の全解放による、本体への一点突破攻撃か? ――最大警戒。熾天使の武具、全防御機構を展開せよ)
カマエルの身体は微動だにしなかった。 だが、彼が纏う「熾天使の武具」が、悲鳴を上げた。 右肩の装甲が開き、珠に向かって光の槍が射出される。 背中の翼が展開し、天井のパイモンに向かって神聖な光の波が放たれる。 胸部と両腕の装甲が展開し、海斗とマナの正面に、何十層もの光の盾が形成される。 三方向へ、同時に、複雑怪奇な防御機構と迎撃システムが展開された。 カマエルの完璧な思考回路が、この三つの「無駄なバグ」の処理に、そのリソースの全てを割いてしまった。 彼の武具が放つ、神々しい光が、一瞬、ノイズが走ったかのように、激しく明滅した。 処理(プロセッサ)が、オーバーフローしている 。
海斗は、そのコンマ数秒の、致命的な「ラグ」を見逃さなかった 。 彼の本当の狙いは、右(珠)でも、上(パイモン)でも、正面(海斗)でもない。 その三方向のどれにも対応していない、カマエル自身の、がら空きの「足元」だった 。
「今だ! マナ、俺の足元に、ありったけの光をッ! 」
マナは、海斗の真の意図を、その瞬間に完璧に理解した。彼女は、正面に展開していた光の盾を、即座に、海斗の足元の床へと叩きつける 。 「女神の涙」の「調和」の力が、床と衝突し、凄まじい光の爆発となって、上方へと跳ね返った。 海斗は、その爆発的な反動を、両足で受け止めた。 床を蹴る。 カマエルの機械的な予測が、「上」「上」「正面」に集中している、その死角。 予測不能な「下からのアッパー軌道」 。 海斗の身体は、光の反動を利用したロケットスタートで、カマエルの懐――完璧なシステムの、ゼロ距離――へと、音もなく突撃した 。
(ERROR. ERROR. ANOMALY DETECTED.) カマエルの虚無の瞳が、初めて、論理的な「驚愕」に見開かれた。防御システムが、間に合わない。 (これが、お前の大嫌いな、予測不能なバグだッ! )
海斗の右拳が、マナの「調和」の光を、まるで淡い手袋のように纏っていた 。それは、彼を守るための光。 その拳が、カマエルの完璧な武具の、わずかな、ほんのわずかな隙間――兜と胸当てを繋ぐ、首元の関節部分――へと、吸い込まれるように突き刺さった 。
ガキンッ!
至聖所に、甲高く、不協和な金属音が鳴り響いた 。 時が、止まった。 海斗は、自らの拳が、確かに「神」に届いた感触に、目を見開いた。 カマエルの、完璧なまでに美しかった頬に、初めて、浅い、しかし決定的な亀裂が走った 。 純白の空間に、再び、絶対的な静寂が訪れた
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