過労死したので来世は平穏に暮らしたい。なのに、うっかり英雄になってしまい、東では国を救った元悪役令嬢が俺の噂をしていた。

Gaku

文字の大きさ
79 / 91
第六部:偽りの英雄と、盤上の神々

第四話:祝祭の裏の孤立

しおりを挟む

ユグドラシル王国の王都は、ここ数日、浮き足立つような喧騒(けんそう)と喜びに満ちていた。 秋の収穫を祝う、ロゼンベルグ王国との「合同収穫祭」。それは、二国の強固な絆を内外に示す、一大イベントである。

黄金色に色づいた街路樹には、色とりどりのリボンが結ばれ、風に楽しげな音を立てて翻っている。広場という広場には屋台が立ち並び、焼きたてのパンの甘い香り、肉の焼ける香ばしい匂い、そしてエールやワインの芳醇(ほうじゅん)な香りが混じり合い、ただ道を歩くだけで幸福な気分になるほどだった。

「うおおおおっ! ユウキ殿、ご覧ください!」

王城のバルコニーからその光景を見下ろし、誰よりも興奮しているのは、騎士ガンツだった。 「ドワーフの鍛冶屋台と、エルフの工芸品市が、隣同士で店を出しております! なんという、種族の垣根を超えた光景!」 「ガハハハ! 兄貴ィ! 昨日はカエルス殿と、どっちが丸太を遠くまで投げられるか競争してよぉ! 盛り上がったぜぇ!」 ボルガも、巨大なジョッキを片手に豪快に笑う。

シンの事件以来、どこか張り詰めていた空気は完全に払拭(ふっしょく)され、人々は、まさに平和を謳歌(おうか)していた。

「……」

ただ一人、そのバルコニーの隅で、日陰を選んで椅子にふんぞり返っている男、ユウキを除いて。

「……あー、うるさい。暑い。帰りたい」 「帰るって、ここ、あなたの城ですわよ」

凛(りん)とした声と共に、隣に優雅なティーカップが差し出された。 ロゼンベルグのソフィアである。彼女は、この祝祭のロゼンベルグ側の責任者として、数日前からユグドラシルに滞在していた。

「大体、あなたも国王なら、少しは民の前に顔を出したらどうです? アーサー宰相が、さっき胃を押さえて倒れ込むのを見ましたわよ」 「無理。俺の業務(・・)は、この椅子に座って『王、在(いま)す』とアピールすることだ。これ以上の労働は、労働基準法に違反する」 「この世界にそんな法律はありません」

ユウキが、ソフィアの淹(い)れた紅茶(アールグレイの香りがする)を面倒くさそうに啜(すす)った、その時。

「ユウキ王! ソフィア王女! 大変です!」 血相を変えたアーサーが、バルコニーに転がり込んできた。その手には、緊急用の通信水晶が握られている。 「……アーサー。お前、今日は休日だろ。休め。これは王命(・・・)だ」 「その王命(ごかいたく)のせいで、休めるはずの業務が五倍になっているんですよ!」

アーサーは、ユウキの無慈悲な言葉を無視し、震える手で通信水晶を起動させた。 「大陸の、各同盟国からの、緊急連絡です! ……昨日(・・)付で、彼ら、軒並み、我が国とロゼンベルグとの同盟を……破棄(・・)、すると……」

バルコニーの空気が、凍った。

「……どういうことです?」 ソフィアの瞳から、祝祭の柔和さが消え、為政者の冷たい光が宿る。

「そ、それが……あの、聖騎士アリアンの影響です!」 アーサーは、泣きそうな声で捲(まく)し立てた。 「アリアンを支持する国々が、新たに『新大陸同盟』を結成したと宣言! しかも……」

アーサーは、ごくり、と唾を飲んだ。 「……グランツ帝国のジークハルト皇帝が、これを『全面的に支持する』と表明した、と……」

「……なんですって?」

ガンツやボルガの笑顔が消え、場にいた全員が息をのんだ。 聖騎士アリアンの登場は、ユウキたちが思っていた以上に、急速に、そして致命的に、世界の勢力図を塗り替えていた。

悪徳領主を倒し、民を救う「人のための正義」。 その完璧な「物語」は、あまりにも魅力的すぎた。 結果、シンの脅威を共に乗り越えたはずのユグドラシルとロゼンベルグは、この祝祭の裏側で、国際的に完全に孤立(・・)してしまったのだ。

「……はぁ。やっぱり、面倒くさいことになった」 ユウキが、心底うんざりしたように呟いた。

「ユウキさん、これは『面倒くさい』では済みませんわよ! グランツ帝国が後ろ盾になるということは、事実上、アルバ公爵がこの『新同盟』の黒幕である可能性が……」

ソフィアが、鋭く現状を分析しようとした、その時。

「あ、ユウキ様。ソフィア様。こんなところに」 のんびりとした声が、緊迫した空気を破った。 見れば、小さな妖精ピクシーが、ふらふらと飛んでくる。その手には、なぜか彼女の体ほどもあるワイングラスが握られていた。

「ぷはー。いやぁ、王様。ロゼンベルグから来たっていう、あの赤ワイン。美味いじゃねえか」 ピクシーは、ユウキの肩に止まると、げっぷを一つした。 「なんか知らんが……あの酒、妙に『懐かしい(・・・・・)』味がしやがった」

「……懐かしい?」 ソフィアが、その言葉に微かに眉をひそめた。「妖精族は、ロゼンベルグの地にはいないと伺っていましたが」 「ん? ああ、そうだったかい? ま、気のせいか。ガハハ!」 ピクシーは、ぞんざいに笑うと、また酒を求めて広場の方へと飛んでいった。

(……懐かしい、味?) ソフィアの胸に、小さな違和感が引っかかる。 だが、その違和感を追求するよりも先に、ユウキが「あ」と、間の抜けた声を上げた。

「……なんだ、あれ」 ユウキが、気だるげに空を指差す。 釣られて見上げた一同の目に、奇妙な光景が飛び込んできた。

まだ日も高いというのに、王都の上空、遥か高みに、淡い緑色と紫色の光のカーテンが揺らめいていた。 オーロラ――極地でしか見られないはずの、天空の光。

「……興味深いですわ」 「……実に非合理的だ」

いつの間にかバルコニーに現れていたリリアと、ソフィアの背後に控えていたアレクシスが、同時に、マッドサイエンティストの顔で空を睨(ね)め上げていた。 「このエネルギーパターン……既知の魔素(マナ)のどれとも一致しない」 「地脈の乱れか? いや、もっと高次元からの……干渉?」 二人の天才は、ブツブツと、常人には理解不能な議論を交わし始めた。

「……あーあ。なんか、もう、色々めちゃくちゃだな」 ユウキは、この非日常のオンパレードに、すっかり「帰りたい」ゲージが振り切れていた。 彼は、この面倒な現実から逃避するように、祝祭のメインディッシュが並べられたテーブルへと歩み寄った。

「お、魚料理か。美味そう」 そこには、香草(ハーブ)と共に豪快に焼かれた、白身魚のグリルがあった。 ユウキは、それを無造作に手づかみすると、がぶりとかじった。

「……ん?」

ユウキの動きが、止まった。

「……ユウキさん? どうかしました? その魚、毒見は済んでいますが」 「……いや、毒とかじゃなくて」

ユウキは、魚をまじまじと見つめ、もう一口、ゆっくりと味わった。 淡白だが、脂の乗った白身。絶妙な塩加減。 美味しい。美味しい、のだが。

(……この、後味) (……この、酢飯の幻影)

ユウキは、ソフィアの方を向き、前世の記憶にアクセスしながら、最も的確な(・・・・・)感想を述べた。

「……なんだか、品川駅(・・・・)の、立ち食い寿司(・・・・・・)の味がする」

「……は?」 ソフィアの、完璧な笑顔が、硬直した。 「しな、がわ……? すし……?」 彼女が、その未知の単語(キーワード)の意味を反芻(はんすう)しようとした、まさにその時。

キィィィィン―――――!

強烈な耳鳴りと共に、ユウキの頭を、激痛が襲った。 「……ッ!」

世界が、再び色褪せた。 オーロラの空、ソフィアの驚愕の顔、アーサーの絶望の顔。 その全てがノイズに塗りつぶされ、脳内に、あの無機質な、幾何学的な光のパターンが明滅する。

そして、今度は、聞こえた。 幻聴だ。 冷たく、感情のない、合成音声のような声が、頭の中に直接響いた。

『――エラー:不正ナ アクセス ガ 検出 サレマシタ。権限レベル ヲ 確認シマス』

「……う、あ……」

「ユウキさん!?」「ユウキ王!?」 ユウキがこめかみを押さえてふらついたのを、ソフィアとアーサーが慌てて支える。

「……いや。なんでも、ない」 数秒後、幻聴と痛みは、嘘のように消えていた。

「……疲れてんだ、多分。……ああ、もう、最悪だ。帰る。今度こそ帰る。アーサー、あとは、本当に、マジで、なんとかしとけ」 「そ、そんな無茶苦茶な!」

ユウキは、アーサーの悲鳴をBGMに、祝祭の喧騒とは真逆の、自室(寝床)へと、今度こそ本気で逃げ出すのだった。 彼の脳裏には、もはや「国際的な孤立」や「オーロラの謎」などはなく、ただ、あの不快な「エラーメッセージ」の響きと、「品川駅」という、口にしてはいけないはずだった(・・・・・)故郷の単語だけが、ぐるぐると回っていた。

一方、その頃。 グランツ帝国、玉座の間。

「――陛下。これで、ユグドラシルとロゼンベルグは、完全に孤立しましたな」 アルバ公爵が、玉座に座るジークハルト皇帝に、蛇のようにねっとりとした笑みで報告していた。

皇帝は、公の場でアリアンへの支持を表明した後だというのに、その表情は晴れない。 「……公爵。あの聖騎士アリアン……本物か?」 「本物、ですと?」 「あの、ユウキとかいう化け物とは違うのか、と聞いておる」

ユウキのデコピンによる絶対的な恐怖は、未だ皇帝のトラウマだった。

「ククク……ご安心を、陛下」 アルバ公爵は、その皇帝の怯えすらも楽しむように、目を細めた。 「あれは、ユウキとは全く違う『本物』。……我らの望む『物語』を、完璧に演じてくれる、『最高の役者(・・)』ですぞ」

アルバ公爵は、ユウキたちが祝祭に浮かれている間に、密かに(・・)ジークハルト皇帝と接触し、次の「盤面」を着々と整えていた。 彼の視線の先には、ユウキたちの知らない、さらに広大な「ゲーム盤」が広がっているかのようだった。
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...