過労死したので来世は平穏に暮らしたい。なのに、うっかり英雄になってしまい、東では国を救った元悪役令嬢が俺の噂をしていた。

Gaku

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第六部:偽りの英雄と、盤上の神々

第五話:古代文明の囁き

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大陸で最も古く、そして最も知識が集積すると言われる場所――「沈黙の図書館」。 それは、特定の国に属さず、険しい山脈の奥深くに、その威容を隠すように存在する巨大な遺跡である。

建物そのものが、山肌をくり抜いて作られており、入り口は、高さ数十メートルにも及ぶ石造りのアーチとなっている。吹き抜ける風が、無数の書架が並ぶ内部の空洞で反響し、まるで巨大な何かが、途方もない溜息をついているかのように、低く、重たい音を立てていた。

「ぜぇ……はぁ……。リリア殿……」 その入り口で、この世の終わりのような顔をしてうずくまっている男がいた。 ロゼンベルグの天才学者、アレクシスである。 「……実に、非合理的だ。なぜ、これほど重要な施設が、山の上にある……。文明の利器というものを、古代人は知らなかったのか……。馬車を降りてから、まだ三百メートルも(・・・)歩いていないぞ……」


彼の体力は、常人を遥かに下回る。そのボサボサの髪は、すでに疲労と絶望でしっとりと濡れていた。


「まあ、アレクシス殿。何を弱音を吐いていらっしゃいますの」 対照的に、リリアは、その知的な美貌を興奮で紅潮させ、瓶底眼鏡の奥の瞳を爛々(らんらん)と輝かせていた。 「ご覧なさい! このアーチ! この石材の切り出し方! 現代の技術では再現不可能ですわ! ああ、サンプルとして削り取って持ち帰りたい……!」




彼女たちは、第四話で観測された奇妙なエネルギーパターン(オーロラ)と、聖騎士アリアンの「奇跡」、そして各地の遺跡の活性化という三つの現象を結びつけ、この「沈黙の図書館」こそが全ての答えを持つと確信し、やって来たのである。 もちろん、ユウキとソフィアには「ちょっとそこの本屋まで」くらいの感覚で(黙って)出てきている。

「……さあ、行きますわよ。人類の叡智(えいち)が、私たちを呼んでいます!」 「待て……。せめて、あと……三時間、休憩を……」 「では、置いていきますわね」 「鬼か! あんたは鬼か!」

アレクシスの悲痛な叫びも虚しく、リリアは、未知の知識という「最高の研究対象」を前に、すでにマッドサイエンティストとしての理性を失いかけていた。




二人が足を踏み入れた内部は、まさに圧巻だった。 外光がほとんど届かない巨大なドーム状の空間に、天井まで届く書架が、それこそ森のようにびっしりと立ち並んでいる。 空気は、古い羊皮紙の乾いた匂いと、埃の匂い、そして微かなインクの匂いで満たされていた。

「……すごい」 さすがのアレクシスも、その光景に疲労を忘れ、息をのむ。 「噂には聞いていたが……これほどの規模とは。ロゼンベルグの王宮書庫が、子供の遊びに見える」

「興味深い……実に、興味深いですわ」 リリアは、すでに書架から分厚い書物を取り出し、常人には解読不能な速度でページをめくっていた。 「アレクシス殿、こちらを! この古代魔導言語、第五紀のものですわ! あの、アリアンとかいう聖騎士が使っていた武具の輝き、あれは、この文献に記されている『光の集積理論』と酷似しています!」





「何だと?」 アレクシスも、近くの石碑に刻まれた文字に目を走らせる。 「……馬鹿な。これは、世界の『仕組み』そのものに関する記述だ。……我々が『物理法則』と呼んでいるものが、実は、もっと上位の『何か』によって規定されている、とでも言いたげな内容だぞ……」

二人の天才は、水を得た魚のように、この知識の海に没頭していった。 彼らは、互いの知性を(この世界で唯一)認め合える相手として、通常なら数年かかる解読作業を、わずか数時間で、まるでパズルを解くかのように進めていく。

「……リリア殿、こっちだ」 どれほど時間が経ったか。アレクシスが、図書館の最も奥まった、巨大な一枚岩の壁画の前で足を止めた。 「……これは、歴史書のようだが」

そこには、この大陸の創世神話とは全く異なる「歴史」が、無数の図形と共に刻まれていた。

「……『異邦人』……?」 リリアが、壁画のある部分を指差した。 そこには、明らかにこの世界(・・・)の人間とは違う、奇妙な装束をまとった人物の姿が、いくつも描かれていた。

「『天より降り立ちし、知恵持つ者たち』……」 アレクシスが、乾いた喉で文字を読み上げる。 「彼らは、周期的に(・・・・)この地に現れ、世界に『変革』をもたらした、と……」

二人の脳裏に、同じ人物たちの顔が浮かんだ。 規格外の力で全てを解決する、死んだ魚の目をした王(ユウキ)。 前世の知識で国を再建した、元OLの王女(ソフィア)。 そして、世界をゲーム盤と呼び、神を名乗った青年(シン)。





「……まさか」 「……サンプルケースが、多すぎますわ」

二人は、互いの推論の恐ろしさに、一瞬だけ沈黙した。 そして、アレクシスが、その壁画の最も上部、王冠のように描かれた部分に刻まれた、一際(ひときわ)古い文字を発見した。

「……『我ら、「観測者(みまもるもの)」は、この「作られた庭(プロジェクト・アヴァロン)」の行く末を、ここに記す』……」

「……『観測者』?」「『作られた庭』?」 リリアが、その単語を反芻(はんすう)する。

この世界が、誰かによって「作られた」? そして、それを「観測」している者がいる?

「……ふ、ふふ」 アレクシスの肩が、小刻みに震えだした。 「……ふ、ふははは! 面白い! 実に面白い!」 彼は、万年寝不足の顔を、今までにない喜悦で歪ませた。 「神が作った世界、だと? 冗談じゃない! まるで、子供が箱庭で虫を飼うような話だ! 非合理的だ! だが、もし、もしそれが真実なら……!」


「この世界の『ルール』の全てが、解明できる……!」 リリアもまた、マッドサイエンティストの恍惚(こうこつ)とした表情で、壁画を撫でた。

「……待て」 その時、アレクシスが、壁画の隅に、小さく刻まれた、他の図形とは明らかに異質な(・・・・)模様に気づいた。 それは、三つの星が並び、その下に四つの星が歪んだ四角形を描く、単純な星座の図。

「……なんだ、これは。他のどの古代紋様とも、系統が違う……」 「……知りませんわね。ですが……」

リリアは、その図形が、なぜかユウキの無駄に豪華な寝室の天井画(彼が『故郷の星空だ』と訳の分からない寝言を言ってアーサーに描かせたもの)と、酷似していることに、気づく由もなかった。

「……奥に、まだ何かありますわ」 リリアの興味は、すでに壁画から、その奥にある薄暗い通路へと移っていた。

二人は、まるで何かに導かれるように、遺跡のさらに深部へと足を踏み入れる。 そこは、巨大な空洞だった。 そして、その中央に、「それ」は鎮座していた。

「……ゴーレム……?」 アレクシスが呟く。 それは、高さ十メートルはあろうかという、人型の機械人形だった。だが、彼らが知るどのゴーレムとも違う。全身が、滑らかな、鈍い銀色の装甲で覆われている。 そして、その装甲は――。

「……この金属……!」 リリアが、ゴーレムの足元に駆け寄り、その表面を指でなぞる。 「……間違いありませんわ! 聖騎士アリアンの剣と盾! あれと、全く同じ合金です!」

この遺跡は、アリアンの力の源泉か、あるいは、彼(・)が生まれた場所なのか?

リリアは、興奮を抑えきれないまま、懐から魔力測定器(サンプル採取用)を取り出した。 「……このゴーレム、機能は停止していますが……内部のエネルギー炉は、まだ微かに、脈動していますわ。……このパターンは……」

リリアは、測定器の針が、奇妙なリズムで揺れているのに気づいた。 それは、第四話で観測されたオーロラのパターンとも、活性化した地脈のパターンとも違う。

「……おかしいですわね。このエネルギー……どこかで……」

彼女は、自身の研究手帳を猛烈な勢いで捲(めく)る。 地脈、魔素、竜脈、聖域……どれとも違う。 だが、彼女の膨大な「サンプルデータ」の中に、一つだけ、これとよく似た、しかし測定不能(・・・・・)として保留にしていたデータがあった。

それは、ユウキが、あのシンとの最終対決で、世界そのものの崩壊をデコピンで食い止めようとした(・・・)時に、彼から放出された、規格外のエネルギーパターン。


「……馬鹿な」 リリアは、眼鏡をくい、と押し上げた。 「……この遺跡のエネルギー、あの男(ユウキ)の力と、『同調(シンクロ)』する性質がある……?」

アレクシスとリリアは、顔を見合わせた。 彼らは、自分たちが今、とんでもない「世界の秘密」の、その入り口に立ってしまったことを、はっきりと自覚した。 二人の天才の、本当の「研究」が、今、始まった。
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