過労死したので来世は平穏に暮らしたい。なのに、うっかり英雄になってしまい、東では国を救った元悪役令嬢が俺の噂をしていた。

Gaku

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第六部:偽りの英雄と、盤上の神々

第九話 英雄の矛盾

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中立都市リベルシュタットは、その日、建国以来の熱狂に包まれていた。 高く澄み渡った秋の空の下、中央広場は大陸中から集まった人々で埋め尽くされ、乾いた土埃と人々の汗、そして熱っぽい期待の匂いが渦巻いていた。広場に設置された巨大な映像水晶が、この歴史的な「公開討論会」の様子を、大陸全土へと中継している。

民衆の視線は、ただ一点。 特設された演台に立つ、一人の男に注がれていた。

「聖騎士、アリアン様だ!」 「我らが英雄!」

太陽の光を浴びて白銀に輝く甲冑は、先日リリアとアレクシスが特定した、あの古代ゴーレムと同じ未知の合金で作られている。だが、民衆はそんなことを知る由もない。 アリアンは、その完璧な「英雄の笑顔」を群衆に向け、朗々と語りかけていた。





「同胞たちよ! なぜ我らは虐げられねばならなかったのか! なぜ我らは飢えねばならなかったのか! それは、旧き権力が、自らの利益のために『仕組み』を独占していたからです!」 彼の声は、不思議なほどよく通り、集まった全ての者の心を掴んで離さない。 「私は、神の正義などという曖昧なものではなく、今、ここで苦しむ『あなた』のための正義を、実行するために来たのです!」

「うおおおおっ!」 地鳴りのような歓声が広場を揺るがす。 民衆は熱狂していた。アリアンの弁舌は完璧であり、そのカリスマは、かつての偽りの英雄レオなど比較にならないほど、強烈に人々を惹きつけていた。





その頃、遥か彼方のユグドラシル。 国王ユウキは、自室のベッドの上で胡座をかき、完璧な「昼寝」の姿勢を維持したまま、 その意識だけをリベルシュタットへと飛ばしていた。 彼の「内なる目」には、物理的な広場の光景ではなく、この世界を構成する「光の糸」が映っていた。

(……すごいな、こりゃ)

アリアンという存在が、まるで巨大なポンプのように、リベルシュタットの地下深くに眠る「仕組み」――古代遺跡のエネルギー ――を吸い上げ、それを自らの「カリスマ」として広場に撒き散らしているのが見えた。 民衆の「熱狂」が、そのエネルギーをさらに増幅させている。

「……台本通りだ」 部屋の隅で壁に寄りかかるシンが、蒼白な顔で呟いた。 彼の意識もまた、アリアンが紡ぐ「言葉」の裏に隠された、アルバ公爵の冷たい「筋書き」を読み取っていた。 「民衆の支持を背景に、旧体制の象徴であるロゼンベルグを『悪』として断罪する……。あの公爵が好みそうな、悪趣味な『物語』だ」

「さて。主役(・・)の登場だ」 ユウキの意識が、演台へと静かに歩み寄る、もう一つの「光」に焦点を合わせた。

ソフィア・フォン・ロゼンベルグが演台に立つと、広場の空気は一変した。 「偽りの王女め!」「ユグドラシルの言いなりが!」 熱狂は、瞬時に敵意と侮蔑のヤジに変わる。

だが、ソフィアは微動だにしなかった。 秋風が彼女の輝くような金髪をなびかせる。彼女は、集まった民衆をゆっくりと見渡し、その紫水晶の瞳に、絶対零度の光を宿した。 彼女は、公の場にふさわしい、優雅で気品のある言葉遣い(・・・)で、 しかし、鋼のように冷徹な声で、第一の「問い」を放った。

「聖騎士アリアン殿。あなたの偉大な『奇跡』については、私も聞き及んでおります」 ソフィアは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、アレクシスとリリアが不眠不休でまとめた、大陸各地の地質と疫病に関する調査報告書の写しだった。 「その中でも、大陸東部の紛争地帯にて、原因不明の『風土病』に苦しむ民を癒されたというお話……実に感動的ですわ」




アリアンは、完璧な英雄の笑みを崩さない。 「苦しむ民を救う。当然のことをしたまでです」 「おお……!」と、民衆が再び沸き立つ。


ソフィアは、その歓声を、冷たく遮った。 「では、お教えいただけますか? 我が国の宮廷学者(アレクシス)と、ユグドラシルの天才魔導士(リリア)が、文献の限りを調査した結果、あなたが訪れたあの地域において、『そのような風土病が存在した』という記録は、過去千年間、ただの一件も(・・・・)発見できませんでした」





広場が、水を打ったように静まり返る。

「アリアン殿。あなたは、一体『何』を癒されたのですか? もしかして……存在しない病を、お救いになったと?」

アリアンの完璧な笑顔が、初めて、ほんのわずかに強張った。 彼の「台本」には、このような「事実(データ)」に基づく詰問は、想定されていなかった。 彼が答えに詰まった、その瞬間。

「黙れ、魔女め!」 「聖騎士様の奇跡を疑うとは、何事だ!」 「貴様こそ、民を欺いているのではないか!」

広場のあちこちから、揃えたかのように、扇動的なヤジが飛んだ。それは、民衆の純粋な怒りではない。アルバ公爵が、この日のために周到に配置していた「サクラ」たちだった。 民衆の「疑念」が「怒り」へとすり替えられ、再びソフィアへと牙を剥く。

だが、ソフィアは待っていた。 この、相手の思考が停止し、感情が昂ぶる、この一瞬を。 彼女は、ヤジの嵐をものともせず、前世の「競合プレゼン」で培った、相手の土俵に引きずり込むための、第二の「罠」を仕掛けた。

「……なるほど。これがあなたの言う『人のための正義』ですのね」 ソフィアは、あえて挑発するように、冷ややかに笑った。 「事実(データ)を無視し、民衆の感情を扇動し、既存の秩序を『悪』と断じて破壊する。結構ですわ。ですが、その先に何が? あなたの『正義』が成し遂げられた暁には、この大陸に、一体どのような『相互利益(ウィンウィン)』がもたらされるというのですか?」

それは、この世界の誰も知らないはずの、異世界の「言葉」だった。 ソフィアが、アルバ公爵の「台本」を読むアリアンの「中身」を試すために仕掛けた、決定的な一言。

アリアンは、その「言葉」に、完璧に反応した。 彼の「台本」にはない、ソフィアの「論理」への「反論」を、彼の「中身(・・・)」が自動的に開始してしまった。

「そ、それは違う!」 アリアンは、英雄の仮面が剥がれ落ちそうになるのを必死でこらえ、熱弁をふるった。 「旧体制のような、一方的な搾取(・・・)という非効率な(・・・)関係ではない! 私が目指すのは、全ての民が等しく恩恵を受け、全ての国が繁栄を享受する、完璧な『ウィンウィン』の関係だ! それこそが、真の……!」

そこまで言って、アリアンはハッと我に返った。 広場は、静まり返っていた。 民衆は、アリアンの口から発せられた、聞いたこともない「単語」の意味が分からず、ただ呆然と彼を見つめていた。

(……かかった) ソフィアは、内心で冷たく呟いた。 今、この瞬間、彼女は確信した。アリアンは、ユウキやシンのような「転生者」ではない。彼は、誰か(・・)――おそらくはアルバ公爵、あるいはその背後にいる「観測者」――が持つ、異世界の「知識」を、ただ丸暗記させられ、それを「学習」しただけの、精巧な「人形」であると。



その、刹那だった。

大陸中に中継されていた巨大な映像水晶の「映像」が、一瞬、激しく乱れた。そして、再び映し出された時……ソフィアがアリアンを追及していた、最も重要な部分――「存在しない病」のくだりと、「ウィンウィン」という言葉のやり取り――が、ごっそりと「削除(カット)」されていた。 映像は、アリアンが「全ての民が等しく恩恵を受ける!」と高らかに宣言する、都合の良い(・・・・)場面だけを切り取り、それを大陸中に繰り返し、垂れ流し始めた。

「うおおおお!」「やはりアリアン様こそが本物だ!」「ソフィアは答えに窮したぞ!」 「編集」された「真実」を見た、広場以外の民衆は、アリアンへの支持をさらに強固なものにしていく。

「……チッ」 ユグドラシルの薄暗い寝室で、ユウキが忌々しそうに舌打ちした。 「シン。見えたか」 「……ああ。アルバの奴だ。 この世界の『仕組み』に介入して、映像(ながれ)を強引に書き換えやがった」

ユウキは、リベルシュタットの広場で、アリアンの足元から立ち上るエネルギーが、彼の「動揺」によって、さらに激しく脈打つのを「観測」していた。 それは、暴走寸前の、危険な兆候だった。

「……ソフィアの『プレゼン』は、あいつの『中身』を揺さぶるには十分すぎた。だが、黒幕(アルバ)は、その『揺さぶり』すらも、ショーの『演出』に変えやがった」 

盤上の戦いは、さらに悪質で、卑劣な局面へと移行しようとしていた。
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