23 / 91
2部
第二十三話 気づいたら村が街になっていた件について
しおりを挟む妖精の聖域に、七色の光と清らかな水、そして酒好きの小さな暴君を解き放ってから、季節はまた一つ、その表情を変えようとしていた。
あれほどまでに猛威を振るった太陽は、少しだけその勢いを和らげ、空は、どこか高くなったように感じられる。じっとりと肌にまとわりついていた湿気は、からりとした秋風にその座を譲り、日陰に入れば、心地よい涼やかささえ感じられるようになった。
蝉の声はいつしか聞こえなくなり、代わりに、夜になると、澄んだ虫の音が、心地よく響き渡る。夏の終わりと、秋の始まりが、穏やかに交差する季節。旅をするには、一年で最も快適な時期かもしれない。
しかし、ユウキ一行にとって、快適という言葉は、もはや辞書から削除されていた。
「おう、若いの! なんだい、その気の抜けきった面は! シャキッとしやがれ! このワシを見習って、朝から一杯やらんかい!」
ユウキの帽子のつばの上で、小さな徳利をあおっているのは、新メンバーの妖精ピクシーだ。彼女は、ユウキの頭の上を特等席と定め、ことあるごとにダミ声で檄を飛ばしたり、酒を勧めたりしてくる。
「ピクシー殿、朝からの飲酒は感心しませんな。それに、ユウキ殿は今、深い瞑想に入っておられるのです。彼の精神的平穏を乱すのは、いかがなものかと」
そのピクシーの横で、同じくユウキの肩に乗っているリリアが、冷静に反論する。彼女は、ユウキの「無の境地(現実逃避)」を、高尚な精神活動だと勘違いしている節があった。
「ガハハハ! 小せえことは気にすんな! それより、今日の昼飯は何にするんだ、イグニス! 昨日の、あのスパイスの効いた鳥の丸焼き、また食いてえぜ!」
馬上で、腹をさすりながら叫ぶのはボルガだ。彼の興味は、もはや冒険よりも食事が大半を占めている。
「ふむ……。今日は、川で獲れた新鮮な魚を、ハーブと共に蒸し焼きにするのはどうだろうか。ユウキに教わった『ホイルヤキ』なる調理法だ。素材の旨味が凝縮される、実に合理的な調理法だ」
イグニスは、槍の代わりに、巨大な調理器具セットを背負い、真剣な顔で献立を考えている。誇り高き竜族の末裔は、今や、一行の専属料理長と化していた。
この、もはやサーカス団もかくやという、収拾のつかないカオス。
ユウキは、ただ、遠い、遠い目をしながら、空を流れる雲を見つめていた。
(……帰りたい。あの、最初の村に。あそこなら、まだ、静かだったはずだ。うん、そうだ、帰ろう。そして、今度こそ、誰にも見つからないように、畑でも耕しながら、静かに暮らそう……)
かすかな、本当に、蜘蛛の糸のような細い希望を胸に、ユウキは、全ての始まりの地である、あの「絶望の森」の麓の村へと、進路を向けさせたのだった。
***
数週間の旅を経て、一行は、ついに懐かしい故郷の森へとたどり着いた。
木々の葉は、ほんのりと色づき始め、秋の訪れを告げている。見慣れた木々のトンネルを抜ければ、あの、のどかで、少し寂れた、小さな村が見えてくるはずだった。
しかし。
一行が、森を抜けた先で見たものは、彼らの記憶にある村の姿とは、似ても似つかぬものだった。
「…………え?」
ユウキの口から、素っ頓狂な声が漏れた。
他の仲間たちも、言葉を失って、目の前の光景に立ち尽くしている。
かつて、粗末な藁葺き屋根の家々が点在していた場所には、天を突くほどの、巨大な石造りの城壁が、どこまでも続いていた。城壁は、ドワーフたちが作ったとみられる、精緻で、かつ、重厚な造り。その中央には、壮麗な彫刻が施された、巨大な城門がそびえ立っている。城壁の内側からは、様々な様式の建物が、まるで巨大なキノコのように、にょきにょきと空に向かって伸びていた。
「……道を、間違えたか?」
ガンツが、呆然と呟く。
「いえ、この地理、この方角、間違いなく、あの村があった場所ですわ。しかし、これは、一体……」
リリアも、信じられないといった表情で、地図と目の前の光景を何度も見比べている。
一行が、あまりの変貌ぶりに、戸惑っていると。
キー、と重い音を立てて、その巨大な城門が、内側から開かれた。
そして、中から現れたのは、屈強なドワーフの兵士たちと、しなやかなエルフの弓兵たち、そして、屈強な体躯を持つ竜族の警備兵たちだった。
そして、彼らは、ユウキ一行の姿を認めるや、一斉に、その場で片膝をつき、声を張り上げた。
「「「国王陛下! ご帰還、心よりお待ち申し上げておりました!!!」」」
「…………はい?」
ユウキの頭上に、巨大なクエスチョンマークが、無数に浮かんだ。
国王? 陛下?
誰のことだ?
訳が分からないまま、呆然と立ち尽くすユウキを、兵士たちは、半ば強引に城門の中へと案内した。
そして、一行は、再び、絶句することになる。
城壁の内側に広がっていたのは、もはや「村」や「町」という言葉では表現できない、「巨大都市」だった。
石畳で舗装された大通り。ドワーフたちが作ったであろう、頑丈で機能的な建物群。その建物の壁や屋根には、エルフたちが育てたのであろう、美しい蔦や花々が彩りを添えている。道の両脇には、手入れの行き届いた公園や街路樹が並び、街全体が、まるで一つの巨大な芸術作品のようだった。
そして、その大通りを、人間、ドワーフ、エルフ、獣人、竜族、様々な種族が、当たり前のように行き交っている。
中央広場にある巨大な市場では、獣人たちが威勢のいい声を上げ、ドワーフの作った工芸品や、エルフの織った布、そして、妖精たちが育てた、見たこともないほど瑞々しい野菜や果物が、所狭しと並べられていた。スパイスの香り、焼き菓子の甘い匂い、様々な言語の話し声が混じり合い、街全体が、凄まじい活気に満ちあふれていた。
「……な、なんだ、こりゃあ……。浦島太郎って、こういう気分のことを言うのか……?」
ユウキは、自分の知っている村が、完全に異世界レベルの進化を遂げていることに、ただただ、呆然とするしかなかった。
「おお、陛下! よくぞご無事で!」
駆け寄ってきたのは、あの村の、元村長だった。彼は、以前の疲弊しきった姿とは打って変わって、上等な服を身につけ、血色も良く、実に幸せそうな顔をしていた。
「いや、村長。陛下って、誰のことだよ。それより、一体、何があったんだ、これは」
「何を仰いますか、陛下! 全ては、陛下が我らを救ってくださった、あの日から始まったのですぞ!」
元村長や、集まってきた各種族の代表たちの話を、総合すると。
事の経緯は、こうだった。
ユウキが旅立った後、まず、助けられたドワーフの一団が、ボルガを慕って、この村に移住してきた。彼らは「兄貴(ユウキ)のホームグラウンドが、こんな粗末なままじゃ、ドワーフの名が廃る!」と、善意と職人魂で、村の大改修を、勝手に開始した。
次に、森を救われたエルフたちが、シルフィを追ってやってきた。「ドワーフの作るものは、頑丈なだけで、美しさが足りない」と、これまた善意と美的センスで、街の緑化と装飾を、勝手に開始した。
そして、住処を追われた獣人たちが、安全な場所を求めて、ここにたどり着いた。彼らは、様々な種族が集まっているのを見て、「これなら商売が成り立つ!」と、巨大な市場を、勝手に作り始めた。
さらに、イグニスの同族の竜族たちが、外の世界に興味を持ち、飛来。彼らは、その圧倒的な力で、街の警備を、勝手に引き受けた。
最後に、聖域を取り戻したピクシーの仲間たちが、ユウキを「面白いオモチャ」として気に入り、大挙して飛来。彼らの力で、周囲の土地は、ありえないほど豊穣になり、食料問題は、勝手に解決した。
全ての始まりは、ユウキの「面倒くさいけど、やるか」という、小さな善意(本人は後始末のつもり)だった。
その小さな「因」が、助けられた各種族の、それぞれの善意や思惑、職人魂や商魂といった、様々な「縁」と、複雑に絡み合い、その結果。
ユウキ自身が全く意図していなかった、「巨大な多種族共存都市の誕生」という、とんでもない「果」を生み出してしまったのだ。
「……いや、俺は、ただ、静かに暮らせる、小さな村があれば、それで、よかったんだが……」
ユウキの、か細い呟きは、熱狂する民衆の歓声の中に、虚しく吸い込まれていった。
***
ユウキの絶望は、まだ、始まったばかりだった。
なし崩し的に、街の中心に、いつの間にか建てられていた、巨大で、荘厳な城の中へと、一行は案内される。
城の内部は、大理石の床が磨き上げられ、壁には、巨大なタペストリーが飾られている。それは、ユウキ一行のこれまでの活躍を、エルフの職人が、美しく、そして、かなり美化して(ユウキは八頭身のマッチョなイケメンに描かれていた)織り上げたものだった。
そして、一行がたどり着いたのは、玉座の間だった。
部屋の一番奥には、黒曜石と黄金で作られた、やけに豪華で、座り心地の悪そうな玉座が鎮座している。
「さあ、陛下! こちらへ!」
ガンツが、なぜか誇らしげに、ユウキを玉座へと促す。
「いや、ちょっと待て。なんで、俺が座る流れになってるんだ?」
「当たり前ではないですか! この街、いや、この国は、あなたが作ったも同然! あなたこそが、我らが王にふさわしい!」
「作ってねえよ! 俺が留守の間に、お前らが勝手に……」
ユウキの抗議もむなしく、ボルガが、巨大な体で、ユウキを羽交い締めにする。
「ガハハハ! 照れるなよ、兄貴!」
「照れてねえよ! 降ろせ、この筋肉ゴリラ!」
リリアが、どこからか、ドワーフの最高傑作だという、やけに重い王冠を持ってくる。
「さあ、ユウキさん。戴冠式ですわ。これも、貴重なデータ収集の……」
「収集するな!」
シルフィが、エルフの職人が、三日三晩かけて織ったという、白鳥の羽のように軽やかで、しかし、やけに暑そうな、真紅のマントを持ってくる。
「……よくお似合いですわよ、陛下(笑)」
「目が笑ってないぞ、お前!」
イグニスが、竜の鱗をあしらった、これまた豪華な王笏(おうしゃく)を差し出す。
「ユウキ……いや、陛下。これぞ、王の証。受け取ってくれ」
「お前まで、その呼び方やめろ!」
ピクシーが、頭の上で、小さなファンファーレを鳴らす。
「やんややんや! 王様の誕生だぜ!」
「お前は、面白がってるだけだろ!」
阿鼻叫喚。
カオス。
地獄絵図。
ユウキは、仲間たちの手によって、無理やりマントを着せられ、王冠を頭に乗せられ、王笏を手に握らされ、そして、あの豪華な玉座に、どすん、と座らされた。
「え、何これ……」
「俺、いつから、転職したんだ……?」
ユウキが、玉座の上で、完全にフリーズした、その瞬間。
玉座の間の巨大な扉が開け放たれ、その向こうの広場に集まっていた、何千、何万という、多種族の民衆の姿が、目に飛び込んできた。
そして、玉座に座るユウキの姿を認めた民衆から、大地を揺るがすほどの、割れんばかりの大歓声が、巻き起こった。
「「「うおおおおおおおっ! 我らが王! ユウキ陛下、万歳!!!」」」
夜空に、色とりどりの魔法の花火が打ち上がり、城の上からは、大量の紙吹雪が舞う。
その、熱狂と歓喜の渦の中心で。
ユウキは、ただ一人、玉座の上で、虚無の表情を浮かべ、天井に向かって、ぽつりと呟いた。
「…………帰りたい」
自分の、ほんのささやかな行いが、巡り巡って、自分が最も望まない、最も面倒くさい結果を招いてしまった。その、あまりにも壮大で、皮肉な因果の奔流に、ただ、なすすべもなく流されながら。
初代国王ユウキは、秋の澄み切った空を見上げ、ただ、ただ、途方に暮れるしかなかったのだった。
彼の、平穏なスローライフを求める戦いは、今日、完全に、敗北した。
11
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる