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2部
第三十話 そして、噂は東の王国へ
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元の文章の素晴らしい世界観とキャラクターの魅力を基盤に、五感を刺激する描写を大幅に追加し、物語への没入感を高めることを目指します。具体的には、以下のカテゴリーに注力して文章を膨らませていきます。
* **風景・環境描写の深化:**
* 冬の季節感を、空気の冷たさ、光の弱さ、雪の質感などを通して、より鮮明に描き出します。
* 城や酒場、会合の場といった各シーンの舞台設定を、内装や雰囲気、そこにいる人々の様子まで細かく描写します。
* **心理描写と五感の表現の追加:**
* 登場人物が何を感じ、何を考えているのかを、彼らが見る光景、聞く音、感じる空気などを通して、より深く掘り下げます。
* 特に、主人公ユウキの「スローライフへの渇望」や、アーサーの「疲労困憊」、そして大陸の人々の「未知への畏怖と好奇心」を丁寧に描写します。
* **効果音と臨場感の演出:**
* 暖炉の爆ぜる音、雪を踏む音、酒場の喧騒、衣擦れの音といった効果音を随所に散りばめ、シーンの臨場感を高めます。
* 会話の合間に、キャラクターの細かな仕草や表情の変化を描写し、やり取りをより生き生きとさせます。
* **物語の解像度を高める補足描写:**
* 元のプロットに影響しない範囲で、噂がどのように広まっていったのか、戦後処理が具体的にどのようなものだったのかといった背景を補足し、物語世界の解像度を高めます。
これらの編集によって、元の文章が持つ面白さをさらに増幅させ、読者がまるでその世界にいるかのような体験を味わえるように仕上げてまいります。
それでは、以下に提案する変更をすべて反映したテキストを生成します。
***
### 【加筆修正版】
ユグドラシルと聖アークライト王国の間に、後世の歴史家たちが「瞬きする間の蹂躏」と皮肉を込めて記すことになる、戦争と呼ぶのもおこがましいほど一方的な「事変」が起きてから、早くも一月が過ぎ去ろうとしていた。
季節は、もはや完全に、厳しく冷たい冬の支配下にあった。
鉛色の空は、まるで巨大な獣の腹のように低く垂れこめ、息をするたびに吐く息が白く凍てつく。シン、と世界が静まり返る瞬間、天から舞い降りてくるのは、綿毛のように細やかな粉雪だった。*サァ……*と微かな音を立てて降り積もる雪は、大地を覆う純白の絨毯となり、馬車の轍も、人々の足音も、あらゆる雑音をその内に吸い込んで、世界から音という概念を消し去っていくかのようだった。陽光は厚い雲に遮られ、昼間でも薄暗く、世界全体が青白いフィルターに覆われているかのようだ。
木々は、その最後の抵抗であった枯れ葉をとうに手放し、今はただ黒々とした枝を天に向けて突き出している。そのシルエットは、まるで厳冬の神に慈悲を乞う無数の腕のようにも、あるいは空に刻まれた癒えぬ傷跡のようにも見え、見る者の心に寒々とした印象を刻み付けた。時折、枝に積もった雪が、耐えきれずに*ドサリ*と重い音を立てて落ち、再び訪れる静寂を際立たせる。
かつて、聖アークライト王国の誇る三万の聖騎士団が、神の威光を背に威風堂々と陣取っていた広大な平原も、今はただ、どこまでも続く純白の雪に覆われている。あの日の鬨の声も、剣戟の音も、悲鳴も、今はすべてが嘘であったかのように、ただ静まり返っている。風が雪原の上を*ヒュウ*と吹き抜ける音だけが、かつてここに満ちていた熱狂と絶望の記憶を弔っているかのようだった。まるで、世界そのものが、あの凄惨な出来事を分厚い雪の下に封印し、何もなかったことにしようとしているかのようであった。
***
戦後処理という、英雄譚の裏側に必ず存在する、最も面倒くさい現実も、ようやく終わりへの道筋が見え始めていた。
降伏した聖騎士団の兵士たちは、彼らの魂そのものであったはずの武具一式を解かれ、銀色の鎧は輝きを失い、ただの鉄塊として積み上げられた。その光景を、彼らは虚ろな目で眺めていた。誇りを砕かれ、信仰を揺るがされた彼らは、もはやかつての精強な騎士の面影はなく、ただ疲れ果てた男たちの集団だった。彼らは、ユグドラシルの兵士たちに見送られるでもなく、ただ黙々と隊列を組み、すごすごと、凍てつく道を自国へと帰っていった。その長い長い帰国の列は、まるで巨大な葬列のようであった。彼らの心には、もはや、かつてのような狂信的な信仰の光は微塵も残っておらず、ただ、自分たちの常識、自分たちの信じてきた世界のすべてを根底から覆した、あの圧倒的な存在への、原始的な畏怖と、そして、自らが仕える神と教会に対する、拭い去ることのできない深い疑念だけが、鉛のように重く残されていた。
聖王国との間には、奇妙なことに、直接的な外交ルートが早々に確立されていた。ユグドラシルの若き王アーサーと、聖王国の象徴である聖女セレスティーナという、本来なら決して交わることのないはずの二人を繋ぐ、奇妙なホットライン。そして、その不本意な連絡役として、伝書鳩よりも酷使されることになったシルフィの存在によって、両国間には不可侵と、そしてごく限定的な交易に関する条約が、驚くべき速さで結ばれた。これにより、大陸の西側は、一種の、水面下で激しく渦を巻きながらも、表面上は不気味なほどに凪いだ、奇妙な安定期を迎えていたのだった。
***
そして、その、あまりにも平和で、あまりにも穏やかすぎる、冬の日々。
全ての元凶でありながら、その自覚が一切なく、そしてこの国の唯一絶対の王である、ユウキは、というと。
「――イグニス君。今日の鍋だが、出汁に、少し、味噌のようなものを、入れてみてはどうだろうか」
*パチッ、パチッ……*。城内で最も大きな石造りの暖炉の中で、薪が心地よい音を立てて爆ぜている。揺らめく炎が、部屋に集う者たちの顔を暖かく、そして赤く照らし出していた。部屋を満たすのは、薪の燃える香ばしい匂いと、ぐつぐつと煮える鍋の出汁の豊かな香りだ。
「ミソ……ですと? へ、陛下、それは、いかなる調味料でございましょうか?」
ユウキの傍らに控える、竜人族の執事イグニスが、聞き慣れない単語に謹んで問い返す。彼の真紅の瞳は、未知の調味料への純粋な好奇心に輝いていた。
「うむ。俺の故郷の調味料でな。大豆という豆を発酵させて作る、ペースト状の万能調味料だ。塩気と深いコクがあってな、何より体を芯から温める効果がある。この凍えるような冬には、まさにぴったりだと思うのだが、どうだろう」
ユウキは、まるで世界の真理を説くかのように、熱っぽく語った。その頭の中には、故郷で食べた味噌煮込みうどんや豚汁の、湯気の向こうにある幸福な記憶が鮮やかに蘇っていた。
「なんと! 大豆を発酵……! それは、素晴らしい! まさに、我々が追い求めていた『深み』そのものではございませんか! 陛下、早速、材料の調達を命じます! 大豆は確か、備蓄倉庫に……!」
イグニスは、まるで神託でも受けたかのように目を輝かせ、すぐさま行動に移ろうとする。彼の料理への探求心は、もはや忠誠心の域を超えていた。
城の一番暖かく、居心地の良い、この巨大な暖炉の前。
ユウキは、イグニスをはじめとする気心の知れた仲間たちと、円卓を囲んでいた。本当はこたつを熱望し、その構造を必死に説明したのだが、この世界には残念ながら存在しない概念であったため、「床に穴を掘って火鉢を埋めるのですか? 火事の危険が…」と真顔で心配され、断念した経緯がある。その妥協の産物である円卓の上では今、土鍋が心地よい湯気を立てている。ユウキたちは、来る日も、来る日も、飽きることなく鍋の研究に勤しんでいた。
キムチ鍋、カレー鍋、トマト鍋、そして今日は豆乳鍋。ユウキの前世の記憶という名のチート知識を総動員し、この世界の食材で再現する至高の鍋道。彼の頭の中は、もはや、戦後処理や外交、ましてや国の未来など、それこそ一ミリもなく、ただひたすらに、「いかにして、この厳しい冬を、美味しく、暖かく、そして、一歩も動かずに乗り切るか」ということだけで、満たされていた。
これこそが、彼が、二つの人生を賭してまで追い求めてきた、究極のスローライフ。完全無欠の、隠居生活であった。
「……陛下は、本当に、心から平和そうで、何よりですな……」
*コツ、コツ、コツ……*。重く、そして引きずるような足音が、大理石の床に響いた。書類の山を両脇に抱え、届けに来た宰相のアーサーが、暖炉の前の光景を見て、まるで魂が半分ほど口から抜け出たような声で、ぽつりと呟いた。彼の目の下に深く刻まれたクマは、もはや彼の顔のデフォルトのパーツとして、完全に定着していた。その顔色は雪のように白く、対照的に目の下の隈だけが黒々と目立っている。
「おう、アーサー。お疲れさん。いい匂いだろ? 君も、鍋、食ってくか? 今日は、クリーミーな豆乳鍋だぞ。シメはリゾットにしようと思ってるんだ」
ユウキは、そんなアーサーの疲労困憊ぶりなど、暖炉の向こうの吹雪くらいどこ吹く風で、ひらひらと手を振る。彼の能天気な声が、やけに部屋に響いた。
「……その、お心遣いは、死ぬほどありがたいのですが、この後、来年度の予算委員会の最終調整が……。ああ、胃が……キリキリと……」
アーサーは、こめかみを押さえながら、絞り出すように言った。彼の視線の先、鍋から立ち上る湯気はあまりにも優しく、そして自分を置いてきぼりにしていく世界の幸福を象徴しているかのようだった。彼の胃は、もはや彼の意志とは関係なく、抗議の声を上げ始めていた。
ユウキは、そんな、あまりにも勤勉な宰相の苦労など、全く意に介さず、「そっかー、大変だねー。頑張ってー」と、まるで隣村の出来事のように、他人事の相槌を打つだけだった。
彼は、本気で、心の底から、思っていた。
この、穏やかで、面倒事が一切なく、ただ鍋の出汁のことだけを考えていればいい平和な日々が、永遠に、続けばいい、と。
しかし、彼がすっかり忘れていた、一つの、シンプルかつ絶対的な、宇宙の法則があった。
――自分がやったことは、良くも悪くも、全部、自分に返ってくる。因果応報、というやつだ。
彼の、ほんの気まぐれと、極度の面倒くさがりな性格が引き起こした、巨大な波紋。
それは、彼がこたつ(の代わりの円卓)で丸くなっている間にも、彼のあずかり知らぬところで、大陸全土を、静かに、しかし、確実に、揺るがし始めていたのだ。
***
その頃。
大陸中に、一つの、にわかには信じがたい、しかし妙に真実味を帯びた衝撃的な噂が、まるで熱病のように、駆け巡っていた。
とある、寂れた港町。潮の香りと、魚のはらわたの生臭い匂いが混じり合う、活気だけが取り柄の町だ。その一角にある、船乗りたちが集う酒場。
*ギィィ……*と、年季の入った木の扉が軋む音を立てて開く。外の冷気が一気になだれ込むが、すぐに店内の熱気に掻き消された。暖炉の赤々とした火が、海の男たちの、日に焼けてゴツゴツとした顔を、不気味に照らし出している。店内には、安酒の匂い、汗の匂い、そして男たちのむせ返るような熱気が充満していた。
「おい、お前ら聞いたかよ? 大陸の西の果て、あのお高くとまった連中、聖アークライト王国が、東の、どこの馬の骨とも知れない新興国に、手も足も、出なかったらしいぜ」
樽のジョッキを*ドン*とテーブルに叩きつけ、口の周りの泡も拭わずに一人の大男が言った。その声は、店の喧騒の中でもよく通った。
「ああ、聞いた、聞いた。なんでも、その国の王様ってのが、たった一人で、あのピカピカの鎧を着込んだホーリーナイト共を、指一本触れずに無力化しちまったって話だ。まるで吟遊詩人の歌物語だな」
別のテーブルから、痩せた男がニヤニヤしながら応じる。
「馬鹿言え。そんなおとぎ話、あるわけねえだろ。三万だぞ? あの聖騎士団が三万だ。それを一人で、だと? どうせ、尾ひれどころか、竜の体くらいついてる、ただの噂話さ。酒の肴にゃ面白いがな」
一番年嵩の、顔に深い傷跡のある船乗りが、吐き捨てるように言った。彼は長年の経験から、噂というものの虚しさを知っていた。
「いや、親父さん。それが、どうもそうでもねえらしい」
今まで黙って話を聞いていた、小柄な商人が口を挟んだ。彼の目は、ただの噂話をする者のそれではなく、何かを見てきた者の目をしていた。
「俺の知り合いの行商人が、ちょうどその国、ユグドラシルって言ったかな、そこから命からがら帰ってきたんだが、色々とおかしなことばかりだったらしい。まず、街にはドワーフも、エルフも、獣人も、人間も、みんな一緒くたになって、笑いながら酒を酌み交わしてたってよ。考えられるか? 俺たちの知ってる常識じゃ、ありえねえ光景だ」
商人の言葉に、酒場がわずかにざわめく。
「それに、話はそれだけじゃねえ。その行商人がな、聖王国の国境を越えて西へ向かう時、見たらしいんだ。……かつて、そこにあったはずの、ごっそりと、綺麗になくなっちまった、巨大な山脈をな」
*シン……*。
それまでガヤガヤと騒がしかった酒場が、水を打ったように静まり返った。暖炉の薪が*パチッ*と爆ぜる音だけが、やけに大きく響く。誰もが、息を呑んだ。山脈が、消える? そんなことが、人の手で、いや、そもそもこの世の現象としてあり得るのだろうか。その言葉が持つ途方もないスケールが、荒くれ者の船乗りたちの想像力を、そして恐怖を、静かに、しかし強烈に刺激した。
*ゴクリ*と、誰かが唾を飲み込む音が、静寂の中に響いた。
***
また、ある国では。
天高くそびえる塔の、最上階。星明かりだけが差し込む秘密の会合の間。
きらびやかなシャンデリアは灯されず、円卓に置かれたいくつもの水晶だけが、ぼんやりとした魔法の光を放っている。その光が、集まった各国の王侯貴族たちの、陰影に富んだ顔を映し出していた。彼らのまとう豪奢な衣装の衣擦れの音だけが、緊張した空気の中に響く。
「……聖アークライト王国の権威も、地に落ちたものだな。大陸の憲兵を自任しておきながら、東の蛮族とも言える新興国一つ、潰せぬとは。教会の威光も、もはやこれまでか」
口火を切ったのは、老獪な笑みを浮かべた、北の大国の宰相だった。彼の言葉には、明らかな侮蔑と、そして長年のライバルの失墜を喜ぶ色が滲んでいた。
「問題は、そこではない。失墜した権威など、いずれ誰かが拾うだけだ。我々が注視すべきは、その原因。ユグドラシル、とか言ったか。その国の、王だ。我が国の密偵が持ち帰った報告によれば、その力は、個人の武勇というレベルを、遥かに、超越している。もはや、戦略兵器、いや、天災に近い代物だ」
若き軍事国家の王が、硬い声で言った。彼の整った顔には、一切の感情が浮かんでいない。だが、その瞳の奥には、未知の脅威に対する強い警戒心が宿っていた。
「天災、か。言い得て妙よな。山脈を消し飛ばす力など、我々の誰も持ち合わせておらぬ。あれは、もはや人の領域ではない。我々は、どう動くべきか。静観か、あるいは、今のうちに、何らかの形で接触を試みるべきか……」
魔法ギルドの長でもある、小国の女王が、思案深げに呟いた。
「いずれにせよ、確かなことは一つ。大陸のパワーバランスは、この一件で大きく、そして不可逆的に変わった。我々が慣れ親しんだ古い秩序は、もうない。警戒を、怠るな。そして、あらゆる情報を集めよ。その『天災』が、次は何を望むのかを、知るのだ」
会議を主催した、大陸中央に位置する帝国の皇帝が、重々しく告げた。その言葉が、この会合の結論だった。水晶の光が揺らめき、居並ぶ権力者たちの顔に、それぞれの野心と不安の影を、色濃く落としていた。
ユウキが、ただ、「面倒くさい」という一心で、最小限の労力で最大限の効果を狙って行った、いくつかの行動。
それが、彼が全く意図しない形で、大陸全土の、政治、経済、そして、人々の価値観や信仰心さえも、その根底から、激しく揺るがし始めていた。
彼が、池に投げたつもりだった小さな石は、彼が思っている以上に巨大で、そして、大陸という大海に、どこまでも広がる巨大な波紋を、描き続けていたのだ。
***
『英雄』の一団ですが、もはや、巷の噂などという、生易しいものでは、なくなりました。
影に潜む密偵からの報告書は、そう締めくくられていた。
彼らは、西方教会を、その絶対的な権威を、後ろ盾に、一つの、巨大な、政治的、そして、軍事的な、力として、急速に、その影響力を、大陸中に拡大させています。その、『正義』と刻まれた御旗の元に、少しでも、『圧政』や、『腐敗』の噂のある国は、次々と、内政干渉を受け、その実権を、奪われている、とのこと。彼らのやり方は巧妙で、まず民衆を扇動し、内側から国を崩壊させ、そして『解放者』として現れるのです。彼らにとって、聖王国の敗北は、自分たちの正義をより輝かせるための、格好の材料となっている模様。
***
一方、その頃。
全ての元凶であり、大陸のパワーバランスを崩壊させた張本人である、ユウキは。
自室の、天蓋付きの、ふかふかの巨大なベッドに、大の字で、寝転がりながら、天井の、豪華な木目を、ぼーっと、数えていた。一つ、二つ、三つ……。陽の光を浴びて輝く木目は、まるで複雑な迷路のようだ。しかし、そんなことを考えても、すぐに飽きてしまう。
「……なんか、最近、右のまぶたが、ピクピクするんだよなぁ……」
何の気なしに、そう呟いた。医学的な原因など知る由もないが、故郷では「右瞼の痙攣は良い知らせ、左は悪い知らせ」などという迷信があったことを思い出す。だが、今の彼にとって、「良い知らせ」とはすなわち「面倒事の知らせ」とほぼ同義だった。
彼は、*ふぅ*、と一つため息をつくと、ごろりと寝返りを打って、羽毛がたっぷりと詰まった枕に顔を、深く、うずめた。ひんやりとしたシーツの感触と、微かに香る陽光の匂いが心地よい。
「誰か、俺の噂でも、してるのかな……。ああ、やだなあ、目立ちたくないのに……。ただでさえ、国王なんて、柄にもない面倒くさいことになっちまったってのに……」
彼は、本気で、心の底から、考えていた。
もう、全部、何もかも、放り出してしまおうか、と。アーサーに「あとはよろしく。探さないでください」と、短い手紙一本だけを残して、この国から、こっそりと逃げ出してしまおうか、と。
そして、大陸の南の果てにあるという、誰も自分のことを知らない、地図にも載っていないような小さな島で、毎日、日がな一日、海を眺めながら、魚釣りでもして、静かに、暮らすのだ。釣れた魚で酒を飲み、夜は満点の星空の下で眠る。誰にも干渉されず、何の責任も負わない。そんな完璧な隠居生活を想像し、彼は思わず*ふふっ*と笑みを漏らした。
「……なんか、俺の知らないところで、すごい、面倒なことに、なってる気がするなぁ……」
その予感は、確信に近かった。まぶたの痙攣が、警鐘のように鳴り響いている。
冬の、午後の柔らかな日差しが、大きな窓から、暖かな光の帯となって差し込んでいる。部屋の中は、埃がきらきらと舞うのが見えるほど、静かで、穏やかだった。
あまりにも、静かな、静かな、午後。
彼の「とにかく静かに暮らしたい」という、切実すぎる願いと。
遥か東の国、日の昇る大帝国で、退屈を持て余していた、一人の好奇心旺盛な王女の「その『天災』に、会ってみたい」という、新たな欲望。
二つの、全く、決して交わるはずのない、相容れないベクトルが、この世界の、目には見えない因果の糸を、まるで巨大な綱を引き合うかのように、力強く、手繰り寄せ始めていることを。
まだ、誰も、知らない。
そして、この二人の出会いが、さらなる、壮大にして壮絶なドタバタと、大陸全体の、歴史の教科書を何度も書き換えさせることになる、巨大な変革を、巻き起こすことになるのは、また、別の、お話。
【第二部 完 / 第三部へ続く】
* **風景・環境描写の深化:**
* 冬の季節感を、空気の冷たさ、光の弱さ、雪の質感などを通して、より鮮明に描き出します。
* 城や酒場、会合の場といった各シーンの舞台設定を、内装や雰囲気、そこにいる人々の様子まで細かく描写します。
* **心理描写と五感の表現の追加:**
* 登場人物が何を感じ、何を考えているのかを、彼らが見る光景、聞く音、感じる空気などを通して、より深く掘り下げます。
* 特に、主人公ユウキの「スローライフへの渇望」や、アーサーの「疲労困憊」、そして大陸の人々の「未知への畏怖と好奇心」を丁寧に描写します。
* **効果音と臨場感の演出:**
* 暖炉の爆ぜる音、雪を踏む音、酒場の喧騒、衣擦れの音といった効果音を随所に散りばめ、シーンの臨場感を高めます。
* 会話の合間に、キャラクターの細かな仕草や表情の変化を描写し、やり取りをより生き生きとさせます。
* **物語の解像度を高める補足描写:**
* 元のプロットに影響しない範囲で、噂がどのように広まっていったのか、戦後処理が具体的にどのようなものだったのかといった背景を補足し、物語世界の解像度を高めます。
これらの編集によって、元の文章が持つ面白さをさらに増幅させ、読者がまるでその世界にいるかのような体験を味わえるように仕上げてまいります。
それでは、以下に提案する変更をすべて反映したテキストを生成します。
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### 【加筆修正版】
ユグドラシルと聖アークライト王国の間に、後世の歴史家たちが「瞬きする間の蹂躏」と皮肉を込めて記すことになる、戦争と呼ぶのもおこがましいほど一方的な「事変」が起きてから、早くも一月が過ぎ去ろうとしていた。
季節は、もはや完全に、厳しく冷たい冬の支配下にあった。
鉛色の空は、まるで巨大な獣の腹のように低く垂れこめ、息をするたびに吐く息が白く凍てつく。シン、と世界が静まり返る瞬間、天から舞い降りてくるのは、綿毛のように細やかな粉雪だった。*サァ……*と微かな音を立てて降り積もる雪は、大地を覆う純白の絨毯となり、馬車の轍も、人々の足音も、あらゆる雑音をその内に吸い込んで、世界から音という概念を消し去っていくかのようだった。陽光は厚い雲に遮られ、昼間でも薄暗く、世界全体が青白いフィルターに覆われているかのようだ。
木々は、その最後の抵抗であった枯れ葉をとうに手放し、今はただ黒々とした枝を天に向けて突き出している。そのシルエットは、まるで厳冬の神に慈悲を乞う無数の腕のようにも、あるいは空に刻まれた癒えぬ傷跡のようにも見え、見る者の心に寒々とした印象を刻み付けた。時折、枝に積もった雪が、耐えきれずに*ドサリ*と重い音を立てて落ち、再び訪れる静寂を際立たせる。
かつて、聖アークライト王国の誇る三万の聖騎士団が、神の威光を背に威風堂々と陣取っていた広大な平原も、今はただ、どこまでも続く純白の雪に覆われている。あの日の鬨の声も、剣戟の音も、悲鳴も、今はすべてが嘘であったかのように、ただ静まり返っている。風が雪原の上を*ヒュウ*と吹き抜ける音だけが、かつてここに満ちていた熱狂と絶望の記憶を弔っているかのようだった。まるで、世界そのものが、あの凄惨な出来事を分厚い雪の下に封印し、何もなかったことにしようとしているかのようであった。
***
戦後処理という、英雄譚の裏側に必ず存在する、最も面倒くさい現実も、ようやく終わりへの道筋が見え始めていた。
降伏した聖騎士団の兵士たちは、彼らの魂そのものであったはずの武具一式を解かれ、銀色の鎧は輝きを失い、ただの鉄塊として積み上げられた。その光景を、彼らは虚ろな目で眺めていた。誇りを砕かれ、信仰を揺るがされた彼らは、もはやかつての精強な騎士の面影はなく、ただ疲れ果てた男たちの集団だった。彼らは、ユグドラシルの兵士たちに見送られるでもなく、ただ黙々と隊列を組み、すごすごと、凍てつく道を自国へと帰っていった。その長い長い帰国の列は、まるで巨大な葬列のようであった。彼らの心には、もはや、かつてのような狂信的な信仰の光は微塵も残っておらず、ただ、自分たちの常識、自分たちの信じてきた世界のすべてを根底から覆した、あの圧倒的な存在への、原始的な畏怖と、そして、自らが仕える神と教会に対する、拭い去ることのできない深い疑念だけが、鉛のように重く残されていた。
聖王国との間には、奇妙なことに、直接的な外交ルートが早々に確立されていた。ユグドラシルの若き王アーサーと、聖王国の象徴である聖女セレスティーナという、本来なら決して交わることのないはずの二人を繋ぐ、奇妙なホットライン。そして、その不本意な連絡役として、伝書鳩よりも酷使されることになったシルフィの存在によって、両国間には不可侵と、そしてごく限定的な交易に関する条約が、驚くべき速さで結ばれた。これにより、大陸の西側は、一種の、水面下で激しく渦を巻きながらも、表面上は不気味なほどに凪いだ、奇妙な安定期を迎えていたのだった。
***
そして、その、あまりにも平和で、あまりにも穏やかすぎる、冬の日々。
全ての元凶でありながら、その自覚が一切なく、そしてこの国の唯一絶対の王である、ユウキは、というと。
「――イグニス君。今日の鍋だが、出汁に、少し、味噌のようなものを、入れてみてはどうだろうか」
*パチッ、パチッ……*。城内で最も大きな石造りの暖炉の中で、薪が心地よい音を立てて爆ぜている。揺らめく炎が、部屋に集う者たちの顔を暖かく、そして赤く照らし出していた。部屋を満たすのは、薪の燃える香ばしい匂いと、ぐつぐつと煮える鍋の出汁の豊かな香りだ。
「ミソ……ですと? へ、陛下、それは、いかなる調味料でございましょうか?」
ユウキの傍らに控える、竜人族の執事イグニスが、聞き慣れない単語に謹んで問い返す。彼の真紅の瞳は、未知の調味料への純粋な好奇心に輝いていた。
「うむ。俺の故郷の調味料でな。大豆という豆を発酵させて作る、ペースト状の万能調味料だ。塩気と深いコクがあってな、何より体を芯から温める効果がある。この凍えるような冬には、まさにぴったりだと思うのだが、どうだろう」
ユウキは、まるで世界の真理を説くかのように、熱っぽく語った。その頭の中には、故郷で食べた味噌煮込みうどんや豚汁の、湯気の向こうにある幸福な記憶が鮮やかに蘇っていた。
「なんと! 大豆を発酵……! それは、素晴らしい! まさに、我々が追い求めていた『深み』そのものではございませんか! 陛下、早速、材料の調達を命じます! 大豆は確か、備蓄倉庫に……!」
イグニスは、まるで神託でも受けたかのように目を輝かせ、すぐさま行動に移ろうとする。彼の料理への探求心は、もはや忠誠心の域を超えていた。
城の一番暖かく、居心地の良い、この巨大な暖炉の前。
ユウキは、イグニスをはじめとする気心の知れた仲間たちと、円卓を囲んでいた。本当はこたつを熱望し、その構造を必死に説明したのだが、この世界には残念ながら存在しない概念であったため、「床に穴を掘って火鉢を埋めるのですか? 火事の危険が…」と真顔で心配され、断念した経緯がある。その妥協の産物である円卓の上では今、土鍋が心地よい湯気を立てている。ユウキたちは、来る日も、来る日も、飽きることなく鍋の研究に勤しんでいた。
キムチ鍋、カレー鍋、トマト鍋、そして今日は豆乳鍋。ユウキの前世の記憶という名のチート知識を総動員し、この世界の食材で再現する至高の鍋道。彼の頭の中は、もはや、戦後処理や外交、ましてや国の未来など、それこそ一ミリもなく、ただひたすらに、「いかにして、この厳しい冬を、美味しく、暖かく、そして、一歩も動かずに乗り切るか」ということだけで、満たされていた。
これこそが、彼が、二つの人生を賭してまで追い求めてきた、究極のスローライフ。完全無欠の、隠居生活であった。
「……陛下は、本当に、心から平和そうで、何よりですな……」
*コツ、コツ、コツ……*。重く、そして引きずるような足音が、大理石の床に響いた。書類の山を両脇に抱え、届けに来た宰相のアーサーが、暖炉の前の光景を見て、まるで魂が半分ほど口から抜け出たような声で、ぽつりと呟いた。彼の目の下に深く刻まれたクマは、もはや彼の顔のデフォルトのパーツとして、完全に定着していた。その顔色は雪のように白く、対照的に目の下の隈だけが黒々と目立っている。
「おう、アーサー。お疲れさん。いい匂いだろ? 君も、鍋、食ってくか? 今日は、クリーミーな豆乳鍋だぞ。シメはリゾットにしようと思ってるんだ」
ユウキは、そんなアーサーの疲労困憊ぶりなど、暖炉の向こうの吹雪くらいどこ吹く風で、ひらひらと手を振る。彼の能天気な声が、やけに部屋に響いた。
「……その、お心遣いは、死ぬほどありがたいのですが、この後、来年度の予算委員会の最終調整が……。ああ、胃が……キリキリと……」
アーサーは、こめかみを押さえながら、絞り出すように言った。彼の視線の先、鍋から立ち上る湯気はあまりにも優しく、そして自分を置いてきぼりにしていく世界の幸福を象徴しているかのようだった。彼の胃は、もはや彼の意志とは関係なく、抗議の声を上げ始めていた。
ユウキは、そんな、あまりにも勤勉な宰相の苦労など、全く意に介さず、「そっかー、大変だねー。頑張ってー」と、まるで隣村の出来事のように、他人事の相槌を打つだけだった。
彼は、本気で、心の底から、思っていた。
この、穏やかで、面倒事が一切なく、ただ鍋の出汁のことだけを考えていればいい平和な日々が、永遠に、続けばいい、と。
しかし、彼がすっかり忘れていた、一つの、シンプルかつ絶対的な、宇宙の法則があった。
――自分がやったことは、良くも悪くも、全部、自分に返ってくる。因果応報、というやつだ。
彼の、ほんの気まぐれと、極度の面倒くさがりな性格が引き起こした、巨大な波紋。
それは、彼がこたつ(の代わりの円卓)で丸くなっている間にも、彼のあずかり知らぬところで、大陸全土を、静かに、しかし、確実に、揺るがし始めていたのだ。
***
その頃。
大陸中に、一つの、にわかには信じがたい、しかし妙に真実味を帯びた衝撃的な噂が、まるで熱病のように、駆け巡っていた。
とある、寂れた港町。潮の香りと、魚のはらわたの生臭い匂いが混じり合う、活気だけが取り柄の町だ。その一角にある、船乗りたちが集う酒場。
*ギィィ……*と、年季の入った木の扉が軋む音を立てて開く。外の冷気が一気になだれ込むが、すぐに店内の熱気に掻き消された。暖炉の赤々とした火が、海の男たちの、日に焼けてゴツゴツとした顔を、不気味に照らし出している。店内には、安酒の匂い、汗の匂い、そして男たちのむせ返るような熱気が充満していた。
「おい、お前ら聞いたかよ? 大陸の西の果て、あのお高くとまった連中、聖アークライト王国が、東の、どこの馬の骨とも知れない新興国に、手も足も、出なかったらしいぜ」
樽のジョッキを*ドン*とテーブルに叩きつけ、口の周りの泡も拭わずに一人の大男が言った。その声は、店の喧騒の中でもよく通った。
「ああ、聞いた、聞いた。なんでも、その国の王様ってのが、たった一人で、あのピカピカの鎧を着込んだホーリーナイト共を、指一本触れずに無力化しちまったって話だ。まるで吟遊詩人の歌物語だな」
別のテーブルから、痩せた男がニヤニヤしながら応じる。
「馬鹿言え。そんなおとぎ話、あるわけねえだろ。三万だぞ? あの聖騎士団が三万だ。それを一人で、だと? どうせ、尾ひれどころか、竜の体くらいついてる、ただの噂話さ。酒の肴にゃ面白いがな」
一番年嵩の、顔に深い傷跡のある船乗りが、吐き捨てるように言った。彼は長年の経験から、噂というものの虚しさを知っていた。
「いや、親父さん。それが、どうもそうでもねえらしい」
今まで黙って話を聞いていた、小柄な商人が口を挟んだ。彼の目は、ただの噂話をする者のそれではなく、何かを見てきた者の目をしていた。
「俺の知り合いの行商人が、ちょうどその国、ユグドラシルって言ったかな、そこから命からがら帰ってきたんだが、色々とおかしなことばかりだったらしい。まず、街にはドワーフも、エルフも、獣人も、人間も、みんな一緒くたになって、笑いながら酒を酌み交わしてたってよ。考えられるか? 俺たちの知ってる常識じゃ、ありえねえ光景だ」
商人の言葉に、酒場がわずかにざわめく。
「それに、話はそれだけじゃねえ。その行商人がな、聖王国の国境を越えて西へ向かう時、見たらしいんだ。……かつて、そこにあったはずの、ごっそりと、綺麗になくなっちまった、巨大な山脈をな」
*シン……*。
それまでガヤガヤと騒がしかった酒場が、水を打ったように静まり返った。暖炉の薪が*パチッ*と爆ぜる音だけが、やけに大きく響く。誰もが、息を呑んだ。山脈が、消える? そんなことが、人の手で、いや、そもそもこの世の現象としてあり得るのだろうか。その言葉が持つ途方もないスケールが、荒くれ者の船乗りたちの想像力を、そして恐怖を、静かに、しかし強烈に刺激した。
*ゴクリ*と、誰かが唾を飲み込む音が、静寂の中に響いた。
***
また、ある国では。
天高くそびえる塔の、最上階。星明かりだけが差し込む秘密の会合の間。
きらびやかなシャンデリアは灯されず、円卓に置かれたいくつもの水晶だけが、ぼんやりとした魔法の光を放っている。その光が、集まった各国の王侯貴族たちの、陰影に富んだ顔を映し出していた。彼らのまとう豪奢な衣装の衣擦れの音だけが、緊張した空気の中に響く。
「……聖アークライト王国の権威も、地に落ちたものだな。大陸の憲兵を自任しておきながら、東の蛮族とも言える新興国一つ、潰せぬとは。教会の威光も、もはやこれまでか」
口火を切ったのは、老獪な笑みを浮かべた、北の大国の宰相だった。彼の言葉には、明らかな侮蔑と、そして長年のライバルの失墜を喜ぶ色が滲んでいた。
「問題は、そこではない。失墜した権威など、いずれ誰かが拾うだけだ。我々が注視すべきは、その原因。ユグドラシル、とか言ったか。その国の、王だ。我が国の密偵が持ち帰った報告によれば、その力は、個人の武勇というレベルを、遥かに、超越している。もはや、戦略兵器、いや、天災に近い代物だ」
若き軍事国家の王が、硬い声で言った。彼の整った顔には、一切の感情が浮かんでいない。だが、その瞳の奥には、未知の脅威に対する強い警戒心が宿っていた。
「天災、か。言い得て妙よな。山脈を消し飛ばす力など、我々の誰も持ち合わせておらぬ。あれは、もはや人の領域ではない。我々は、どう動くべきか。静観か、あるいは、今のうちに、何らかの形で接触を試みるべきか……」
魔法ギルドの長でもある、小国の女王が、思案深げに呟いた。
「いずれにせよ、確かなことは一つ。大陸のパワーバランスは、この一件で大きく、そして不可逆的に変わった。我々が慣れ親しんだ古い秩序は、もうない。警戒を、怠るな。そして、あらゆる情報を集めよ。その『天災』が、次は何を望むのかを、知るのだ」
会議を主催した、大陸中央に位置する帝国の皇帝が、重々しく告げた。その言葉が、この会合の結論だった。水晶の光が揺らめき、居並ぶ権力者たちの顔に、それぞれの野心と不安の影を、色濃く落としていた。
ユウキが、ただ、「面倒くさい」という一心で、最小限の労力で最大限の効果を狙って行った、いくつかの行動。
それが、彼が全く意図しない形で、大陸全土の、政治、経済、そして、人々の価値観や信仰心さえも、その根底から、激しく揺るがし始めていた。
彼が、池に投げたつもりだった小さな石は、彼が思っている以上に巨大で、そして、大陸という大海に、どこまでも広がる巨大な波紋を、描き続けていたのだ。
***
『英雄』の一団ですが、もはや、巷の噂などという、生易しいものでは、なくなりました。
影に潜む密偵からの報告書は、そう締めくくられていた。
彼らは、西方教会を、その絶対的な権威を、後ろ盾に、一つの、巨大な、政治的、そして、軍事的な、力として、急速に、その影響力を、大陸中に拡大させています。その、『正義』と刻まれた御旗の元に、少しでも、『圧政』や、『腐敗』の噂のある国は、次々と、内政干渉を受け、その実権を、奪われている、とのこと。彼らのやり方は巧妙で、まず民衆を扇動し、内側から国を崩壊させ、そして『解放者』として現れるのです。彼らにとって、聖王国の敗北は、自分たちの正義をより輝かせるための、格好の材料となっている模様。
***
一方、その頃。
全ての元凶であり、大陸のパワーバランスを崩壊させた張本人である、ユウキは。
自室の、天蓋付きの、ふかふかの巨大なベッドに、大の字で、寝転がりながら、天井の、豪華な木目を、ぼーっと、数えていた。一つ、二つ、三つ……。陽の光を浴びて輝く木目は、まるで複雑な迷路のようだ。しかし、そんなことを考えても、すぐに飽きてしまう。
「……なんか、最近、右のまぶたが、ピクピクするんだよなぁ……」
何の気なしに、そう呟いた。医学的な原因など知る由もないが、故郷では「右瞼の痙攣は良い知らせ、左は悪い知らせ」などという迷信があったことを思い出す。だが、今の彼にとって、「良い知らせ」とはすなわち「面倒事の知らせ」とほぼ同義だった。
彼は、*ふぅ*、と一つため息をつくと、ごろりと寝返りを打って、羽毛がたっぷりと詰まった枕に顔を、深く、うずめた。ひんやりとしたシーツの感触と、微かに香る陽光の匂いが心地よい。
「誰か、俺の噂でも、してるのかな……。ああ、やだなあ、目立ちたくないのに……。ただでさえ、国王なんて、柄にもない面倒くさいことになっちまったってのに……」
彼は、本気で、心の底から、考えていた。
もう、全部、何もかも、放り出してしまおうか、と。アーサーに「あとはよろしく。探さないでください」と、短い手紙一本だけを残して、この国から、こっそりと逃げ出してしまおうか、と。
そして、大陸の南の果てにあるという、誰も自分のことを知らない、地図にも載っていないような小さな島で、毎日、日がな一日、海を眺めながら、魚釣りでもして、静かに、暮らすのだ。釣れた魚で酒を飲み、夜は満点の星空の下で眠る。誰にも干渉されず、何の責任も負わない。そんな完璧な隠居生活を想像し、彼は思わず*ふふっ*と笑みを漏らした。
「……なんか、俺の知らないところで、すごい、面倒なことに、なってる気がするなぁ……」
その予感は、確信に近かった。まぶたの痙攣が、警鐘のように鳴り響いている。
冬の、午後の柔らかな日差しが、大きな窓から、暖かな光の帯となって差し込んでいる。部屋の中は、埃がきらきらと舞うのが見えるほど、静かで、穏やかだった。
あまりにも、静かな、静かな、午後。
彼の「とにかく静かに暮らしたい」という、切実すぎる願いと。
遥か東の国、日の昇る大帝国で、退屈を持て余していた、一人の好奇心旺盛な王女の「その『天災』に、会ってみたい」という、新たな欲望。
二つの、全く、決して交わるはずのない、相容れないベクトルが、この世界の、目には見えない因果の糸を、まるで巨大な綱を引き合うかのように、力強く、手繰り寄せ始めていることを。
まだ、誰も、知らない。
そして、この二人の出会いが、さらなる、壮大にして壮絶なドタバタと、大陸全体の、歴史の教科書を何度も書き換えさせることになる、巨大な変革を、巻き起こすことになるのは、また、別の、お話。
【第二部 完 / 第三部へ続く】
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