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第四部:偽りの英雄と本物の絆
第五十九話:世界を揺るがす『業務命令』
しおりを挟む崩壊寸前のロゼンベルグ王城に、夜明け前の薄明かりが差し込み始めた。しかし、それは希望の光ではなかった。街のあちこちで燃え盛る炎を赤く照らし出し、夥しい数の狂戦士たちの影を、まるで悪夢のように地面に長く引き伸ばしていた。
だが、城を守る者たちの瞳から、絶望の色は消えていた。
誰もが、空を見上げていた。
そこに浮かぶ、黒い外套の男。そして、地上で、まるで天を貫く一本の槍のように、凛として立つ王女。その二人の姿が、彼らの砕け散った士気を繋ぎ止め、新たな、そして最後の希望となっていた。
「ここから先は、一匹たりとも通さんッ!」
カエルスの咆哮が、戦場に轟いた。彼の背後には、同じく満身創痍のガンツが巨体を構える。二人は互いの背中を預け合い、押し寄せる狂戦士の津波に対する、巨大で、決して揺るがない『壁』となっていた。
「我が王女の指し示す、未来のため!」
「我が王の安らかなる安眠のため!」
目的は微妙に、いや、致命的にズレている。しかし、主君を想うその忠誠の熱量は、寸分違わず同じだった。二人の振るう剣と拳が、人間とは思えぬ軌跡を描き、敵の波を次々と打ち砕いていく。
天からは、灼熱の息吹が降り注いだ。
「兄貴の昼寝を邪魔する奴らは、みんな炭になっちまええええッ!」
イグニスが、その本来の姿である巨大な赤竜へと変貌し、天を舞う。その口から放たれる灼熱のブレスは、狂戦士の一団を、跡形もなく焼き尽くした。その動機は相変わらず不純極まりないが、彼の怒りが、味方にとってはこれ以上なく頼もしい援護射撃となっていた。
地上では、全く対照的な二人が、絶妙な連携を見せていた。
「てやんでぇ!兄貴の道を開けやがれ!」
ドワーフのボルガが、巨大な戦斧を大地が揺れるほどに叩きつける。その一撃は、大地を砕き、敵の足を止める。その一瞬の隙を、エルフのシルフィが見逃さない。彼女が放つ魔法の矢は、風のように優雅な軌跡を描き、寸分の狂いもなく敵の急所を射抜いていく。無骨な力と、優雅な技。異なる種族が、ただ一つの目的のために、その魂を燃やしていた。
ロゼンベルグの騎士も、ユグドラシルの戦士たちも、もはや国の垣根なく、互いの背中を守り、己の全てを懸けて時間を稼いでいた。この無茶苦茶な作戦の成否は、全て、天と地に立つ、たった二人に託されているのだから。
地上の司令室と化した一室で、アレクシスとリリアは、常人には理解不能な速度で思考を続けていた。
「座標、最終修正完了!誤差、0.003パーセント以内!」
「エネルギー収束率、許容範囲内!これ以上はユウキ殿の存在そのものが因果律に干渉しすぎて、予測不能領域に突入するわ!」
全ての準備が、整った。
ソフィアは、通信水晶を強く握りしめ、空にいるユウキに向かって叫んだ。その声は、もはや王女のものではない。共に理不-尽と戦う、唯一無二のパートナーへ送る、魂からの叫びだった。
「ユウキ! あそこです!」
彼女が指し示した、天球の一点。
「お願い、私たちの、未来のためにッ!」
それは、ソフィアが初めてユウキに下した、王女としてではない、一人の人間としての、対等な立場からの『業務命令』だった。
その魂の叫びを、ユウキは静かに受け止めていた。やれやれ、とでも言うように、空中で軽く肩をすくめる。
「……了解」
彼の呟きが、ソフィアの持つ水晶から、はっきりと聞こえた。
「超短期、超高コスト案件。代休は、一ヶ月もらうからな」
彼はそう言うと、ゆっくりと、両手を天に掲げた。
刹那、世界から色が失われた。
彼の体に、これまで誰も見たことのない、星々が砕け散って降り注ぐかのような、途方もないエネルギーが収束していく。戦場の炎の赤も、空の藍も、兵士たちの流す血の黒ずんだ赤色さえも、一度、彼の体へと吸い込まれていくかのような錯覚。彼は、この世界の全ての因果を束ねる、巨大な特異点と化していた。
その、凝縮された全ての力を、特定された空の一点に。
ユウキは、静かに、ただ静かに、叩き込んだ。
音は、なかった。
ただ、世界が、真っ白な光に包まれた。
その光は、熱くもなければ、冷たくもない。ただ、そこにある全てのものを、等しく、平等に照らし出す、絶対的な光。アルバ公爵が作り上げた偽りの『物語のルール』は、その光の中で、まるで最初から存在しなかったかのように、音もなく消滅していった。
戦場の片隅、アルバ公e爵がこの世界を観戦していた空間の歪みが、パリン、と音を立てて、砕け散るのが見えた。
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