過労死したので来世は平穏に暮らしたい。なのに、うっかり英雄になってしまい、東では国を救った元悪役令嬢が俺の噂をしていた。

Gaku

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第四部:偽りの英雄と本物の絆

第六十話:そして、いつもの日常へ(あるいは、それ以上の)

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永遠に続くかと思われた純白の光が、まるで夜明けの霧が晴れるように、ゆっくりと世界から退いていった。

光が収まった後、戦場を支配していたのは、完全な静寂だった。

糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちていた狂戦士たちが、一人、また一人と、呻き声を上げながら身を起こす。その瞳から、禍々しい赤色は消え失せ、代わりに深い混乱と疲労の色が浮かんでいた。彼らは、自分たちが犯した所業を記憶の断片として思い出し、呆然と、己の手のひらを見つめている。

力の源泉であった『物語のルール』を破壊されたアルバ公爵は、自分が作り上げた物語の結末を見届けることも、自分が望んだ絶望を味わうこともできず、ただ、その存在を維持できなくなり、朝日を浴びた塵のように、静かに、世界から消滅した。

戦争は、本当に、終わった。

やがて、夜が明ける。東の空から差し込んだ朝日は、崩壊したロゼンベルグの街並みを、そして、生き残った人々の顔を、優しく、平等に照らし出した。復興作業が始まる街のあちこちから、槌音が響き始める。それは、偽りの物語の終わりと、本物の日常の始まりを告げる、力強い産声のようだった。

ちなみに、この世界の理不尽なルールを物理的に殴りつけたユウキは、その凄まじいエネルギーを使った反動で、その後きっちり三日三晩、ロゼンベルグ城の一室で、死んだように眠り続けた。

***

数週間後。

奇跡的な速度で復興を遂げたロゼンベルグ王城の一室で、ユグドラシルとロゼンベルグの正式な友好条約調印式が、厳かな雰囲気の中で執り行われていた。

長かった戦いを乗り越え、二つの国が手を取り合う歴史的な瞬間。その中心にいるべきユウキは、調印の席に着いた瞬間、目の前に積まれた、山のような羊皮紙の束を見て、顔面蒼白になっていた。

「は? ……え? なにこれ?」

彼の隣に立つ、気弱な宰相アーサーが、申し訳なさそうに説明する。
「は、はい。こちらが安全保障に関する条項、こちらが経済協力、そしてこちらが文化交流に関する覚書でして……」
「話が違う! ハンコ一個押せば終わりだって言ったじゃないか!」
ユウキの悲痛な叫びが、厳かなホールに響き渡る。前世で見た、契約書と仕様書の山が、悪夢となって彼の脳裏にフラッシュバックしていた。

その絶望するユウキの隣で、ソフィアが「ふふっ」と、まるで花が綻ぶように可憐に微笑む。その光景が、また新たな火種を生んだ。

「見ろ! 我が王女の、あの慈愛に満ちた笑みを! 天使か!」とカエルスが感涙に咽ぶ。
「何を言うか! 我が王の、あの全てを諦めきった悟りの表情こそ、真の王者の証だ!」とガンツが胸を張る。
「どちらの主君の在り方がより素晴らしいか、今こそ決着をつけようぞ!」
「望むところだ!」

二人の筋肉馬鹿が、またしても意味不明な言い争いを始める。その横では、学者たちが新たな議論を始めていた。
「戦後復興における最適な経済モデルは、ケインズ的な公共投資か、それともハイエク的な自由市場経済か!」とアレクシスが熱弁を振るう。
「甘いわね。多種族国家の複雑系モデルにおいては、ナッシュ均衡ではなく、パレート最適を動的に模索するアルゴリズムを導入すべきよ!」とリリアが応戦する。

何も変わらない。
このどうしようもなく騒がしくて、愛おしい日常が、確かにここに戻ってきていた。

***

調印式の後、二人はいつものように城のテラスで紅茶を飲んでいた。

初夏の風が心地よく、庭園に咲き誇る薔薇の甘い香りを、そっと運んでくる。ユウキは、書類仕事で完全に疲れ果て、リクライニングチェアにぐったりと沈み込んでいた。

「もう二度と面倒事はごめんだ」

心の底から、絞り出すような声で彼がぼやく。
ソフィアは、その言葉に静かに頷くと、手にしていたティーカップを、そっとソーサーに置いた。

そして、テーブルの下で、ためらうように、しかし確かに、ユウキの大きな手を、そっと両手で包み込むように握った。

「っ……!」

驚いて固まるユウキに、彼女は少し頬を染めながら、穏やかに、しかし真っ直ぐな瞳で微笑みかける。

「ええ、本当に。面倒事は、もうたくさんですわ」

一度言葉を切り、彼女は続ける。その声は、初夏の風のように、優しく、そして暖かかった。

「でも、あなたと一緒なら。どんな面倒事も、悪くないかもしれません」

その言葉の、本当の意味を。
それが、どれほどの覚悟と、どれほどの想いが込められた、彼女なりの最大限の告白であるということを。

ユウキは、まだ完全には理解できない。

しかし、握られた手の温かさと、悪くないその言葉の響きに、彼はただ、まんざらでもない気分で、少しだけ甘く感じられた紅茶を、静かにすするのだった。

平穏で、少し騒がしくて、そして最高に愛おしい二人の日常は、まだ、始まったばかりだ。

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