無詠唱の俺、詠唱を知らなかった~転生SE(元25歳)、予測不能な仲間たちと『世界の理』を最適化する~

Gaku

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第8話:召喚学基礎と『他なる理(ことわり)』の危険性

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秋穫祭の喧騒をよそに、 季節は着実にその歩みを進めていた。

空を覆っていた燃えるような紅葉は、 北風が吹くたびにその勢いを失い、 今はもう、寒々とした枝が空に突き出ている。

初冬。 空気はガラスのように冷たく、澄み切っていた。 生徒たちの吐く息は白く凍り、 石畳を叩くブーツの音だけが、早朝の学園に硬く響いていた。

今日の講義は、その寒々しい雰囲気にふさわしい場所で行われた。 「召喚実習室」。

本校舎から離れた、古い塔の地下深くにある、 窓一つない巨大な石室だった。

天井はドーム状に高く、 壁には無数の星座とも紋様ともつかぬものが刻まれている。 唯一の光源は、床に刻まれた巨大な「魔法陣」そのものから放たれる、 青白い燐光だけ。

その冷たい光が、生徒たちの緊張した顔をぼんやりと照らし出し、 厳かな、まるで古代の神殿のような雰囲気を醸し出していた。

「――今日の科目は『召喚学基礎』。 より正確に言えば、『異界演奏家召喚学・基礎』だ」 111

生徒たちの中心、魔法陣の縁に立ったアーキバルド先生の声が、 冷たい石室によく響いた。

彼は、いつもの飄々とした態度をわずかに潜め、 真剣な眼差しで生徒たちを見渡した。

「諸君は、火を熾し、水を生み、壁を作ってきた。 それらは全て、この世界に『既に在る』もの、 この世界の『理』の範囲内での現象操作だ。 いわば、君たちの知っている楽器で、知っている曲を演奏するようなものだ」

先生は、ゆっくりと石室を歩き始めた。

「だが、『召喚』は、根本的に違う」

彼の足が、魔法陣の燐光を踏む。

「『召喚』とは、この世界の理とは『異なる理』で動いている、 全く別の世界に『接続』する高等技術だ」2

ゴクリ、と誰かが唾を飲む音が響いた。

「諸君は『スープ』の授業を覚えているかね?」3

ユウキは頷く。 火と水と食材が『関係』し合うことで、 新たな『美味しさ』が生まれるという話だった 4。

「あの時、君たちは『目の前にあるもの』と関係を結んだ。 だが召喚は、君たちが『見たこともないもの』と関係を結ぼうとする行為だ」

先生は、魔法陣の中心で立ち止まった。

「そして、覚えておきたまえ。 いかなる『接続』も、必ず『相互作用』だ」5

「君たちが彼らを『利用』しようと呼びかけるように、 彼らもまた、君たちを『利用』しようと、その接続を待っている」

「君たちが電話をかければ、電話代がかかる。 君たちが何かを注文すれば、代金を請求される。 この世に、『代償』のない接続など、一つたりとも存在しない」6

その言葉は、青白い光の中で、生徒たちの心に重く響いた。

「というわけで、実習だ」

急にいつもの調子に戻り、先生が手を叩いた。

「今日は、最も安全で、我々と友好的な『別の理』 ――『水の精霊』の、ごく低レベルな個体に『来てもらう』練習をしよう。

間違っても『呼び出す』などと傲慢に考えてはいけないぞ。 あくまで『お越しいただく』だ」

床の巨大な魔法陣の周囲に、 あらかじめ小さな魔法陣がいくつも用意されていた。 生徒たちは各自、その前に立つ。

「教科書の七十二頁。 魔法陣は、いわば『相手先の住所』だ。

一画でも間違えれば、全く別の家 ――例えば、とても機嫌の悪い『炎のトカゲ』の家に繋がってしまうから、 よーく確認したまえ」

生徒たちが、慌てて床の魔法陣と教科書を見比べる。

「そして『詠唱』は、その家の呼び鈴を押した後の『自己紹介と要件』だ。 非常に長く、古の言葉で綴られている。 一言でも間違えれば、不審者として追い返されるか、攻撃される。

では、健闘を祈る」

「うわあ、何これ! 魔法陣、線が多すぎ!」

リリアが、さっそく頭を抱えた。 彼女は第7話の一件以来、吹j切れたように前向きだったが、 こういう細かい作業は相変わらず苦手だった 7。

「『清き流れの眷属よ、我、汝の友たるを願う』…… 舌、噛みそう!」

「カイト、そこ、線が一本はみ出てるぞ」

「え、マジ? うわ、細かっ!」

「筋肉! 魔法陣に筋肉が足りん! もっと力強く描くべきだ!」

「ゴードン、違う、それはただの力任せだ!」

生徒たちは、慣れない作業に悪戦苦闘していた。 魔法陣の線を魔力でなぞり、間違いがないかを確認し、 震える声で長い詠唱を始める。

その喧騒の中で、一人、 冷ややかにその光景を眺めている生徒がいた。 ドラゴ・ヴァイスだ。

彼は、実習に参加するでもなく、壁際で腕を組み、 嘲るような笑みを浮かべていた。

(馬鹿馬鹿しい。水の精霊ごとき、雑魚に何の用がある)

模擬戦での惨敗以来、彼の劣等感は、 もはや制御不能な「力への渇望」へと変質していた。

(こんな『お願い』するようなまどろっこしい技術じゃない。 俺が求めるのは、絶対的な『支配』だ)

彼の脳裏には、この数週間、家の禁書庫で読みふけっていた、 あの黒い表紙の本の内容が蘇っていた。

(必要なのは『接続』じゃない。『強制的な服従』だ。 あんな雑魚ではない、もっと『強力な存在』を、俺の力で!)

彼の瞳の奥に、暗く、歪んだ炎が揺らめいた。

一方、ユウキもまた、別の意味で頭を抱えていた。

(うわあ……面倒くさい……)

彼にとって、この作業は前世の悪夢を思い出させた。

(なんだよこの儀式。 外部の、しかも不安定な存在をわざわざ呼び出すとか、 管理の手間が計り知れない。

予期せぬ挙動でこっちが迷惑を被るとか、 最悪じゃないか)

ユウキの合理的な思考は、 先生の言う「相互作用」のリスクを、何よりも嫌った。

(自分の力だけで完結できるなら、 それが一番安全で効率的だろ)

「あー、もう!」

隣で、リリアが詠唱を盛大に間違え、 魔法陣から「ぷしゅー」と間の抜けた蒸気が噴き出した。

「また失敗! なんで来てくれないのよう!」

その姿を見て、ユウキは決心した。

(よし、やめた。俺は俺のやり方でやろう)

彼は、教科書を閉じ、魔法陣からも離れた。

(先生は「水の精霊」を呼べと言った。 だが、目的は「水が動く現象」を見せることだよな? なら、わざわざ『外部』に頼る必要はない)

ユウキは目を閉じ、意識を集中させた。

詠唱は、ない。 ただ、自分の内側にある力に「形」を与えることだけを考える。

(まず、手足を。 次に、胴体を。 最後に、顔を……)

それは、まるで粘土をこねくり回し、 人形を作るような作業だった。

彼は、自分の魔力だけを使い、 空気中の水分を強引に集め、 それを「水の精霊」にそっくりな「形」へと組み上げていった。

やがて、ユウキの目の前に、体長30センチほどの、 透き通った「水の人形」がぷるぷると浮かんだ。

それは、精霊のような「意志」は持たず、 ただユウキの命令に従って、ぎこちなく手足を振っている。

「おお! すごい! ユウキ、できたの!?」

リリアが目を丸くして叫んだ。 その声に、他の生徒たちも作業をやめ、ユウキの「それ」に注目する。

「先生。できました」

ユウキは、自信満々で「水の人形」を先生の前に差し出した。

「これでいいですか?」

先生は、ユウキの顔と、その「水の人形」を、 無表情で交互に見た。

石室の厳かな静寂が、戻ってきた。 青白い燐光が、先生の顔に深い影を落としている。

やがて、先生は、深く、長いため息をついた。

そして、次の瞬間。

「馬鹿者が!!!!」

その怒声は、これまでにユウキが聞いたこともないほど、 厳しく、そして重いものだった。 石室全体が、その声の圧力でビリビリと震えた。

生徒たちは、恐怖で凍りつく。

「き、君は! 何も! わかっていない!」

先生は、ユウキの胸倉を掴まんばかりの勢いで、詰め寄った。

「俺は! 『召喚』をしろと言ったのだ!」

「は、はい。だから、水の精霊、を……」

「違う!!!」

先生は、ユウキが作り出した「水の人形」を、 指先一つで霧散させた。

「それは『召喚』ではない! それは、君が君の力だけで完結させた、ただの『創造』だ!」8

「え……? でも、結果は同じじゃ……」

「全く違う!!」

先生は、ユウキの目を、射抜くように見つめた。

「今日の授業は、何だった? 『異なる理』と『接続』し、 『相互作用』を学ぶことではなかったのかね!?」

「それは……」

「君がやったことは、その『対話』の、完全な『拒絶』だ! 外部との『関係性』を結ぶのが怖くて、面倒で、 自分の殻に閉じこもり、 一人で『粘土遊び』をしているのと、何が違う!」

ユウキは、反論できなかった。 先生の言葉は、彼の思考 (面倒くさい、自分の力だけで完結させたい) を、完璧に見抜いていた。

「君のその力は、確かに強大だ。 だが、君は、その力で『壁』を築いている。 君は、世界と繋がることを、 心の底から拒んでいる」

先生は、そこで一度、荒くなった息を整えた。

「……単位は、やらん」9

そう冷たく言い放つと、先生は呆然とするユウキに背を向けた。

「全員、実習に戻れ。 異なる存在を『理解』しようと努めろ。 それが『召喚』の、そして『魔法』の第一歩だ」

ユウキは、何も言えないまま、自分の手を見つめていた。

(俺は、また、間違えたのか……?)

ただ、効率的に課題をこなしたつもりだった。 だが、先生は、その行為の奥にあるユウキの「心の壁」 ――他者や世界との「関係性」を拒絶する、 前世から引きずってきた深い孤独―― を、見抜いていた。

青白い魔法陣の光が、 自分の心の冷たさそのものであるかのように、 ユウキには感じられた。

初冬の地下室で、ユウキは、 自分の「異常性」が持つ、新たな「問題」に直面していた。
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