チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました

Gaku

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シーズン2 退屈な観測者と、論理を砕くバグ

第二話:無感情の街

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ゴウ、と地を揺るがすような重低音を響かせ、俺たちの背後で巨大な城門がゆっくりと、しかし確実に閉ざされていく。分厚い鉄と石でできた門扉が完全に合わさった瞬間、ズゥン、という最後の衝撃音が鼓膜を揺らし、外界の光と音を完全に遮断した。その瞬間、俺たちはまるで分厚い壁に覆われた巨大な石棺の中に閉じ込められたかのような、強烈な圧迫感と、異次元に迷い込んだかのような、肌を粟立たせる違和感に襲われた。

つい先ほどまでいたヴェルデの村で感じた、あの生命力に満ちた温かい喧騒が、嘘のように掻き消える。子供たちのはしゃぎ声、市場の売り子の威勢のいい声、酒場で陽気に歌う酔漢たちの歌声、そしてそれら全てを包み込んでいた、木々の葉が風にそよぐ音や、小鳥のさえずり。それら生命の息吹が、まるで存在しなかったかのように、ぴたりと止んだ。代わりに俺たちを包み込んだのは、墓場のようにしんと静まり返った、耳が痛くなるほどの完全なる沈黙だった。時折、吹き抜ける風が建物の角を撫でていく、ヒュウ、という乾いた音だけが、この街にも空気が存在することをかろうじて教えてくれる。

鉱山都市グライゼン。その名は、かつて大陸中から屈強な鉱夫たちが集い、山から掘り出される豊富な鉱物資源によって富と活気で栄えた場所だと、旅の途中で聞いたことがある。酒場は夜通し賑わい、腕自慢の男たちが豪快に笑い、明日への活力を語り合う。そんな熱気に満ちた場所だと想像していた。だが、俺たちの目の前に広がる光景は、そのイメージとはあまりにもかけ離れていた。あまりにも、静かで、冷たく、そして整然としすぎていた。

街並みは、驚くほど、病的なくらいに整然としていた。地面を覆う石畳は、寸分の狂いもなく磨き上げられ、一枚一枚が同じ大きさ、同じ色合いで敷き詰められている。その上には、埃一つ、ゴミ一つ落ちていない。道沿いに立ち並ぶ家々は、すべて同じ形、同じ高さ、同じ灰色の石材で建てられていた。まるで、一つの設計図から無限に複製されたかのように、個性というものが完全に排除されている。窓辺を彩る花もない。壁に子供が描いたであろう微笑ましい落書きもない。生活感の象徴であるはずの、家々の軒先で風に揺れる洗濯物すら、どこにも見当たらない。空を見上げれば、屋根の角度までもが統一されており、その灰色の連なりは、まるで巨大な定規とコンパスだけを使って設計された、巨大な模型都市のようだった。太陽の光は、その灰色の街並みに吸収されてしまうのか、どこか弱々しく、影もまた、くっきりとした輪郭を持たずにぼんやりと広がっている。

そして何より異様なのは、そこに住まう人々だった。
道行く人々は、誰一人として言葉を発しない。彼らは皆、わずかに俯き加減で、その視線は自分の数歩先の石畳に固定されている。決められた歩幅で、まるでメトロノームにでも合わせているかのように、完璧に同じ速度で歩いている。すれ違う時も、肩が触れ合うことすらなく、互いに数センチの間隔を保ったまま、滑るように通り過ぎていく。そこには、偶然の出会いも、挨拶を交わす温かさもない。子供の甲高い笑い声も、商人の威勢のいい呼び声も、恋人たちが愛を囁き合う甘い声も、何一つ聞こえない。聞こえるのは、無数の足音が石畳を打つ、コツ、コツ、コツ、という規則的で、無機質なリズムだけだった。その音は、まるで巨大な時計の秒針が時を刻む音のように、この街の異常な静寂の中で不気味に響き渡っていた。

「なんだ、この街は……。気味が悪いぜ」

隣を歩いていたジンが、思わずといった様子で、声を潜めて呟いた。彼の、常に獲物を探す肉食獣のように、あるいは美しい花を探す蝶のように、キョロキョロと忙しなく動いている目ですら、この街ではその対象を見つけられずに宙を彷徨っていた。女性はいる。それも、驚くほど均整の取れた容姿の者ばかりだ。だが、彼女たちの顔にもまた、喜びも、悲しみも、怒りも、何の感情も浮かんでいなかった。艶やかな唇は真一文字に結ばれ、大きな瞳は人形のように虚空を見つめている。その無感動な美しさは、かえって不気味さを際立たせていた。

「魔力の流れが、おかしいですわ」

セレスティアが、優美な眉をぐっとひそめ、周囲の空気を探るように指先を微かに震わせた。彼女の繊細な感覚が、この街の目に見えない異常を捉えているようだった。
「街全体に、巨大で、そして極めて精密な術式が張り巡らされているかのようです。大気に満ちるマナの流れが、極端に、人工的に制御されていますわ。まるで、川の流れを無理やり四角い水路に押し込めているような……。いいえ、それよりももっと息苦しい。まるで、巨大な機械の内部にいるような……そんな窮屈さを感じます」
彼女の言う通り、俺にも感じられた。魔法の素養がない俺でさえ、この街の空気が、まるで澱んでいるかのように重く、肌に纏わりついてくるのを感じる。自然な風の流れさえ、何者かの意図によって管理されているような、そんな得体の知れない感覚があった。

俺たちは、ひとまず今夜の寝床を確保するため、宿を探すことにした。街の規模に比して宿屋の数は多いようで、あちこちに『宿』とだけ書かれた簡素な看板が掲げられている。しかし、どの宿屋の前にも、旅人を呼び込む陽気な声一つない。ただ、無人の看板が、冷たい風に小さく揺れているだけだった。俺たちは、一番近くにあった宿屋の、装飾の一つもない、重い木の扉を押し開けた。

「ごめんくださーい」

俺の声が、静まり返った室内に妙に大きく響いた。入り口に取り付けられたドアベルが、カラン、と乾いた、どこか寂しげな音を立てる。しんと静まり返ったロビーの奥、帳場の向こう側から、一人の男がぬるり、と姿を現した。恰幅のいい中年男性だったが、その顔はまるで能面のようだった。肉付きの良い頬は微動だにせず、目は感情の光を宿さずに、ただこちらを「物体」として捉えている。

「御用件を、どうぞ」

抑揚のない、平坦な声。まるで遠い場所から響いてくるかのような、感情の温度が全く感じられない声だった。その瞳には、客を迎える喜びも、面倒だという感情も、好奇心すらも、何も映っていない。ただ、俺たちを「処理すべき対象」として認識している、そんな冷たい光だけがあった。

「ええと、一晩、泊めてほしいんですけど。七人です」
俺がそう言うと、男は瞬きもせずにこちらを見つめ、数秒の間の後、再び口を開いた。
「七名様、承知いたしました。一部屋、銀貨七枚となります。お支払いは、前金で」

まるで、予め用意された文章を読み上げるような、機械的な口調。俺たちが懐から銀貨を取り出して差し出すと、彼は慣れた、しかしどこかぎこちない手つきでそれを受け取り、指先で枚数を数えることもなく、じゃらりと木箱の中に放り込んだ。そして、カウンターの上に、古びた真鍮の鍵を一つ、ことりと置いた。その動作にも、一切の感情は介在しない。

「お部屋は二階の突き当りです。夕食は食堂にて、規定時刻に提供されます。門限は日没後二時間。以上です。他に質問は」
「いや、ないですけど……」
「結構です」
俺が言い終わる前に、男は俺たちの言葉を遮った。そして、くるりと背を向け、まるで俺たちがそこに存在しないかのように、音も立てずに再び宿の奥へと消えていった。残された俺たちは顔を見合わせ、言葉もなく、ただ重い足取りで軋む階段を上り、二階へと向かった。

案内された部屋もまた、街と同じように無機質で、冷え冷えとしていた。がらんとした広い空間に、簡素な木製のベッドが七つ、壁に沿って規則正しく並べられているだけ。ベッドの間隔は、測ったかのように全て等しい。壁には装飾の一つもなく、ただ灰色の石壁が広がっている。窓の外に目をやっても、見えるのは隣の建物の同じような灰色の壁と、同じ角度の灰色の屋根が続くだけで、まるで色のない絵画のようだった。部屋の空気はひんやりと冷たく、誰かがここで生活しているという温かみが、全く感じられなかった。

やがて、壁に埋め込まれた小さな鐘が、ゴーン、ゴーンと二度、短く鳴った。規定の夕食の時間になったらしい。俺たちは食堂に下りると、そこにはすでに十数人の客がいたが、やはり、誰一人として会話をする者はいない。長いテーブルに等間隔で座り、ただ黙々と、目の前の食事を口に運んでいるだけだった。カチャ、カチャ、と食器が皿に当たる音だけが、不気味なほど静かな空間に響いている。誰もが、まるで食事という「作業」をこなしているかのようだった。

俺たちのテーブルに、宿の主人が無言で七つの皿を並べていった。その皿の上に乗っているものを見て、俺たちは再び絶句した。
皿の上に乗っていたのは、湯気の立つ肉でも、彩り豊かな魚料理でも、ふっくらと焼かれたパンですらなかった。それは、歯磨き粉のチューブを大きくしたような、鈍い銀色のチューブだった。その中には、ねっとりとした灰色の、どろりとしたペースト状の物体が詰められている。チューブの側面には、ゴシック体のような無機質な文字で、こう印字されていた。
『完全栄養食3号:成人男性一日推奨摂取カロリー・ビタミン・ミネラル含有』

「……なんだ、こりゃあ」

ジンが、チューブを汚いものでも見るかのように、人差し指と親指で恐る恐るつまみ上げ、眉間に深い、深い皺を刻んだ。その表情は、これまでどんな強敵と対峙した時よりも険しいものだった。

「まあまあ、ジンさん。見た目はともかく、栄養はあるみたいですし……。郷に入っては郷に従え、って言うじゃないですか」

俺がなだめようとしたが、無駄だった。彼はチューブの蓋をねじり開け、中身を少しだけ指先に出すと、その灰色の物体をじっと見つめた。そして、何かを振り払うように一度頭をブルブルと振ると、意を決してそれをぺろりと舐めた。
次の瞬間、彼の顔が青、赤、黄色と、まるで壊れた信号機のようにめまぐるしく変化した。目が大きく見開かれ、口がわなわなと震え、やがて壮絶な表情で、食堂の静寂を打ち破る魂の叫びを上げた。

「まずーーーーーーーーーーいっ!! なんだこの味は! いや、味がしない! 粘土と砂利を水でこねたみてえな、虚無の味がするぞ! 舌の上の全ての感覚が死ぬ! これは食いもんじゃねえ!」

その、腹の底からの絶叫に、それまで黙々とペーストを摂取していた他の客たちが、一斉に、まるで操り人形のようにゆっくりと、こちらを向いた。その、何の感情も映さないガラス玉のような瞳が一斉にこちらに向けられる光景は、悪夢に出てくるホラー映画のワンシーンのようだった。視線に温度がない。ただ、異物を認識したセンサーのように、俺たちを捉えているだけだった。

やがて、客の一人、痩せた初老の男が、平坦な声で、静かに言った。その声は、宿の主人と同じように、感情の起伏が全くなかった。

「味覚は、生存に必須ではない、余剰機能です。栄養素の効率的な摂取を阻害する要因となり得ます。快不快という非論理的な判断基準は、個体維持の効率を低下させる。故に、当市では、味という非効率な要素は、食事から完全に排除されています」

その言葉に、俺たちは背筋が凍るような、ぞっとする感覚を覚えた。味覚が、余剰機能? 食事の楽しみを、非効率な要素だと? この街の異常さは、俺たちの想像を遥かに超える、根の深いものだった。彼らは本気で、心の底から、そう信じているのだ。

アンジェラが、わなわなと両手を握りしめ、青ざめた顔で震えながら、小さな声で呟いた。

「なんてことでしょう……。我らが女神ソフィア様は、あんなにも、表面が炭化する寸前まで香ばしく焼いたパンをお好みになるというのに……。そして、蜂蜜をたっぷりとかけて召し上がるのがお好きだと、聖典にも記されているというのに……。この街は、神への、そして生命そのものへの冒涜に満ちています……!」

いや、その女神知識は多分、アンジェラの個人的な願望が混じった、かなり偏った情報だと思うけど、言いたいことは痛いほど分かる。食事とは、ただ栄養素を体内に取り込むだけの作業じゃない。美味いものを食って「美味い!」と笑い合う。不味いものを食って「不味い!」と顔を見合わせる。その時間こそが、心を豊かにする、何にも代えがたい、かけがえのないもののはずだ。この街は、その人間にとって最も根源的な喜びの一つを、自ら捨て去っている。

その夜、俺たちはほとんど眠ることができなかった。固いベッドの上で、灰色の天井を見つめながら、この街を支配する、冷たく、不気味な思想の正体について考えていた。この異常なまでの効率主義、合理主義は、一体どこから来たのか。そして、その先に何があるのか。俺たちは、翌朝、街の中心にひときわ高くそびえ立つ、巨大な黒い塔へと向かうことを決めた。あの塔から、この街全体を覆う、異常な魔力の流れと、全てを支配するような冷たい気配が発せられているのを、俺たち全員が、肌で感じ取っていたからだ。



翌朝、夜明けの薄明かりが灰色の街を淡く照らし出す頃、俺たちは街の中心にそびえ立つ、天を衝くかのような黒い塔の前に立っていた。その表面は、黒曜石のように滑らかで、継ぎ目一つ見当たらない特殊な金属で覆われている。太陽の光を反射することなく、まるで光そのものを吸い込んでいるかのようだ。壁面には窓一つなく、ただ巨大な墓標のように、無機質に、威圧的に、空に向かって伸びている。その先端は、薄い雲の中に隠れて見えなかった。

塔の入り口と思われる巨大な金属の扉の前には、衛兵の姿はおろか、人っ子一人いない。俺たちが警戒しながら、ゆっくりと扉に近づくと、何の前触れもなく、キィンという微かな起動音と共に、巨大な金属の扉が、音もなく、滑るように内側へと開いた。まるで、俺たちが来ることを、初めから知っていて、招き入れているかのようだった。

内部もまた、外観と同じく無機質な空間が広がっていた。壁も床も天井も、全てが鈍い銀色の光を放つ金属でできている。足音がカツン、カツンと冷たく反響し、自分たちの存在がこの空間において異物であることを嫌でも思い知らされた。聞こえるのは、どこからか響いてくる、巨大な機械の駆動音と、コンピューターの演算音のような、低く規則的なノイズだけだ。それはまるで、巨大な生き物の心臓の鼓動のようでもあり、絶え間なく思考を続ける巨大な脳の活動音のようでもあった。空気はひんやりと冷たく、消毒液のような、あるいはオゾンのような独特の匂いが鼻をついた。

俺たちは、まるで目に見えない力に吸い寄せられるように、塔の最上階へと続いているであろう、唯一の通路を進んでいった。曲がりくねった廊下はなく、道はただ一本、真っ直ぐに奥へと伸びている。やがて、視界が開け、広大な円形の広間に出た。天井はドーム状になっており、その中心からは、光源の見えない柔らかな青白い光が降り注いでいる。その中央に、周囲の空間から切り離されたかのように、巨大な黒い玉座が一つだけ、ぽつんと置かれていた。

そして、その玉座に、一人の男が座っていた。

いや、それを「男」と呼んでいいのか、俺には分からなかった。その人物は、確かに人間の男性のシルエットをしていたが、その体の半分以上が、鈍く輝く無機質な機械に置換されていた。右腕は複数のシリンダーが組み合わさった金属のアームに、左腕もまた、より複雑な構造のマニピュレーターに。両足は床に固定された巨大な駆動装置と一体化しているように見えた。そして、その丸みを帯びた後頭部からは、おぞましいほどの数のケーブルが伸び、まるで神経網のように広がりながら、玉座の背後にある、部屋の壁一面を埋め尽くす巨大な演算装置へと接続されている。壁面の装置には、無数の光が明滅し、膨大な情報が処理されていることを示唆していた。

その、人間と機械の忌まわしい融合体は、俺たちの足音を認識したのか、ゆっくりと顔を上げた。その顔には、一切の肉体的な特徴がなかった。あるべきはずの鼻も、耳も、髪の毛すらない。ただ、滑らかな金属の仮面があり、その中央に、昆虫の複眼を思わせる、赤い光を放つ単眼のレンズだけが埋め込まれていた。そのレンズが、カシャ、と微かな音を立てて絞りを調整し、俺たち一人一人を順番にスキャンするように動いた。

『――来ましたか。非効率な、バグの集合体』

声が、広間全体に響き渡った。それは、人間の声帯から発せられたものではなかった。スピーカーから流れるような、感情の起伏を一切含まない、完全にフラットな合成音声だった。その声は、壁や床に反響することなく、まるで俺たちの頭の中に直接語りかけてくるかのように、クリアに聞こえた。

「お前が、この街のボスか。このイカれた街を作った張本人か」

俺が喉の渇きを覚えながら問いかけると、その機械の存在は、赤い単眼を数回、ゆっくりと明滅させた。

『私は、この都市の最適化を管理する、第一の使徒、ロジカ。あなた方の生体情報、及び行動パターンに関するデータは、入市の時点でスキャン済みです。これより、分析結果の開示を行います』

ロジカの言葉と共に、俺たちの目の前の空間に、ホログラムのように青白い光のスクリーンが投影された。そのスクリーンには、俺たち一人一人のデータが、理解不能な記号や数字と共に、膨大な文字列となって滝のように表示されていく。

『対象名、サラ。職業、剣士。特記事項:空間認識能力に致命的な欠陥。三次元座標の把握に著しい困難が見られる。指示された方向とは真逆に行動する傾向、確率87%。評価:エラー。システムの円滑な運用を阻害する』

『対象名、セレスティア。職業、魔道士。特記事項:魔力制御に深刻なバグを内包。術式成功率12%に対し、意図しない対象への効果発現、及び術式の暴発率88%。評価:エラー。予測不可能な脅威』

『対象名、ジン。職業、剣士。特記事項:思考パターンの75%が、異性への非論理的なアプローチに占有されている。生存戦略において極めて優先度の低い行動に、リソースの大半を浪費する傾向。評価:重大なバグ』

『対象名、アンジェラ。職業、聖騎士。特記事項:保有する知識データの92%が、客観的根拠のない情報で構成されている。判断基準が著しく偏向しており、論理的な対話の成立は不可能。評価:致命的なバグ』

次々と、仲間たちの、それは確かに欠点かもしれないが、同時に彼女たちらしさでもある部分が、冷たいデータとして、エラーやバグという無慈悲な言葉と共に断罪されていく。仲間たちは、悔しさと怒りで、唇を固く噛み締めている。ジンは拳を握りしめ、アンジェラは祈るように胸の前で手を組んでいた。

『そして、対象名、ユウキ。聖勇者。特記事項:戦闘時において、仲間を庇うという、極めて非合理的な行動を優先。個体の生存よりも、エラーやバグと判定された他個体の保護を優先する思考を持つ。結果として、集団全体の勝利確率を著しく低下させる。また、無意味なジョークを多用し、情報伝達効率の妨害を行う。結論:あなた方は、エラーとバグに満ちている。存在そのものが、この世界のシステムの効率を、著しく低下させる、除去すべきウイルスです』

「ふざけるな!」

俺は、腹の底から湧き上がる怒りを、堪えきれずに叫んだ。「それが、俺たちの何だってんだ! 確かに、こいつらは、お前の言う通り、どうしようもない欠点だらけかもしれない! サラは方向音痴だし、セレスティアの魔法はいつ暴発するか分からない! ジンは女のことばっかりだし、アンジェラの言うことは半分以上がデタラメだ! でもな!」

俺は、震える拳を強く、強く握りしめた。爪が食い込み、痛みを感じた。

「飯が美味くて、仲間とバカな話をして、腹の底から笑う! 誰かがピンチの時は、損とか得とか、そんな計算抜きで、助けに走る! それが、楽しいんじゃねえか! それが、人間ってもんだろうが! お前らのやってることは、人間を、ただの、感情のない機械にしてるだけだ! そんなものに、何の意味がある!」

俺の魂からの叫びに、ロジカの赤い単眼が、ピクリと、ほんのわずかに動いたように見えた。レンズの絞りが、微かに収縮した。

『楽しさ、とは? それは、脳が生み出す、特定の化学反応に過ぎません。ドーパミンやセロトニンの分泌による、一時的な神経系の興奮状態。生産性の向上に、何ら寄与しないその感情は、非効率であり、システムの安定性を損なうバグであり、除去すべき対象です』

その、あまりにも冷たく、あまりにも虚しい言葉に、俺は返す言葉を失った。こいつは、狂っているのではない。こいつは、こいつの論理の中では、完全に正しいのだ。そして、その論理を、心の底から信じているのだ。

『我らが主、レイ様は、我々を、その苦しみから解放してくださったのです。怒り、悲しみ、妬み、そして愛。それらの非効率な感情に振り回されることこそが、人間というシステムの最大の欠陥だった。レイ様は、我々に、論理と効率という、完璧な秩序を与えてくださったのです』

ソフィアが、その名を聞いた瞬間、ハッと息を呑んだ。その顔には、これまで見たこともないような、深い驚きと、そして何かを確信したかのような不吉な予感が浮かんでいた。

「レイ……? まさか……そんなはずは……」

だが、彼女が何かを言う前に、ロジカは、その機械の体で、ギシリ、と重い音を立てながら、ゆっくりと玉座から立ち上がった。床に固定されていたはずの脚部の駆動装置が分離し、それは二本の頑強な機械の脚となった。

『対話は、非効率。これより、システムの安定を脅かす、バグの駆除を開始します』

その言葉を合図に、広間の空気が、一変した。
ガコン! ガコン! ガコン! と、重い金属音が連続して響き渡り、それまで滑らかだったはずの壁や床が、まるで巨大な生き物のように変形を始めた。壁は音もなくスライドして開き、その暗い奥から、銀色に輝く、無数の機械兵が整然と姿を現す。床の一部がせり上がり、それは瞬時に変形して、無数の銃口をこちらに向ける、自動砲台へと姿を変えた。

瞬く間に、俺たちは、三百六十度、完全なる殺意を宿した機械の軍団に、完全に包囲されていた。その数は、百や二百ではきかないだろう。

「上等だ、この鉄クズ野郎!」

ジンが鞘から剣を抜き放ち、その切っ先をロジカに向ける。仲間たちも、それぞれの武器を構え、臨戦態勢に入った。

「俺たちの、人間らしい、非効率で、無駄だらけの生き様! てめえのそのポンコツな頭に、そのブリキの体に、叩き込んでやるぜ!」

俺たちの、感情と、論理の、壮絶な戦いの火蓋が、今、切って落とされた。



戦闘は、熾烈を極めた。
機械兵たちは、一体一体の戦闘能力はそれほど高くない。ジンの剣ならば一刀両断にできるし、俺の一撃でも容易く破壊できる。だが、その動きには、一切の無駄、一切の躊躇というものがなかった。一体が盾を構えてこちらの攻撃を防げば、そのコンマ数秒後には、もう一体がその死角から正確に槍を突き出してくる。さらにもう一体が、こちらの退路を塞ぐように回り込む。まるで、一つの巨大な知性によって動かされているかのように、完璧な連携で、じりじりと俺たちを追い詰めていく。その動きは、チェスの駒のように冷徹で、正確無比だった。

「くそっ、キリがねえ! 叩いても叩いても湧いてきやがる!」

ジンが一体を斬り伏せても、その兵士が倒れる前に、その隙間を埋めるように、すぐに二体の兵士が新たな陣形を組んで襲いかかってくる。

「私の魔法が、ちっとも当たりませんわ! なぜ天井ばかりに!」

セレスティアの放つ炎の矢は、相変わらず盛大にコントロールを失い、敵ではなく遥か頭上の天井の照明を破壊して、広間を半壊させ、火花と金属片を撒き散らしている。

「聖なるハンマーを!……って、硬っ!? なんですのこの装甲は!」

アンジェラの神罰の鉄槌ですら、特殊な合金でできた機械兵の分厚い装甲には、せいぜい大きな凹みを作るくらいのことしかできない。決定的なダメージには至らないのだ。

俺たちは、徐々に、しかし確実に、消耗していった。攻撃を凌ぎ、反撃する。その繰り返しの中で、体力も、集中力も、少しずつ削られていく。その戦況を、ロジカは、再び玉座に深く腰掛けたまま、ただ静かに、その赤い単眼で分析していた。何の感情も見せず、ただ、盤上の駒の動きを眺めるかのように。

『戦闘データ、収集中……。各個体の行動パターン、反応速度、攻撃角度、予測モデルとの照合……完了。誤差修正、完了』

その、不気味な合成音声が再び広間に響き渡った時だった。それまで嵐のように俺たちを攻撃していた機械兵たちが、一斉に、ぴたりと動きを止めた。そして、まるで示し合わせたかのように、一斉に後方へと下がり、中央に、玉座から俺たちへと続く、一本の道を開けた。

その道の先、玉座に座っていたロジカが、ギシリ、と関節の軋む音を立てて、ゆっくりと、再び立ち上がった。

『あなた方の行動パターンは、全て、予測済みです。これ以上の抵抗は、無意味なリソースの浪費となります』

彼の言葉と共に、その機械の腕が、ガション! ガション! と、恐ろしい音を立てて変形を始めた。右腕の金属装甲がスライドし、内部から銃身がせり出してくる。それは、高出力のレーザーを発射するための、巨大な砲身へと姿を変えた。左腕は、指先が折りたたまれ、腕そのものが刃となって伸びていく。あらゆるものを原子レベルで切り裂くという、高周波のブレードに。

その、もはや人間の面影などどこにもない、歩く兵器、完全な殺戮機械と化した姿で、ロジカは、静かに、一歩、また一歩と、こちらへと歩み寄ってくる。

『これより、最終フェーズに移行します。非効率な抵抗は、おやめなさい。あなた方の存在を消去することが、最も論理的な結論です』

彼の、仮面の奥にある赤い単眼のレンズが、すうっと細められ、まるでライフルのスコープのように、その赤い光が、俺の心臓を、寸分の狂いもなく正確に捉えた。
ピリピリと肌を刺すようなプレッシャー。絶望的なまでの、力の差。論理と計算によって最適化された、完璧な戦闘機械。
俺たちの、人間臭い、非効率で、バグだらけの力は、果たして、こいつに届くのだろうか。冷たい汗が、こめかみを伝うのを感じた。
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過労死した俺が転生したのは、大好きな乙女ゲームの悪役貴族アレン。待つのはヒロインたちからの断罪と処刑エンド!?冗談じゃない! 絶対に生き延びて平穏な老後を送るため、俺はゲーム知識を総動員して破滅フラグ回避に奔走する。領地を改革し、民を救い、来るべき災厄に備えて血の滲むような努力を重ねた。 ただ死にたくない一心だったのに、その行動はなぜか周囲に「深謀遠慮の聖人」と勘違いされ、評価はうなぎ登り。 おまけに、俺を断罪するはずの聖女や王女、天才魔導師といったヒロインたちが「運命の人だわ!」「結婚してください!」と次々に迫ってきて……!? これは、破滅を回避したいだけの悪役貴族が、いつの間にか国を救う英雄に祭り上げられ、ヒロインたちに溺愛される勘違い救国ファンタジー!

スキル【幸運】無双~そのシーフ、ユニークスキルを信じて微妙ステータス幸運に一点張りする~

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幼い頃の鑑定によって、覚醒とユニークスキルが約束された少年——王道光(おうどうひかる)。 彼はその日から探索者――シーカーを目指した。 そして遂に訪れた覚醒の日。 「ユニークスキル【幸運】?聞いた事のないスキルだな?どんな効果だ?」 スキル効果を確認すると、それは幸運ステータスの効果を強化する物だと判明する。 「幸運の強化って……」 幸運ステータスは、シーカーにとって最も微妙と呼ばれているステータスである。 そのため、進んで幸運にステータスポイントを割く者はいなかった。 そんな効果を強化したからと、王道光はあからさまにがっかりする。 だが彼は知らない。 ユニークスキル【幸運】の効果が想像以上である事を。 しかもスキルレベルを上げる事で、更に効果が追加されることを。 これはハズレと思われたユニークスキル【幸運】で、王道光がシーカー界の頂点へと駆け上がる物語。

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最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

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高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

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