ミステリー研究会は、謎を解かない

Gaku

文字の大きさ
2 / 15
第一部:ミステリー研究会、始動

第2話「鳴り響くアパートと呪いのメロディー」

しおりを挟む


あの嵐のような一日から、三日後の水曜日。世界は再び、元の灰色のフィルターを通して俺の目に映っていた。少なくとも、オフィスにいる間は。
梅雨入りを告げる気象予報士の声が、スマートフォンの画面から事務的に響く。その言葉を裏付けるかのように、空は低く垂れ込めた鉛色の雲に覆われ、太陽は一日中その姿を見せなかった。空気は、まるで水を含んだスポンジのように重く、じっとりとした湿気が肌にまとわりつく。ビルの谷間を吹き抜ける風は、もはや涼やかさという使命を放棄し、ただ湿った大気をかき混ぜるだけの、気怠い存在に成り下がっていた。
俺の仕事は、相も変わらず数字の羅列を追いかけることだった。だが、決定的に何かが違っていた。以前は無心でこなせていたはずの作業が、まるで手につかないのだ。モニターの隅に、あの事務所の光景がちらつく。ビーカーでコーヒーを淹れる影山さんの姿。シェイクスピアばりの台詞回しで鳩の身を案じる麗華さん。熊のような巨体で冷蔵庫に張り付いていた権田さん。そして、猫耳のパソコンから響く、あの無機質な合成音声。
(…あれは、現実だったんだろうか)
あまりに濃密で、非日常的すぎた光景は、まるで白昼夢のようだ。クリック音とサーバーの低い唸りだけが支配するこの静寂のオフィスにいると、あのカオスな空間が、俺の願望が生み出した幻だったのではないかとさえ思えてくる。
ふと、自分のデスクに置かれた缶コーヒーに目をやる。あの地獄のような味のビーカーコーヒーに比べれば、これは神々の飲み物(ネクタル)に等しいはずだ。だが、不思議と食指が動かなかった。
(…また、行ってみるか)
心の中に、小さな火種が灯るのを感じた。あの場所に行けば、またあの奇妙で、やかましくて、そして不思議と心地のいい混沌に会えるかもしれない。プリン事件の犯人は、結局、上京した俺の食生活を心配した母親だった、というオチだった。影山さんはそれを聞くと、「なるほど、母性という名の最も深遠なるミステリーか…」と一人悦に入っていたが、あの人たちの前では、そんなオチですら、一つの立派な物語になった気がした。
気づけば、定時を知らせるチャイムが鳴っていた。俺は、まるで何かに急かされるようにパソコンの電源を落とす。逃げ出すようにオフィスを飛び出し、湿った外気の中へ身を投じた。

鉄階段の軋む音は、もはや恐怖ではなく、どこか懐かしい凱旋のファンファーレのように聞こえた。あのプレートも健在だ。『影山ミステリー研究会 兼 お悩み相談室』。俺は一度深呼吸をしてから、ドアをノックした。
「どうぞ」という影山さんの声に促され、中に入る。
部屋の中は、相変わらず本の森と埃の匂いで満ちていた。だが、今日はそこに、微かな甘い香りが混じっている。見ると、デスクの上に、色とりどりの金平糖が入ったガラス瓶が置かれていた。
「やあ、佐藤君。また会えて嬉しいよ。君の顔には『日常に飽いた』と書いてある」
影山さんは、人体模型の白衣の襟を直しながら、にやりと笑った。
「あの、先日はどうも…」
「礼には及ばない。我々は、謎あるところに駆けつけるだけだ」
俺が挨拶をしていると、ソファの後ろからひょっこりと顔が覗いた。麗華さんだ。
「あら、プリンの君。また新たな事件の香りかしら?」
彼女が動くたびに、上質な香水の香りがふわりと漂う。この甘い香りの主は彼女だったらしい。
その時、部屋の隅で段ボール箱を抱えていた権田さんが、こちらを向いて「おう!」と声を上げた。
「プリンの!お前も物好きだな!」
その腕は相変わらず丸太のように太い。
「権田さん、失礼ですよ。彼は我々が認めた、最初の依頼人なのですから」
声の主は、猫耳のノートパソコン。画面には、シンプルな笑顔のAA(アスキーアート)が映し出されている。
『(^-^)』
どうやら、全員いるらしい。俺がこの光景に少し安堵していると、影山さんが俺の心中を見透かしたように言った。
「君が来るのを、みんな待っていたのさ。なにせ、新しい依頼人が、ちょうど見えたところだからね」
影山さんの視線の先。そこには、事務所の隅の椅子に、小さくなって座っている一人の女性がいた。歳の頃は俺と同じくらいだろうか。切りそろえられたボブカットに、白いブラウスとベージュのスカートという清楚な出で立ち。しかしその顔は青白く、不安げに揺れる瞳は、まるで怯えた小動物のようだった。彼女は、自分のハンドバッグを、ぎゅっと胸に抱きしめている。
「紹介しよう。倉田唯(くらたゆい)さんだ。深刻なミステリーに悩まされている」
倉田さんは、俺の視線に気づくと、びくりと肩を震わせ、慌てて頭を下げた。
「あ、あの、倉田です…よろしくお願いします…」
か細く、消え入りそうな声だった。
麗華さんが、優雅な仕草で彼女の隣に座り、その手を優しく握った。
「大丈夫よ、倉田さん。ここは世界で一番安全な場所。さあ、あなたの心の闇を、わたくしたちにお聞かせなさい」
その言葉は、彼女が言うと、途端に胡散臭く聞こえるから不思議だ。
倉田さんは、何度か逡巡した後、おそるおそる語り始めた。
「あの…私が住んでいるアパートで…夜中に、壁から声が聞こえるんです」
「声?」
「はい…。最初は気のせいかと思ったんですけど…毎晩、決まった時間に…。人の、すすり泣くような声が…」
彼女の声は、語るうちにどんどん震えを増していく。
「昨日なんて、はっきりと…女の人の、うめくような声が聞こえて…。もう怖くて、昨日は一睡もできなくて…」
すすり泣く声。壁の向こうから。
その言葉を聞いた瞬間、事務所の空気が変わった。
影山さんの目が、カッと見開かれる。
「なるほど…。壁一枚を隔てて侵食する、悲嘆の波動…。それは『鳴咽する壁(ウィーピング・ウォール)現象』だね。心霊現象の中でも、極めて悪質な部類だ」
「ウィ…?」
倉田さんが、目を白黒させている。
「なんてこと!か弱き乙女が、夜な夜な霊の囁きに苛まれていたなんて!」
麗華さんが、まるで自分のことのように胸を押さえて悲嘆にくれる。
「許せん…!人が安眠を貪っている時に、壁の向こうで泣き言を抜かすとは、卑怯千万なオバケだ!」
権田さんの怒りのベクトルは、少しずれている気がする。
『状況を整理します。発生場所、倉田さんの自室。発生時刻、深夜。現象、女性のすすり泣き。…データが少なすぎます。現場での調査を推奨します』
電脳が、冷静な合成音声で分析した。
「うむ」と影山さんが大きく頷く。「電脳の言う通りだ。我々、ミステリー研究会は、これより倉田唯さんを蝕む怪奇現象の調査を開始する!佐藤君、君ももちろん、来るだろう?」
有無を言わさぬ、その眼差し。俺は、ただこくこくと頷くことしかできなかった。

倉田さんのアパートは、駅から歩いて十分ほどの、閑静な住宅街にあった。築十年ほどの、こぎれいな三階建てのマンションだ。空は、いよいよ雨粒が落ちてきそうなほど重く垂れこめ、遠くで雷鳴が低く唸っている。湿った風が、道端の紫陽花を揺らし、その花びらに溜まった雫を地面に落とした。
「ここです…。私の部屋は、二階の角部屋で…」
倉田さんは、不安げに自分の部屋を見上げた。
彼女の部屋は、女性らしい、清潔で整頓された空間だった。趣味のいい北欧家具が並び、小さな観葉植物が窓辺に置かれている。こんな穏やかな空間に、毎晩、すすり泣く声が響くなどとは、にわかには信じがたかった。
「問題の壁は、どちらですかな?」
影山さんが、探偵のように鋭い目つきで尋ねた。
「こ、こちらです…ベッドの、すぐ隣の…」
案内されたのは、寝室だった。シンプルなベッドの頭が、隣室との境界である壁につけられている。この壁の向こうから、声が聞こえてくるらしい。
「よし、これより、我々は悪霊との対話、あるいは殲滅を試みる!」
影山さんが高らかに宣言したその時、麗華さんがすっと前に進み出た。彼女はいつの間にか、白い狩衣(かりぎぬ)のようなものを羽織り、手には数珠まで持っている。どこから出したんだ、それ。
「ボス、お待ちください。ここはまず、わたくしの霊能力で、この地に漂う不成仏霊の正体を見極めるのが筋かと」
「む…麗華、君にそんな能力が?」
「ええ、昨日、動画サイトで学びましたわ。お任せください」
自信満々の麗華さん。彼女は壁の前に仁王立ちになると、目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。
「はぁーーーーーっ!…見える、見えるぞよ…!この壁の向こうに渦巻く、深い悲しみと、怨念が…!」
突然、彼女は目を見開き、壁に向かって叫んだ。
「何故、泣く!何が、悲しい!現世に未練があるのなら、この麗華が、そなたの恨み、晴らして進ぜようぞ!」
芝居がかった台詞回しに、俺と倉田さんは呆気に取られている。
麗華さんは、おもむろに懐から小袋を取り出すと、その中身を部屋中に撒き散らし始めた。
「悪霊退散!悪霊退散!エクスプロージョン!!」
「ちょ、麗華さん!それ、塩!部屋が真っ白に!」
俺の悲鳴も虚しく、清め塩と称する粗塩が、美しいフローリングの上に無慈悲にばらまかれていく。倉田さんは、自分の部屋が塩田になっていく光景を、ただ青い顔で見つめていた。
「埒が明かんな」
塩まみれの惨状を見かねた影山さんが呟いたその時、部屋の隅でノートパソコンを開いていた電脳が声を上げた。
『準備完了しました。これより、高感度心霊音響探知システム、『ゴースト・リッスン』を起動します』
見ると、壁際には、大量のケーブルと、先端に吸盤がついたマイクのようなものが、蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
「電脳、そいつはなんだ?」
『壁内部の微細な音響振動を増幅し、霊的存在が発する特有の周波数帯、通称『ゴースト・バンド』を検出するシステムです。これで、泣き声の正体が、物理的なものか、超常的なものか、判別できます』
もっともらしい説明だが、どうにも胡散臭い。
電脳がエンターキーを押すと、パソコンに接続されたスピーカーから、『ジーーー…』というノイズが流れ始めた。画面には、緑色の波形が小刻みに揺れている。
「何か、聞こえるか?」
『いえ…今のところ、特異なシグナルは検出されません。ただの壁内共鳴音のようです。……ん?』
その時、スピーカーのノイズが、急に大きくなった。『ブーーーーン!』という低い唸り音だ。画面の波形も、大きく乱れている。
「来たか!?」
影山さんが身構える。
『いえ、これは…700ワット…高周波…電子レンジです。倉田さん、何か温めてますか?』
「え?あ、いえ、何も…」
『…失礼。隣室の電磁波を拾ったようです。このシステム、まだシールドが不完全で…』
電脳がバツの悪そうな合成音声で言った。やっぱり、ただのガラクタじゃないか。
「もういい!俺がやる!」
痺れを切らした権田さんが、壁の前に立ちはだかった。
「オバケだか何だか知らねえが、男の拳で通じねえものなんて、この世にはねえ!」
そう言うと、彼は壁に耳をぴったりとつけ、全神経を集中させた。
「…聞こえねえな。おい!いるんだろ!出てこい!」
ドンドン!と、権田さんが壁を拳で叩く。壁が、ミシリと嫌な音を立てた。
「や、やめてください!壁に穴が!」
倉田さんの悲鳴が響く。
塩まみれの部屋。唸りを上げる謎の装置。壁を破壊しかねない大男。
倉田さんは、もはや幽霊よりも、目の前の俺たちの存在の方が怖いんじゃないだろうか。

混沌が極まったその時だった。
「…皆さん、ちょっと静かにしてください」
俺は、ほとんど無意識に叫んでいた。
不思議なことに、その一言で、全員の動きがピタリと止まる。
「何か、聞こえませんか?」
耳を澄ます。
ジーー…という電脳の装置のノイズの向こうに、微かに。本当に微かに、何かメロディーのようなものが聞こえる気がした。
すすり泣き、というよりは、子守唄のような、単調で、優しい旋律。
俺は倉田さんに向き直った。
「倉田さん、この声が聞こえるのって、いつも夜中なんですよね?」
「は、はい…だいたい、十二時を過ぎたあたりから…」
「もしかして、ですけど…」
俺には、一つの仮説が浮かんでいた。あまりに単純で、ミステリーでも何でもない、陳腐な仮説が。
「…お隣さん、ですかね?」
その言葉に、麗華さんも権田さんも、きょとんとした顔をしている。
「隣人?馬鹿な、こんな陰湿な呪いをかける者が、すぐ隣に住んでいるとでも言うのか?」
「そうよ、佐藤君。ミステリーは、もっと複雑で、ドラマチックでなければ!」
だが、影山さんだけは、面白そうに口の端を上げていた。
「…ふむ。灯台下暗し、という訳か。試してみる価値は、あるかもしれんな」
俺たちは、倉田さんに案内され、恐る恐る隣の部屋のインターフォンを鳴らした。
数秒の間の後、「はい」という若い女性の声がして、ドアが開いた。
そこに立っていたのは、少し眠そうな目をした、人の良さそうな若い女性だった。彼女の腕の中には、小さな赤ちゃんが抱かれている。
「あの…お隣に越してきた、倉田と申します…」
倉田さんが、緊張した面持ちで挨拶をする。
「ああ、どうも、初めまして」
俺は、代表して尋ねた。
「突然すみません。実は、夜中に、こちらの部屋から何か音が聞こえる、と…」
その言葉に、若い女性と、部屋の奥から出てきた旦那さんらしき男性は、顔を見合わせ、そして、しまった、という顔をした。
「ああーーーっ!やっぱり、聞こえてましたか!?すみません!!」
二人は、深々と頭を下げた。
「うちの子が、最近夜泣きがひどくて…。ネットで調べたら、『赤ちゃんの夜泣きに効く音楽』っていうのがあって…。迷惑にならないように、すごく小さな音で流していたんですけど…やっぱり、壁が薄いから…」
音楽。そう、俺が聞いたのは、単調なヒーリングミュージックだったのだ。すすり泣きに聞こえたのは、そのメロディーに、時折、赤ちゃんのぐずる声が混じっていたからだろう。
「いえ、そんな…!こちらこそ、何か事情があるのかとも知らず、すみません!」
倉田さんも、慌てて頭を下げる。
恐怖の対象だった壁の向こうの住人は、自分と同じ、都会の集合住宅で、周囲に気を遣いながら暮らす、ごく普通の、心優しい若夫婦だった。
幽霊も、呪いも、そこにはなかった。あったのは、互いを気遣う心が生んだ、小さなすれ違いだけだった。
「よかったら、これ…」と、倉田さんが持っていたお菓子の袋を差し出す。
「まあ、すみません…」と、若夫婦が恐縮する。
その光景は、どこにでもある、ありふれたご近所付き合いの始まりだった。だが、恐怖に怯えていた倉田さんの顔には、もう、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。その笑顔は、この重苦しい曇り空の下で、まるで小さな太陽のように、周りを明るく照らしていた。

「いやあ、一件落着、一件落着!」
事務所に戻る道すがら、権田さんが満足げに腕を組む。
「わたくしの浄化の儀式が、悪しき流れを断ち切ったのですわ!」
麗華さんも、胸を張っている。手柄を自分のものにしたいらしい。
事務所のソファに深く腰掛け、俺は安堵のため息をついた。結局、俺の立てた陳腐な仮説が正解だったわけだが、まあ、結果的に倉田さんが笑顔になったのだから、それでいいのだろう。
「お疲れ様、諸君。今回も見事な解決だった」
影山さんが、あのまずいコーヒーを淹れながら、労いの言葉をかける。
「さて、電脳。今回の調査データをまとめておいてくれたまえ。今後の貴重な資料となる」
『了解。…ですが、今回の録音データ、ほとんどノイズで使用不能です。削除しますか?』
電脳が、無機質な音声で尋ねる。
その時、俺の胸に、ふと妙な胸騒ぎがよぎった。あの時、確かに聞こえた、優しいメロディー。そして、それに混じっていた、何か。
「あ、待って。一応、再生してみてくれないか」
俺の言葉に、電脳は少し意外そうなAA『(・・?』を画面に表示したが、素直にエンターキーを押した。
スピーカーから、録音された音声が流れ出す。
『ジーーー…ブーーーン…(電子レンジの音)…悪霊退散!エクスプロージョン!…(塩を撒く音)…ジーーー…』
麗華さんの叫び声や、権田さんの壁を叩く音。ひどい雑音だ。笑いがこみ上げてくる。
だが、再生開始から、一分ほど経った頃だった。
皆の会話が、ふと途切れた一瞬の静寂。
その隙間を縫うように、スピーカーから、一つの声が響いた。
それは、今までのノイズとは明らかに質の違う、クリアな音だった。
デジタル処理されたようでもあり、それでいて、ひどく物悲しい、少女の声。
『…さみしい…』
その一言が響いた瞬間、事務所の空気が、スッと凍りついた。
湿度のせいではない、肌を刺すような、冷たい悪寒が背筋を走る。
なんだ?今の声は。
「…なんだ、今の?」
権田さんが、怪訝な顔でスピーカーを睨む。
「あら、気味が悪いわね…」
麗華さんも、少し顔を引きつらせていた。
『うーん…』と、電脳が考え込むようなAA『(´-ω-`)』を表示する。
『奇妙な電波干渉ですね。おそらく、コードレス電話か、アマチュア無線の信号を拾ったんでしょう。この安物の機材だと、よくあることです』
電脳は、そう言ってあっさりと片付けた。
「なんだ、そういうことか。びっくりさせやがって」
権田さんも、それで納得したようだ。麗華さんも、「もう、紛らわしいわね!」と、いつもの調子を取り戻している。
だが、俺は、動けなかった。
違う。あれは、ただの電波干渉なんかじゃない。
もっと、心の芯を直接震わせるような、何か。
あの声には、感情があった。悲しみと、孤独と、そして、誰かに気づいてほしいという、切実な願いが。
俺は、恐る恐る影山さんの方を見た。
彼は、コーヒーカップを口に運びながら、窓の外の、鉛色の空をただじっと見つめていた。その横顔は、いつものように飄々としていて、何を考えているのか、全く読めない。
だが、ほんの一瞬。ほんのわずかな間だけ、彼の瞳が、俺の方を向いたような気がした。
その瞳の奥に宿っていたのは、深い、深い悲しみの色だった。
壁の向こうのすすり泣きは、優しい誤解が生んだ、心温まるミステリーだった。
だが、本当の謎は、今、このスピーカーの中から、確かにその声を届けたのだ。
そして、その声の正体を、この事務所にいる誰も、まだ知らない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

処理中です...