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王子の鎧、あるいは泥だらけの王冠
第4話:崩れた王座と、心地よい不協和音
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十一月。 あの日、泥だらけになって泣き叫んだグラウンドの記憶は、かさぶたのように僕の心に張り付いていた。触れればまだ少し痛むけれど、それはもう、僕を押し潰すような重たい鉛ではなくなっていた。
「おはよう、冬馬くん」 「……おはよう」
月曜日の教室。 以前の僕なら、心配そうなクラスメイトの視線に対して、「大丈夫、次は勝つよ」と爽やかな笑顔(マスク)で応えていただろう。 でも、今の僕は、ただ小さく欠伸をして、気だるげに鞄を置いた。
「冬馬、顔死んでるぞ。昨日のオフ、何してたんだよ」 隣の席の男子が、遠慮がちに、でも少しだけ茶化すように聞いてくる。 僕は、素直に答えた。 「……寝てた。一日中。もう、一歩も動きたくなくてさ」 「マジかよ! あの冬馬がダラダラするとか、想像つかねえな」
友人が笑う。僕も、つられて苦笑する。 不思議だった。「完璧じゃない僕」を見せても、世界は壊れなかった。むしろ、周囲の空気は以前よりも少しだけ緩んで、呼吸がしやすくなっていた。 王子様の魔法は解けた。僕はただの、部活に疲れた高校生に戻ったのだ。
そして、僕の居場所も変わりつつあった。
「ねえねえ、修学旅行の班決め、どうするー?」
ロングホームルーム。担任の山田先生が、修学旅行のしおりを配った瞬間から、教室は浮足立った空気に包まれた。 行き先は京都・奈良。 いつもなら、僕はクラスのいわゆる「一軍」と呼ばれる男子グループや、華やかな女子グループから、争奪戦のように声をかけられるのが常だった。 「冬馬くん、一緒の班になろうよ!」 「颯太、俺らと回ろうぜ!」
今日も、いくつかの声がかかった。 「悪い、もう決めてるんだ」 僕は、申し訳なさそうな顔を作ることもなく、淡々と断った。 そして、迷うことなく、教室の後ろの方で騒いでいる、あの一際やかましい集団の方へと歩いていった。
「だから! 清水寺の舞台から飛び降りるシミュレーションとか、いらねえって!」 「甘いですね、輝くん。歴史的建造物の構造的弱点を把握することは、観光における知的遊戯の基本ですよ……」 「アタシは絶対、着物レンタルするから! あんたらの趣味とかどうでもいいし!」 「……私たちが同じ班になる合理的メリットが、現状、見当たらないのだけれど」
朝陽輝、秋葉雄太、夏野杏、白鳥麗奈。そして、その中心で静かに微笑んでいる水無月静。 スクールカーストも、趣味も、性格もバラバラ。混ぜるな危険の劇薬みたいなメンツ。 客観的に見れば、クラスの王子様だった僕が混ざるには、あまりにも場違いなグループだ。
「お、冬馬! お前も来るよな?」 輝が、僕を見つけてニカっと笑う。当たり前のように。僕がそこに来ることを、疑いもしなかったように。
「ああ。入れてくれよ」 僕は椅子を引き、その歪な円陣の中に加わった。
「えー、颯太も? あんたが入ると、平均顔面偏差値が上がりすぎてバランス悪いんだけど」 杏さんが文句を言いながらも、スペースを空けてくれる。 「冬馬くんの参加により、移動時の効率とトラブル回避率が30%向上すると予測されます。歓迎しましょう」 麗奈さんが、電卓を叩きながら冷静に分析する。 「ふふ……光の戦士(イケメン)が仲間に加わるとは。我がパーティーも盤石ですね……」 秋葉くんが眼鏡を光らせる。 水無月さんは、何も言わずに、ただ嬉しそうに頷いてくれた。
心地よかった。 ここでは、僕は「期待されるエース」でも「優等生」でもない。 ただの、冬馬颯太だ。 輝の無茶苦茶な提案に「それは無理だろ」とツッコミを入れ、杏さんのワガママに呆れ、秋葉くんのマニアックな話に苦笑し、麗奈さんの正論に頷く。 完璧な振る舞いなんて必要ない。ただ、そこにいて、笑っていればいい。
「よし、じゃあ二日目の自由行動は、まず金閣寺行って、そのあと新選組の聖地巡礼な!」 輝がガイドブックを広げて宣言する。 「はあ? 抹茶パフェが先でしょ!」 「いや、まずは本能寺跡で信長の無念を……」
議論は平行線をたどり、カオスを極めていく。 僕はその喧騒の中で、窓の外の秋空を見上げた。 以前の僕なら、この状況を「非効率」だの「まとまりがない」だのと切り捨てて、スマートに調整役を買って出ていただろう。 でも今は、このまとまらない不協和音が、たまらなく楽しい。
(修学旅行、か)
楽しみだ、と心から思った。 「みんなの思い出のために」とか、「クラスの和を乱さないように」とか、そんな余計なミッションはもうない。 ただ、この馬鹿な友達と、美味いものを食べて、くだらない話をして、笑い転げたい。 そんな、ごく当たり前の高校生の願いが、僕の胸を満たしていた。
「おい冬馬! 何ニヤニヤしてんだよ! お前もなんか案出せって!」 輝に背中をバシッと叩かれる。 「痛いな……。わかったよ。じゃあ、俺は……」
僕はガイドブックを覗き込み、自分でも驚くような提案を口にした。
「枕投げ、本気で勝ちに行きたいから、旅館の部屋割りも作戦立てようぜ」
一瞬の静寂の後、全員が爆笑した。 「颯太、お前、キャラ崩壊しすぎ!」 「受けて立ちましょう! 物理演算なら負けませんよ!」
崩れた王座の瓦礫の上で、僕は新しい居場所を見つけていた。 そこは少し騒がしくて、埃っぽくて、でも何よりも温かい場所だった。
「おはよう、冬馬くん」 「……おはよう」
月曜日の教室。 以前の僕なら、心配そうなクラスメイトの視線に対して、「大丈夫、次は勝つよ」と爽やかな笑顔(マスク)で応えていただろう。 でも、今の僕は、ただ小さく欠伸をして、気だるげに鞄を置いた。
「冬馬、顔死んでるぞ。昨日のオフ、何してたんだよ」 隣の席の男子が、遠慮がちに、でも少しだけ茶化すように聞いてくる。 僕は、素直に答えた。 「……寝てた。一日中。もう、一歩も動きたくなくてさ」 「マジかよ! あの冬馬がダラダラするとか、想像つかねえな」
友人が笑う。僕も、つられて苦笑する。 不思議だった。「完璧じゃない僕」を見せても、世界は壊れなかった。むしろ、周囲の空気は以前よりも少しだけ緩んで、呼吸がしやすくなっていた。 王子様の魔法は解けた。僕はただの、部活に疲れた高校生に戻ったのだ。
そして、僕の居場所も変わりつつあった。
「ねえねえ、修学旅行の班決め、どうするー?」
ロングホームルーム。担任の山田先生が、修学旅行のしおりを配った瞬間から、教室は浮足立った空気に包まれた。 行き先は京都・奈良。 いつもなら、僕はクラスのいわゆる「一軍」と呼ばれる男子グループや、華やかな女子グループから、争奪戦のように声をかけられるのが常だった。 「冬馬くん、一緒の班になろうよ!」 「颯太、俺らと回ろうぜ!」
今日も、いくつかの声がかかった。 「悪い、もう決めてるんだ」 僕は、申し訳なさそうな顔を作ることもなく、淡々と断った。 そして、迷うことなく、教室の後ろの方で騒いでいる、あの一際やかましい集団の方へと歩いていった。
「だから! 清水寺の舞台から飛び降りるシミュレーションとか、いらねえって!」 「甘いですね、輝くん。歴史的建造物の構造的弱点を把握することは、観光における知的遊戯の基本ですよ……」 「アタシは絶対、着物レンタルするから! あんたらの趣味とかどうでもいいし!」 「……私たちが同じ班になる合理的メリットが、現状、見当たらないのだけれど」
朝陽輝、秋葉雄太、夏野杏、白鳥麗奈。そして、その中心で静かに微笑んでいる水無月静。 スクールカーストも、趣味も、性格もバラバラ。混ぜるな危険の劇薬みたいなメンツ。 客観的に見れば、クラスの王子様だった僕が混ざるには、あまりにも場違いなグループだ。
「お、冬馬! お前も来るよな?」 輝が、僕を見つけてニカっと笑う。当たり前のように。僕がそこに来ることを、疑いもしなかったように。
「ああ。入れてくれよ」 僕は椅子を引き、その歪な円陣の中に加わった。
「えー、颯太も? あんたが入ると、平均顔面偏差値が上がりすぎてバランス悪いんだけど」 杏さんが文句を言いながらも、スペースを空けてくれる。 「冬馬くんの参加により、移動時の効率とトラブル回避率が30%向上すると予測されます。歓迎しましょう」 麗奈さんが、電卓を叩きながら冷静に分析する。 「ふふ……光の戦士(イケメン)が仲間に加わるとは。我がパーティーも盤石ですね……」 秋葉くんが眼鏡を光らせる。 水無月さんは、何も言わずに、ただ嬉しそうに頷いてくれた。
心地よかった。 ここでは、僕は「期待されるエース」でも「優等生」でもない。 ただの、冬馬颯太だ。 輝の無茶苦茶な提案に「それは無理だろ」とツッコミを入れ、杏さんのワガママに呆れ、秋葉くんのマニアックな話に苦笑し、麗奈さんの正論に頷く。 完璧な振る舞いなんて必要ない。ただ、そこにいて、笑っていればいい。
「よし、じゃあ二日目の自由行動は、まず金閣寺行って、そのあと新選組の聖地巡礼な!」 輝がガイドブックを広げて宣言する。 「はあ? 抹茶パフェが先でしょ!」 「いや、まずは本能寺跡で信長の無念を……」
議論は平行線をたどり、カオスを極めていく。 僕はその喧騒の中で、窓の外の秋空を見上げた。 以前の僕なら、この状況を「非効率」だの「まとまりがない」だのと切り捨てて、スマートに調整役を買って出ていただろう。 でも今は、このまとまらない不協和音が、たまらなく楽しい。
(修学旅行、か)
楽しみだ、と心から思った。 「みんなの思い出のために」とか、「クラスの和を乱さないように」とか、そんな余計なミッションはもうない。 ただ、この馬鹿な友達と、美味いものを食べて、くだらない話をして、笑い転げたい。 そんな、ごく当たり前の高校生の願いが、僕の胸を満たしていた。
「おい冬馬! 何ニヤニヤしてんだよ! お前もなんか案出せって!」 輝に背中をバシッと叩かれる。 「痛いな……。わかったよ。じゃあ、俺は……」
僕はガイドブックを覗き込み、自分でも驚くような提案を口にした。
「枕投げ、本気で勝ちに行きたいから、旅館の部屋割りも作戦立てようぜ」
一瞬の静寂の後、全員が爆笑した。 「颯太、お前、キャラ崩壊しすぎ!」 「受けて立ちましょう! 物理演算なら負けませんよ!」
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