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参道
しおりを挟む甲信地方出身のKさんという男性が話してくれたことだ。
Kさんが中学二年生の夏休みのこと。お母さんに頼まれて、自転車で隣町の神社に御札をもらいに行ったときのことだという。
隣町といっても、自転車で往復できる距離だった。
Kさんのお母さんがその町の出身で、神社も遠縁の親戚が神主をやっていた。Kさんのお母さんもその縁からか中学から高校にかけての間、巫女さんのアルバイトをしていたという。高校を卒業してからは巫女さんのアルバイトをすることはなかったが、正月や秋のお祭りの季節には欠かさず足を運んでいた。Kさんも一緒に連れていかれては、ずいぶんと可愛がられたものだった。
頼まれたのが何の御札だったのかはおぼえていない。それほど信心深い様子でもなかったから、つきあいの意味が大きかったのだろうけど、けっこうな量の御札をもらったり、納めたりしていた。Kさんが頼まれるのもよくあることだった。
その日は昼過ぎに家を出たのだが、途中で、友達と遭遇したという。
それで、そいつが新作のゲームを買ったとかで──とKさんは笑う。そのままそいつの家へ行ってしまって。それで午後もかなり経ってから、慌てて自転車で向かったんです──
神社に着いたのは授与所の閉まる時刻ギリギリだった。
Kさんは石段の横に自転車を置いて、駆けのぼった。
途中、石段の真ん中は神様の通り道なので、左端を歩くように、といつだったか教わったことを思い出して、端に寄った。
──と、どこかで「チリン……」と鈴の鳴る音が聞こえた。
石段を上った先の境内は、人影もなく閑散としていた。ひぐらしの声だけが降り注ぐようだった。
急がなきゃ──とKさんは思うが、すぐに足をとめて、目をぱちくりとさせた。
本堂へ続く参道に直交するようにあるもう一本の参道の両脇には屋台が何軒も並んでいた。提灯が並び、夕方の薄闇の中、いやにきらびやかな明かりを放っていた。奥の社殿にも明かりが灯っていた。
しかし、不思議なことに人の姿はどこにもなかった。参道にも、屋台の中にも、また奥の社殿にも人の気配はなかった。
一方……鉄板の上でやきそばが焼ける「じゅうう……」という音が、風に流れて耳に届く。甘辛いソースの匂いが漂い、湯気のような白い煙が、ぼんやりと空に溶けていく。
どこかで、炭火の上で脂がはぜる「ぱちっ、ぱちっ」という音がした。
さらに奥からは「からから……」と機械の回るような音が聞こえた。綿菓子の甘ったるい匂いがした。
やはり……人の姿だけ、ない。
Kさんは呆然とその参道を眺めていた。
おなかが空いていたこともあって、よっぽどそちらに歩を進めてしまいそうになったのだが、早いとこ行かないと授与所が閉まってしまいそうだった。帰りに寄って行こう、とKさんは思った。
もしも、そっちに行ってたら? どうなってたんでしょうね──とKさんはなんだか懐かしそうに笑ってみせた。
授与所に行ってみると、顔なじみのおばさんが店仕舞いを始めているところだった。
「あらあら。もっと早くに来てくれたら、ジュースでもごちそうしてあげたのに」
とおばさんは残念そうに言った。
それでも、古い御札を受け取りながら、家族のこと、主にお母さんのことなんかをあれこれと聞かれたりした。
「ところでさ」とKさんが尋ねた。「今日って、何のお祭りなの?」
おばさんはきょとんとして、言った。
「今日? なんの話? うちのお祭り、十月でしょ。──ちゃんも毎年来てるじゃない」
Kさんは、角のもう一本の参道……、と言いかけて、そこがただの駐車場で、その奥には車の出入り口があるだけなのを思い出した。
「チリン……」とまた鈴の音が聞こえた。
「──ちゃん、どうしたの? なんか、狐につままれたみたいな顔してさ」
おばさんは笑いながら新しい御札を渡してくれた。
帰りがけに覗くと、そこはやはりただの駐車場で、屋台なんてありはしなかった。
夕方の薄暗い道の真ん中に、一匹、黒猫が座っていた。
黒猫はKさんを見上げて、「にゃあ」と一声鳴き、身を翻して、跳ねるようにどこかへ消えていった。
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