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第五章 嫉妬
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翌日、グレティアが目を覚ますと外はすっかり明るくなっていた。
自分がいつ眠りについたのかは覚えていない。脱がされたはずの衣服はスカート以外は綺麗に整えられていたからおそらくシャルヴァが着せてくれたのだろう。
隣で眠るシャルヴァを起こさぬようにベッドから這い出ると、袖机の上に畳んであったスカートを穿き、シーツを抱えて部屋を出た。
洗濯のためだ。
今日は天気も良さそうだし、太陽が出ているうちに洗って干しておけば日暮れまでには乾くだろう。
抱えたシーツにちらりと視線を落とし、グレティアは頬が熱くなるのを感じた。
昨夜は暗かったし、それどころではなかったから気づかなかったけれど、白いシーツにははっきりと破瓜の印がついていた。
昨日のことが夢ではなく現実だったのだと教えてくれているみたいで気恥ずかしい。
まさかあんなに激しく何度もされるなんて予想していなかった。経験のないグレティアにはそれが普通なのか、そうじゃないのか判断できなかった。
でも――。
グレティアは昨夜のことを思い返しながらシーツをぎゅっと抱きしめた。
(――気持ちよかった)
そんな風に思ってしまってから、慌てて頭を振って思考を振り払う。
(っ……なに考えてるの、私……)
シャルヴァとの行為は兄を助けてもらったことへの報酬だ。恋人同士の甘いやり取りではないはずなのだ。けれど、思い出すと身体の芯がきゅんと疼いてしまう。
自分でも不可解な感情にグレティアは顔を赤くしたままシーツを抱え直し、裏庭へと向かった。
広場の井戸の方が洗い場が広いから洗濯はしやすいのだけれど、このシーツを万が一にも他の誰かに見られるのは避けたかった。裏庭の井戸なら人に見られる心配もない。
そうしてグレティアは裏庭までやってくると洗い桶の中にシーツを入れた。
井戸から水を汲み上げようとしたそのときだった。
「グレティア、おはよう」
後ろから声がかかってグレティアは振り向いた。
見ればイーライが少し離れたところに立っている。
「おはよう……」
グレティアは挨拶を返しながら、イーライへと近づいた。彼にこちらへ来られてしまってはシーツを見られてしまうかもしれなかったからだ。
「洗濯かい? ――今朝はゆっくりなんだね」
「え……、あ、そうなの。少し寝坊してしまって」
グレティアは気まずさから視線をそらしながら答えた。
「手伝おうか?」
イーライは井戸のそばに置いてある洗い桶を見たのだろうそう言った。
井戸の方へ近づこうとする彼に、グレティアは慌てて首を横に振る。
「だ、大丈夫。少ない量だし……。あの、兄さんの容態はその後どう?」
「――かなり良くなっているよ」
「ほんとに⁉」
「ああ。正直、驚いてる」
「よかった……」
「あいつの力は本当なんだね……」
「え……?」
「ほら、君が一緒に連れてきた魔導士の弟子とかいう。――僕は役立たずだ」
暗い表情を見せるイーライの言葉をグレティアは否定する。
「そんなことない。イーライがいてくれたから手遅れにならずにすんだんだもの。ありがとう」
グレティアはイーライをまっすぐに見てそう言った。
するとイーライはふっと表情を和らげ、こちらへ手を伸ばしてきた。
「――礼を言うのは僕の方だよ」
指先がグレティアの頬に触れる直前で、イーライはぴたりと動きを止めた。
なにげなくイーライを見上げたグレティアは、そこで彼の視線がこちらの首筋に注がれていることに気がついた。
「グレティア、それ……」
「あ……」
グレティアはイーライがなにを見つけたのか悟ってすぐに自分の首筋を手で覆った。
そこにあるのは昨夜シャルヴァにつけられた痕だ。
「なにがあったのかは聞かない。でも、もし君が辛い目にあってるなら助けたい」
「…………」
グレティアは動揺を隠せずに思わずうつむいてしまった。
頭上でイーライが小さく息を吐く気配がした。それは悲しみと苛立ちを混ぜ合わせたような複雑な感情を伴っているように感じられた。
「そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。ごめん」
「イーライ……?」
顔を上げたグレティアの視線の先で、彼は苦笑を浮かべた。そして再びこちらへと手を伸ばし、今度はグレティアの髪を一房手に取る。
「診療所で待ってるよ……」
イーライはそれだけ言うとぱっと手を離して踵を返した。
遠くなっていくイーライの背中を見送ったあと、グレティアは井戸の水を汲み始めた。
◆
太陽が中天に昇り切った頃、グレティアは洗濯物を干し終えて裏庭を後にした。
「おい、グレティア」
ちょうど玄関ホールに足を踏み入れたところで後ろから声をかけられた。振り返ればそこにはシャルヴァの姿があった。
彼はこちらに歩み寄りながら口を開く。
「身体は大丈夫か?」
「……うん」
昨日から幾度となく繰り返された問いに、グレティアは頬を赤らめながら頷いた。それを見てシャルヴァはふっと表情を和らげると彼女の耳元に唇を寄せて囁いた。
「なら今夜もおまえを抱くが問題ないな」
「ふ、えっ……⁉」
グレティアは咄嗟に耳を押さえて後ずさった。
シャルヴァはその様子を見て楽しげに笑っている。
「な、な、なに言って……?」
「そのままの意味だが」
顔を真赤にするグレティアに、シャルヴァがさらに笑みを深くする。それから身をかがめてこちらの耳元に唇を寄せる。
「――約束だ」
彼の吐息に耳元をくすぐられてグレティアは小さく身震いした。思わずぎゅっと目を閉じると、今度は唇にやわらかい感触が触れる。
驚いて目を開けると、目の前にはシャルヴァの端整な顔があった。
キスされているのだと気づいたときにはもう唇は離れていた。
「では、今夜だな」
そう言ってシャルヴァはグレティアの髪をひと房すくうと軽く口づけてから手を離した。
「もうほかの男には触らせるな」
そう言いおいてシャルヴァは玄関ホールを出ていった。
シャルヴァの言うほかの男というのがイーライのことを言ってるのはすぐにわかった。
グレティアはあっけにとられたままその場に立ちすくんだ。
自分がいつ眠りについたのかは覚えていない。脱がされたはずの衣服はスカート以外は綺麗に整えられていたからおそらくシャルヴァが着せてくれたのだろう。
隣で眠るシャルヴァを起こさぬようにベッドから這い出ると、袖机の上に畳んであったスカートを穿き、シーツを抱えて部屋を出た。
洗濯のためだ。
今日は天気も良さそうだし、太陽が出ているうちに洗って干しておけば日暮れまでには乾くだろう。
抱えたシーツにちらりと視線を落とし、グレティアは頬が熱くなるのを感じた。
昨夜は暗かったし、それどころではなかったから気づかなかったけれど、白いシーツにははっきりと破瓜の印がついていた。
昨日のことが夢ではなく現実だったのだと教えてくれているみたいで気恥ずかしい。
まさかあんなに激しく何度もされるなんて予想していなかった。経験のないグレティアにはそれが普通なのか、そうじゃないのか判断できなかった。
でも――。
グレティアは昨夜のことを思い返しながらシーツをぎゅっと抱きしめた。
(――気持ちよかった)
そんな風に思ってしまってから、慌てて頭を振って思考を振り払う。
(っ……なに考えてるの、私……)
シャルヴァとの行為は兄を助けてもらったことへの報酬だ。恋人同士の甘いやり取りではないはずなのだ。けれど、思い出すと身体の芯がきゅんと疼いてしまう。
自分でも不可解な感情にグレティアは顔を赤くしたままシーツを抱え直し、裏庭へと向かった。
広場の井戸の方が洗い場が広いから洗濯はしやすいのだけれど、このシーツを万が一にも他の誰かに見られるのは避けたかった。裏庭の井戸なら人に見られる心配もない。
そうしてグレティアは裏庭までやってくると洗い桶の中にシーツを入れた。
井戸から水を汲み上げようとしたそのときだった。
「グレティア、おはよう」
後ろから声がかかってグレティアは振り向いた。
見ればイーライが少し離れたところに立っている。
「おはよう……」
グレティアは挨拶を返しながら、イーライへと近づいた。彼にこちらへ来られてしまってはシーツを見られてしまうかもしれなかったからだ。
「洗濯かい? ――今朝はゆっくりなんだね」
「え……、あ、そうなの。少し寝坊してしまって」
グレティアは気まずさから視線をそらしながら答えた。
「手伝おうか?」
イーライは井戸のそばに置いてある洗い桶を見たのだろうそう言った。
井戸の方へ近づこうとする彼に、グレティアは慌てて首を横に振る。
「だ、大丈夫。少ない量だし……。あの、兄さんの容態はその後どう?」
「――かなり良くなっているよ」
「ほんとに⁉」
「ああ。正直、驚いてる」
「よかった……」
「あいつの力は本当なんだね……」
「え……?」
「ほら、君が一緒に連れてきた魔導士の弟子とかいう。――僕は役立たずだ」
暗い表情を見せるイーライの言葉をグレティアは否定する。
「そんなことない。イーライがいてくれたから手遅れにならずにすんだんだもの。ありがとう」
グレティアはイーライをまっすぐに見てそう言った。
するとイーライはふっと表情を和らげ、こちらへ手を伸ばしてきた。
「――礼を言うのは僕の方だよ」
指先がグレティアの頬に触れる直前で、イーライはぴたりと動きを止めた。
なにげなくイーライを見上げたグレティアは、そこで彼の視線がこちらの首筋に注がれていることに気がついた。
「グレティア、それ……」
「あ……」
グレティアはイーライがなにを見つけたのか悟ってすぐに自分の首筋を手で覆った。
そこにあるのは昨夜シャルヴァにつけられた痕だ。
「なにがあったのかは聞かない。でも、もし君が辛い目にあってるなら助けたい」
「…………」
グレティアは動揺を隠せずに思わずうつむいてしまった。
頭上でイーライが小さく息を吐く気配がした。それは悲しみと苛立ちを混ぜ合わせたような複雑な感情を伴っているように感じられた。
「そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。ごめん」
「イーライ……?」
顔を上げたグレティアの視線の先で、彼は苦笑を浮かべた。そして再びこちらへと手を伸ばし、今度はグレティアの髪を一房手に取る。
「診療所で待ってるよ……」
イーライはそれだけ言うとぱっと手を離して踵を返した。
遠くなっていくイーライの背中を見送ったあと、グレティアは井戸の水を汲み始めた。
◆
太陽が中天に昇り切った頃、グレティアは洗濯物を干し終えて裏庭を後にした。
「おい、グレティア」
ちょうど玄関ホールに足を踏み入れたところで後ろから声をかけられた。振り返ればそこにはシャルヴァの姿があった。
彼はこちらに歩み寄りながら口を開く。
「身体は大丈夫か?」
「……うん」
昨日から幾度となく繰り返された問いに、グレティアは頬を赤らめながら頷いた。それを見てシャルヴァはふっと表情を和らげると彼女の耳元に唇を寄せて囁いた。
「なら今夜もおまえを抱くが問題ないな」
「ふ、えっ……⁉」
グレティアは咄嗟に耳を押さえて後ずさった。
シャルヴァはその様子を見て楽しげに笑っている。
「な、な、なに言って……?」
「そのままの意味だが」
顔を真赤にするグレティアに、シャルヴァがさらに笑みを深くする。それから身をかがめてこちらの耳元に唇を寄せる。
「――約束だ」
彼の吐息に耳元をくすぐられてグレティアは小さく身震いした。思わずぎゅっと目を閉じると、今度は唇にやわらかい感触が触れる。
驚いて目を開けると、目の前にはシャルヴァの端整な顔があった。
キスされているのだと気づいたときにはもう唇は離れていた。
「では、今夜だな」
そう言ってシャルヴァはグレティアの髪をひと房すくうと軽く口づけてから手を離した。
「もうほかの男には触らせるな」
そう言いおいてシャルヴァは玄関ホールを出ていった。
シャルヴァの言うほかの男というのがイーライのことを言ってるのはすぐにわかった。
グレティアはあっけにとられたままその場に立ちすくんだ。
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