魔法少女 ミルティ=クラウゼ

桜雨ゆか

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8 怪人の鱗粉で幻を見せられるも、魔法少女は最愛を間違えない

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 海鳴りだけが響く臨海地区。
 その夜、放置された廃工場の重い鉄扉を、魔法少女ミルティ=クラウゼは一人で押し開けた。
 チカチカと点滅する照明のもと、ミルティは慎重に内部をうかがう。
 白を基調とした神聖な魔法少女装束は、消えかけの照明にも汚れなき輝きを放っていた。
 少し前、通信機から流れてきたのは、なにか重いものが破壊される轟音、そして『助けて、食べられちゃう……っ!』という絶望に満ちた女性の悲鳴だった。

 ――早く助けなくちゃ!

 その一心で、ミルティは単身、この静まり返った廃工場へ飛び込んだのだ。しかし、奥へと進む彼女を待ち受けていたのは、救助を待つ市民ではなく、頭上から降り注ぐ甘く毒々しい笑い声だった。




「あはははっ♥ 一人で来ちゃうなんて、ホントおめでたい女……♥」

 キャットウォークから、ローズカラーと黒のフリルをなびかせて舞い降りたのは、背中に蝙蝠のような飛膜を広げた少女――怪人ルル=バットだった。
 ピンク味を帯びた長いツインテールを揺らし、ミニドレスから覗く白い脚を強調しながら、彼女はしなをつくって着地する。

「あの救難信号……。あなたの仕業……⁉」
「んふ♥ せいかーい♥ なかなか迫真の演技だったでしょ? 正義の味方ってチョロすぎぃ♥」

 ルルが、嘲るように手をひらひらと振りながら、小悪魔的な笑みを浮かべる。

「――でも、まさかアンタが来てくれるなんて思ってなかったから嬉しいな、ミルティ=クラウゼ♥」
「どういう意味……?」
「だってぇ、ルル……、アンタのことすごくキライなの♥」

 ルルの手元にゆらりと大鎌が出現する。刃は生き物のように脈打ち、魔の気を帯びているようだった。

「だからね、今夜、アンタをぐちゃぐちゃにさせてよ♥ ノクス様が戦うなって言うのは、ルルを心配してるからだと思うんだ♥ だから、やっちゃったあとならきっとたくさん褒めて可愛がってくれるはず♥」

 ルルの瞳に狂気に似た期待が滲むのが見えた直後、彼女の身体が影のように低く沈み込み、一瞬にしてミルティとの距離を詰めた。

「――っ⁉」

 大鎌が空気を裂く鋭い風切り音とともに振り下ろされる。
 咄嗟にミルティが腰の魔法杖を抜き、魔力を込めて防壁を展開させると、ガギィンッ! と激しい火花が散った。

「ざんねーん♥」

 ルルが弾かれた衝撃を利用して宙返りし、そのまま体勢を立て直す。

(この前よりも速い……!)

 ミルティの額に冷や汗が滲む。前回はミルティの圧倒的な優勢だった。しかし、今のルルの動きはまるで別人のように研ぎ澄まされている。
 ルルは空中で軽やかに身を翻すと、着地と同時に不敵な笑みを浮かべ、パチンと指を鳴らした。

「やっぱり力押しだけじゃ勝てないかァ……。――ね~ぇ♥ ゾフィ~ス? 出番だよぉ~♥」

 ルルの呼び声に応えるように、廃工場の隅、光の届かない闇がどろりと蠢いた。
 そこから音もなく、死人のように白い肌を持つ男が姿を現す。
 濡れたような黒髪は伸びてしまったというふうな長さで、顔の造形自体は整っているものの、目元には深い隈が刻まれている。
 ゾフィスと呼ばれたその怪人は、長い指先で自身の口元を覆いながら、湿った視線でミルティを舐めるように見つめた。

「ひ、ひひっ……。いい色だ、さすが白輝の花。ボクの粉を吸って、どんな顔を見せてくれるかな……?」

 粘膜が擦れるような、不気味で陰湿な笑い声。ゾフィスがその背に隠していた、毒々しい紋様の浮かぶ蛾の翅を大きく広げる。
 瞬間、辺り一面に甘く痺れるような鱗粉が、雪のように降り注いだ。

「これ、は……ッ⁉」

 咄嗟に防壁を広げようとしたミルティだったが、空気そのものに溶け込んだ微細な粉は、魔力の壁をすり抜け、彼女の肺腑へと深く吸い込まれてしまった。
 途端、視界が激しく明滅する。
 心臓の鼓動が耳元でうるさいほどに鳴り響き、身体の芯から抗いがたい熱が噴き出した。

(これ、また植物怪人〈ヴァルダイン〉の融花液みたいのだったら――⁉)

「くっ……」

 足の力が抜け、ミルティはその場に膝をついた。
 霞む視界の中で、近づいてくるゾフィスのシルエットが、ゆらゆらと歪み始めた。

 ――黒髪。碧い瞳。仮面の下に覗く、少し意地悪な笑み。愛おしい、彼の顔。

 それは脳を焼くような強烈な幻だった。

「え……?」
(ノクス……?)

 思わず、最愛の男の名を呼びそうになる。
 目の前の『ノクス』が、優しくミルティの顎を持ち上げた。

『かわいそうに、ミルティ。僕が助けにきたから大丈夫。さあ、身体を預けて?』

 耳元で囁かれる甘い吐息。
 ゾフィスの気味の悪い笑い声に重なって聞こえるのは紛れもなくノクスの声。

「え? なん、で……? ほんとに、あなたが……?」

 ――助けに来てくれた?

 ルルやゾフィスがいる以上、当たり前に彼の名は呼べない。
 だけど、もし助けに来てくれたのだとしたら――。
 縋りたくなる気持ちに突き動かされ、ミルティは迷いながらも、そっと、その男の頬に手を伸ばしかけた。
 途端、『ノクス』の目元が愉悦に細められる。

『可愛いミルティには、ごほうび、あげなくちゃね……♥ ほら、こっちを見て?』

 ねっとりと湿った声。

「…………?」

 鱗粉の影響は思考にも出ているのか、頭がぼうっとする。
 ミルティは『ノクス』に言われるまま、素直に彼を見上げた。

「――ゾフィスの鱗粉はね、吸った人の脳を直接かき回して、目の前の異性を一番愛してる人の姿に変えて見せちゃうの♥ 意識ははっきりしてるのに、目に見えるものも聞こえる声も、ぜーんぶ『大好きなあの人』に書きかわっちゃう……。ねえ、そんなにとろんとした顔して、アンタ、今誰に抱かれてるつもりなのかしらぁ?」

 ルルが意地悪くクスクスと笑う。

「バラバラにする前に、少しくらい楽しんでもいいわよ、ゾフィス♥ ルル、寛容だもん♥」

 お許しが出たことで、ゾフィスは愉悦を隠そうともせず、ミルティの華奢な首筋に、自身の青白い鼻先を寄せた。
 蛾の雄が数キロ先からでも雌のフェロモンを嗅ぎつけるように、彼のこめかみがまるで触角かのように、ピクピクと脈打つ。

「ひひひっ……。わかる、わかるよ……。君の体温が上がって、ボクの鱗粉と混じり合って、とろけそうなほど……甘い『雌』の匂いが立ち昇っている……」
「……っ」

(ノクス? なに言って……?)

 執拗で、生理的な嫌悪感を催すはずのゾフィスの動き。しかし、鱗粉に支配されたミルティには、それが『自分を求めてくれる愛する人の情熱』にしか感じられない。

「心を開かせるまでもない……。その、ふやけた身体に、ボクの証を植え付けてあげる……」

 ゾフィスが、ミルティの鎖骨に這わせた指に力を込める。
 うっとりと瞳を潤ませるミルティの首筋に、ゾフィスの湿った長い舌が触れようとした、その瞬間だった――。

 ドォン!

 廃工場の外壁が、爆圧とともに内側へ向けて弾け飛んだ。

「そこまでだ、下衆どもがッ!!」

 瓦礫の雨を切り裂き、抜刀とともに飛び込んできたのは、鳶色の瞳を怒りに燃やす男。金の短髪に鍛え上げられた体躯。暗刃会の影士、キザシだった。

「キザシ、さん……っ⁉」

 瓦礫の音でわずかに正気に戻ったミルティが彼を振り返る。だが、次の瞬間には漂う鱗粉が、新しく現れた『異性』をも容赦なく書き換えていく。

(あれ……? 今、たしかに、キザシさんが……)

 ミルティの瞳には、猛然とゾフィスへ斬りかかろうとするキザシの姿までもが、『自分を奪還しに来たノクス』として映し出されていた。

「やだぁ~♥ なんかコワ~い……♥」

 ルルが、獲物を見つけた猫のように瞳を輝かせた。
 彼女はミニドレスの裾を翻し、一瞬でキザシの懐へと滑り込んだ。そして、しどけない仕草で彼の分厚い胸板に指を這わせると、潤んだ瞳で上目遣いに彼を見つめる。

「ね~え? ミルティなんてほっておいて、ルルと愉しいことしない?♥」

 ルルの甘い吐息がキザシの耳を撫でる。
 ピンクのツインテールから漂う魅惑的な香りと、挑発的なボディライン。並の男なら理性が消し飛ぶような誘惑。
 しかし、キザシはその指を、忌々しげに振り払った。

「――黙れ。反吐が出る」

 キザシには、ルルの色香など微塵も届いていなかった。彼は刀を正し、ミルティをさらなる幻惑へ誘うゾフィスへ向かって踏み込む。

「ミルティから離れろ! その穢れた翅、切り落としてやる!」
「っ……」

 ゾフィスは不愉快そうに眉を寄せ、翅を震わせることで鱗粉を撒き散らす。しかし、キザシは腕で鼻と口を押さえながら、刃を閃かせた。
 刃が蛾の翅を切り裂こうとしたその時、ルルの大鎌が横から割り込み、それを阻む。

「ルル、コワいのきらーい」

 キザシは舌打ちを一つ、すぐさま姿勢を立て直し、ゾフィスを追い詰めようとする。しかし、ルルの攻撃が、まるで針を絡ませるようにキザシの行動を妨害し続ける。

(なんで? ノクスが……ふたり……?)

 一方で、ミルティは未だ二人のノクスに挟まれて、幻覚に翻弄されていた。

「ゾフィース! こっちのステキなおにいさんにも鱗粉を浴びせてあげて♥ ルルのことが誰に見えるのか楽しみだわ♥」
「わかったよ、ルル♥」

 大鎌でキザシを牽制しながら、ルルが残酷な笑みを浮かべて命じる。
 ゾフィスはミルティを腕に抱いたまま、翅をより激しく羽ばたかせた。

「くそ……」

 濃密な幻惑の鱗粉が周囲を染め上げていく。
 キザシは一度身を引くと、襟元を引き上げマスクがわりに鼻を押さえ、呼吸を止めた。それでも全てを防ぎきれず、意識がわずかに揺らぐ。

「ミルティ……」

 至近距離にいるミルティに手が届きそうで届かない。
 焦燥感と、喉を焼くような甘い香りに、キザシは思わずその場に膝をついた。

「ちっ……」 

 まさにその時だ。
 ドン! と地の底から突き上げるような衝撃と共に、廃工場全体が激しく揺れた。
 その場の空気が押し潰されるような圧力。
 ゾフィスの鱗粉が、まるで嵐に吹き飛ばされる塵のように、一瞬にして四散する。

「――僕の許可なく、僕の獲物を囲んでなにをしているのかな?」

 甘く、優しげな――けれど心臓を直接掴まれるような声。
 闇そのものが形を成すかのように、影から滲み出してきた男――それはノクスだった。
 艶のある黒髪に碧い瞳。顔の上半分を仮面で覆い、銀糸で刺繍が施された漆黒のマントを纏っている。

「ノク、ス……」

 ミルティの唇が、無意識に彼の名を呼んだ。

 ――本物だ。

 夢か現実かも分からないほど強烈だった幻覚とは違う。
 魂ごと震えるような安堵が、ミルティの身体を駆け巡った。

「――彼女とは遊ぶなって言っておいたはずだよね、ルル=バット」

 凍てつくような声に、ルルの肩がびくりと跳ねる。

「こ、これは、そのっ……。ちが、ちがうんですぅ! ノクスさまぁ!」
「言い訳は聞かない」

 ノクスは大股でルルの前を通り過ぎると、おろおろするゾフィスをミルティから引き剥がした。

「不愉快だ。二人ともまだ生きていたいなら僕の前から今すぐ消えろ」

 低く、地を這うようなノクスの通告。
 先ほどまであざとく振る舞っていたルルの顔から、一気に血の気が引いた。

「そ、そんな、ノクス様……。ルル、がんばったんですよぉ♥」

 涙を浮かべたルルが、媚びるようにノクスの黒い裾を掴もうとする。
 しかし、ノクスはその手を避けると、その口元に微笑みを貼り付けたまま、底冷えするような目でルルを見下ろした。

「僕に同じことを二度も言わせる気……?」
「ひ、ひぃっ……! ご、ごめんなさぁい! ――ゾフィス、行くわよっ!」

 ルルはそれまでの余裕をかなぐり捨て、震える手でゾフィスの襟首を掴むと、慌てて背中の飛膜を広げた。
 ゾフィスもまた、ノクスが放つ殺気に蛇に睨まれた蛙のように硬直し、ルルに引きずられるようにして闇の彼方へと飛び去っていく。

 ――嵐が去ったような静寂。
 残されたのは、激しく肩で息をするキザシと、ノクスの足元で震えるミルティだけだ。
 ノクスはほんの一瞬ミルティに視線を落としたあと、自らのマントの中へと彼女を閉じ込める。

「……その、手を、離せ……っ!」

 膝をついていたキザシが、震える足でゆらりと立ち上がった。
 金の髪を逆立て、鳶色の瞳に宿る執念。彼は一歩、また一歩と、ノクスとの距離を詰めていく。

「ミルティを離せ……! その汚れた手で、彼女に触れるなッ!」
「あー……。うるさいな」
「なんだとっ!」

 ノクスは挑発的に口角を上げると、マントの中で震えるミルティの腰を、キザシから見えない位置でぐいと自分の方へ引き寄せた。

「ひ、あ……っ」

 マントの奥でミルティが漏らした小さな、熱を帯びた吐息。だが、キザシの耳にはそれが「敵に捕らえられた乙女の悲鳴」にしか聞こえない。

「貴様ッ!!」

 激昂したキザシが、全力の踏み込みとともに抜刀。ノクスの首へ剣閃を走らせた。
 しかし、ほぼ同時にノクスはただ静かに、腕の中からミルティを優しくキザシの方へと押し出した。

「――っ⁉」
「戦う気はない」

 予想外の事態に、キザシは振り下ろしかけた刃を、紙一重で止めざるを得なかった。
 刀を鞘に収めることもできないまま、キザシはミルティの身体を抱きとめる。

「――彼女を早く連れて帰ってやるんだな、暗刃会」
「おい、待てっ……!」

 キザシが叫ぶが、ノクスは一瞥もくれず、闇に溶けるようにしてその場から姿を消した。


      ✢


 途端に静まり返った廃工場。
 崩れ落ちるように膝をついたミルティをキザシは支える。

「大丈夫か、ミルティ」
「キザシさん……わたし……」

 至近距離で触れるキザシの大きな手。鱗粉の熱が引いていく中、ミルティは情けなさと、本物のノクスの香りに一番安心した自分への羞恥心で胸がいっぱいになった。
 ミルティはゆっくりと身体をお越し、まっすぐにキザシを見上げた。

「……キザシさん。わたし、どうしたらもっと強くなれますか?」

 ミルティの切実な問いに、キザシは大きく目を見張った。

「――……あの鱗粉がなかったとしても、わたしはルルには勝てなかったと思います」

 震える拳を握りしめ、自分自身の弱さをミルティは噛み締めていた。
 以前戦ったときよりもルルの動きは格段に洗練されており、ゾフィスとの連携も完璧だった。
 廃工場の薄暗い天井を見上げながら、ミルティは深く息を吸い込んだ。
 ルルの嘲笑が脳裏に浮かぶ。

「――わたしは、もっと強くならないといけないんです」

 ミルティの瞳に宿る決意の光は、痛々しいほどに鋭い。
 キザシはそんな彼女を見つめ、しばし言葉を選ぶように沈黙した。

「――……明日の夜、暗刃会の本部に来れるか?」
「え……?」
「その顔……。自分の中でケリをつけたいんだろ」

 それ以上の言葉はなかった。
 キザシなりの『救い』の言葉なのだと受け取ってもいいのだろうか。
 ミルティは戸惑いながらもキザシをまっすぐに見上げて頷いた。


      ✢


 場所は変わり、怪人組織クナブルム・フィニスの拠点。
 薄暗い部屋のベッドで、ルル=バットは顔を枕に埋めてべそべそと泣きじゃくっていた。

「ノクス様に嫌われたあぁぁあっ! ルル、頑張っただけなのにぃいぃぃっ!」
「泣かないで、ルル……。ノクス様は少し機嫌が悪かっただけだよ」
「でも、でもっ! あんな冷たい目で『消えろ』なんてえぇぇえ……ッ!」
「次はいつもみたいに笑っててくれるよっ! ね?」

 ゾフィスは泣きじゃくるルルの背中を慣れない手つきで撫でる。
 ルルはガバッと起き上がると、涙でマスカラが滲んだ目でゾフィスを睨みつけた。

「そもそもなんでノクス様にバレたのかしら? 魔法少女狩りのこと、アンタ、だれかに言った?」
「ひ、ヒィッ……! まさか、言うわけないよ。ノクス様は怖いけど――」

 ゾフィスは首を激しく横に振り、長い指をわなわなと震わせた。

 ――ボクはルルの方が怖い。

 鼻をすするルルの耳にゾフィスの声はもう届いていなかった。
 マスカラが落ちてパンダのようになった目のまま、考え込むように顎に手を当てる。

「じゃあ、なんで……ノクス様はあの場所に現れたのよ? まるであの女の危険を察知したみたいに……」

 そこまで言って、ルルは自分の口から出た言葉の違和感に、ピクリと眉を跳ね上げた。
 脳裏に浮かぶのは、あの廃工場での光景。
 ゾフィスの鱗粉は、あの魔法少女にいったい誰を見せていたのか――。

「……ねえ、ゾフィス。アンタの鱗粉の効果は間違いないのよね?」
「そうだよ。本人の意思に関係なく、視覚も聴覚も固定される。絶対に見分けはつかないよ」
「じゃあ、鱗粉が消えてからは? すぐに判別がつくようになる?」
「うん? そうだな、個人差もあるけど……少なくとも十数分は続くはずだよ。でも、なんで……?」
「…………」

 ルルは思案するようにしばらく沈黙する。
 ノクスは登場と同時に鱗粉を消し飛ばした。

(だけど、あのとき――)

 ノクスを見つけたミルティは『ノクス』とその名を呼んだ。
 消え入りそうな小さな声だったけれど、間違いなく、あの魔法少女の唇はノクスの名を紡いでいた。

「あの女には、最初からノクス様はノクス様として見えていた……」

 ルルの声から、泣きじゃくる子供のようなトーンが消えた。
 ベッドのシーツを爪でカリカリと引っ掻く。

「そうよ。ノクス様が現れた瞬間、泣きそうなほど安心した顔で……。ずっと前から知っているみたいな、甘ったるい声で……」
「ルル……?」

 ゾフィスがただでさえ白い顔をさらに青白くして、口元を押さえる。
 ルルは強く奥歯を噛み締め、シーツをきつく握りしめた。

「ッヒ……!」

 その目にどろりとした女の嫉妬を見つけたからなのか、ゾフィスが引き攣った悲鳴を漏らした。

「ねえ、ゾフィス。もし、ノクス様があの女と……ルルたちが知らないところで、もっと深い仲になっていたとしたらどうする?」
「えっ⁉ そ、そんな……。まさか……」

 ゾフィスの声が震える。

「だから、ルルたちに手を出すなって言っていたのよ。あの女を必死に守っていたんだわ!」

 ルルは勢いよくゾフィスに向き直った。

「ちゃんと――確認しなくちゃね♥」
「ルル、でも、そ、それは……」

 ゾフィスの顔には『そんなことをしたらノクス様に殺される』と書かれているように見える。
 ルルは立ち上がると鏡の前に移動し、ぐちゃぐちゃになったメイクを丁寧に直し始めた。

「ノクス様の『特別』はルルだけでいいの……♥ ね~え、ゾフィス♥ もし本当にあの女の最愛がノクス様だったら……もっと楽しい遊びを用意してあげなくちゃ♥」

 鏡越しにゾフィスを射抜いたその瞳は、三日月のように細められ、愉悦と殺意に濡れていた。


      ✢


 臨海地区の喧騒から少し離れた、静かな高級住宅街。その一角に建つデザイナーズマンションの七階、一番奥の角部屋がミルティの住まいだ。
 白輝会から支給されているこの部屋は、清潔感のある白を基調とした広めのリビングと、夜景を一望できる大きな窓が特徴だった。だが、今のミルティにとって、その開放感はむしろ自分を追い詰める檻のように感じられた。
 シャワーを浴び、ふわふわもこもこなルームウエアに着替えたミルティは、バスタオルを頭に被ったままソファに深く沈み込む。
 ――まだ、指先が微かに震えている。

(もっと強くならないと……)

 温かいシャワーのお湯が心地よかったはずなのに、胸の奥にこびりついた悔しさは拭いきれなかった。
 と、ちょうどそこへインターホンのチャイムが軽やかに響いた。
 ミルティは肩をびくりと震わせ、バスタオル越しに顔を上げた。
 普通の女の子なら、こんな時間に鳴るチャイムには恐怖を覚えるだろう。だが、ミルティの胸に溢れたのは、渇望に近い確信だった。

(ノクス……!)

 廃工場でキザシに預けられたその瞬間から、ミルティの心はずっと落ち着かなかった。
 ノクスは隠そうとしていたけど、ミルティは気づいていた。綺麗な碧い目が不機嫌そうな色を宿していたことを。
 自分の腰を一度だけ強く引き寄せた、マントの中の熱。
 彼がこのまま自分を放っておくはずがない。
 自分勝手な期待だとわかっていても、ミルティはノクスがここへ『取り立て』に来るのを待っていたのだ。
 ミルティは足早に玄関へ向かい、迷いなく扉を開けた。

「……っと⁉」

 いつもよりラフな装いのノクスが驚いたように目を見開いた。

「あっ……。ご、ごめんなさっ……」
「確認せずに開けるのは警戒心なさすぎ……。危ないよ? ミルティ」

 ノクスは言葉とは対照的にくすくすと笑うと、ミルティを抱き寄せた。

「だ、だって、ノクスだと思ったから……」
「……ん。知ってるよ」

 ノクスは抱き寄せたままのミルティの首筋に鼻先を寄せ、唇の端を歪める。

「――……いい匂いがするね。いつもとは違う香りだ」
「え……あ、今日使った入浴剤のせいかも……。新しいの買ったから試しに入れてみたんですけど……」
「そっか……」

 ノクスの声は楽しげだが、どこか含みがある。ミルティは自分の声が少し上擦ってしまうのを感じながら、必死に平静を装ってノクスを部屋の中に促した。

「髪……濡れてる」 

 リビングまで来ると、ノクスはミルティのバスタオルに手を伸ばした。

「んっ……、ありがとう、ござい、ます……」

 優しく髪を拭かれて、ミルティは首をすくめた。
 バスタオル越しに伝わる、ノクスの指先の力加減。優しくて、けれどどこか逃がさないような強さ。タオルに遮られて彼の顔が見えない分、耳元で響く衣擦れの音や、独特の闇の香りが、ミルティの五感を支配していく。

「……あのあと、大丈夫だった?」
「え……?」
「あいつに――君のこと預けちゃったからね。気になってた。本当は僕が送り届けたかったんだけど……」

 髪を拭く手が止まり、ノクスの低い声が耳に届く。

「手を離して、ごめん……」

 ノクスの親指がミルティの唇をゆっくりと、熱くなぞる。

(ああ、そっか。ヤキモチとかそういう不機嫌じゃなかったんだ……)

 ミルティは自分の勘違いに気づいて、苦笑した。

「ん? なにに笑ってるの?」
「――……わたし、てっきりノクスが怒ってるのかと思ってたので、違っててよかったなって」
「僕が……? ――ああ、そっか」

 途中でミルティの言わんとしていることを察したのか、ふ、と笑みをこぼす。

「――僕がまた、あれに嫉妬して怒ってると思ったんだ?」

 ノクスはソファに深く背を預け、可笑しそうに目を細めてミルティに問いかけた。
 同時においで、と腕を広げる。

「…………」

 そこが自分にとって一番安全で、一番危険な場所だと知りながら、ミルティは吸い寄せられるように彼の腰をまたぐように膝の上に乗り上げ、その胸に顔を埋めた。

「はい……ええと、その、あのとき、ちょっとだけ怖い目をしたから」

 ミルティが素直に頷くと、ノクスの喉が低く鳴った。
 彼はミルティの細い腰に腕を回し、逃がさないようにぐいと引き寄せると、彼女の顎を指先で持ち上げる。

「――嫉妬は……、そりゃ、するよ。当然だろう?」
「えっ……⁉」

 吐息が触れる距離で、ノクスが断言する。
 驚いて目を見開くミルティの唇を、彼は奪うように、けれど深く慈しむように塞いだ。

「んっ、……ふ……っ」

 深いキスが、ミルティの思考をふにゃふにゃに溶かしていく。
 ノクスの舌が、口の中を支配し、自分の香りで塗り潰していくような感覚。

「でも、怒ったりはしてない。ただ――」

 ようやく唇が離れたとき、ミルティは熱に浮かされたような瞳で彼を見つめることしかできなかった。

「――君を他の男の手に託すのが、いやだった。でも、状況がそれを許さなかった」

 ノクスはミルティの耳元に頬ずりすると、囁くように言った。そして、そのまま耳たぶを甘噛みする。

「ん、ひっ……」

 ぬるく湿った舌が耳のふちをなぞり、ミルティは肩を震わせた。

「もしかして――……」

 ゆっくりと首筋から顔を上げたノクスが、ミルティの顔を覗き込む。

「僕にひどいお仕置きをされるの、期待しちゃった?」
「っ……、ぁ……」

 図星を指され、ミルティの身体がびくりと跳ねた。
 逞しくもしなやかな腕に包まれた身体が、羞恥心と期待で一気に熱くなる。

「ちが……! 期待とかじゃ……っ! ただ、もしもそうだったらって、考えはしましたけど……っ」

 ミルティは慌てて否定しようとした。でも、ノクスの唇が悪戯っぽく口角を上げ、低く囁いた。

「へえ……、そっか。――心臓、すごく速くなってるよ?」

 ノクスの手がルームウエアの裾から滑り込み、素肌を直接なぞり始めた。少し冷たい指先が、ミルティの熱い体温に触れ、甘美な刺激が背筋を駆け上がる。

「……可愛いね。だからあんなに急いでドアを開けてくれたの?」

 囁きながら、ノクスの指先がルームウエアの下でミルティの柔らかな脇腹をなぞり、そのまま背中へと這い上がる。

「それは……っ、ただ、ノクスに早く会いたくて……っ」
「そんなに可愛いこと言っていいの?」

 ノクスの腕が腰に回り、きつく抱き寄せる。彼の唇が再び首筋に落ち、軽く吸い付かれる。痕が残る熱に、ミルティは小さく震えた。

「……じゃあ、ご期待通りにお仕置きしてあげようか? それとも素直なことへのご褒美がほしい?」

 ノクスの指が、ミルティの下腹部をゆっくりとなぞる。

「ミルティが選んでいいよ」

 優しい声色でありながら、有無を言わせない口調だった。

「んんッ……♡ ノクス、選べなんて……、そんな、意地悪です……っ」

 ミルティは潤んだ瞳を揺らし、すがるように彼のシャツの胸元をぎゅっと掴んだ。
 お仕置きという名の快楽か、ご褒美という名の愛撫か。どちらを選んでも、待っているのは彼に骨抜きにされる未来だけだとわかっている。

「じゃあ、両方にする?」

 ノクスは満足げに目を細めると、ソファにミルティを押し倒し、覆いかぶさった。
 大きな身体に包み込まれ、視界のすべてが彼一色に塗り潰される。

「ノクス、……っ、あ……!」

 ルームウエアの裾がまくり上げられ、冷たい空気とノクスの熱い指先が同時に素肌を叩く。

「そういえば、ゾフィスの鱗粉で誰の姿が見えたの?」

 ノクスの唇が首筋を辿り、鎖骨に軽く歯を立てる。

「そ、れは、わかってるくせに……」
「うん、そうだね。でも、君の口から聞くことに意味がある」

 ノクスがにっこりと笑ったのとほぼ同時、リビングの端のほうからキュルルルと小さな鳴き声が聞こえた。
 見れば、リビングの隅で、アテルが真ん丸な瞳をルビーのように光らせ、こちらを観察している。

 ――じぃっ。

 尻尾をゆっくりと、メトロノームのように揺らすその姿は、まるで「そのまま続ける気か」と訴えているようで――。

「ノ、ノクス……っ。アテルが、見て……っ」

 ミルティは真っ赤になって、ノクスのシャツに額を押し付けた。
 相手は可愛い獣とはいえ、じっと見られているという感覚が、ミルティの肌の熱を一気に数度引き上げた。
 しかし、ノクスはさして慌てる様子もなく、アテルの方を一瞥した。

「ああ、そうだった……。あいにくだけど、アテル。おあずけだ」

 ノクスはクスクスと喉を鳴らし、ミルティをお姫様抱っこで抱え上げる。

「あっ、ノクス……⁉」
「見せつけたい気持ちもあるけど、やっぱり君の可愛いところは独り占めしたい。……ベッドに行こっか」

 リビングから寝室へと続く廊下。
 歩くたびにノクスの胸の鼓動が、ミルティにダイレクトに伝わってくる。
 アテルはと言えば、獲物を取り上げられた猫のように、少しだけ不満げに「キュッ……」と鳴いて、再びクッションに顎を乗せた。



 寝室の扉が閉まり、外界と完全に隔絶された空間の中で、ミルティはゆっくりとベッドの中央に降ろされた。
 ノクスの大きな手が優しく頬を撫で、瞳を覗き込む。

「それで……?」

 ノクスの声が耳朶をくすぐる。

「君の最愛は誰だった?」
「わたしが見たのは…………ノクス、です」

 ミルティは震える唇をゆっくりと開いた。
 その声は小さく、しかし確かに、ノクスの心に届くように願いを込めて。

「――……よかった」

 ノクスは満足げに頷くと、ミルティの指の間に自身の指を深く滑り込ませ、そのままシーツへと縫い付ける。
 同時に、唇が深く重なった。

「ん、んんっ……♡」

 ぬるぬると舌が絡み合い、時折漏れるノクスの吐息が、ミルティの脳を蕩けさせ、理性をさらなる深淵へと突き落とした。
 ちゅくちゅく♡ と音を立てるキスのさなか、ノクスの手はルームウエアの中に潜り込み、柔らかな膨らみをやわやわと揉みしだく。

「っ、あ、ン……っ♡」

 ミルティの腰がぴくん♡ と跳ねた。
 ノクスは彼女の反応を確かめながら、乳首を避けて、色づきの縁を爪の先でくるりと撫でた。

「ゃ、ん、ン……っ♡ あ、あっ♡」

 もどかしいほどじっくりと、性感を高められていく。
 ノクスはまるで熟れた果実の皮を優しく剥くように、柔らかな肌を執拗に撫で続けた。
 指の腹でくるくると円を描き、時折、かりっ、と爪の先で色づいた輪郭を引っかく。

「あっ♡ んっ……ふぅ……っ♡ やっ、ノクスぅ……♡」

 ミルティの下腹部に熱が溜まっていく。
 もっと強い刺激が欲しいのに、与えられるのは期待を煽るだけの淡い感触。
 腰が勝手に揺れ、太腿を擦り合わせてしまう。 
 ノクスの指が近づくたびに胸の先端が切なく尖り、触れてくれと懇願するように震えるのに、ノクスはそれをわざとらしく避けて通る。

「やぁっ……! そ、こっ……♡ そこじゃなくて……ッ♡」

 一番欲しいところには届かない。じわりじわりと蓄積していく飢餓感が、ミルティの理性を蝕んでいく。もどかしい。焦れったい。

「んんっ……♡ あっ♡ ノクスっ……ノクスぅ……っ♡」

 堪え切れず、ミルティは喉を反らせて震える声で彼の名を呼んだ。
 懇願するように、縋り付くように。潤んだ瞳でノクスを見上げる。

「――どうしたの?」

 ノクスは楽しげに笑みを深めると、ミルティの震える乳首の真上で、ぴたりと指を止めた。

「あっ……♡ はあっ♡ んっ……♡ やっ……おねがっ……い……っ♡」

 焦らされ続けて限界まで勃起した乳首は、触れられるのを待ち侘びている。
 ぷっくりと腫れ上がり、僅かな空気の流れですら敏感に感じ取るほど、全身が疼いている。

「これは、お仕置き……♡」

 ノクスは喉の奥でくつりと笑うと、ミルティの真っ赤に染まった耳に唇を寄せた。

「触らなくても見ればわかるよ? こんなに硬くして……。我慢できない?」
「んんんッ……!♡ あっ……♡ ノクス……ッ♡」

 吐息まじりの甘い声に、ミルティはびくっと肩を震わせる。

「可愛い♡ すごく可愛いよ♡」

 ノクスはミルティの耳朶に軽く歯を立てながら囁いた。そのまま舌先でくすぐるように耳介をなぞると、ミルティの身体が魚のように跳ねる。

「やっ……♡ ノクスっ♡ やらっ……♡ はやくっ……♡」

 ミルティは涙目になりながら首を振る。
 ノクスはミルティの様子に満足げに笑うと、指先で乳輪をくるくると撫で続けた。

「ああぁっ♡ ちがっ♡ やっ♡ おねがっ……いぃっ♡」
「そんなに泣きそうな顔して……。――ご褒美、欲しい?」

 ノクスは囁きながら、指先を乳首のギリギリまで近づけ、触れるか触れないかの距離で止め続けた。ミルティの尖った先端は、吸い寄せられるように彼の指を追いかけて小さく震えている。

「あ、……ぁ、……んんっ♡ おねが、い……っ♡ ノクス……ごほうび、……くださいっ……♡ ほしっ……♡ ほしいっ♡ ちく、び、ちゃんと、さわって……?♡ おねがい、だからぁ……っ♡」

 ミルティは震える唇を必死に動かした。
 切ない疼きが理性を食い破り、自らの欲を叫ばせる。
 ノクスはその言葉を待っていたと言わんばかりに、淫らに目を細める。

「あ゙~……♡ 最高に可愛い……♡ いいよ、たくさん可愛がってあげる」

 ノクスの喉が低く、しかし恍惚とした色を帯びて鳴った。
 ようやく、硬くなった乳首の先端がカリッ♡ と爪の先で弾かれる。

「んんぅッ!♡ あぁぁ……っ♡」

 待ち望んだ快楽に、ミルティの背が弓なりに反った。
 甘い痺れが脳髄まで走り、視界が白く霞む。

「君の望みどおりに――……」

 ノクスの唇が、ゆっくりと首筋から胸元へと降りてくる。
 硬く勃起した乳首にノクスの熱い舌が触れた瞬間。

「ンん゙ッ⁉♡♡♡」

 ミルティの身体が雷に打たれたようにビクビクッ♡♡♡ と痙攣した。
 蕩けるような快感が一気に駆け上がり、下半身をじゅわっ♡ と熱く濡らす。

「ぁんっ♡ ノクスっ♡ んんっ♡ ひ、あっ♡」
「んむ……、ちゅ、……れろ……っ♡」
「あ、……ぁ、……あああっ!♡ ノクス、……っ、ん、ああぁっ♡」

 ノクスは舌先で先端を転がし、歯を立てて優しく噛んでは、また吸い付く。
 舌の表面全体を使って円を描きながら舐め上げると同時に、もう片方の乳首には指先が執拗に絡みついていた。

「ふ、あぁ……っ♡ あぁぁん……っ♡ そこ……っ♡」
「……可愛い♡ もっと、僕に全部見せてくれる?」

 ノクスの低い声がミルティの耳朶を震わせた。彼は乳首への刺激を一切緩めず、舌先で軽くつついたり、歯でそっと挟んだりしながら、片手をミルティの腰に滑らせていった。

「あ……っ♡ ノクス……っ⁉」

 ノクスの指先がルームウェアのゴム部分を摘む。そのままゆっくりと下ろしていく。
 瞬く間にミルティはショーツ一枚の姿にされてしまい、羞恥心で頬が真っ赤に染まった。

「……すごいね♡ 上からでもぬるぬるで糸引きそう……♡」

 ノクスは乳首を深く吸い上げながら、空いた手でミルティの股の間――薄いレースのショーツに覆われた場所を、手のひら全体で圧迫するように撫で上げた。

「ひ、あぁっ……♡ ノクス、まっ……だめっ……♡ そこ、は……っ♡」

 じゅわり、と熱い蜜が溢れ出し、薄い布地を内側からとろりと濡らしていく。
 ノクスはその湿り気を確かめるように、中指の先でクリトリスの突起を布越しにコリコリと弄り回した。

「だめ? 待っていいの? 君が待てって言うなら、もう触らないよ?」
「ん゙ッ♡ あ、あぁ……っ♡ そんな……っ♡」

 ミルティの身体がまた震える。

「やぁっ♡ ノクスぅっ♡ あ……あぁっ♡」

 ノクスが乳首を甘噛みすると同時に、ショーツの布地を掴んでぐいと引っ張った。クロッチ部分が割れ目にぐっと食い込み、クリトリスが布に擦れて敏感な粘膜がひくひくと痙攣する。

「ん゙っ♡ やっ! それ、やらっ……♡ ひ、あぁぁッ♡」

 ぐいぐい♡ と布地を食い込ませ、執拗に粘膜を擦り上げるノクスの指。直接触れられるよりも鈍く、けれど逃げ場のない圧迫感に、ミルティの腰はガクガクと震えが止まらない。

「でも、指でさわるのは待ってほしいんでしょ?」
「あ……ぅ、……ちがっ♡ ちがいますぅ……っ♡ ノクス、……ノクスぅ……ッ♡」

 ミルティは涙目で首を振り、駄々をこねる子供のように彼の腕に縋り付いた。
 焦らされ、弄ばれ、パンパンに膨らんだクリトリスが痛いくらいに熱を宿している。

「ゆび……っ♡ ……ゆびが、いい……っ♡ ノクスのぉっ……♡ おねがい、クリ、いつもみたいに、撫でて……くださ、い……っ♡」

 熱い吐息とともに漏れ出た、あまりに素直で淫らな訴え。
 ノクスは満足げに喉を鳴らし、ようやく食い込ませていた布地を緩めた。

「……いいよ」

 ノクスはクロッチの脇から、指をぬるりと滑り込ませた。
 薄い布地を容易くかいくぐり、直接肌に触れる彼の指は、まるで熱を測るように執拗だ。

「あ、……あぁぁッ!♡ それっ、……あ、……んぅっ!♡ ノクス、……ノクス、だいすきっ……♡ きもちいっ……♡」

 ノクスは溢れ出した蜜をすくい取り、クリトリスに塗りつけるようにしてコリコリと弾いた。

 すりすりすりすり♡ くにくにくにくにくに♡
 くにゅくにゅくにゅくにゅっ♡

「あっ、あっ、あっ♡ んあっ♡」
「ね? もっと好きって言って……?」

 ノクスは耳元で囁きながら、クリトリスの裏側を、猫の喉を撫でるような手つきでくにくにと擦り上げる。

「あ゙っ♡ あぁ゙っ♡ らめっ♡ すきっ♡ あっ、あっ♡ んんッ……♡」
「……たくさん気持ちよくなってね?」

 ノクスはそう言ったかと思うと、一瞬手を離し、ミルティの膝を大きく割らせた。
 愛液で色が変わったショーツのクロッチ部分に、直接顔を埋める。

「ん、え……っ⁉ それ、は……っ♡」

 熱い吐息が布を通して伝わり、次の瞬間、彼の舌先が布越しにぢゅうぅっ♡ と吸い上げた。

「ひぁっ♡ やぁっ♡ ノクス、だめっ♡ や、やあっ♡」

 布が邪魔をして、いつもよりも鈍く、けれど粘っこい快感が下腹部を襲う。
 ノクスは布越しにクリトリスを探り当てると、唇で挟み、食むように吸い付き、そしてまた解放する。

「だめじゃないよね? んむっ……♡」
「あ、あっ、んぁ゙っ♡ やっ♡ 布ごし、やらっ♡ きもちいの、くるし……っ♡」

 ミルティはがくがくと腰を震わせるが、ノクスは唇を離そうとはしない。
 ぢゅくぢゅく♡ と吸い舐る音が、濡れそぼったクロッチ越しに響く。
 逃げ場のない快感。ノクスはさらに愛撫を深め、布ごと敏感なクリトリスを前歯でギュッと甘噛みし、そのまま力強く吸い上げた。

「ん゙ん゙――っ⁉ ♡♡♡ ~~~~ッッ♡♡♡」

 びくん♡ とミルティの身体が大きく跳ね、次の瞬間、秘部から熱い飛沫がじゅわじゅわと、止めどなく溢れ出した。
 潮がノクスの口元とショーツをぐっしょりと濡らす。
 ミルティの腰がカクカク♡ と何度も何度も大きな波に飲まれるように震え続けた。

「ん゙っ♡ あ゙っ♡ とまんなっ……♡ 出ちゃっ……ひっ♡ それ、っ……♡」

 ミルティは切なげに眉を寄せ、快感を逃したくて必死に手を伸ばす。
 力の入らない指先がノクスの黒髪をかき乱す。

「ん、ふっ……♡ 可愛い……♡ 潮までこんなに出しちゃって……。気持ちよかった?」

 ノクスはそう言って、一度顔を離すとショーツのウエスト部分に手をかけゆっくりと抜き取った。
 糸を引いた愛液と潮が混ざり合った液体が、シーツにぽたぽたと落ちる。

「どうする? ――まだ僕に食べて欲しい?」

 ノクスの声は優しく、しかし明らかに嗜虐の色を帯びていた。
 ミルティははっはっと荒い呼吸を繰り返しながら、火照った顔でこくこくと頷く。

「ん、……っ♡ た、べて……♡ お願い、ノクス……♡ きもち、いのっ……♡ も、っと、……食べ、てほし……♡」
「あは……♡ 良い子だね♡ ――君が好きなところ、全部食べてあげる」

 ノクスは再びミルティの秘部へと顔を寄せた。むちりとした肉襞を指で左右に広げる。
 割れ目の間では、ぷっくりと膨らんだクリトリスが存在を主張していた。

「あっ……♡ んひっ……んん゙っ♡」

 ノクスの厚い舌が、ぬるりとクリトリスに触れた。熱を持った粘膜が吸い付くように絡みつき、ミルティは喉を反らす。

「濡れて、パクパクしてる……。可愛いね♡」
「んあ♡ は、ぅ♡ んんっ♡」

 ノクスは舌全体を使い、クリトリスを包み込むようにしゃぶりつく。
 じゅるっ♡ ぢゅるっ♡ と卑猥な水音がそれほど広くない寝室に響き渡る。

「あ゙ッ♡ ん゙っ♡ あっ、あっ、ああっ♡」
「もう、お仕置きなのかご褒美なのかわからなくなっちゃったね♡」
「あ、んんっ♡ ひ、いっ♡ も、もっと……♡ もっと吸ってぇ……っ♡ クリ、ぜんぶ、食べっ……ひゃぅっ♡ んあぁあ゙っ♡」

 ミルティの懇願に、ノクスの瞳が喜悦に歪んだ。
 舌先がクリトリスの根元をぐりゅぐりゅ♡ と抉る。

「んあ゙っ♡ いっ、いっちゃ……ッ♡ イッひゃう……っん♡ ん゙ん゙ーーっ♡♡♡」

 ぐうっとミルティの腰が持ち上がり、背中が大きく反る。
 潮がぴゅくっ♡ と弧を描いて噴き出し、ノクスの首から胸にかけてを濡らす。

「んむ……♡ イキ潮出ちゃったね~♡」

 ノクスはミルティの下腹部を撫でながら、まるで飲み干すようにクリトリスを吸引し続ける。

「え、うっ⁉ あ゙っ♡ またイッちゃっ……♡ んあぁあ゙っ♡」
「ミルティ♡ ほら、もっと美味しいのちょうだい?」
「ま゙っ♡ まっへっ♡ いま、イッれぅ……っ♡」

 ひっきりなしに遅い来る快感の波に、ミルティは本能的に手足をばたつかせた。
 しかし、ノクスの大きな手がミルティの細い腰をガシリと掴み、逃げられないように固定する。

「大丈夫、そのまま気持ちよくなってて? クリちゃん、大好きだもんね♡ 君が教えてくれたんだよ?」
「ひ、うっ♡ しょ、んなっ……ッ♡ あ゙あ゙っ♡」
「んっ、ちゅ……♡ すっごいエッチな味……♡ 」

 ノクスは唇に弧を描き、硬く尖ったままのクリトリスを強引に口に含み、ぢゅうぅぅっ♡♡♡ と激しく吸い上げた。

「んひぃっ♡ らめぇ……♡ つよっ……♡ ノクス、まっれ、いま、吸わな、いれっ……っ♡」
「さっきは、もっと♡ って言ってたくせに♡」

 ノクスは片手を伸ばし、今度はぬぷん♡ と指を一本膣内に侵入させる。
 熱く蕩けた膣壁が、ノクスの指を喜んで飲み込んだ。

「ん、あ、あ、あっ♡ はっ♡ らめ、きもちい、いよぉ……っ♡」

 クリトリスをしゃぶりながら、中の指でちょうど真裏あたりをくにくに♡ と押し上げる。

「あ゙あ゙あっ♡ ひん゙ッ♡ で、ちゃっ……♡ うそうそうそっ……♡ ん゙ん゙ん゙んっっ♡」

 クリトリスを吸い上げられながら、膣内の『そこ』を指で執拗に抉り上げられ、ミルティの身体は狂ったように激しく跳ねた。

 じょわっ♡ じょわわわっ♡

 制御不能になったみたいに熱い液体がシーツとノクスの胸元をさらに汚していく。

「あ、は、……あ゙っ♡ んぁあ゙ぁっ♡♡」

 がくがくと全身を震わせるミルティを上目遣いに見て、ノクスはびしょびしょに濡れた口元を歪めた。

「あ゙~♡ やっばい♡ かわいい……♡ 最高に興奮する……♡」

 ミルティの脚の間から顔を上げたノクスは恍惚とした表情のまま、手の甲で乱暴に口元を拭った。

「ね、ミルティ♡ もっと中、さわっていい? もっと奥まで触りたい」

 ノクスは言いながら、ミルティの腰を少し持ち上げ、まだ痙攣の収まらない膣穴に二本目の指を差し入れた。

「あ゙ぁっ♡ やっ♡ んぁあ゙ッ♡」
「吸い付いてくる……♡ ここ、気持ちいい?」

 ノクスは甘い吐息をこぼしながら、挿れた二本の指をゆっくりと曲げる。
 ぐぷり♡ ぐぷり♡ とくぐもった濡れた音が響くたびに、ミルティの内股がふるふる♡ と震えた。

「あ゙っ、あっ♡ そこ、きもひ、いいっ……♡」
「んっ♡ ここも大好きだよね……っ♡ まだ奥には入れてないのにね。浅いとこだけで何回イッちゃうかな?」

 ノクスは嬉しそうに笑いながら、中をいじる手はそのままに、。もう片方の手で下腹部を丸く撫でた。

「らって、きもひ、いっ……♡ ひぁっ♡ あっ♡ まっ、またっ……イッひゃっ……♡」
「もう中ぐっずぐず♡ そろそろ、挿入ってもいい?」

 ミルティの中をかき混ぜながら、ノクスは彼女の全身にキスを繰り返しながら問いかける。

「んんっ……♡ ちょ、だい……っ♡ ほしっ……♡ あっ♡ ノクス、ほしっ……♡」
「うん♡ ミルティの中、熱くなってて、僕を欲しがってるもんね♡」

 ノクスはスボンの前をくつろげると、膝でミルティの足をさらに大きく割り、完全に無防備になった彼女の秘部へと、自身のはち切れんばかりに昂った剛直を押し当てた。

「ひ……っ♡ おっき、いの、あたって……っ♡」

 亀頭がとろとろに蕩けた入り口をじりじりと押し広げていく。

「んんっ♡ はい、ってぅ……♡ はいって……♡ あぁ……っ♡」

 ミルティの身体が悦びに震え、歓迎するように襞が吸い付いた。
 ノクスは体重をかけるようにして、さらに深く腰を進める。

「はっ♡ すげ……っ♡ なか、蕩けて絡みついて……っ♡」
「ノクス、ノクスっ……♡ んひっ♡ なか、きもち、い……っ♡」
「んっ♡ 僕もすっごく気持ちいい……ッ♡」

 ノクスはそう言うと、溜めていた力を解放するように、一気に腰を最奥まで叩きつけた。

「あ゙あ゙っ♡ ひ、ん゙ん゙ッ!!♡♡♡」

 凄まじい衝撃。ミルティの喉から、声にならない悲鳴が漏れる。
 剛直が子宮口を直接ごちゅん♡ と突き、ミルティの視界は一瞬で白く塗り潰された。

「あはっ……♡ すっごい……ッ♡ 全部、飲み込んだね……ッ♡」

 ノクスは一度だけ大きく息を吐きだすと、ミルティの腰を両側から掴み、猛々しい雄の欲求のまま、激しく腰を打ち付け始めた。
 ばちゅばちゅ♡ と、溢れ出した愛液をかき混ぜる卑猥な音が、激しく腰のぶつかり合う音とともに響き渡る。

「あ゙っ、あっ♡ ひぃ、ぁッ♡ ノクスっ♡ ふか、いぃっ♡ おく、あたって……♡」

 一突きごとに脳が痺れるほどの快感がやってくる。
 今まで開発し尽くされた弱点を、ノクスは正確に、そして暴力的な速度で抉り続ける。
 揺さぶられるたびにミルティの身体はベッドの上で跳ね、意識が快楽の濁流に飲み込まれていった。

「ん゙ん゙っ♡ いく♡ い゙っぢゃう……っ♡ ひっ♡ や゙っ♡ これ、こわいっ……♡ こわいやつっ……♡」
「だいじょーぶ♡ こわくない、こわくない……♡ そのまま気持ちよくなっちゃお?♡」
「ひっ♡ ん゙ん゙ッ♡ い゙っ♡ い゙ぐっ♡ ん゙あ゙っ♡ ~~~~ッ♡♡♡」

 全身が痙攣し、熱が弾け、視界が明滅する。
 けれど、ノクスは動きを止めず、むしろさらに激しく腰を振り立ててくる。

「ん゙っ♡ ま゙ってっ♡ イッひゃった、のっ♡ とま、っへぇ……っ♡」
「はっ♡ あ゙っ♡ とまん、ない、よ……っ♡ こんなに蕩けて、締め付けてくるんだもん……っ♡」
「こわ゙れ゙ぢゃっ……♡ ヒッ♡ また、いくっ♡ ノクス、おねがっ……あ゙あっ♡」
「ごめ、んね……っ♡ っはあ♡ 奥まで、ぐちゃぐちゃ……ッ♡ あ゙ー、きもちいっ……♡ ん゙っ♡ ミルティの中、もう、すっかり僕専用だよね……ッ♡」
「あ゙あ゙っ♡ いって、いってう……♡ いま、いって、るっ、からぁッ♡ ひ、うぅッ♡」

 絶頂から降りて来られないまま、ミルティはノクスの動きに翻弄され続ける。
 熱と快感がどんどん溜まっていき、もはや自分が何度達しているのかすらわからなかった。
 ミルティは必死にノクスの肩に爪を立て、次々と襲いかかる快楽をやり過ごそうとする。

「ん゙っ♡ ミルティっ♡ すき……♡ ああっ♡ ほんと、すきっ……♡」

 ノクスの額から汗が滴り落ち、ミルティの頬を濡らした。

「っあ、ひぅっ♡ わたし、も、すき……っ♡ ノクス、だいすき……っ♡ ずっと、ずっとそばに……っ♡」
「もちろん……ッ♡ あは……っ♡ いっしょにいこ……? 君の一番奥、僕がぜんぶ満たしてあげる……っ♡」
「ん゙ッ♡ きて……っ♡ ほしいのっ♡ ほしいっ♡ ノクスっ♡ ノクスっ♡ ん゙ん゙~~ッッ♡」

 ミルティはノクスの背中にしがみつきながら、強烈な快感に身体をのけぞらせた。
 ノクスもまた、鋭く息を呑むと、一際深く突き入れる。

「――ッあ゙あ゙っ♡ 出すよ……ッ?♡ ん゙っ……♡ 出るッ……っ♡ ~~~~ッ♡」
「っひ♡ あ゙っ♡ ん゙あ゙あ゙あ゙ぁぁっ♡♡♡」

 互いの身体が激しく震え、二人はほぼ同時に絶頂を迎えた。
 大量の精が、どぷり♡ どぷり♡ とミルティの一番奥を灼く。
 ミルティはうわ言のようにノクスの名を呼び、何度も痙攣し、その精を余すことなく受け止めた。

「ん゙っ♡ はあ……っ♡ すっごい出てる……っ♡ あ゙ー……ッ♡」
「ひ……っ♡ あついの、いっぱい……♡ ん゙ん゙ん゙んっ♡」

 強すぎる快感に頭がくらくらと揺れる。
 お互いの身体が貪欲に相手を求め、何度も抱き締め合い、汗ばんだ肌を密着させる。
 熱がゆっくりと引いていくと、ミルティはふにゃりと笑った。

「だいすき、です……ノクス……♡ んっ……♡」
「僕も大好きだよ、ミルティ……♡ 幸せで頭おかしくなりそ……♡」

 ノクスはミルティの濡れた髪を梳きながら、幸せそうに微笑んだ。
 二人の交わる指先は固く結ばれ、心臓の音が一つになっていく。
 絡み合う呼吸と体温。この夜はまだ終わりそうもない。


      ✢


 眩い朝陽が、カーテンの隙間から差し込んでくる。
 真っ白なシーツに包まれ、ミルティは重い瞼をゆっくりと開けた。全身に残る気怠い倦怠感と、肌に残るノクスの体温。そして、動くたびに身体の奥から溢れ出す、昨夜の愛の証。

「……おはよう、ミルティ」

 隣から響く、低くて心地よい声。
 見れば、ノクスが肘をついて、愛おしそうに目を細めていた。

「……おはようございます」

 ミルティはなんとなく恥ずかしくなって、上掛けを顎まで引き上げ、ふにゃりと微笑んだ。
 だが、昨夜の幸福感を胸に抱きつつも、昨日の廃工場での悔しさがふっと頭をよぎる。

「あの、ノクス……。わたし――」
「ん? なあに?」

 ノクスの指が、ミルティの頬を優しく撫でる。彼女はその手に自分の手を重ね、少し真剣な眼差しで彼を見つめた。

「――……もっと、強くなりたいんです。昨日みたいなことになりたくなくて……。そうしたら、キザシさんが――」

『キザシ』という名が出た瞬間、ノクスの指がわずかに止まった。

「……彼はなんて?」
「今日の夜、暗刃会の本部に来い、って。だから、わたし、行ってみようと思ってて……」

 ノクスはしばし無言でミルティを見つめていた。
 その間、ミルティは彼の表情から感情を読み取ろうとしたが、読めない。静かな瞳の奥になにかが揺らめいていた。

(もしかしたら反対されるかな……)

 ミルティがそんなふうに思いながら、ちらりとノクスを見上げたところで、

「いやだ」

 ノクスは短く、はっきりと言い捨てた。
 指先をミルティの頬から滑らせ、そのまま彼女の後頭部を抱き込むようにして、自分の胸元へぐいと引き寄せる。

「ノ、ノクス……⁉」
「――……強くなりたいなら、僕を頼ってくれればいいのに。それなのに、わざわざ別の男のところへ行くなんて……」

 それまでの穏やかな空気はどこへやら。ノクスは眉をひそめ、あからさまに唇を尖らせてミルティに不満をぶつける。その姿は、廃工場で圧倒的な力を見せつけた怪人幹部とは程遠い、ただの『嫉妬に駆られる男』だった。

「そんな変な意味で行くわけじゃないですよ。それに、ノクスは敵の幹部で、わたしは――」

 そこまで言いかけたところで、ぎゅっと強く抱きしめられてミルティは口を閉ざした。

「言わないで、ミルティ。――どうせあいつのことだから、修行と称して君に触れたり、顔を近づけたりするに決まってる。……ああ、想像しただけであいつを今すぐ消しに行きたくなってきた」
「ノクスっ⁉」

 真顔で物騒なことを言うノクスに、ミルティは慌てて彼の胸から顔を上げた。
 ノクスは「ふん」と鼻を鳴らし、ミルティを抱きしめる腕に力を込める。

「……あいつ、絶対君のこと気に入ってるよ。僕は同じだからわかるんだ。そんな奴に、僕の可愛いミルティを預けるなんて……」

 ひとしきり駄々をこね、ミルティの首筋に顔を埋めてぐずぐずと不満を漏らしていたノクスだったが、やがて、ミルティがずっと自分の背中を優しく撫で続けていることに気づいたのか、ふう……と深くため息をついた。

「……本気なんだよね、ミルティ」

 顔を上げた彼の瞳からは、子供っぽい不機嫌さが消えていた。代わりに宿っていたのは、彼女の決意を真っ直ぐに受け止める、真剣な光だ。

「はい……」

 ミルティが頷くと、ノクスは負けを認めたように苦笑した。
 それでも最後に、甘えるように、ミルティの額にそっと唇を落とす。

「――……あー、もう。やだなー。はあ……。――不躾にさわられたり、変な空気にされそうになったら、すぐに逃げるんだよ? ……いい?」
「それはもちろん。約束します」

 ミルティがしっかりと頷くと、ノクスはようやく安心したように口元を緩めた。
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