剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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結ばれた手と手

掲げられたもの・13

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「あれは……」

 熊の顔面全体に赤い顔料によって描かれた紋様をセラが見とがめた。それは魔法という技術に属するものだったからだ。

 そのセラの反応だけでレイは全てを察する。

「なるほど。熊を操って馬車を襲ったわけか」

 対象に直接魔法式を描き込むことで精神に干渉する魔法。人間側では邪法とされている類の術だ。

 レイは熊の注意を引くために、ゆっくりと移動を開始した。長剣ロングソードを意図的にちらつかせ、光の反射で熊の視線を誘導する。

「セラ、ユウを頼む」

「それは貴方がお願い。私が魔法でたおすわ」

「駄目だ」

 魔法師の提案を、熊の視線を誘導しながら騎士が否定する。

「洞穴の奥にこいつを操ってるやつがいる。お前が呪文を唱え始めた瞬間に熊の標的をお前に変えるぞ」

 魔法の最大の弱点は呪文を唱えるという準備動作が必要であることである。それゆえに戦場で魔法師が単独行動することはない。常に護衛の兵士によって守られているものなのだ。

 その準備動作を省略する技術も存在はするが、往々にしてリスクを伴う上に魔法の精度や威力が低下する。果たして生半可な魔法であの巨体を一撃で倒すことができるかどうか。一撃で倒せなければその丸太のような腕でセラの華奢きゃしゃな首など簡単にへし折られてしまうだろう。あの巨体の突進を止めるのはさしものレイでも不可能だ。

「じゃあどうするのよ。まさか魔法なしで熊と戦う気?」

 セラは注意を引かないようにレイよりもゆっくりとユウの方へにじり寄りながら問う。ユウは突然現れた巨大な野生動物に困惑している。それが魔法で操られているなど彼女は知る由もないからだ。

 魔法師の問いに騎士はさも当然のように言った。

「熊程度斃せんようでは一の騎士団は名乗れないんでな」

 熊が上体を倒し、四足歩行となってレイへと跳びかかった。この場にいる人間の中でもっとも脅威な存在はレイであると認識したらしい。それが熊自身の意思なのかどうかはともかく。

 熊の注意が完全にレイに向いていると確信した瞬間にセラも走る。熊の進行方向と交差するように這いつくばるユウの元へ。その後ろ姿を確認したレイは眼前へと迫った爪へと意識を集中した。

 ぶおんと空間ごと薙ぎ払うような一撃を上体を逸らして紙一重で避ける。体勢を崩さないように、避ける動作は最小限に抑える。続けて放たれる逆の腕からの二撃目もぎりぎりのところで避ける。下手に盾で受け止めはしない。盾を掴まれて体重をかけられればレイの膂力りょりょくを持ってしても押し倒されてしまうからだ。人間としては常人離れした筋力を持つレイも、これほどの大型の獣と筋力勝負するのは分が悪い。

 回避と同時に前へ出て熊の側面へと回り込む。その身軽さは自分よりも大柄な魔族との戦闘を想定している故である。そういった強大な魔族の放つ攻撃は人の身では受け止めることが難しいからだ。それゆえに研鑽けんさんされたかわし、いなす技術。

 獣の呼吸をすぐ間近で感じながら、レイが逆手に持ち替えた長剣を勢いよく振り下ろした。その鋭い切っ先が熊の背中に突き刺さる。

「むッ」

 剣先から伝わる手ごたえにレイはすぐに剣を引き抜いて下がった。寸前までレイのいた空間を、痛みによって反射的に振るわれた前肢が薙ぎ払う。明らかに傷は浅く、致命傷には至らない。

 熊はその身に鎧を纏っている。毛皮の下にある皮膚と分厚い皮下脂肪だ。それを貫き、身体の内部に刃を通すことは並大抵の刃物ではできない。レイでなければ切っ先を突き刺すことすらできなかっただろう。

 その強固な守りと木々を薙ぎ倒す腕力。それは魔法という超常の力なしでは本来人の太刀打ちできるようなものではないのだ。

 些細な傷だが、一撃を受けた熊の様子を観察していたレイが目を細めた。熊は痛みによる反射行動を行った。最初に跳びかかってきた攻撃にしろ、一挙手一投足を術者に操られているというわけではなさそうだ。

 糸人形マリオネットでないならば、それなりにやりようがある。

 再び襲い来る爪と牙の攻撃を後方に小刻みに跳んで回避しつつ、好機を見計らう。そして大振りの一撃を避けた瞬間、ダンッと強く地面を蹴って再びレイは前に出る。身体を熊に押し付けるかのような肉薄、視線と視線、身体と身体が交差した刹那、騎士の右手が唸る。すれ違いざまに振り抜かれた右手、そこに携えられた盾の縁の部分が掬い上げるように熊の鼻先を打ち据える。

 グオオオオオッ!

 敏感な鼻に痛打を受けて熊が怯んだ。そこには毛皮も厚い脂肪もない上に神経が集中している。痛みに鼻をかばうように両手で覆って熊がうずくまった。人間のような所作は平時なら微笑ましく見えたかもしれない。だが次に熊が顔を上げたとき、その瞳にはありありとした怒りが浮かんでいた。
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