剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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結ばれた手と手

掲げられたもの・12

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「……ああ……ああッ!」

 大地に前のめり倒れ込んだ首のない小鬼族ゴブリンを見て、笑みから一転、ユウの表情が悲痛に歪む。口から言葉にならない叫びが漏れる。

「どうして……どうしてっ!」

 頭の怪我も忘れて呆然と首を横に振る。

「人を傷つけることはアカンことやのに、そうやと分かってんのに!なんでみんな、仲良くできへんのや……!うちには……うちには分からへんよッ!!」

 湖でセラが魔法でスライムを焼いた時は、こうはならなかった。それはスライムが魔物であり生物と言えるのかすら分からないような外見だったからだ。

 だが小鬼族は違う。頭があり胴、手足がある。基本的な身体特徴は人間と酷似している。だからこそ醜悪に見える。その上、言語を使って仲間とコミュニケーションをとり、間違いなく物を考える思考能力と感情を持っている。

 それが彼女の琴線に触れた。

「ユウ、こいつらは、人じゃない」

 騎士がそう断じたが、錯乱した勇者には届かない。どうしてどうしてと呟き続ける。尋常な精神状態ではない。

 小鬼族達は動くに動けなかった。本来は一人が突撃したのを皮切りに同時に雪崩れ込む算段だったのだが、あまりに戦闘力の差が違い過ぎた。これでは突撃したところで最初の一匹の二の舞になるだけだ。仲間が命を失ってさえ隙の一つも彼らは見出すことができなかった。

 その時、洞穴の奥から何か声が聴こえたかと思うと次いで地鳴りのような唸り声が反響し、響いた。

 その声を聞いて小鬼族達が我に還った。言葉に込められた意味を理解し、我先にと逃亡を開始する。その声は彼らの言葉で逃げろと言っていたのだ。

 何かが洞穴の中から出てこようとしていた。小鬼族ではない。もっと大きな生き物。

 ユウ達は馬の死体を引き摺った血の跡を辿ってここまで来た。つまり馬の身体を引き摺って運べるような何かがそこにはいるということだ。馬の死体はかなりの重さである。少なくとも人間程度の膂力では舗装もされていない森の中を引き摺って進むのは難しい。つまりそれ以上の力を持つ何か。

 曇天の元にその巨体が姿を現した。

 全身を覆う赤茶けた体毛。いかつく盛り上がった両肩から大地に降ろされた前肢はユウの胴体並みに太い。そこから生えた爪もまた太く、頑丈で鋭い。皮鎧程度ならば紙のように引き裂いてしまうだろう。

 ずんぐりとした体躯が四足歩行から二足となって立ち上がった。その高さは人間としては長身のレイの身長よりも頭一つ分高い。不自然なほどの敵意の籠った黒瞳がレイ達を睥睨へいげいしていた。

 グアアアアアッ!

 それが地響きさえ伴いそうな咆哮を放った。まるでこの森の主は自分であると誇示するように。

 実際に、この森の生態系の頂点にそれは君臨していた。人間もおいそれと手は出せず、森に入る時はそれと遭遇しないように細心の注意を払う。遥かな昔から、そうしてきた。そうやって距離をとりつつも長い歳月を共に暮らしてきた隣人だ。

 もっとも身近で、もっとも大きな脅威と言っていい。少なくともデマリ一帯では魔族や魔物以上に恐ろしいとされている存在。

 一頭の巨大な熊がそこにいた。
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