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結ばれた手と手
掲げられたもの・11
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「なぜだ……ユウッ!」
騎士の問いかけに、勇者は答えた。
「――だって……喧嘩すんのは、アカンことやろ……?」
そう言って少女は笑った。いつもの緩んだ頬ととろんとした眦で。今までレイとセラが見てきたものとまったく同じ笑顔。こんな状況にあってさえ。
その笑顔にレイは戦慄した。この少女の愛嬌のある笑顔に強烈な違和感を感じる。あまりの異質さに吐き気すら覚えた。
同時に、そうか、そういうことだったのかと納得もした。
度重なるユウの不可解で自分の命を省みない言動。その理由が分かった。
隣のセラが小さく呟いたのがレイの耳に入る。彼女はそれを口にせずにはいられなかったに違いない。優しい彼女だからこそ、そう毒づかなければいられなかったに違いない。
「――何が勇者召喚、何が世界を救う運命よ。救いが必要なのは、この子じゃないの……!」
セラは村につく以前からユウの異常性を感じていた。それをレイは考え過ぎだと一蹴した。だがそうではなかった。
ユウの行動はもはや慈愛などという精神からかけ離れている。これはもはや狂気的とさえ言っていい。優しさだけでは恐怖心は消えたりしない。根本的な何かが欠けている。
この笑顔を見て、その瞳に映った尋常ならざる光を見て、やっとレイにも分かった。
この少女は、ユウは、心に大きな怪我を負っている。とても深い傷だ。おそらくこの世界に来る前のもの、もはや血は全て流れ出てしまって痛みは消えてしまっている。
この世界に来て、親も友達もいない、常識すら通用しないような場所に連れてこられて、齢十四の少女がただの一度も涙を流していないのがその証拠だ。
「……ユウ。これは喧嘩じゃない。だからいいんだ」
数数多。何十、何百もの魔族を葬ってきた騎士が歩を進めた。護るべき、勇者へ向けて。
小鬼族が身構えた。最初こそレイの気迫に委縮した彼らだったが、多勢に無勢、向かってくる人間は一人に対してこちらは四体だ。背後のもう一人は武器を持っていない。考慮する必要はない。相手が一人なら一斉にかかればなんとかなる。
彼らは常に複数で行動する。魔族のカースト最下位に位置する彼らだからこそ、自分達の脆弱さをよく理解しているからだ。それを数で補うということを本能が知っている。その上彼らは多産で個体毎の生存本能以上に種としての生存に重きを置く思考形態をしている。一人が犠牲になろうとも、より大勢が助かればいい。そのためならば仲間でさえたやすく切り捨てる。一体がやられている間に他のものが敵を仕留めればいい。
もっともレイとの距離が近かった一体がレイに向けて、棍棒を振り上げ猛然と襲い掛かった。
「これは喧嘩じゃない。生きるために戦うことは悪いことじゃないだ。そうやって俺達は命を繋いできたんだ。戦わなければ、殺されるんだ」
銀閃が、奔った。
この場にいる誰一人でさえ、その剣筋を見切れた者はいなかった。斬られた小鬼族でさえ、何が起こったのか理解できなかったろう。
そして理解する間もなく、彼の意識はその胴体と分かたれた首と共に闇の奥深くへと落ちていった。苦しむ暇などない。
レイは盾を前に構えてやや重心を落した前傾姿勢、長剣を持った左手はぴくりとも動かずに中空に制止している。まるでずっと前からその体勢、その位置で動かず固定されていたかのような印象を受けるが、長剣の腹の彫に溜まった赤い水滴がつぅっと剣先へと流れて、今しがたの出来事がそれによって為されたのだと証明している。
鈍らな刃でも斬ることはできる。だが通常、それは切断以上にその重量でもって強引に叩っ斬るものであって、馬の速度や高低差を利用する。しかし当然ながらレイは馬など乗っていない。純粋な肉体が生み出す膂力のみでそれを為した。腕の筋肉だけではあるまい。大振りな刃を振るってもまったく揺らぐことのない体幹も常人を遥かに凌ぐ。人間の肉体がもつ潜在能力を出しきっているかのように思えるその身体能力を得るためにどれほどの歳月を費やしたのか、想像することさえできない。
一の騎士団。その盾の紋章は、彼が魔法を用いない人間の戦力としては最大最強であることを示している。
騎士の問いかけに、勇者は答えた。
「――だって……喧嘩すんのは、アカンことやろ……?」
そう言って少女は笑った。いつもの緩んだ頬ととろんとした眦で。今までレイとセラが見てきたものとまったく同じ笑顔。こんな状況にあってさえ。
その笑顔にレイは戦慄した。この少女の愛嬌のある笑顔に強烈な違和感を感じる。あまりの異質さに吐き気すら覚えた。
同時に、そうか、そういうことだったのかと納得もした。
度重なるユウの不可解で自分の命を省みない言動。その理由が分かった。
隣のセラが小さく呟いたのがレイの耳に入る。彼女はそれを口にせずにはいられなかったに違いない。優しい彼女だからこそ、そう毒づかなければいられなかったに違いない。
「――何が勇者召喚、何が世界を救う運命よ。救いが必要なのは、この子じゃないの……!」
セラは村につく以前からユウの異常性を感じていた。それをレイは考え過ぎだと一蹴した。だがそうではなかった。
ユウの行動はもはや慈愛などという精神からかけ離れている。これはもはや狂気的とさえ言っていい。優しさだけでは恐怖心は消えたりしない。根本的な何かが欠けている。
この笑顔を見て、その瞳に映った尋常ならざる光を見て、やっとレイにも分かった。
この少女は、ユウは、心に大きな怪我を負っている。とても深い傷だ。おそらくこの世界に来る前のもの、もはや血は全て流れ出てしまって痛みは消えてしまっている。
この世界に来て、親も友達もいない、常識すら通用しないような場所に連れてこられて、齢十四の少女がただの一度も涙を流していないのがその証拠だ。
「……ユウ。これは喧嘩じゃない。だからいいんだ」
数数多。何十、何百もの魔族を葬ってきた騎士が歩を進めた。護るべき、勇者へ向けて。
小鬼族が身構えた。最初こそレイの気迫に委縮した彼らだったが、多勢に無勢、向かってくる人間は一人に対してこちらは四体だ。背後のもう一人は武器を持っていない。考慮する必要はない。相手が一人なら一斉にかかればなんとかなる。
彼らは常に複数で行動する。魔族のカースト最下位に位置する彼らだからこそ、自分達の脆弱さをよく理解しているからだ。それを数で補うということを本能が知っている。その上彼らは多産で個体毎の生存本能以上に種としての生存に重きを置く思考形態をしている。一人が犠牲になろうとも、より大勢が助かればいい。そのためならば仲間でさえたやすく切り捨てる。一体がやられている間に他のものが敵を仕留めればいい。
もっともレイとの距離が近かった一体がレイに向けて、棍棒を振り上げ猛然と襲い掛かった。
「これは喧嘩じゃない。生きるために戦うことは悪いことじゃないだ。そうやって俺達は命を繋いできたんだ。戦わなければ、殺されるんだ」
銀閃が、奔った。
この場にいる誰一人でさえ、その剣筋を見切れた者はいなかった。斬られた小鬼族でさえ、何が起こったのか理解できなかったろう。
そして理解する間もなく、彼の意識はその胴体と分かたれた首と共に闇の奥深くへと落ちていった。苦しむ暇などない。
レイは盾を前に構えてやや重心を落した前傾姿勢、長剣を持った左手はぴくりとも動かずに中空に制止している。まるでずっと前からその体勢、その位置で動かず固定されていたかのような印象を受けるが、長剣の腹の彫に溜まった赤い水滴がつぅっと剣先へと流れて、今しがたの出来事がそれによって為されたのだと証明している。
鈍らな刃でも斬ることはできる。だが通常、それは切断以上にその重量でもって強引に叩っ斬るものであって、馬の速度や高低差を利用する。しかし当然ながらレイは馬など乗っていない。純粋な肉体が生み出す膂力のみでそれを為した。腕の筋肉だけではあるまい。大振りな刃を振るってもまったく揺らぐことのない体幹も常人を遥かに凌ぐ。人間の肉体がもつ潜在能力を出しきっているかのように思えるその身体能力を得るためにどれほどの歳月を費やしたのか、想像することさえできない。
一の騎士団。その盾の紋章は、彼が魔法を用いない人間の戦力としては最大最強であることを示している。
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