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結ばれた手と手
結ばれた手と手・7
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“勇者特区”が設立されてほぼ二月、人間の罪人の隣で、低い身長でも使いやすいように柄が短くされた鍬を振るう小鬼族の姿を満足気に見やる勇者の姿が“勇者特区”にあった。
傍らには護衛の騎士と魔法師、足元には薄桃色のスライム。さらにあの年老いた母もいる。
この頃になると、罪人達も小鬼族を必要以上に怖がったり嫌悪することはなかった。小鬼族の方も然り。仲良く、とはさすがにいかないが、小鬼族が簡単な人間の言語なら解すようになったので、身振り手振りなども含めて仕事中に若干の意思疎通を図ることはあるようだ。彼らが上手く折り合いをつけられるか、というのが今回一番の課題だったのだが、概ね良好と言える。ケイネスが意図的に比較的罪の軽い温厚そうな罪人を送っているというのもあるが。
「うちとケイネスの兄ちゃんでやれるだけのことはやってみたんやけど、どうかな。上手くやっていけそうか?ばあちゃん」
と、ユウが隣の年老いた母に問いかけた。ばあちゃんと言われたその小鬼族は相変わらずの甲高いしゃがれた声で答える。
「食ベル物ガアリ、寝床ガアル。ソレダケデ我ラニハ、十分。仕事ハ楽デハナイガ、戦ウヨリハ、ズットイイ」
鉱山での仕事は過酷だ。単純な肉体労働に加え、有毒ガスが噴出することもあれば落石で生き埋めになることもある。常に死と隣り合わせだと言っていい。そんな仕事だからこそ罪人への罰になるし、魔族をそれに従事させることで国民の反発を抑えている。ユウの指示によりなるべく無理のないようにワークスケジュールが組まれているが、そもそも労働するということに慣れていない小鬼族達にとって今の生活がどれほどの苦痛となるのか、ユウには想像もできない。
「まさか、こんな光景を見ることになるとはね……」
溜息を吐くようにセラが呟いた。戦術魔法師である彼女もまた、隣の騎士と同じく戦場で多くの魔族と戦った。命を奪った魔族の数は一や二では済まないし、同僚が魔族に殺される様も見てきた。だからこそ、そんな魔族と人間が隣り合って鍬を振るう日が来ようとは思ってもみなかった。
「不服か?」
隣のレイが問う。問いかけた本人の方が、問われた方よりも複雑な表情をしている。
「別に。魔族に取り立てて恨みなんかないわ。襲ってくるから戦うだけ。……でも、そういうものだと思ってたから、殺し合う以外の関係が築けるとは思ってなかったの」
おそらくほとんどの人間がセラと同じ考えだろう。
遥か昔から人間と魔族は争ってきた。魔族は危険な存在だという認識は全ての人間の脳裏に刻み込まれている。しかし、直接的な被害を受けるのは魔族領にほど近い北方に住む者か、戦に動員される兵士ぐらいなものだ。それ以外の者にとって魔族は危険であるとは認識しているが、直接的な怨恨を抱くような相手ではない。
「――他の魔族も、戦う前に話し合えたら争わずに済むんかもしれん」
ユウは足元のスライムを抱え上げた。スライムは一切の抵抗をしない。寧ろ望んで抱かれにいっているようにすら思える。
「きっと皆、生きるために仕方なく人を襲ってるんやろ?北って寒いし、食べるもんが少ないから」
その言葉に年老いた母はゆっくりと頭を振る。
「奪ウコト、生キルコト、言葉ガ同ジ。人間ヲ我ラガ襲ウコト、人間ガ動物襲ウコト、同じ。何モ変ワラナイ」
魔族にとって人間を襲うことは生きる糧を得るために当然のように行われる行為。仕方なく、ではない。それが彼らの生き方であるから戦う。ただそれだけのこと。
北方が豊かではないから生きるために人間を襲うというのはおそらく事実だろう。だからといって豊かであったら人間を襲わないというわけではないのだ。
レイは思った。もしかしたら魔族には人間と争っているという認識はないのかもしれないと。戦争をしているといった認識ではなく、ただ狩りをしているというだけの認識なのではないかと。だとすればそこに悪意はない。
であればこそ、和解は難しい。存在なき悪意を払拭することはできない。
それを理解しているのだろうかと、騎士は勇者は流し見た。
するとユウは、さくらもちを抱いたままくるりと軽やかに回り、年老いた母の真正面に立った。その表情に悲観はない。
あるのは、あの弛緩した笑顔……ではない。しっかりとした決意を秘めた、それでいてどこまでも深い慈愛に溢れた優しげな微笑みだった。
「――ほんなら、まずそっから変えていかなな」
そして彼女は右手を差し出した。まだその人差し指の爪には割れた痕がある。差し出された手が必ずしも握られるわけではないという証明が残っている。
「無理ダ。我ラハソウイウモノ。変ワレバ我ラデハ、ナイ」
「でもばあちゃん達はうちを信じてくれた。だから今こうして話せてる」
年老いた母は差し出された手をまじまじと見つめた。
傍らには護衛の騎士と魔法師、足元には薄桃色のスライム。さらにあの年老いた母もいる。
この頃になると、罪人達も小鬼族を必要以上に怖がったり嫌悪することはなかった。小鬼族の方も然り。仲良く、とはさすがにいかないが、小鬼族が簡単な人間の言語なら解すようになったので、身振り手振りなども含めて仕事中に若干の意思疎通を図ることはあるようだ。彼らが上手く折り合いをつけられるか、というのが今回一番の課題だったのだが、概ね良好と言える。ケイネスが意図的に比較的罪の軽い温厚そうな罪人を送っているというのもあるが。
「うちとケイネスの兄ちゃんでやれるだけのことはやってみたんやけど、どうかな。上手くやっていけそうか?ばあちゃん」
と、ユウが隣の年老いた母に問いかけた。ばあちゃんと言われたその小鬼族は相変わらずの甲高いしゃがれた声で答える。
「食ベル物ガアリ、寝床ガアル。ソレダケデ我ラニハ、十分。仕事ハ楽デハナイガ、戦ウヨリハ、ズットイイ」
鉱山での仕事は過酷だ。単純な肉体労働に加え、有毒ガスが噴出することもあれば落石で生き埋めになることもある。常に死と隣り合わせだと言っていい。そんな仕事だからこそ罪人への罰になるし、魔族をそれに従事させることで国民の反発を抑えている。ユウの指示によりなるべく無理のないようにワークスケジュールが組まれているが、そもそも労働するということに慣れていない小鬼族達にとって今の生活がどれほどの苦痛となるのか、ユウには想像もできない。
「まさか、こんな光景を見ることになるとはね……」
溜息を吐くようにセラが呟いた。戦術魔法師である彼女もまた、隣の騎士と同じく戦場で多くの魔族と戦った。命を奪った魔族の数は一や二では済まないし、同僚が魔族に殺される様も見てきた。だからこそ、そんな魔族と人間が隣り合って鍬を振るう日が来ようとは思ってもみなかった。
「不服か?」
隣のレイが問う。問いかけた本人の方が、問われた方よりも複雑な表情をしている。
「別に。魔族に取り立てて恨みなんかないわ。襲ってくるから戦うだけ。……でも、そういうものだと思ってたから、殺し合う以外の関係が築けるとは思ってなかったの」
おそらくほとんどの人間がセラと同じ考えだろう。
遥か昔から人間と魔族は争ってきた。魔族は危険な存在だという認識は全ての人間の脳裏に刻み込まれている。しかし、直接的な被害を受けるのは魔族領にほど近い北方に住む者か、戦に動員される兵士ぐらいなものだ。それ以外の者にとって魔族は危険であるとは認識しているが、直接的な怨恨を抱くような相手ではない。
「――他の魔族も、戦う前に話し合えたら争わずに済むんかもしれん」
ユウは足元のスライムを抱え上げた。スライムは一切の抵抗をしない。寧ろ望んで抱かれにいっているようにすら思える。
「きっと皆、生きるために仕方なく人を襲ってるんやろ?北って寒いし、食べるもんが少ないから」
その言葉に年老いた母はゆっくりと頭を振る。
「奪ウコト、生キルコト、言葉ガ同ジ。人間ヲ我ラガ襲ウコト、人間ガ動物襲ウコト、同じ。何モ変ワラナイ」
魔族にとって人間を襲うことは生きる糧を得るために当然のように行われる行為。仕方なく、ではない。それが彼らの生き方であるから戦う。ただそれだけのこと。
北方が豊かではないから生きるために人間を襲うというのはおそらく事実だろう。だからといって豊かであったら人間を襲わないというわけではないのだ。
レイは思った。もしかしたら魔族には人間と争っているという認識はないのかもしれないと。戦争をしているといった認識ではなく、ただ狩りをしているというだけの認識なのではないかと。だとすればそこに悪意はない。
であればこそ、和解は難しい。存在なき悪意を払拭することはできない。
それを理解しているのだろうかと、騎士は勇者は流し見た。
するとユウは、さくらもちを抱いたままくるりと軽やかに回り、年老いた母の真正面に立った。その表情に悲観はない。
あるのは、あの弛緩した笑顔……ではない。しっかりとした決意を秘めた、それでいてどこまでも深い慈愛に溢れた優しげな微笑みだった。
「――ほんなら、まずそっから変えていかなな」
そして彼女は右手を差し出した。まだその人差し指の爪には割れた痕がある。差し出された手が必ずしも握られるわけではないという証明が残っている。
「無理ダ。我ラハソウイウモノ。変ワレバ我ラデハ、ナイ」
「でもばあちゃん達はうちを信じてくれた。だから今こうして話せてる」
年老いた母は差し出された手をまじまじと見つめた。
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