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結ばれた手と手
エピローグ・2
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「勇者召喚で一度、それから半月ほどでもう一度、そしてさらに、か。これほど短期間に連続で“界脈”が観測されるとはな……人間共め、一体なにをしている……?」
人間共め、というわりにはその表情に嫌悪はなかった。寧ろ現状を愉しんでいるようですらある。
一方で女は目を険しく細めた。事態は笑っていられるような状況ではないのだ。
「――“界脈”が観測されたということは、界律魔法が行使されたということ。世界の運命が変えられたということです。こうまで頻繁にそれが起きるのは異常です……」
「そうだな。そうだとも。だからこそ面白いのではないか」
心底愉しんでいるような声色。女にはそれが理解できない。
この男は事の重大さを理解しているのだろうか、と。
長指族の魔法知識を持ってしても世界の運命を変える界律魔法というものはよく分かっていない。そもそも運命などという曖昧なものに作用するという不確かさに加えて、行使するために必要な準備の長さだ。目先の力こそ全てである魔族にとって、それほど悠長に準備して何かを為そうなどと考える者はいない。それゆえ界律魔法の知識ならば人間に後れをとっているというのが現状だった。
魔法というものに絶対の自信のある長指族であるからこそ、その事実は屈辱的であり、理解が及ばない大魔法への恐れは他の魔族よりも大きかった。
「この分だと、やはり勇者とやらの召喚は成功したようだな」
「未だ確認はできていませんが、おそらく」
界律魔法を行使するにはそれなりの準備が必要だ。準備が必要ということはそれだけ情報が漏れやすいということ。勇者召喚という界律魔法をラドカルミア王国が行使しようとしていたことは魔族も把握していたのだった。
知っていて、放置していた。
「遥か昔には、それで召喚された勇者が我ら魔族をこの北方まで追いやったそうではないか。嘘か真か、当時の魔王を討ち取ったとも。もっとも、魔族を絶滅させることはできなかったようだがな」
魔王がクックッと笑う。魔王を打倒しうる可能性のある勇者が召喚されたかもしれないというのに、当の魔王はそれを面白がっている。
女は側近の中でもっとも長く魔王と行動を共にしているが、いまだにこの魔神族の男が何を考えているかよく分からない。
「……もし界律魔法を自由に行使できる存在が勇者だとすれば、どれほどの脅威となるか計り知れません」
もちろん何かしらの制約があるだろう。だが、それでもこの頻度で世界を改変されれば脅威どころの話ではない。
それはもはや、世界の革命だ。
「しかし、一度目の“界脈”は勇者が召喚されたものだとして、それ以降のものは何のために行使されたのか分かっていないのだろう?」
「はい。我らの記憶が改竄されていないとは断言できませんが……」
「ならば、それが分かるまでは動きようもない。何か変わったことはないのか?」
女はしばし考え込み、ふと思い出す。
「……まだ詳細な情報は不明ですが、ラドカルミアが捕獲した小鬼族を強制的に労働させている、という話があります」
「ほう」
魔王は興味深げに、さらに笑みを深める。
「小鬼族は強い者に従う習性がある。だが生来の獲物である人間に従うなど考えづらい……いったいどんな手を使ったのか……」
そこまで口にして、ハッとして目を見開く。紅玉の瞳が爛々と怪しい光を放った。
「そうか、それが勇者の力か……フフ、面白い……」
仲間であるはずの小鬼族が人間に捉えらたとの話を聞いても、その男に心を痛める様子は一切ない。いや、例え小鬼族でなくともそうだったろう。彼にとっては配下の魔族のことなどどうでもいいことなのだ。
魔王にとって関心のあることはただ一つ。自分が面白いか否か、だ。
「本当に勇者であるのなら、いつか必ず俺の前に現れる。ああ、楽しみだ……いっそこちらから出向こうか、フフフ」
妖艶に、そして狂気的に魔王は笑う。
魔神族族長、エディマ・ロマ・フラタナス。人間は彼のことを畏怖の念を込めて魔王と呼ぶ。
全ての魔族の頂点に立つ彼を斃さねば平和は訪れぬと人々は口を揃える。
この者を斃すことこそが勇者の使命だと人々は言う。
彼と彼女が、運命によって引き会わされる日は、そう遠くない未来だ。
第一章「結ばれた手と手」了
人間共め、というわりにはその表情に嫌悪はなかった。寧ろ現状を愉しんでいるようですらある。
一方で女は目を険しく細めた。事態は笑っていられるような状況ではないのだ。
「――“界脈”が観測されたということは、界律魔法が行使されたということ。世界の運命が変えられたということです。こうまで頻繁にそれが起きるのは異常です……」
「そうだな。そうだとも。だからこそ面白いのではないか」
心底愉しんでいるような声色。女にはそれが理解できない。
この男は事の重大さを理解しているのだろうか、と。
長指族の魔法知識を持ってしても世界の運命を変える界律魔法というものはよく分かっていない。そもそも運命などという曖昧なものに作用するという不確かさに加えて、行使するために必要な準備の長さだ。目先の力こそ全てである魔族にとって、それほど悠長に準備して何かを為そうなどと考える者はいない。それゆえ界律魔法の知識ならば人間に後れをとっているというのが現状だった。
魔法というものに絶対の自信のある長指族であるからこそ、その事実は屈辱的であり、理解が及ばない大魔法への恐れは他の魔族よりも大きかった。
「この分だと、やはり勇者とやらの召喚は成功したようだな」
「未だ確認はできていませんが、おそらく」
界律魔法を行使するにはそれなりの準備が必要だ。準備が必要ということはそれだけ情報が漏れやすいということ。勇者召喚という界律魔法をラドカルミア王国が行使しようとしていたことは魔族も把握していたのだった。
知っていて、放置していた。
「遥か昔には、それで召喚された勇者が我ら魔族をこの北方まで追いやったそうではないか。嘘か真か、当時の魔王を討ち取ったとも。もっとも、魔族を絶滅させることはできなかったようだがな」
魔王がクックッと笑う。魔王を打倒しうる可能性のある勇者が召喚されたかもしれないというのに、当の魔王はそれを面白がっている。
女は側近の中でもっとも長く魔王と行動を共にしているが、いまだにこの魔神族の男が何を考えているかよく分からない。
「……もし界律魔法を自由に行使できる存在が勇者だとすれば、どれほどの脅威となるか計り知れません」
もちろん何かしらの制約があるだろう。だが、それでもこの頻度で世界を改変されれば脅威どころの話ではない。
それはもはや、世界の革命だ。
「しかし、一度目の“界脈”は勇者が召喚されたものだとして、それ以降のものは何のために行使されたのか分かっていないのだろう?」
「はい。我らの記憶が改竄されていないとは断言できませんが……」
「ならば、それが分かるまでは動きようもない。何か変わったことはないのか?」
女はしばし考え込み、ふと思い出す。
「……まだ詳細な情報は不明ですが、ラドカルミアが捕獲した小鬼族を強制的に労働させている、という話があります」
「ほう」
魔王は興味深げに、さらに笑みを深める。
「小鬼族は強い者に従う習性がある。だが生来の獲物である人間に従うなど考えづらい……いったいどんな手を使ったのか……」
そこまで口にして、ハッとして目を見開く。紅玉の瞳が爛々と怪しい光を放った。
「そうか、それが勇者の力か……フフ、面白い……」
仲間であるはずの小鬼族が人間に捉えらたとの話を聞いても、その男に心を痛める様子は一切ない。いや、例え小鬼族でなくともそうだったろう。彼にとっては配下の魔族のことなどどうでもいいことなのだ。
魔王にとって関心のあることはただ一つ。自分が面白いか否か、だ。
「本当に勇者であるのなら、いつか必ず俺の前に現れる。ああ、楽しみだ……いっそこちらから出向こうか、フフフ」
妖艶に、そして狂気的に魔王は笑う。
魔神族族長、エディマ・ロマ・フラタナス。人間は彼のことを畏怖の念を込めて魔王と呼ぶ。
全ての魔族の頂点に立つ彼を斃さねば平和は訪れぬと人々は口を揃える。
この者を斃すことこそが勇者の使命だと人々は言う。
彼と彼女が、運命によって引き会わされる日は、そう遠くない未来だ。
第一章「結ばれた手と手」了
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