42 / 115
天に吠える狼少女
序章 祈り・3
しおりを挟む
「まったく!けしからんことです!」
枢機卿は肉で丸くなった拳を握りしめ、声を荒げた。
「魔族を殺さずに飼うなど……例え罪人と同じ扱いとはいえ自然とはかけ離れている!魔族とは人間の敵、見つけ次第駆逐せねばならぬ存在なのです!それこそが自然の理!」
アムディールの熱弁を教皇は黙って聞いている。沈黙を同意と見做したアムディールはさらに語気を荒くする。
「今すぐにラドカルミアに使者を出し、“勇者特区”はローティスの教えに反すると抗議いたしましょう!彼の武王もまたローティスの信徒、無下にはしますまい。この機会に今一度我らの威光を示せば、布施の額ももっと増やせるやも……」
「ならぬ」
寡黙な教皇が発したはっきりとした否定に枢機卿は一瞬、面食らったようにわなわなと口を震わせた。
「な、なぜです!?」
訳が分からないと問うアムディールとは対照的に、セムジ二世はゆっくりと極彩色の窓を見上げた。少し陽が翳り、色彩の雨が止んでいる。
「魔族は、人間が力で押さえつけたとて言う事を聞くようなものではない。なれば、彼らは彼らの意思でその“勇者特区”に留まっているのだろう。それを彼の国が容認しているのであれば、我らが口を出すべきことではない」
饒舌な教皇に枢機卿は度肝を抜かれ、たじたじと後ずさった。そこに畳みかけるように新たな言葉が紡がれる。
「それが自然に反しているならば、遠からず自ずと破綻しよう。それを待たずして我らが介入するなど、それこそ自然の理に反する」
たじろいだアムディールだが、まだ反論する余力はあるようで、一瞬にして乾いてしまった口腔になんとか唾液を絞り出して口を開く。
「し、しかし……風の噂では、その“勇者特区”を設立した勇者は魔族と和解するなどという馬鹿げた思想を抱いているという話もあります。放置してラドカルミアが道を踏み外しては、我ら人間領を守護する城壁が失われてしまう!その前に、我らローティス教が道を正してやらねば……!」
「二度、同じことを言わせるな」
頑なな教皇の言葉にうぎぎと唸ったアムディールは、
「そうですか……ならば私からはもう何もいいますまい。失礼します」
観念したように、否、不遜にも教皇を見限ったかのような落胆をありありと顔面に浮かべて踵を返した。相対する者が畏まらずにはいられない教皇の威厳の前でこのような態度をとれるというのなら、それはそれで彼の才覚と言えるのもかもしれない。
その態度に憤慨するでもなく、教皇はただ、天を仰いで瞳を閉じた。
が、その瞳はさらなる人物の声によってすぐに開かれる。
「――まったく、なんであんなのが枢機卿なのかねぇ。せいぜい商会の幹部ぐらいが関の山だろうに」
教皇はゆっくりと声のした方へ首を回した。すると、いつからそこにいたのか大聖堂の柱に寄り掛かるように一人の人影がある。
不躾な言葉同様、腕を組んで柱に背を預けた教皇を前にしているとは到底思えない態度。教皇に次いで地位の高い枢機卿ですらそのような態度をとる者はいないというのに、その者の衣服は紛れもなくローティス教の祭服であった。
ただ、彼女の着ている祭服は少しばかり特殊であった。基本的な構造はローティス教の修道女が着用する物に近いが、所々に改良が施され、身体の動きを阻害しないようになっている。また、心臓の直上にあたる場所に皮による部分的な強化が施されていることから、それが戦闘行為を想定しているものであると推測できる。
陽の光が再び差し、彼女を陰から追い出す。頭巾もかぶっていない露わになった真紅の髪が鮮やかに光を反射した。
まだ少女と言っていい年齢だった。短く刈られた赤毛と野性的な双眸が相まってともすれば少年にも見える。そうならないのは修道女のような衣装故であるが、ハスキーな声であることもあって衣装を変えれば性別を偽るのは容易だろう。
枢機卿は肉で丸くなった拳を握りしめ、声を荒げた。
「魔族を殺さずに飼うなど……例え罪人と同じ扱いとはいえ自然とはかけ離れている!魔族とは人間の敵、見つけ次第駆逐せねばならぬ存在なのです!それこそが自然の理!」
アムディールの熱弁を教皇は黙って聞いている。沈黙を同意と見做したアムディールはさらに語気を荒くする。
「今すぐにラドカルミアに使者を出し、“勇者特区”はローティスの教えに反すると抗議いたしましょう!彼の武王もまたローティスの信徒、無下にはしますまい。この機会に今一度我らの威光を示せば、布施の額ももっと増やせるやも……」
「ならぬ」
寡黙な教皇が発したはっきりとした否定に枢機卿は一瞬、面食らったようにわなわなと口を震わせた。
「な、なぜです!?」
訳が分からないと問うアムディールとは対照的に、セムジ二世はゆっくりと極彩色の窓を見上げた。少し陽が翳り、色彩の雨が止んでいる。
「魔族は、人間が力で押さえつけたとて言う事を聞くようなものではない。なれば、彼らは彼らの意思でその“勇者特区”に留まっているのだろう。それを彼の国が容認しているのであれば、我らが口を出すべきことではない」
饒舌な教皇に枢機卿は度肝を抜かれ、たじたじと後ずさった。そこに畳みかけるように新たな言葉が紡がれる。
「それが自然に反しているならば、遠からず自ずと破綻しよう。それを待たずして我らが介入するなど、それこそ自然の理に反する」
たじろいだアムディールだが、まだ反論する余力はあるようで、一瞬にして乾いてしまった口腔になんとか唾液を絞り出して口を開く。
「し、しかし……風の噂では、その“勇者特区”を設立した勇者は魔族と和解するなどという馬鹿げた思想を抱いているという話もあります。放置してラドカルミアが道を踏み外しては、我ら人間領を守護する城壁が失われてしまう!その前に、我らローティス教が道を正してやらねば……!」
「二度、同じことを言わせるな」
頑なな教皇の言葉にうぎぎと唸ったアムディールは、
「そうですか……ならば私からはもう何もいいますまい。失礼します」
観念したように、否、不遜にも教皇を見限ったかのような落胆をありありと顔面に浮かべて踵を返した。相対する者が畏まらずにはいられない教皇の威厳の前でこのような態度をとれるというのなら、それはそれで彼の才覚と言えるのもかもしれない。
その態度に憤慨するでもなく、教皇はただ、天を仰いで瞳を閉じた。
が、その瞳はさらなる人物の声によってすぐに開かれる。
「――まったく、なんであんなのが枢機卿なのかねぇ。せいぜい商会の幹部ぐらいが関の山だろうに」
教皇はゆっくりと声のした方へ首を回した。すると、いつからそこにいたのか大聖堂の柱に寄り掛かるように一人の人影がある。
不躾な言葉同様、腕を組んで柱に背を預けた教皇を前にしているとは到底思えない態度。教皇に次いで地位の高い枢機卿ですらそのような態度をとる者はいないというのに、その者の衣服は紛れもなくローティス教の祭服であった。
ただ、彼女の着ている祭服は少しばかり特殊であった。基本的な構造はローティス教の修道女が着用する物に近いが、所々に改良が施され、身体の動きを阻害しないようになっている。また、心臓の直上にあたる場所に皮による部分的な強化が施されていることから、それが戦闘行為を想定しているものであると推測できる。
陽の光が再び差し、彼女を陰から追い出す。頭巾もかぶっていない露わになった真紅の髪が鮮やかに光を反射した。
まだ少女と言っていい年齢だった。短く刈られた赤毛と野性的な双眸が相まってともすれば少年にも見える。そうならないのは修道女のような衣装故であるが、ハスキーな声であることもあって衣装を変えれば性別を偽るのは容易だろう。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる