剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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天に吠える狼少女

序章 祈り・3

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「まったく!けしからんことです!」

 枢機卿は肉で丸くなった拳を握りしめ、声を荒げた。

「魔族を殺さずに飼うなど……例え罪人と同じ扱いとはいえ自然とはかけ離れている!魔族とは人間の敵、見つけ次第駆逐せねばならぬ存在なのです!それこそが自然の理!」

 アムディールの熱弁を教皇は黙って聞いている。沈黙を同意と見做したアムディールはさらに語気を荒くする。

「今すぐにラドカルミアに使者を出し、“勇者特区”はローティスの教えに反すると抗議いたしましょう!彼の武王もまたローティスの信徒、無下にはしますまい。この機会に今一度我らの威光を示せば、布施の額ももっと増やせるやも……」

「ならぬ」

 寡黙な教皇が発したはっきりとした否定に枢機卿は一瞬、面食らったようにわなわなと口を震わせた。

「な、なぜです!?」

 訳が分からないと問うアムディールとは対照的に、セムジ二世はゆっくりと極彩色の窓を見上げた。少し陽が翳り、色彩の雨が止んでいる。

「魔族は、人間が力で押さえつけたとて言う事を聞くようなものではない。なれば、彼らは彼らの意思でその“勇者特区”に留まっているのだろう。それを彼の国が容認しているのであれば、我らが口を出すべきことではない」

 饒舌な教皇に枢機卿は度肝を抜かれ、たじたじと後ずさった。そこに畳みかけるように新たな言葉が紡がれる。

「それが自然に反しているならば、遠からず自ずと破綻しよう。それを待たずして我らが介入するなど、それこそ自然の理に反する」

 たじろいだアムディールだが、まだ反論する余力はあるようで、一瞬にして乾いてしまった口腔になんとか唾液を絞り出して口を開く。

「し、しかし……風の噂では、その“勇者特区”を設立した勇者は魔族と和解するなどという馬鹿げた思想を抱いているという話もあります。放置してラドカルミアが道を踏み外しては、我ら人間領を守護する城壁が失われてしまう!その前に、我らローティス教が道を正してやらねば……!」

「二度、同じことを言わせるな」

 頑なな教皇の言葉にうぎぎと唸ったアムディールは、

「そうですか……ならば私からはもう何もいいますまい。失礼します」

 観念したように、否、不遜にも教皇を見限ったかのような落胆をありありと顔面に浮かべて踵を返した。相対する者が畏まらずにはいられない教皇の威厳の前でこのような態度をとれるというのなら、それはそれで彼の才覚と言えるのもかもしれない。

 その態度に憤慨するでもなく、教皇はただ、天を仰いで瞳を閉じた。

 が、その瞳はさらなる人物の声によってすぐに開かれる。

「――まったく、なんであんなのが枢機卿なのかねぇ。せいぜい商会の幹部ぐらいが関の山だろうに」

 教皇はゆっくりと声のした方へ首を回した。すると、いつからそこにいたのか大聖堂の柱に寄り掛かるように一人の人影がある。

 不躾な言葉同様、腕を組んで柱に背を預けた教皇を前にしているとは到底思えない態度。教皇に次いで地位の高い枢機卿ですらそのような態度をとる者はいないというのに、その者の衣服は紛れもなくローティス教の祭服であった。

 ただ、彼女の着ている祭服は少しばかり特殊であった。基本的な構造はローティス教の修道女が着用する物に近いが、所々に改良が施され、身体の動きを阻害しないようになっている。また、心臓の直上にあたる場所に皮による部分的な強化が施されていることから、それが戦闘行為を想定しているものであると推測できる。

 陽の光が再び差し、彼女を陰から追い出す。頭巾もかぶっていない露わになった真紅の髪が鮮やかに光を反射した。

 まだ少女と言っていい年齢だった。短く刈られた赤毛と野性的な双眸が相まってともすれば少年にも見える。そうならないのは修道女のような衣装故であるが、ハスキーな声であることもあって衣装を変えれば性別を偽るのは容易だろう。
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