剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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天に吠える狼少女

第一章 深窓の才妃・2

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 拘束を解かれた彼らは、おっかなびっくり立ち上がって周囲を見回した。その顔には恐れと、驚きと、そして少しばかりの希望が浮かんでいる。彼らの不安を拭い去るように、彼らと同じ種族の者たちが率先して彼らを引き連れて行った。あとは彼らがここでの暮らしを教えてくれるだろう。

「これで、小鬼族ゴブリンの数はちょうど十か……。魔族領から逃げてきた小鬼族は皆保護でけたらええんやけど……」

 指折り数を数えたユウはそう呟いた。さきほどまで縄で拘束されていたのは、人間領に侵入したことで捕獲された小鬼族達だったのだ。

 ユウの立案の下、罪人と魔族が共に鉱山労働と開拓事業を行う“勇者特区”が設立されて二月と少し。ラドカルミア王国にはユウたっての願いで新たな触れが出されていた。その内容は、人間領で魔族を捕獲した場合、それを国に引き渡せば報奨金が支払われる、というものだった。もちろんそれはユウの魔族を保護したいという想いからのことであったが、対外的には新たな労働力の確保、ということになる。

 だが魔族とてやすやすと掴まったりはしないだろうし、危険を冒してまで魔族を生け捕りにしようと思う者がいるかどうか、触れの発布を行ったラドカルミア王国の宰相ケイネスは成果が出るとは思っていなかったのだが。

「ずいぶん大人しい連中だったな」

 長剣ロングソードを背中に戻したレイが呟いた。拘束されている間、新たにやってきた小鬼族達は特に暴れようとはしなかった。聞くところによると捕獲した時も同様だったという。勝ち目がないと見ると自ら武器を捨てて投降したのだそうだ。

 魔族が自ら武器を捨てる。それがどれほど異常なことか。少なくとも長年魔族と戦ってきた一の騎士団ナイツ・オブ・ザ・ワンであるレイはそんな話聞いたことがなかったし、以前に自分がその光景を目撃していなければ話を聞いても信じることはなかっただろう。小鬼族を捉えた者達もあまりに従順な様子に罠なのではないと疑ったという。だが、これは紛れもない事実。

「大人しいと言えば……」

 平静を取り戻し、いつもの物憂げな眼差しを取り戻したセラがふと思い出した。

「ここらのスライム、全然体当たりしてこないわね。持ち上げても全然抵抗しないし」

 そしてつとユウの足元を見る。その特等席にはいつだって大人しいスライムの代表がいる。

 淡い桃色をした半透明の楕円。個体と液体の中間のようなその物体は実際に触ると以外にしっかりとした弾力で指を押し返してくる。ユウの膝丈よりも小さいそれは、一見生き物には見えないが、れっきとしたスライムという魔物である。

 スライムという魔物にかなり愛着があるユウだが、とりわけ初めて出会ったスライムであるこの個体には特別な絆がある。それ故常に行動を共にし、魔力供給という餌やりをし、さくらもちという名前さえ与えている。

 本来スライムという魔物は人間が近づくと体当たりしてくる。そしてそれ以外の生態が知られていない。ユウ達は魔力を餌にしているということを突き止めたが、それ以外の生態は依然謎のままだ。それがこのさくらもちを含め、“勇者特区”に存在するスライムはいずれも人間が近づいても体当たりしてこない。あるいは“勇者特区”以外のスライムもそうなっているのかもしれない。

 スライムの生態に何らかの変化が起きている。

「小鬼族といいスライムといい、やっぱりユウの力、なのかしら……」

 セラの深い湖のような瞳に見つめられて当の勇者ははてと首を傾げた。

「うちのせい?」

「せいっていうか、おかげというか……」

「力を受けた本人に訊いてみればいいんじゃないか?」

 レイがユウ達に歩み寄りつつ、視線をいまだその場に佇む年老いた母オールドゴブリンに注ぐ。

 ユウの力と思わしき何かを受けたモノはこの場に揃っている。この年老いた母とさくらもちだ。いずれもユウと触れ合った瞬間に見えない波のような波動をその身に受けた。さくらもちは話すどころか声を出すことさえできないが、群れを取りまとめる聡明な小鬼族は人語を解する。

「――ということやねんけど、ばあちゃん、うちと手を繋いだ時、どうなったん?」
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