剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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天に吠える狼少女

第一章 深窓の才妃・15

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 ガキィン

 男は一瞬、何が起こったのか把握できなかった。ただ、目の前で弾け飛んだ黒刃の欠片を呆然と見やる。

 少女の腕に突き刺さったかに思えば刃は、その身を抉ることなく硬い何かに阻まれて砕け散ったのだ。男の手の平にも異様な手応えが伝わってきていた。まるで岩に刃物を突き立てたような硬質な反発力。

 袖の下にも鉄板を仕込んでいた?否、タイトな袖周りにそんなゆとりはない。第一、ここに至るまでの一連の体術を身体の各所に重りをつけた状態でこの少女が行っているとは到底思えない。

 男に生じた隙とも言えないような一瞬の硬直に、その折れた短刀を握る腕が掴まれた。少女が男を懐に引っ張り込むと同時、姿勢を低く。首回りを防御するために曲げた右腕でそのまま攻撃へと転じる。

「砕ッ!!」

 回避も、衝撃を流すこともできない状態の男の鳩尾に強烈な肘鉄が入った。布に覆われた男の口から声にならない悲鳴と腹の中の全ての空気が吐き出される。少女の気合いと重い衝撃インパクトが大気を震わせた。

 一瞬の強張りの後、男の身体が脱力。勇者の暗殺を狙った襲撃者は白目を剥いて気を失った。

 力の抜けた男を乱暴に地面に放り出した少女は、上を見上げて片手を上げた。その視線の先には窓から月明かりの下で行われた立ち合いを見物していた観客がいる。

 その観客、レイとセラに背後から声がかけられた。

「終わったようですね」

 ゆったりとしたガウンに身を包んだ貴婦人が廊下に佇んでいた。背後には燭台を持った年配の侍女の姿もある。燭台の灯りに照らされて艶やかに金髪が煌めき、白磁の肌が芒と浮かびあがっていた。

「セルフィリア殿下がお力添えいただいたおかげで、無事勇者を護ることができました」

 セラの感謝の言葉と共に頭を垂れる二人の護衛にセルフィリアは昼間と何ら変わらない声色で言う。

「よいのです。私はただ報せただけ。寧ろ、私の屋敷にいながら手間をかけさせたことを申し訳なく思います」

 そして言葉通り申訳なさそうに目を伏せる。

「いえ、相手はかなりの手練れでした。発見が遅れていればどうなっていたか。本当に、ありがとうございます」

 レイはもう一度、深々と頭を下げた。

 レイとセラは襲撃者がユウの寝ている部屋に入る前からその存在を感知していた。それを可能にしたのはそれぞれのベッドの隅に小さく描かれていた魔法式である。その魔法式は家主が遠隔で声を届けることのできる通信の魔法が組み込まれているのだ。緊急時はそこから指示がなされると二人は事前に侍女から説明を受けていたというわけだ。

 では肝心の家主、セルフィリアは如何にして襲撃者の存在を察知したか。そのからくりをセラは知っている。

 この屋敷の内装、一見ただの装飾に見えるそれらが巧妙に隠蔽された魔法式なのだ。屋敷全体に侵入者の存在を家主に伝える感知の魔法がかけられているのである。ユウが屋敷に入った時に感じた奇妙な感覚の正体がそれだ。魔法的知覚の開いている者ならば自身が魔法の影響圏内に入ったことを察知することができる。

 常駐せねば意味のないこの感知の魔法、おそらくそれを維持しているのが外の薔薇園。魔力とはすなわち生命力であるという説を裏付ける証左として、あらゆる生命に魔力は宿るという事がしばしばとりあげられるが、植物もまた例外ではない。中でも宿す魔力の多い品種を集めたのが外の薔薇園なのだろう。薔薇が咲き、芳香と魔力が満ち、それを利用して魔法式が起動、屋敷が警備される。

 美しくも堅牢なる薔薇の城塞。薔薇が咲き誇る限り、深窓の才妃の背後をとることは不可能だということだ。

「――ところで、あの者は?」

 と、レイが視線を窓の外に一瞬向けつつセルフィリアに問う。

 月明かりの下でのあの戦い、襲撃者の技量は相当なものであったが少女はさらにその上をいった。遠目でははっきりしないが、まだ二十にも届かないであろう少女がだ。

 ただものではない。それにあの衣装、このラドカルミア王国の国教であるローティス教に縁のある物のように見えるが……。

「彼女が勇者を狙う者がいると教えてくれたのですよ」

 こともなにげにセルフィリアが言う。それはどういうことですかとレイが聞き返そうとした瞬間、王妃は自身の唇に人差し指を当てた。

「詳しい話は明日でも問題ないでしょう。寝る子は育つと言うでしょう?」

 セルフィリアの視線に気づいてレイとセラも首を回す。幻影の魔法が解けて元の場所に戻っていたベッドの上、そこにこれだけの騒ぎがあったにも関わらず微動だにせずに眠りこけている勇者の姿がある。

 よっぽどそのベッドの寝心地がよかったのか、今しがた命の危機にあったことなど露ほども気づいていないあどけない寝顔、耳を澄ませば聴こえてくる小さな寝息に護衛の二人は小さく嘆息したのだった。
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