剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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天に吠える狼少女

第一章 深窓の才妃・14

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「よぉ、どこ行くんだよ」

 男の行く手を阻むように噴水の陰から現れる人影。

 月光を弾く真紅の髪、月夜に爛々と輝く獣のような瞳。修道服を改造したような不思議な衣装。少年のような口振りだが、その声色と体型は確かに少女のもの。

 なぜ彼女がそこにいるのか、なぜ立ち塞がるのか。疑問は尽きないが、それは男にとってはどうでもいいことだ。今は逃走することが最優先。故に男は構わず少女の方へと走った。

 少女は見たところ素手、よしんば武器を隠し持っていたとしてもさしたる脅威ではない。回避して、横をすり抜けていけばいいこと。交戦する必要すらない。

 少女の脇をすり抜けようとした瞬間、男の背筋に悪寒が奔った。長年培われてきた格闘センスが無意識に警鐘を鳴らしたのだ。

 少女の身体がぶれ、ほとんど予備動作なしでその左脚がしなった。咄嗟に男は両腕を交差させて顔面を防御、その下膊部に蹴りが命中、男の身体が宙に浮く。

 後方に吹っ飛ばされた男は防御した体勢のまま、地面を滑った。転倒しなかったのは流石のバランス感覚といったところか。だが、蹴りを受けた右腕がビリビリと痺れている。まるで鉄の棒にぶっ叩かれたような衝撃。もしかしたら骨に罅が入ったかもしれない。まともに受けていれば顔面ごと首の骨を砕かれていた。男より一回り小さい体躯から放たれたとはとても思えない重い一撃。

 少女は蹴りを放った体勢から半身に構えた。その口元には不適な笑み。内に秘めた闘争心を隠そうともしない。

「へぇ、やるじゃん。アムディールもなかなか奮発したもんだぜ」

 少女の口から雇い主の名が語られたことで、雇われの暗殺者は少女を無視することを諦めた。お喋りな口は封じなければならない。何より、無視して逃げられそうにもない。

 男は腰から二本目の黒刃を引き抜いた。腰だけではない。その黒装束の下には様々な暗器が仕込まれている。

「シャアッ!」

 影が重心を限りなく落した低姿勢で疾駆した。その独特な呼気は奥歯を一切開けずに発声しているが故、彼の任務には口を開けて言葉を放す必要は皆無である。救い上げるような黒刃の一閃を少女が身体の向きを変えて躱した。刃を持った腕は放ったままに、影が左腕を地に付けてそこを基点に身体をぐるんと振るう。身体全体を使った足払い。

 対し少女は避けるのではなく、両足を大地に突き差して踏ん張った。その右脚に男の足払いが迫る。

 ガツン

 異様な手ごたえ。筋肉や骨、そういった物に当たったというよりは石柱を蹴ったような感覚。膝まで届く丈の長いブーツの中に鉄板でも仕込んでいるというのか。いや、それよりも男一人分の体重が乗った蹴りを受けて揺らぎもしないその異常な安定性に仕掛けた方は驚愕した。足腰の鍛え方が尋常ではない。

 足払いを止めた右脚を軸に、少女の身体が回転し放たれる鋭い左の下段蹴りロー、横になった男の膝裏を蹴り抜く攻撃は別の脚の足裏によって防御ガードされる。蹴りを押し戻す要領で男は強く足を蹴った。その勢いで少女の足元から脱出、地面を転がりつつ距離をとる。驚愕していても身体は迅速に対応する。どんなに予想外の自体が起きようとも、任務を遂行するために培われた状況判断能力が身体を動かす。

 男が立ち上がるのと同時、今度は少女が攻める。一息で距離を詰めた少女の繰り出した掌底を男がすんでのところで払う。速く、そして鋭い。間髪入れず放たれる連撃を男は全て紙一重で避ける。攻める方、守る方、どちらも並大抵の体術レベルではない。

「ツァッ!」

 焦れたのか、裂帛の気合いと共に少女が大技に出る。身体の捻りと共にその脚が美しい円弧を描いた。相手の頭を狙った上段回し蹴り、まともに喰らえば頭蓋が砕ける必殺の一撃。防御すれば受けた腕は使い物にならなくなるだろう。

 だがどれほど威力の高い攻撃であっても当たらなければ意味がない。上体を下げて回避した男の頭髪が数本宙に舞う。風が裂かれた音を間近に聴きつつも男は勝利を確信した。

 黒刃の突きが夜を貫く。狙いは相手の喉元。蹴りを放った直後の体勢では回避は難しい。腕で受けられてもそれでよし、片腕を潰せばもはや少女に勝ち目はない。

 少女は咄嗟に右腕で喉を庇った。妥当な判断。黒い切っ先が少女の腕に突き刺さる。
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