64 / 115
天に吠える狼少女
第二章 紅髪の異端審問官・4
しおりを挟む
見かけだけならば自分達より遥かに貧弱そうに見える長指族の言葉に戦鬼族達は素直に従った。元より彼らは背を向ける者を追うことをあまり好まない。向かってくる者を正々堂々力でねじ伏せることに至上の喜びを感じるのが戦鬼族という魔族だ。その精神性は魔族の中でも異質。しかしその点さえ考慮すれば自分より上位の階級の魔族の指示にはよく従うので、長指族にとっては扱いやすい駒である。
ラチラサと呼ばれた長指族はなんとなしに今しがたまで戦鬼族の武器が置かれていた地面を見やった。そこには無残に潰れた小鬼族の亡骸がある。
思えば、今回の戦闘のきっかけは小鬼族の奇妙な行動だった。こいつらは武器も持たず、いったいなぜ飛び出したのか。
(人間に亡命しようとした……?馬鹿な)
長指族の女、ラチラサは一瞬頭に過った荒唐無稽な仮説を一蹴した。いくら小鬼族が馬鹿でもそんなことを考えはしまい。
それにしても最近は小鬼族が妙だ。どうにも奴らの戦意のような物が希薄になっているような気がする。まるで人間を傷つけることに抵抗を感じているような……。その上、上位魔族の支配から逃亡するものも増えてきているとラチラサは報告を受けている。
小鬼族は小柄で知能も低く、一匹一匹ではたいした戦力にはならない。だが、彼らの真価はその繁殖能力による数にある。いくらでも補充がきく雑兵、たとえ弱くとも肉の壁にしてそれごと敵を魔法で吹き飛ばしたり、汚物を塗った刃物でも持たせればそれなりに戦力にはなる。小鬼族の弱体化は少なからず魔族陣営の戦力低下に繋がるのだ。
そしてその戦力低下の結果がこれだ。人間にこれほどまで攻め込まれて、指揮官たるラチラサまでもが戦線に出てくるはめになった。
(エディマ様に増援を要請する……いや、聞き入れてくれるとは思えない……)
主君の名を一瞬思い浮かべ、すぐに頭を振る。そもそも進展がない前線を押し上げるようにと命を受けてその側近である自分がここに送られてきたのだ。
どうにか状況を変える必要がある。が、小鬼族に関しては原因が分からない上に問題が漠然としすぎている。これに対処するのは困難であろう。
それ以外で前線を押し上げるもっとも簡単は方法は、やはり戦力の拡充。しかしそれをどう為すか。
魔族の戦力というものは基本的に階級最上位の魔神族の支配の下、各地に分散されている。基本的に各魔神族ごとに連携はしておらず、各々が勝手に自分の領地を人間から守り、気まぐれに人間領に侵攻したりしている。彼らを彼らの意思以外で動かせるのは魔王エディマ・ロマ・フラタナスただ一人。故に長指族であるラチラサが増援を願ったところで彼らは決して言う事を聞かないだろう。
(そもそも私一人で戦況がどうこうなるわけがないだろう――!)
死臭の蟠る戦場で側近は一人毒づく。おそらく主君はそれを分かっていてラチラサをここに送り込んだのだ。そしてラチラサが懊悩する様を愉しんでいるに違いない。自分が愉しむことが全て。そのためにどれほど犠牲が出ようが知ったことではない。愉しめれば自分の命すらないがしろにしかねない。魔王がそういう性格だと側近のラチラサが一番よく知っている。
そしてその横暴が許されるのは彼が魔王であるから。他の魔族に有無を言わせぬほどの力を持っているからだ。逆らえば、彼の気を害すれば命はない。故にラチラサは少なくとも彼が愉しめるほどには足掻かねばならなかった。
(考えろ、この状況を打開する方法……)
どうやって人間ども殺すか。どうやって人間を、人間……。
(……人間領にも魔族はいる)
ふと思い至る。もう多くの魔族がいないものとして扱うようになった一つの種族が存在することを。
争いを好まず、自分達の生活を護るために人間領に逃げた愚かな種族。すぐさま人間に根絶やしにされると思われた彼らが、奇跡的に生き延びているという話は、人間領に潜伏させてある密偵により伝え聞いている。魔族の情報網は人間が想定しているよりも深く、彼らの領域の中に食い込んでいるのだ。多くの情報を得るため、ひいては魔王が愉しむために。
(確か奴らの階級は戦鬼族とほぼ同格……傘下に加えれば大きな戦力強化になる、か……)
もとより魔族領より逃げた裏切者、本来なら根絶やしにしたいところだが背に腹は代えられない。下位の魔族に取引を持ち掛けるのは少々癪だが、それなりの地位を用意すれば魔族領に戻ってくるだろう。一度こちらにさえ戻ってくればあとはいかようにも言う事を聞かせられる。
目下の問題は彼らが人間領の奥深くにいるということ。何とか人間共をかいくぐり、接触を図らねばならない。しかし彼らより下位の魔族を使いに出しても聞く耳持たないであろうことは明らか。
(私が直接行くしかないか……)
そして魔王の側近は遠距離の飛行が可能な騎乗用の魔物を調達すべく、本陣へと戻った。説得に成功した暁には人間共の戦陣を内側から食い破るのもまた一興か、などと画策しつつ。
――運命の糸が少しずつ寄り合わさっていく。
ラチラサと呼ばれた長指族はなんとなしに今しがたまで戦鬼族の武器が置かれていた地面を見やった。そこには無残に潰れた小鬼族の亡骸がある。
思えば、今回の戦闘のきっかけは小鬼族の奇妙な行動だった。こいつらは武器も持たず、いったいなぜ飛び出したのか。
(人間に亡命しようとした……?馬鹿な)
長指族の女、ラチラサは一瞬頭に過った荒唐無稽な仮説を一蹴した。いくら小鬼族が馬鹿でもそんなことを考えはしまい。
それにしても最近は小鬼族が妙だ。どうにも奴らの戦意のような物が希薄になっているような気がする。まるで人間を傷つけることに抵抗を感じているような……。その上、上位魔族の支配から逃亡するものも増えてきているとラチラサは報告を受けている。
小鬼族は小柄で知能も低く、一匹一匹ではたいした戦力にはならない。だが、彼らの真価はその繁殖能力による数にある。いくらでも補充がきく雑兵、たとえ弱くとも肉の壁にしてそれごと敵を魔法で吹き飛ばしたり、汚物を塗った刃物でも持たせればそれなりに戦力にはなる。小鬼族の弱体化は少なからず魔族陣営の戦力低下に繋がるのだ。
そしてその戦力低下の結果がこれだ。人間にこれほどまで攻め込まれて、指揮官たるラチラサまでもが戦線に出てくるはめになった。
(エディマ様に増援を要請する……いや、聞き入れてくれるとは思えない……)
主君の名を一瞬思い浮かべ、すぐに頭を振る。そもそも進展がない前線を押し上げるようにと命を受けてその側近である自分がここに送られてきたのだ。
どうにか状況を変える必要がある。が、小鬼族に関しては原因が分からない上に問題が漠然としすぎている。これに対処するのは困難であろう。
それ以外で前線を押し上げるもっとも簡単は方法は、やはり戦力の拡充。しかしそれをどう為すか。
魔族の戦力というものは基本的に階級最上位の魔神族の支配の下、各地に分散されている。基本的に各魔神族ごとに連携はしておらず、各々が勝手に自分の領地を人間から守り、気まぐれに人間領に侵攻したりしている。彼らを彼らの意思以外で動かせるのは魔王エディマ・ロマ・フラタナスただ一人。故に長指族であるラチラサが増援を願ったところで彼らは決して言う事を聞かないだろう。
(そもそも私一人で戦況がどうこうなるわけがないだろう――!)
死臭の蟠る戦場で側近は一人毒づく。おそらく主君はそれを分かっていてラチラサをここに送り込んだのだ。そしてラチラサが懊悩する様を愉しんでいるに違いない。自分が愉しむことが全て。そのためにどれほど犠牲が出ようが知ったことではない。愉しめれば自分の命すらないがしろにしかねない。魔王がそういう性格だと側近のラチラサが一番よく知っている。
そしてその横暴が許されるのは彼が魔王であるから。他の魔族に有無を言わせぬほどの力を持っているからだ。逆らえば、彼の気を害すれば命はない。故にラチラサは少なくとも彼が愉しめるほどには足掻かねばならなかった。
(考えろ、この状況を打開する方法……)
どうやって人間ども殺すか。どうやって人間を、人間……。
(……人間領にも魔族はいる)
ふと思い至る。もう多くの魔族がいないものとして扱うようになった一つの種族が存在することを。
争いを好まず、自分達の生活を護るために人間領に逃げた愚かな種族。すぐさま人間に根絶やしにされると思われた彼らが、奇跡的に生き延びているという話は、人間領に潜伏させてある密偵により伝え聞いている。魔族の情報網は人間が想定しているよりも深く、彼らの領域の中に食い込んでいるのだ。多くの情報を得るため、ひいては魔王が愉しむために。
(確か奴らの階級は戦鬼族とほぼ同格……傘下に加えれば大きな戦力強化になる、か……)
もとより魔族領より逃げた裏切者、本来なら根絶やしにしたいところだが背に腹は代えられない。下位の魔族に取引を持ち掛けるのは少々癪だが、それなりの地位を用意すれば魔族領に戻ってくるだろう。一度こちらにさえ戻ってくればあとはいかようにも言う事を聞かせられる。
目下の問題は彼らが人間領の奥深くにいるということ。何とか人間共をかいくぐり、接触を図らねばならない。しかし彼らより下位の魔族を使いに出しても聞く耳持たないであろうことは明らか。
(私が直接行くしかないか……)
そして魔王の側近は遠距離の飛行が可能な騎乗用の魔物を調達すべく、本陣へと戻った。説得に成功した暁には人間共の戦陣を内側から食い破るのもまた一興か、などと画策しつつ。
――運命の糸が少しずつ寄り合わさっていく。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる