剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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天に吠える狼少女

第二章 紅髪の異端審問官・15

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「そ、そんな……」

 半分冗談だったのだが、思った以上にユウが絶望を顔面に浮かべているので少しセラは反省した。実際のところスライムの寿命などセラには分かりようもない。ただそれを生物という枠組みに入れるというのなら必ず終わりは存在するはずであるし、自然動物などは些細な病気などで即座に命を失いかねない。逆に自然現象という色合いが強いのならば、そんなもの存在しない、という可能性も十分にあるのだが。

「アカン!さくらもち死んだらアカン!ずっと一緒って約束したやんか……!」

 いつそんな約束したのか護衛の二人には分かり兼ねるが、ともかく必死な様子のユウは何とかならないかと薄桃色の塊に両手を当てて魔力を流し込む。

 するとそれに反応したのか、穴の先、塊の中心付近にぽこりと空間ができたかと思うとそれが膨らみ、そして――

 ぷひぃー

 傍から様子を見ていたレイはその間の抜けた音に腰を抜かしそうになった。どうやら中心部分の空間は空気溜まり、身体の伸縮によって穴から空気を吸い込んで、それを鞴のように噴出したようである。

「さくらもちが壊れた……」

 ますます絶望に打ちひしがれる勇者に追い打ちをかけるように、穴はもぞもぞと動く。何やら最適な形状を探しているように思えるような試行錯誤の後、とうとう――

 アー……

「鳴いた!?」

 それは確かに音だった。甲高い、笛の音にも似た音。意図的にそれを出したというのならば、それは紛れもなく鳴き声に相当するものであろう。

「なんていうか……キモいな」

 率直な感想を漏らしたディナ。どうやらその言葉が聴こえたらしいスライムは一瞬、ショックを受けたようにびくんと震えると、

「穴なくなってもうた……」

 皆の目の前でその声帯に相当するであろう穴はすっと消えて、元のつるりとした楕円がそこにあった。ユウがもにょもにょとその身体を触診するが、特に異常はない。昨日見た姿と同じ、薄桃色の楕円形。

「ちょっとディナちゃん!ディナちゃんがキモいなんて言うから、さくらもちなんかしようとしてたのにやめてもうたやん!」

「ええ……元に戻って欲しいんじゃなかったのかよ……」

 絶望から一転、ぷんぷんと頬を膨らませてしょげてしまったスライムを抱える勇者。本当にディナの言葉に反応したのだとしたらこのスライム、実はかなり繊細なのかもしれない。

「……何か、そう、魔力の過剰摂取による変化が起きてるのかもね」

 顎先に手を当てて魔法師は思案する。魔力というものは生命を司る力。大気中の魔力が多い場所とそうでない場所では、生息する動植物は同じ種類でも少しばかり装いを変えるという。具体的には身体はより大きく、行動はより活発になる。大気中の魔力量でその変化なのだから、本来あり得ない量の魔力を直接注入されているさくらもちに何かしらの変化が起きても不思議ではない。

「ごはん控えた方がええやろか……?」

 不安げにユウがセラに問う。

「別にいいんじゃない?さすがに食べ過ぎで死ぬってことはないだろうし……太りはするかもしれないけど」

「むぅぅ……ちょっと量減らすか……」

 ぷるぷるとさくらもちが震える。イヤイヤと言ってるように見えるのは気のせいだろうか。

「どうでもいいが、御者が待ちくたびれてるぞ」

 ひとまずさくらもちが元に戻ったのでユウは一安心、とりあえず今日はさくらもちを尻に敷くのは止めようと心に誓い、馬車に乗り込んだ。

 騒々しい朝の一幕がやっと降り、ようやっと一同は教皇領へと道行を再開したのである。

 そこから先の旅路はごく平穏なものとなったが、以降、時折奇妙な鳴き声が馬車の中に響くようになった。
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