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天に吠える狼少女
第三章 自然と共に生きる者達・3
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教皇領、大森林保護区。そこは文字通り、樹木の枝葉が幾重にも折り重なり人の行く手を阻む密林地帯である。その外縁に辿り着いた勇者達は馬車を降りた。外縁に近づいただけで、植物のムッとした呼気が鼻につく。
森に入る直前には、教皇の支持により保護区を警備している聖堂騎士の警備小屋があった。馬車で行けるのはここまで、後は徒歩で向かわねばならない。御者の男性はユウ達が帰還するまではこの警備小屋で過ごすことになる。
修道服の上から胴体を覆う板金鎧を着こみ、槍で武装した聖堂騎士はディナの姿を見るなり慣れた様子で滞在日数を尋ねると、特に何か言うでもなしに通行を許可してくれた。どうやらディナが保護区へ入るのは一度や二度ではないらしい。
「ここからはあたしが先導する。森の中ではあたしの支持に従うこと。絶対にはぐれるなよ。死ぬぞ」
端的かつ強い語調のディナの言葉に勇者一行は強く頷いた。これほど深い森、ユウが入ったことがないのは当然としてレイもセラも入ったことがない。そこに潜む危険の数々を考えると腕利きの二人といえど自分なら大丈夫とはとても言えなかった。
森というものは恐ろしい。不規則に並ぶ樹木は人間の方向感覚を簡単に失わせ、脚に絡みつく蔓やぬかるんだ地面は体力を奪う。日が暮れれば例え松明の灯りがあったとしても進むことは困難だ。それだけでも十二分に脅威だというのに、その草葉の陰に潜む者達の存在を加味すればさらにその危険度は増す。毒蟲、毒蛇、これほど大規模な森ならば大型の肉食動物も生息しているだろう。あるいは魔物がいることも考えられる。死角から襲い来る彼らに常に警戒を払わねばならない。
落ち葉の体積した腐葉土の地面を踏みしめ、森を進む。先頭をディナ、次にセラ、ユウ(と腕の中にさくらもち)と続き最後尾にレイがつく。いかなる状況でもユウを守れるようにこの隊列を常に維持する。
樹皮、花、果実、濡れた地面、様々な匂いの入り混じった不思議な香りがユウの鼻孔を擽る。全方位から感じられる命の気配。木々に生えている苔をなんともなしに注視しているとそれが不意に動き出す。昆虫の巧妙な擬態。一見何もいないように見える場所にも多くの命が息づいていた。
葉擦れの音に交じって奇妙な旋律が聴こえる。上を見上げると鮮やかな飾り羽に彩られた鳥が命を謳っていた。木々は空から降り注ぐ陽の光を誰よりも多くその身に受けようとその腕を伸ばし、天を覆う。その隙間からちらちらと除く陽光が黒髪の勇者のあどけない顔貌に斑点を描いた。
道なき道をディナは迷いなく進んで行く。彼女には進むべき方向が分かっているようだった。さながら、住み慣れた生家にいるように。
どれほど歩いただろうか。道中休憩を挟みつつ保護区の中心部へ向けて歩き続けていたディナは、ふと立ち止まった。
「どしたん?」
ユウの額にはじんわりと汗が滲んでいる。それはセラも同じだ。長時間の森歩きに疲労が溜まってきている。よほど身体を鍛えている者でなければそろそろ体力的に辛くなってくる頃合いだ。スライムを抱えていればなおのこと。
そのよほど身体を鍛えている二人の内の一人、最後尾を歩くレイが背中の長剣の柄に手を伸ばした。
「……見られてるな」
レイの鋭敏な感覚が自分達に注がれる無言の視線を捉えた。一人ではない。正確な数は分からないが、複数の何かが息を殺してこちらの様子を窺っている。
茂みの陰、木の裏、樹上にも気配がある。すぐに襲ってくるような殺気は感じない。レイ達が何者かを観察しているのか。
「出迎えだ。ジッとしててくれよ」
ディナはそういうと、無防備に両手を広げて数歩前に出る。
「よぉ!帰ったぜ!客人がいるが、悪いやつじゃねぇってのはあたしが保証する!集落にいれてくれないか!」
森に入る直前には、教皇の支持により保護区を警備している聖堂騎士の警備小屋があった。馬車で行けるのはここまで、後は徒歩で向かわねばならない。御者の男性はユウ達が帰還するまではこの警備小屋で過ごすことになる。
修道服の上から胴体を覆う板金鎧を着こみ、槍で武装した聖堂騎士はディナの姿を見るなり慣れた様子で滞在日数を尋ねると、特に何か言うでもなしに通行を許可してくれた。どうやらディナが保護区へ入るのは一度や二度ではないらしい。
「ここからはあたしが先導する。森の中ではあたしの支持に従うこと。絶対にはぐれるなよ。死ぬぞ」
端的かつ強い語調のディナの言葉に勇者一行は強く頷いた。これほど深い森、ユウが入ったことがないのは当然としてレイもセラも入ったことがない。そこに潜む危険の数々を考えると腕利きの二人といえど自分なら大丈夫とはとても言えなかった。
森というものは恐ろしい。不規則に並ぶ樹木は人間の方向感覚を簡単に失わせ、脚に絡みつく蔓やぬかるんだ地面は体力を奪う。日が暮れれば例え松明の灯りがあったとしても進むことは困難だ。それだけでも十二分に脅威だというのに、その草葉の陰に潜む者達の存在を加味すればさらにその危険度は増す。毒蟲、毒蛇、これほど大規模な森ならば大型の肉食動物も生息しているだろう。あるいは魔物がいることも考えられる。死角から襲い来る彼らに常に警戒を払わねばならない。
落ち葉の体積した腐葉土の地面を踏みしめ、森を進む。先頭をディナ、次にセラ、ユウ(と腕の中にさくらもち)と続き最後尾にレイがつく。いかなる状況でもユウを守れるようにこの隊列を常に維持する。
樹皮、花、果実、濡れた地面、様々な匂いの入り混じった不思議な香りがユウの鼻孔を擽る。全方位から感じられる命の気配。木々に生えている苔をなんともなしに注視しているとそれが不意に動き出す。昆虫の巧妙な擬態。一見何もいないように見える場所にも多くの命が息づいていた。
葉擦れの音に交じって奇妙な旋律が聴こえる。上を見上げると鮮やかな飾り羽に彩られた鳥が命を謳っていた。木々は空から降り注ぐ陽の光を誰よりも多くその身に受けようとその腕を伸ばし、天を覆う。その隙間からちらちらと除く陽光が黒髪の勇者のあどけない顔貌に斑点を描いた。
道なき道をディナは迷いなく進んで行く。彼女には進むべき方向が分かっているようだった。さながら、住み慣れた生家にいるように。
どれほど歩いただろうか。道中休憩を挟みつつ保護区の中心部へ向けて歩き続けていたディナは、ふと立ち止まった。
「どしたん?」
ユウの額にはじんわりと汗が滲んでいる。それはセラも同じだ。長時間の森歩きに疲労が溜まってきている。よほど身体を鍛えている者でなければそろそろ体力的に辛くなってくる頃合いだ。スライムを抱えていればなおのこと。
そのよほど身体を鍛えている二人の内の一人、最後尾を歩くレイが背中の長剣の柄に手を伸ばした。
「……見られてるな」
レイの鋭敏な感覚が自分達に注がれる無言の視線を捉えた。一人ではない。正確な数は分からないが、複数の何かが息を殺してこちらの様子を窺っている。
茂みの陰、木の裏、樹上にも気配がある。すぐに襲ってくるような殺気は感じない。レイ達が何者かを観察しているのか。
「出迎えだ。ジッとしててくれよ」
ディナはそういうと、無防備に両手を広げて数歩前に出る。
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