77 / 115
天に吠える狼少女
第三章 自然と共に生きる者達・2
しおりを挟む
アムディールは行き場のない感情を持て余すかのように中空で握りしめた肉団子のような拳を震わせた。
彼が今回手配した暗殺者は個人ではなく組織に所属する職業的暗殺者だ。そういった組織での暗殺が個人で行われることはほぼない。実行するのが一人であったとしても、事前の情報収集や仕事を終えた後の脱出経路の確保などいわば後方支援を担う者が同行するのが普通であり、それこそが組織の強みである。また、これにより万が一失敗した場合でも失敗した理由やそれがもたらした変化などを精確に依頼主へと伝えることができる。
例え悪い報告だったとしても、それを正確に、包み隠さず報告するかどうかで顧客との信頼関係が左右される。犯罪組織であったとしても、商売である以上信頼関係の構築は必須だ。アムディールのような太い客は組織としても手放したくない。
「ぬうぅぅッ!儂には介入するなと言っておきながらぁ!」
もっとも、秘密裏に勇者を始末しようとしたアムディールには教皇を糾弾する資格はない。
「赤髪の女の異端審問官だと聞いておりますね」
「女ぁ?教皇の秘蔵っ子か……あいつはどうにも分からぬところが多い……」
異端審問官は信徒の中でも特に教皇と同じ思想を持った者が選ばれると言われ教皇の支持のみで動く、いわば教皇の私兵である。その素性や動向などは例え枢機卿といえど知る由もない。しかし異端審問官も人の子である以上、必要とあれば調べることはできる。それこそ金に糸目をつけなければ大抵のことは。
不正を摘発するのが彼らの仕事である以上、狡賢いアムディールがそういった下調べを怠るわけがない。
しかし、まだ少女の身の上でありながら圧倒的な戦闘能力を持ち、異端審問官という地位に就くディナ・グランズという人物についてはロクな情報を得ることができなかった。
分かっているのは、教皇自らがどこからか連れてきてローティス教運営の孤児院に入り、そこで数年神学を学んだあとはそのまま異端審問官として働き始めたということだけだ。血縁関係やどうやってその戦闘能力を身に着けたのか、そういった事柄は一切判然としなかった。
「しかし……儂のすることを読んで勇者を護衛するために異端審問官を差し向けたとすると、教皇は勇者に死んでほしくない理由があるのか……」
太った枢機卿は腕を組んで思案する。
「それで、その後その異端審問官はどうしている?」
「現在、勇者を連れ立ってこの教皇領へと向かっているとのことです。現在も観測者は対象に気取られない位置から監視を続けているとのこと」
まだ一般には普及していないが、魔法式を用いた遠距離通信はすでに実用段階にある。それを用いればこういった情報をリアルタイムに伝達することが可能だ。魔法式の開発者といえば真っ先に名のあがる〈深窓の才妃〉などは民衆にも使えるように式の簡略化に努めているようだが、こういった最新技術というものはえてしてまず悪用しようとする無法者に伝わるものだ。
「ここへ……?教皇自ら勇者に会うつもりか?いや、教皇は儂にはラドカルミアに介入するなと言った。それで自ら勇者に会うなど、儂に反目の機会を与えるようなもの、そんな愚を犯すような男ではない」
思考が回る。その教皇の見立て通り、このアムディールという男は間違いなく頭の回る男だ。問題はそれが誤った方へと回ること。正しき方へと回っていれば、次期教皇の座も夢ではないということに本人が気づくことは一生ないだろう。
「いかがいたしましょう」
オドムントの問いにうむと頷きつつ、
「正確な目的地が分かるまでは監視を続行させろ。暗殺が失敗したのだから、それぐらいはやってもらわねばな」
「かしこまりました」
一礼してオドムントが退室する。その背中を見やりつつ、アムディールは、
「何かある……教皇め、何が目的だ?何を隠している?暴いてやるぞぉ、やつの弱みを握れば、次期教皇の座は儂のものだ。儂ならば大陸全土をローティスの名の下に統一できるのだ……」
それを当の教皇が聞けば、強制された信仰に意味などないと一蹴されるであろうことは明白だろうに、努力の方向性を誤っている枢機卿は一人ほくそ笑む。
抗議するかのように、また椅子がギシリと悲鳴をあげた。
彼が今回手配した暗殺者は個人ではなく組織に所属する職業的暗殺者だ。そういった組織での暗殺が個人で行われることはほぼない。実行するのが一人であったとしても、事前の情報収集や仕事を終えた後の脱出経路の確保などいわば後方支援を担う者が同行するのが普通であり、それこそが組織の強みである。また、これにより万が一失敗した場合でも失敗した理由やそれがもたらした変化などを精確に依頼主へと伝えることができる。
例え悪い報告だったとしても、それを正確に、包み隠さず報告するかどうかで顧客との信頼関係が左右される。犯罪組織であったとしても、商売である以上信頼関係の構築は必須だ。アムディールのような太い客は組織としても手放したくない。
「ぬうぅぅッ!儂には介入するなと言っておきながらぁ!」
もっとも、秘密裏に勇者を始末しようとしたアムディールには教皇を糾弾する資格はない。
「赤髪の女の異端審問官だと聞いておりますね」
「女ぁ?教皇の秘蔵っ子か……あいつはどうにも分からぬところが多い……」
異端審問官は信徒の中でも特に教皇と同じ思想を持った者が選ばれると言われ教皇の支持のみで動く、いわば教皇の私兵である。その素性や動向などは例え枢機卿といえど知る由もない。しかし異端審問官も人の子である以上、必要とあれば調べることはできる。それこそ金に糸目をつけなければ大抵のことは。
不正を摘発するのが彼らの仕事である以上、狡賢いアムディールがそういった下調べを怠るわけがない。
しかし、まだ少女の身の上でありながら圧倒的な戦闘能力を持ち、異端審問官という地位に就くディナ・グランズという人物についてはロクな情報を得ることができなかった。
分かっているのは、教皇自らがどこからか連れてきてローティス教運営の孤児院に入り、そこで数年神学を学んだあとはそのまま異端審問官として働き始めたということだけだ。血縁関係やどうやってその戦闘能力を身に着けたのか、そういった事柄は一切判然としなかった。
「しかし……儂のすることを読んで勇者を護衛するために異端審問官を差し向けたとすると、教皇は勇者に死んでほしくない理由があるのか……」
太った枢機卿は腕を組んで思案する。
「それで、その後その異端審問官はどうしている?」
「現在、勇者を連れ立ってこの教皇領へと向かっているとのことです。現在も観測者は対象に気取られない位置から監視を続けているとのこと」
まだ一般には普及していないが、魔法式を用いた遠距離通信はすでに実用段階にある。それを用いればこういった情報をリアルタイムに伝達することが可能だ。魔法式の開発者といえば真っ先に名のあがる〈深窓の才妃〉などは民衆にも使えるように式の簡略化に努めているようだが、こういった最新技術というものはえてしてまず悪用しようとする無法者に伝わるものだ。
「ここへ……?教皇自ら勇者に会うつもりか?いや、教皇は儂にはラドカルミアに介入するなと言った。それで自ら勇者に会うなど、儂に反目の機会を与えるようなもの、そんな愚を犯すような男ではない」
思考が回る。その教皇の見立て通り、このアムディールという男は間違いなく頭の回る男だ。問題はそれが誤った方へと回ること。正しき方へと回っていれば、次期教皇の座も夢ではないということに本人が気づくことは一生ないだろう。
「いかがいたしましょう」
オドムントの問いにうむと頷きつつ、
「正確な目的地が分かるまでは監視を続行させろ。暗殺が失敗したのだから、それぐらいはやってもらわねばな」
「かしこまりました」
一礼してオドムントが退室する。その背中を見やりつつ、アムディールは、
「何かある……教皇め、何が目的だ?何を隠している?暴いてやるぞぉ、やつの弱みを握れば、次期教皇の座は儂のものだ。儂ならば大陸全土をローティスの名の下に統一できるのだ……」
それを当の教皇が聞けば、強制された信仰に意味などないと一蹴されるであろうことは明白だろうに、努力の方向性を誤っている枢機卿は一人ほくそ笑む。
抗議するかのように、また椅子がギシリと悲鳴をあげた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる