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天に吠える狼少女
第三章 自然と共に生きる者達・5
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「――驚いた。人間領の中にこんな場所があっただなんて……」
セラが嘆息混じりにそう溢した。そこには一つの種族の生活そのものが広がっていたのだ。
いくつか並ぶ建物はほとんどが木造、地を這う虫や蛇を避けるためか高床式。屋根には大振りの葉が幾重にも重ねられている。石で造られた家屋も見受けられた。そこには煙突があり、煙が上がっている。火を扱う場合はそこを使用するということか。立ち昇る煙だが、ここまで森の奥ならば保護区の外から目撃されることもないだろう。
家の軒下で広げた獣の革の肉削ぎを行っているものがいる。手に持っているのは石を削り出したナイフか。手先を注視すると狼人族の手は体毛以外は人間と酷似している。やたらと爪が鋭いということはない。もしかしたら手先は器用はなのかもしれない。
何やら糸を紡いでいる狼人族がいた。最初にあった狼人族よりも身体つきが丸い。雌、なのだろうか。側に置かれた籠の中には白い球状の物がたくさん入っている。おそらく昆虫の繭。どうやらそれをほぐして絹糸を作っているようだ。中身の蛹も別の籠に集められている。それをどうするのかは不明。
駆け回っていた小柄な狼人族がユウ達を見つけた。子供らしい。その子供の狼人族はまずディナを見つけるなり目を輝かせて、こちらに走り出そうとするが、すぐ側に見慣れない人間の姿を見つけて硬直する。
「よぉシェサ!元気にしてたか?」
ディナの方から声をかけると曖昧に手を振って挨拶する。ディナに構いに行きたいが、側にいる他の人物が怖くて近寄れない、そんな葛藤が垣間見える。
「……レイのせいで怯えられてるじゃない」
「あの子にとっちゃ俺もお前もユウも大差ないだろう」
違うということはそれだけで恐怖の対象になりうる。それは人間の歴史が他のどの生き物よりも如実に証明している。
「まぁまぁまかしとき。うちがばっちり仲良くなったるさかい」
ユウは自信満々に宣言する。しかしそれも当然といったところか。ディナと彼らの仲を見ていれば、彼らが人間という種族に対して潜在的な敵愾心を持っていないことは明らかだ。言葉も通じる。小鬼族の時よりもよっぽど可能性は高いと言えよう。
親愛と好奇と警戒の視線を向けられながらユウ達はその集落の中を横切った。
「……………」
シェサと呼ばれた狼人族の子供が物陰に隠れつつ、遠巻きに後を付いてきていた。怖いが、気になる。恐怖心と好奇心、その中庸の距離。家屋の柱から覗く耳と尻尾がピンと張りつめている。
ユウがそれに気づいて、半身振り向いて手を振る。
「――!」
するとシェサは慌ててなめしている最中の革の陰に隠れた。
シェサの反応然り、最初の警備とおぼしき狼人族の反応然り。彼らの反応は極めて人間的だ。見ている限り生活様式も時代を遡れば人間と酷似している。
苦笑するユウの隣で革の陰からはみ出ている尻尾を眺めつつ、レイは思う。
自分が知っている魔族とあまりにも違い過ぎる。これでは、人間と何ら変わらないではないか。
魔族には魔族の営みがある。それは分かる。彼らも生き物である以上当然だ。だがそれは、人間とはもっと異なったものであるはずだ。雌を中心とした共同体を形成して生きる小鬼族のような、そんな人間からすれば生活というより生態といったほうが正しいようなものであるはずだ。
そう、思っていた。
実際は、階級が上位になればなるほど魔族の暮らしの様子を人間は知らない。上位になれば知能も高くなり、戦闘能力も高くなる。人間領に逃亡してくることもない。人間がその種族について知りうるのはその種族が戦場に置いてどれほどの脅威となるかぐらいだ。
知らないものは、恐ろしい。つまりはそういうことだったのだ。分からないことが多い相手とは仲良くできるはずがない。逆にいえば、知ることができれば歩み寄りの可能性も生まれてくるということ。
思えば、あの時レイが年老いた母の首を落さなかったのは、彼女の想いを知ってしまったが故。知ることによって全てが始まっていく。
恐る恐るこちらを窺う黄色くて丸い瞳と目が合う。その瞬間、レイはもう狼人族を躊躇なく斬ることはできないと悟った。
セラが嘆息混じりにそう溢した。そこには一つの種族の生活そのものが広がっていたのだ。
いくつか並ぶ建物はほとんどが木造、地を這う虫や蛇を避けるためか高床式。屋根には大振りの葉が幾重にも重ねられている。石で造られた家屋も見受けられた。そこには煙突があり、煙が上がっている。火を扱う場合はそこを使用するということか。立ち昇る煙だが、ここまで森の奥ならば保護区の外から目撃されることもないだろう。
家の軒下で広げた獣の革の肉削ぎを行っているものがいる。手に持っているのは石を削り出したナイフか。手先を注視すると狼人族の手は体毛以外は人間と酷似している。やたらと爪が鋭いということはない。もしかしたら手先は器用はなのかもしれない。
何やら糸を紡いでいる狼人族がいた。最初にあった狼人族よりも身体つきが丸い。雌、なのだろうか。側に置かれた籠の中には白い球状の物がたくさん入っている。おそらく昆虫の繭。どうやらそれをほぐして絹糸を作っているようだ。中身の蛹も別の籠に集められている。それをどうするのかは不明。
駆け回っていた小柄な狼人族がユウ達を見つけた。子供らしい。その子供の狼人族はまずディナを見つけるなり目を輝かせて、こちらに走り出そうとするが、すぐ側に見慣れない人間の姿を見つけて硬直する。
「よぉシェサ!元気にしてたか?」
ディナの方から声をかけると曖昧に手を振って挨拶する。ディナに構いに行きたいが、側にいる他の人物が怖くて近寄れない、そんな葛藤が垣間見える。
「……レイのせいで怯えられてるじゃない」
「あの子にとっちゃ俺もお前もユウも大差ないだろう」
違うということはそれだけで恐怖の対象になりうる。それは人間の歴史が他のどの生き物よりも如実に証明している。
「まぁまぁまかしとき。うちがばっちり仲良くなったるさかい」
ユウは自信満々に宣言する。しかしそれも当然といったところか。ディナと彼らの仲を見ていれば、彼らが人間という種族に対して潜在的な敵愾心を持っていないことは明らかだ。言葉も通じる。小鬼族の時よりもよっぽど可能性は高いと言えよう。
親愛と好奇と警戒の視線を向けられながらユウ達はその集落の中を横切った。
「……………」
シェサと呼ばれた狼人族の子供が物陰に隠れつつ、遠巻きに後を付いてきていた。怖いが、気になる。恐怖心と好奇心、その中庸の距離。家屋の柱から覗く耳と尻尾がピンと張りつめている。
ユウがそれに気づいて、半身振り向いて手を振る。
「――!」
するとシェサは慌ててなめしている最中の革の陰に隠れた。
シェサの反応然り、最初の警備とおぼしき狼人族の反応然り。彼らの反応は極めて人間的だ。見ている限り生活様式も時代を遡れば人間と酷似している。
苦笑するユウの隣で革の陰からはみ出ている尻尾を眺めつつ、レイは思う。
自分が知っている魔族とあまりにも違い過ぎる。これでは、人間と何ら変わらないではないか。
魔族には魔族の営みがある。それは分かる。彼らも生き物である以上当然だ。だがそれは、人間とはもっと異なったものであるはずだ。雌を中心とした共同体を形成して生きる小鬼族のような、そんな人間からすれば生活というより生態といったほうが正しいようなものであるはずだ。
そう、思っていた。
実際は、階級が上位になればなるほど魔族の暮らしの様子を人間は知らない。上位になれば知能も高くなり、戦闘能力も高くなる。人間領に逃亡してくることもない。人間がその種族について知りうるのはその種族が戦場に置いてどれほどの脅威となるかぐらいだ。
知らないものは、恐ろしい。つまりはそういうことだったのだ。分からないことが多い相手とは仲良くできるはずがない。逆にいえば、知ることができれば歩み寄りの可能性も生まれてくるということ。
思えば、あの時レイが年老いた母の首を落さなかったのは、彼女の想いを知ってしまったが故。知ることによって全てが始まっていく。
恐る恐るこちらを窺う黄色くて丸い瞳と目が合う。その瞬間、レイはもう狼人族を躊躇なく斬ることはできないと悟った。
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