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天に吠える狼少女
第三章 自然と共に生きる者達・16
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「スライムはな、魔力がご飯なんよ。だからこうやっていつもうちがあげてんねん」
さくらもちが嬉しそうに身体を震わせている。
「ユウは練魔行が使えるの……?」
ユウが魔力を放出したことでそう思ったシェサが驚いて問う。狼人族といえど誰もが練魔行を使えるわけではない。それは人間であれ魔族であれ、才能と努力によって会得する技術であるからだ。故にそれを会得した戦士達は狼人族の中でも尊敬の対象だ。
「ディナちゃんが使うやつ?まさかぁ。うちができんのは魔力を出すだけ。魔法も使えんよ。魔法どころか剣も振れんし……」
「でも、勇者なんだ」
この黒髪の少女が勇者であることはすでにテヴォから狼人族達に伝えられている。もっとも、勇者という存在そのものが彼らにはいまいち判然としないものであるから、人間のすごい人という認識程度しかないだろうが。
「一応なぁ。最初はうちも信じられんかったけど、どうにもほんまらしいわ」
最初こそ自分自身でも信じられなかった。だが、さくらもちと出会い、小鬼族と出会い、それが真実だと知った。今では〈深窓の才妃〉からのお墨付きだ。界律魔法を行使できるのがユウの勇者の力。それが未だにどんな効果を持つのははっきりとはしないが、漠然と、その力を使って何を為すべきは分かる。
魔族との和解。宥和して、融和する。それによって戦争を終わらせ、世界を救う。それこそが〈世界を救う者〉たる勇者、ユウの使命にして存在理由。
そのためにユウはここにいる。
そこでふと、シェサの視線がさくらもちではなく、自身の頭に向いていることにユウは気付いた。顔、ではない。髪、か。
「どしたん?」
首を傾げた拍子に墨を流したような漆黒の髪がさらりと流れる。艶めくその髪に、炎の明かりが蜃気楼のように揺らめいていた。それを呆けたように見やるシェサはぽつりと溢す。
「――同じ色だ」
その人間ではとても珍しい黒い髪と、シェサ達狼人族の纏う黒い毛皮。微妙な色合いや艶は違うが、黒という点では確かに同じ色だった。
同じ言葉を話し、同じ物を食べ、同じ毛の色をしている。
シェサが今まで知っていた唯一の人間であるディナは外見こそ狼人族とは大きく異なるが、その気質は限りなく狼人族だ。少なくともこの集落の狼人族は皆、ディナのことを同じ集落で育った同族、家族だと思っている。もちろんシェサもそうだ。
そして今日出会ったディナ以外の人間三人。最初はディナとはまた違う容姿をシェサは恐れ、近づくことができなかった。だが今、こうやって言葉を交わし、間近で姿を見て、違いなど些細なものでしかないとシェサは知った。
とりわけこの自分と同じ毛の色をした少女、歳も近いであろうこの少女を恐れる必要などいったいどこにあるだろう?
「……ユウ、この森の外がどんななのか、教えて?」
おずおずとそう口にしたシェサ。その視線の先にある火に照らされて朱を帯びた、毛が少なく、平な異種族の顔がニッと笑った。
「ええで!あ、でも、うちもまだ分からんこと多いけどな」
そう言ってから語られた人間の世界は、この森で生まれ、この森しか知らないシェサにとってはとても遠い地のことのように思えた。だが実際はそうではない。森を出れはすぐそこにユウの語る世界が四方に広がっている。近いどころか、目と鼻の先だ。すぐ側にある未知の世界の話に一匹、いや一人の狼人族の少女は瞳を輝かせていた。
その様子を、彼女の両親含め、多くの狼人族が見ていた。
まだ年若い、二人の少女の交流。次なる世代を担う者達の友好。
閉じられたこの森の中は、その小さな身体には狭すぎるのではないか。いずれ必ずくる破綻、その前に、彼女が進むべき道を示しておくのが自分達の役目ではないか。そしてその道は、この異種族の少女の見据える先にあるのか。
この宴は、“勇者特区”への移住を集落の狼人族に伝える以外にも、ディナ以外との人間との交流という意図が多分に含まれている。行きたいやつを連れていく分にはかまわないと言ったテヴォだが、その実その行きたいやつが増えるようにと手助けをしてくれている。娘の提案を無下にしないための、彼なりの親心。
並べられた皿の中身が全て空になるまで宴は続いた。人間と魔族が隣り合い、同じ皿の食事を食べ、語らった夜が更けていく。界律魔法などなくても、二つの種族はこれほどまで心を通わせられる。この時間は二つの種族が共に生きるという未来はあり得るのだと雄弁に物語っていた。
実際に“勇者特区”に移住するかどうかはともかく、この宴を経て狼人族の多くがそれを選択肢の一つとして真剣に考え始めていた。
いざとなれば、この幼い人間の少女に未来を託すのもありか。そう思っていた。
――誤算だったのは、そのいざがもう吐息のかかるほど近くまで背後に迫っていた、ということだ。
さくらもちが嬉しそうに身体を震わせている。
「ユウは練魔行が使えるの……?」
ユウが魔力を放出したことでそう思ったシェサが驚いて問う。狼人族といえど誰もが練魔行を使えるわけではない。それは人間であれ魔族であれ、才能と努力によって会得する技術であるからだ。故にそれを会得した戦士達は狼人族の中でも尊敬の対象だ。
「ディナちゃんが使うやつ?まさかぁ。うちができんのは魔力を出すだけ。魔法も使えんよ。魔法どころか剣も振れんし……」
「でも、勇者なんだ」
この黒髪の少女が勇者であることはすでにテヴォから狼人族達に伝えられている。もっとも、勇者という存在そのものが彼らにはいまいち判然としないものであるから、人間のすごい人という認識程度しかないだろうが。
「一応なぁ。最初はうちも信じられんかったけど、どうにもほんまらしいわ」
最初こそ自分自身でも信じられなかった。だが、さくらもちと出会い、小鬼族と出会い、それが真実だと知った。今では〈深窓の才妃〉からのお墨付きだ。界律魔法を行使できるのがユウの勇者の力。それが未だにどんな効果を持つのははっきりとはしないが、漠然と、その力を使って何を為すべきは分かる。
魔族との和解。宥和して、融和する。それによって戦争を終わらせ、世界を救う。それこそが〈世界を救う者〉たる勇者、ユウの使命にして存在理由。
そのためにユウはここにいる。
そこでふと、シェサの視線がさくらもちではなく、自身の頭に向いていることにユウは気付いた。顔、ではない。髪、か。
「どしたん?」
首を傾げた拍子に墨を流したような漆黒の髪がさらりと流れる。艶めくその髪に、炎の明かりが蜃気楼のように揺らめいていた。それを呆けたように見やるシェサはぽつりと溢す。
「――同じ色だ」
その人間ではとても珍しい黒い髪と、シェサ達狼人族の纏う黒い毛皮。微妙な色合いや艶は違うが、黒という点では確かに同じ色だった。
同じ言葉を話し、同じ物を食べ、同じ毛の色をしている。
シェサが今まで知っていた唯一の人間であるディナは外見こそ狼人族とは大きく異なるが、その気質は限りなく狼人族だ。少なくともこの集落の狼人族は皆、ディナのことを同じ集落で育った同族、家族だと思っている。もちろんシェサもそうだ。
そして今日出会ったディナ以外の人間三人。最初はディナとはまた違う容姿をシェサは恐れ、近づくことができなかった。だが今、こうやって言葉を交わし、間近で姿を見て、違いなど些細なものでしかないとシェサは知った。
とりわけこの自分と同じ毛の色をした少女、歳も近いであろうこの少女を恐れる必要などいったいどこにあるだろう?
「……ユウ、この森の外がどんななのか、教えて?」
おずおずとそう口にしたシェサ。その視線の先にある火に照らされて朱を帯びた、毛が少なく、平な異種族の顔がニッと笑った。
「ええで!あ、でも、うちもまだ分からんこと多いけどな」
そう言ってから語られた人間の世界は、この森で生まれ、この森しか知らないシェサにとってはとても遠い地のことのように思えた。だが実際はそうではない。森を出れはすぐそこにユウの語る世界が四方に広がっている。近いどころか、目と鼻の先だ。すぐ側にある未知の世界の話に一匹、いや一人の狼人族の少女は瞳を輝かせていた。
その様子を、彼女の両親含め、多くの狼人族が見ていた。
まだ年若い、二人の少女の交流。次なる世代を担う者達の友好。
閉じられたこの森の中は、その小さな身体には狭すぎるのではないか。いずれ必ずくる破綻、その前に、彼女が進むべき道を示しておくのが自分達の役目ではないか。そしてその道は、この異種族の少女の見据える先にあるのか。
この宴は、“勇者特区”への移住を集落の狼人族に伝える以外にも、ディナ以外との人間との交流という意図が多分に含まれている。行きたいやつを連れていく分にはかまわないと言ったテヴォだが、その実その行きたいやつが増えるようにと手助けをしてくれている。娘の提案を無下にしないための、彼なりの親心。
並べられた皿の中身が全て空になるまで宴は続いた。人間と魔族が隣り合い、同じ皿の食事を食べ、語らった夜が更けていく。界律魔法などなくても、二つの種族はこれほどまで心を通わせられる。この時間は二つの種族が共に生きるという未来はあり得るのだと雄弁に物語っていた。
実際に“勇者特区”に移住するかどうかはともかく、この宴を経て狼人族の多くがそれを選択肢の一つとして真剣に考え始めていた。
いざとなれば、この幼い人間の少女に未来を託すのもありか。そう思っていた。
――誤算だったのは、そのいざがもう吐息のかかるほど近くまで背後に迫っていた、ということだ。
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