剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

文字の大きさ
91 / 115
天に吠える狼少女

第三章 自然と共に生きる者達・16

しおりを挟む
「スライムはな、魔力がご飯なんよ。だからこうやっていつもうちがあげてんねん」

 さくらもちが嬉しそうに身体を震わせている。

「ユウは練魔行が使えるの……?」

 ユウが魔力を放出したことでそう思ったシェサが驚いて問う。狼人族ウルフェンといえど誰もが練魔行を使えるわけではない。それは人間であれ魔族であれ、才能と努力によって会得する技術であるからだ。故にそれを会得した戦士達は狼人族の中でも尊敬の対象だ。

「ディナちゃんが使うやつ?まさかぁ。うちができんのは魔力を出すだけ。魔法も使えんよ。魔法どころか剣も振れんし……」

「でも、勇者なんだ」

 この黒髪の少女が勇者であることはすでにテヴォから狼人族達に伝えられている。もっとも、勇者という存在そのものが彼らにはいまいち判然としないものであるから、人間のすごい人という認識程度しかないだろうが。

「一応なぁ。最初はうちも信じられんかったけど、どうにもほんまらしいわ」

 最初こそ自分自身でも信じられなかった。だが、さくらもちと出会い、小鬼族ゴブリンと出会い、それが真実だと知った。今では〈深窓の才妃〉からのお墨付きだ。界律魔法を行使できるのがユウの勇者の力。それが未だにどんな効果を持つのははっきりとはしないが、漠然と、その力を使って何を為すべきは分かる。

 魔族との和解。宥和して、融和する。それによって戦争を終わらせ、世界を救う。それこそが〈世界を救う者〉たる勇者、ユウの使命にして存在理由。

 そのためにユウはここにいる。

 そこでふと、シェサの視線がさくらもちではなく、自身の頭に向いていることにユウは気付いた。顔、ではない。髪、か。

「どしたん?」

 首を傾げた拍子に墨を流したような漆黒の髪がさらりと流れる。艶めくその髪に、炎の明かりが蜃気楼のように揺らめいていた。それを呆けたように見やるシェサはぽつりと溢す。

「――同じ色だ」

 その人間ではとても珍しい黒い髪と、シェサ達狼人族の纏う黒い毛皮。微妙な色合いや艶は違うが、黒という点では確かに同じ色だった。

 同じ言葉を話し、同じ物を食べ、同じ毛の色をしている。

 シェサが今まで知っていた唯一の人間であるディナは外見こそ狼人族とは大きく異なるが、その気質は限りなく狼人族だ。少なくともこの集落の狼人族は皆、ディナのことを同じ集落で育った同族、家族だと思っている。もちろんシェサもそうだ。

 そして今日出会ったディナ以外の人間三人。最初はディナとはまた違う容姿をシェサは恐れ、近づくことができなかった。だが今、こうやって言葉を交わし、間近で姿を見て、違いなど些細なものでしかないとシェサは知った。

 とりわけこの自分と同じ毛の色をした少女、歳も近いであろうこの少女を恐れる必要などいったいどこにあるだろう?

「……ユウ、この森の外がどんななのか、教えて?」

 おずおずとそう口にしたシェサ。その視線の先にある火に照らされて朱を帯びた、毛が少なく、平な異種族の顔がニッと笑った。

「ええで!あ、でも、うちもまだ分からんこと多いけどな」

 そう言ってから語られた人間の世界は、この森で生まれ、この森しか知らないシェサにとってはとても遠い地のことのように思えた。だが実際はそうではない。森を出れはすぐそこにユウの語る世界が四方に広がっている。近いどころか、目と鼻の先だ。すぐ側にある未知の世界の話に一匹、いや一人の狼人族の少女は瞳を輝かせていた。

 その様子を、彼女の両親含め、多くの狼人族が見ていた。

 まだ年若い、二人の少女の交流。次なる世代を担う者達の友好。

 閉じられたこの森の中は、その小さな身体には狭すぎるのではないか。いずれ必ずくる破綻、その前に、彼女が進むべき道を示しておくのが自分達の役目ではないか。そしてその道は、この異種族の少女の見据える先にあるのか。

 この宴は、“勇者特区”への移住を集落の狼人族に伝える以外にも、ディナ以外との人間との交流という意図が多分に含まれている。行きたいやつを連れていく分にはかまわないと言ったテヴォだが、その実その行きたいやつが増えるようにと手助けをしてくれている。娘の提案を無下にしないための、彼なりの親心。

 並べられた皿の中身が全て空になるまで宴は続いた。人間と魔族が隣り合い、同じ皿の食事を食べ、語らった夜が更けていく。界律魔法などなくても、二つの種族はこれほどまで心を通わせられる。この時間は二つの種族が共に生きるという未来はあり得るのだと雄弁に物語っていた。

 実際に“勇者特区”に移住するかどうかはともかく、この宴を経て狼人族の多くがそれを選択肢の一つとして真剣に考え始めていた。

 いざとなれば、この幼い人間の少女に未来を託すのもありか。そう思っていた。

 ――誤算だったのは、そのいざがもう吐息のかかるほど近くまで背後に迫っていた、ということだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...