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天に吠える狼少女
第五章 天に吠える狼少女・2
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「じゃあ、テヴォさんは……」
「――練魔行は肉体の潜在能力を魔力で引き出す技。肉体に作用するという点では治癒魔法と同じ。過剰に肉体を活性化させることで治癒魔法と同じ効果を得ることなんてのもできるんでしょうね」
もとより練魔行は領分を犯すぎりぎりの境界線を渡る荒行だ。意図せずともこういった結果を招きかねないからこそ会得しようとする者は少ない。
しかしテヴォは、こうなると分かっていてその境界線を越えた。最愛の娘を護るために。こうしなければディナは長指族の魔法に切り裂かれていただろう。
娘のため、狼人族にとってもっとも不名誉の最期だとしても。彼はその先に待つ常軌を逸した苦痛に身を置くことを選んだのだ。
「痛いなんてものじゃない……。全身が壊れ続ける苦痛なんて想像もできない。もうとっくに意識もないでしょうね」
口にして、そのあまりにも惨い末路を想像してセラは顔が強張った。視界の中で、巨大な肉塊がその肉膨れした両腕をがむしゃらに振り回していた。レイが自分で歩く気力を失ってしまったディナを引きつれて下がる。言葉にならない絶叫を上げて腕を振り回すその様は、痛みにもがき苦しんでいるように見えた。
「元に……元に戻す方法はないんかッ!?」
こういったものにもっとも詳しそうなセラにユウが縋り付く。だが、魔法師は首を横に振った。
「一度ああなってしまえば、もう元に戻すことはできない。それができないから治癒魔法は禁忌なのよ」
「じゃあ、どうすれば……」
「殺すしかない」
ユウ達の側までディナを引っ張ってきたレイは、その気の抜けたように脱力した細い身体を座らせた。ディナはそんな、そんなと小さく呟きながら、血潮をまき散らし暴れる父親だったモノを眺めていた。呆然自失となりながらも気を失ったシェサだけはひっしと抱いて話さない。自分をかばって父は禁忌を犯した。その事実が彼女の心を折ってしまっていた。
「あの苦痛から族長を救ってやるにはそれしかない。安らかに眠らせてやることが、一番の救いだ」
そう言ってレイは長剣を構えた。この場でそれができるのは、おそらくレイとセラだけだろう。だが簡単ではない。あの肉の塊はおぞましい再生能力を備えている。腕や脚を斬り落としたところですぐに再生してしまうだろう。一撃で絶命させる必要がある。そのためには、首を落すのがもっとも最適か。
だが首を落すにはまずあの肉の壁を突破しなくてはならない。その上、振り回される剛腕は筋肉まで無節操に膨張しているために通常はあり得ざる膂力を有している。自分の身体が壊れることすら考慮しないようなその一撃を受ければただではすまない。だからこそ、あれは敵味方の区別なく破壊をまき散らす災厄として戦場で恐れられるのだ。
「セラ、悪いが俺だけでは荷が重い。援護してくれ」
「分かったわ」
騎士の頼みに魔法師は素直に頷いた。セラもレイと同じ考えなのだ。もうどうしたってテヴォを救うことはできない。ならばせめて、終わらせてやる必要がある。
「そんな!?なんとか、なんとかならへんの!?」
ユウだけが、希望は残されていないのかと必死に問いかける。だがレイも、セラも、他の狼人族達ですら黙したままその視線を地に下げる他なかった。
テヴォを救いたいという気持ちは皆共通している。だが、本当にもうどうしようもなかったのだ。
「残念だが……もう、絶対に元には戻せない。もうあれは族長じゃないんだ……」
呻くようにそう呟いて、レイはその手にした長剣の柄を震えるほどキツく握りしめた。その呟きはユウに向けてのものではなかったのかもしれない。今からそれを斬らねばならない自分への言葉。自分を一振りの剣に変える暗示。
だがその言葉を、勇者は聞き逃さなかった。
「絶対……今絶対って言ったな!?」
「――練魔行は肉体の潜在能力を魔力で引き出す技。肉体に作用するという点では治癒魔法と同じ。過剰に肉体を活性化させることで治癒魔法と同じ効果を得ることなんてのもできるんでしょうね」
もとより練魔行は領分を犯すぎりぎりの境界線を渡る荒行だ。意図せずともこういった結果を招きかねないからこそ会得しようとする者は少ない。
しかしテヴォは、こうなると分かっていてその境界線を越えた。最愛の娘を護るために。こうしなければディナは長指族の魔法に切り裂かれていただろう。
娘のため、狼人族にとってもっとも不名誉の最期だとしても。彼はその先に待つ常軌を逸した苦痛に身を置くことを選んだのだ。
「痛いなんてものじゃない……。全身が壊れ続ける苦痛なんて想像もできない。もうとっくに意識もないでしょうね」
口にして、そのあまりにも惨い末路を想像してセラは顔が強張った。視界の中で、巨大な肉塊がその肉膨れした両腕をがむしゃらに振り回していた。レイが自分で歩く気力を失ってしまったディナを引きつれて下がる。言葉にならない絶叫を上げて腕を振り回すその様は、痛みにもがき苦しんでいるように見えた。
「元に……元に戻す方法はないんかッ!?」
こういったものにもっとも詳しそうなセラにユウが縋り付く。だが、魔法師は首を横に振った。
「一度ああなってしまえば、もう元に戻すことはできない。それができないから治癒魔法は禁忌なのよ」
「じゃあ、どうすれば……」
「殺すしかない」
ユウ達の側までディナを引っ張ってきたレイは、その気の抜けたように脱力した細い身体を座らせた。ディナはそんな、そんなと小さく呟きながら、血潮をまき散らし暴れる父親だったモノを眺めていた。呆然自失となりながらも気を失ったシェサだけはひっしと抱いて話さない。自分をかばって父は禁忌を犯した。その事実が彼女の心を折ってしまっていた。
「あの苦痛から族長を救ってやるにはそれしかない。安らかに眠らせてやることが、一番の救いだ」
そう言ってレイは長剣を構えた。この場でそれができるのは、おそらくレイとセラだけだろう。だが簡単ではない。あの肉の塊はおぞましい再生能力を備えている。腕や脚を斬り落としたところですぐに再生してしまうだろう。一撃で絶命させる必要がある。そのためには、首を落すのがもっとも最適か。
だが首を落すにはまずあの肉の壁を突破しなくてはならない。その上、振り回される剛腕は筋肉まで無節操に膨張しているために通常はあり得ざる膂力を有している。自分の身体が壊れることすら考慮しないようなその一撃を受ければただではすまない。だからこそ、あれは敵味方の区別なく破壊をまき散らす災厄として戦場で恐れられるのだ。
「セラ、悪いが俺だけでは荷が重い。援護してくれ」
「分かったわ」
騎士の頼みに魔法師は素直に頷いた。セラもレイと同じ考えなのだ。もうどうしたってテヴォを救うことはできない。ならばせめて、終わらせてやる必要がある。
「そんな!?なんとか、なんとかならへんの!?」
ユウだけが、希望は残されていないのかと必死に問いかける。だがレイも、セラも、他の狼人族達ですら黙したままその視線を地に下げる他なかった。
テヴォを救いたいという気持ちは皆共通している。だが、本当にもうどうしようもなかったのだ。
「残念だが……もう、絶対に元には戻せない。もうあれは族長じゃないんだ……」
呻くようにそう呟いて、レイはその手にした長剣の柄を震えるほどキツく握りしめた。その呟きはユウに向けてのものではなかったのかもしれない。今からそれを斬らねばならない自分への言葉。自分を一振りの剣に変える暗示。
だがその言葉を、勇者は聞き逃さなかった。
「絶対……今絶対って言ったな!?」
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