剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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天に吠える狼少女

第五章 天に吠える狼少女・10

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「てめぇら……」

 族長としての務めを果たすべく、テヴォは他の狼人族ウルフェンに語り掛ける。

「次の族長は、てめぇらで決めな。じ、自分達が、一番信用できると、思うやつを、選べ……ただ、なるべく、人間とよろしくやれるやつを選べ。こ、これからは、人間と共に、生きていくことになる……」

 今日、この集落の存在は多くの人間に知られてしまった。知った人間が全滅しているとしても、彼らが帰らなければそれを疑念に思った者がまた人を寄越すだろう。ここまで踏み込まれた時点で、もうここは隠れ里ではなくなったのだ。

 狼人族が選べる選択はあまり多くない。戦ってこの場所を死守する、など無謀。逃げるとするならば、女子供にとってキツい道行になるだろう。

 だが、今この場には勇者がいる。彼女の手をとることが、おそらく最善の選択肢。

 狼人族の男衆達は無言で頷いた。族長の最期の言葉をしかと胸に刻み付ける。もはや多くを語るのは野暮というものだろう。その偉大で誇り高い狼人族と最期に言葉を交わすべきなのは自分達ではない。

「ほんとに……ほんとにもう、どうしようもないんか――!」

 俯いた黒髪の少女が、絞り出すように呟いた。歯を食いしばり、その手を真っ白になるまで握りしめて。

「ありがとよ……勇者の嬢ちゃん……おめぇのおかげで、俺は、俺を……取り戻せた……。おかげで、暴れまわる化物としてじゃなく、俺として、逝ける……」

 自分がもっと強い力を持っていたなら、救えたのか。だが、それを口にしていったい何の意味があるだろう。無力である悔しさに肩を震わせているのはユウだけではない。だからユウはもう何も言わなかった。

 その小さな肩を、立ち上がって側によったセラが抱いた。

「ユウ、行きましょう」

 ここから先は、ユウが目にするにはいささか刺激が強すぎる。ただでさえ今日は、すでに何人もの人間が一瞬で殺される様を彼女は見てしまった。しばらくは悪夢にうなされて満足に眠れないかもしれない。

 だが今日という日は彼女を大きく成長させるだろう。この世界は、こうも容易く命が奪い奪われる世界なのだと彼女は身を持って知ったに違いない。そして、いつか必ず、今日のように命が容易く奪われる世界でなくしてみせると、今一度強く願うのだろう。

 失うことで人は強くなる。悔しさが人を成長させる。今日という日を、救えなかった命を、彼女は決して忘れない。

「ディナ……親父の始末は、娘がつけてくれやぁ……」

「そんなこと……!できねぇよ……!」

「で、できるさ……あの技なら……」

「そういうこと、言ってんじゃねぇよッ!!」

 涙で頬を濡らし、両肩を震わす。あの少年のようなあけすな笑顔はない。そこにいるのは、旅立とうする父親に泣きつく一人の少女だ。

「……てめぇは、自分の娘に、親殺しの罪を背負わせようってのかよ……!」

「ばぁか。て……てめぇにゃあ、俺は殺せねぇよ。俺は、上位魔族と戦って、勝って、死ぬんだ……どうだ……最高に、カッコイイ、さい、ご……だろうが……」

 肉に埋もれた顔が、不器用に、笑った。

 全身を苛む、想像を絶する苦痛に耐えながらも、それでも彼は笑った。

 悲嘆に暮れる顔など、らしくない。

 ――最期は、笑って逝こう。

「そんなぶくぶくになっちまって……ちっともかっこよくねぇよ……くそ親父が……」

 ディナが服の袖で涙を拭った。その袖から組紐が覗く。

 例えそれが切れたとしても、二人の絆が切れることはない。絶対に、何があっても。
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