111 / 115
天に吠える狼少女
第五章 天に吠える狼少女・11
しおりを挟む
「ディナ」
レイが声をかける。彼の剣と技量ならば、一息に首を落すことができる。苦痛を感じる暇もない。
だがディナは首を振った。
「――いい。このクソ親父に一発かませられる最期の機会だ。今までの鬱憤、全部ぶつけてやるさ」
「が、がぁはっはっは!そ、そいつぁ……いい。やってみな、馬鹿娘……」
そうして、ディナは構えた。
半身になり、左手を前へ。右手を引き絞るように後方へ。重心を下げ、身体を安定させて全ての力を一点に集める。
「ふぅー……」
細く、長く、息を吐く。乱れた呼吸を落ち着かせていく。体内の魔力を循環させ、高めていく。
グルルルルル――……
獣の唸り声のような音がディナの喉から鳴った。特殊な呼吸法によって体内を循環する魔力がますます高まっていく。その様、まさしく獲物に跳びかからんとする狼のよう。
高めた魔力を、全て右手へ。質量を持たぬエネルギーを十重二十重と重ね密度を臨界まで高めていく。
爆発する、寸前へと。
長時間の集中と、用いる魔力の多さ。これは練魔行の一つの奥義ではあるが、戦闘でまともに使えるようなものではなかった。ディナも会得こそしていながらも、全力でこの技を放つ日が来ようなどとは夢にも思わなかった。
だからこそ、その威力は間違いなく彼女の攻撃手段の中では最強。
苦痛は決して与えない。一撃で、終わらせる。
「悪くねぇ、気分ダ……娘に看取られて逝く……ああ、悪くねぇ……」
「――ッ!」
一瞬、鈍りかけた決心をなんとか繋ぎとめる。
最期の最後まで、本当に、このくそ親父は。
言いたい事が山ほどある。声がデカくてうるさいとか、近寄ると体臭が臭いとか、図体がデカいせいで家が狭いとか、頭を撫でる時、乱暴過ぎて痛いとか。
――今まで育ててくれて、ありがとう、とか。
その全てを、この一撃に込める。
「綿喰らい――!!」
刹那、テヴォは何か呟いた。
突き出された右腕から超高圧の魔力の塊が手の平を通して直接、テヴォの頭部へと押し付けられる。極限にまで圧縮された膨大な魔力は、練り上げたディナの身体を離れてすぐ抑制を失って爆発的に元の比重へと戻ろうとする。
そう、まさしく、爆発だ。
パァンッ
乾いた音、続いて生々しい水音が周囲に響き渡った。内部からテヴォの頭部が爆発し、その破片を周囲にばら撒いたのだ。
綿喰らい。それは鎧貫という技術に属する技である。圧縮した魔力を直接対象の体内に捻じ込み、炸裂させる。密閉された空間で起こる爆発はその全ての破壊力を余すところなく発揮し、内側から対象を破壊する。どれほど堅牢な鎧を着こもうとも、どれほど強固な鱗に包まれようとも、内側から突き立てられる狼の牙を防ぐことはできない。
ぐらりと肉の塊が揺れ、ゆっくりと倒れ伏した。もう表面が泡立つことはない。もう全身を襲う痛みを感じることはない。もう、言葉を話すこともない。
「――“ありがとよ”、だと……?最期に、自分だけ言いたいこと言って逝きやがった」
父親の血液や脳漿でその修道服を真っ赤に染めながら、娘は物言わぬ骸となった父を見下ろしていた。
「……………」
レイは長剣を背中に収納し、ユウの元へ向かうべく踵を返した。ディナにかけてやるべき言葉を、彼は持たなかった。
背後からばしゃりという水音。ディナが父から流れ出た血溜まりに座り込んだ音。
「うう、ああああぁ――」
直後に聴こえてくる嗚咽。
レイは歩いて遠ざかっているというのに、その嗚咽は次第に大きさを増す。
「あああああああぁあああああああッ!!」
慟哭。彼女は今この瞬間、たった一人の父親を、喪ったのだ。
「うあああああああ、あ、ああぁッ!!」
その涙を、その嗚咽を止めることのできる者は、時間ただ一人だけだ。
直に避難していた狼人族にも族長の死が伝わる。そして誰もが彼女の父の死を悼むだろう。
ディナは喉が枯れるまで叫び続けた。父親に伝えられなかった想いを吐き出すように。
彼女の遠吠えにも似た慟哭が、天高く、どこまでも、遠く、遠く響いていった。
レイが声をかける。彼の剣と技量ならば、一息に首を落すことができる。苦痛を感じる暇もない。
だがディナは首を振った。
「――いい。このクソ親父に一発かませられる最期の機会だ。今までの鬱憤、全部ぶつけてやるさ」
「が、がぁはっはっは!そ、そいつぁ……いい。やってみな、馬鹿娘……」
そうして、ディナは構えた。
半身になり、左手を前へ。右手を引き絞るように後方へ。重心を下げ、身体を安定させて全ての力を一点に集める。
「ふぅー……」
細く、長く、息を吐く。乱れた呼吸を落ち着かせていく。体内の魔力を循環させ、高めていく。
グルルルルル――……
獣の唸り声のような音がディナの喉から鳴った。特殊な呼吸法によって体内を循環する魔力がますます高まっていく。その様、まさしく獲物に跳びかからんとする狼のよう。
高めた魔力を、全て右手へ。質量を持たぬエネルギーを十重二十重と重ね密度を臨界まで高めていく。
爆発する、寸前へと。
長時間の集中と、用いる魔力の多さ。これは練魔行の一つの奥義ではあるが、戦闘でまともに使えるようなものではなかった。ディナも会得こそしていながらも、全力でこの技を放つ日が来ようなどとは夢にも思わなかった。
だからこそ、その威力は間違いなく彼女の攻撃手段の中では最強。
苦痛は決して与えない。一撃で、終わらせる。
「悪くねぇ、気分ダ……娘に看取られて逝く……ああ、悪くねぇ……」
「――ッ!」
一瞬、鈍りかけた決心をなんとか繋ぎとめる。
最期の最後まで、本当に、このくそ親父は。
言いたい事が山ほどある。声がデカくてうるさいとか、近寄ると体臭が臭いとか、図体がデカいせいで家が狭いとか、頭を撫でる時、乱暴過ぎて痛いとか。
――今まで育ててくれて、ありがとう、とか。
その全てを、この一撃に込める。
「綿喰らい――!!」
刹那、テヴォは何か呟いた。
突き出された右腕から超高圧の魔力の塊が手の平を通して直接、テヴォの頭部へと押し付けられる。極限にまで圧縮された膨大な魔力は、練り上げたディナの身体を離れてすぐ抑制を失って爆発的に元の比重へと戻ろうとする。
そう、まさしく、爆発だ。
パァンッ
乾いた音、続いて生々しい水音が周囲に響き渡った。内部からテヴォの頭部が爆発し、その破片を周囲にばら撒いたのだ。
綿喰らい。それは鎧貫という技術に属する技である。圧縮した魔力を直接対象の体内に捻じ込み、炸裂させる。密閉された空間で起こる爆発はその全ての破壊力を余すところなく発揮し、内側から対象を破壊する。どれほど堅牢な鎧を着こもうとも、どれほど強固な鱗に包まれようとも、内側から突き立てられる狼の牙を防ぐことはできない。
ぐらりと肉の塊が揺れ、ゆっくりと倒れ伏した。もう表面が泡立つことはない。もう全身を襲う痛みを感じることはない。もう、言葉を話すこともない。
「――“ありがとよ”、だと……?最期に、自分だけ言いたいこと言って逝きやがった」
父親の血液や脳漿でその修道服を真っ赤に染めながら、娘は物言わぬ骸となった父を見下ろしていた。
「……………」
レイは長剣を背中に収納し、ユウの元へ向かうべく踵を返した。ディナにかけてやるべき言葉を、彼は持たなかった。
背後からばしゃりという水音。ディナが父から流れ出た血溜まりに座り込んだ音。
「うう、ああああぁ――」
直後に聴こえてくる嗚咽。
レイは歩いて遠ざかっているというのに、その嗚咽は次第に大きさを増す。
「あああああああぁあああああああッ!!」
慟哭。彼女は今この瞬間、たった一人の父親を、喪ったのだ。
「うあああああああ、あ、ああぁッ!!」
その涙を、その嗚咽を止めることのできる者は、時間ただ一人だけだ。
直に避難していた狼人族にも族長の死が伝わる。そして誰もが彼女の父の死を悼むだろう。
ディナは喉が枯れるまで叫び続けた。父親に伝えられなかった想いを吐き出すように。
彼女の遠吠えにも似た慟哭が、天高く、どこまでも、遠く、遠く響いていった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる